おまけ SS①「18話 その後」
「……さて、どうしたものかな」
ルーカスは署名した契約書に目を落としたまま、口元に手を当てて唸った。
婚姻契約を結んだという余韻に浸る間もなく、彼は広間の隅に視線を滑らせる。
それだけで、察した。
「あ」
ルーカスはため息をつく。
「明日には屋敷の代理人が来ることになっている。
葬儀の手配も済んでいるし、寄贈先も決めてある。
……だが、こうなればすべて取りやめだ。
俺の研究資料も、本も、草の一本すら誰にも渡さん」
その声には、張りが戻っていた。
「だが俺は、先にこの身体をなんとかしなければならん」
「そ、そうですよね。まずは侵食を止めないと……!」
「……まったく、面倒だ」
そこでルーカスは、不意に思いついたように私を見た。
その黄金色の瞳が細められた瞬間、心の底から嫌な予感がした。
「配偶者として最初の仕事だな、ビビくん」
「……へ?」
「君、雑務も得意だっただろう」
ルーカスはからかうように言って、ソファから立ち上がった。
「えっ、まさか、私が……?」
「魔力核を破壊するんだ。ひと月はまともに動けん。
よろしくやっといてくれ」
彼は確かな足取りで、広間から出て行った。
その後ろ姿には生気が戻っていて、頼もしく感じられた。
だが――。
◆ ◆ ◆
「あの……ルーカス・キリフォードが亡くなったあと、
そちらへ寄贈する予定だった研究資料や蔵書についてなんですが……。
ええと、亡くならないことになりまして、すべて撤回させていただきたく……」
魔術師団に電話を掛けた時点で、すでに胃が痛かった。
案の定、用件を伝えた途端、電話口の向こうがざわついた。
『……あなた誰?』
「ビビ・メラフィ……あっ、じゃなかった。ビビ・キリフォードです」
『キリフォード?』
『誰だって?』
『筆頭の関係者?』
遠くで、別の声がいくつも重なった。
『ご家族の方?』
「は、はい。妻です……」
『妻?』
『ルーカスが結婚?』
『あの男が?』
『聞いてないけど』
「えっと、今日しまして」
一瞬、向こう側が静まり返った。
『……詐欺をするなら、もっと考えないとね』
「本当なんですよ!」
すると、背後から重い靴音が聞こえた。
「あっ」と思った瞬間には、髪をほどいたルーカスが立っていて、
私の手から、強引に受話器を取った。
そして。
「君たちは、俺が死んだほうが都合が良いらしいな?」
その低い声に、電話口の向こうから悲鳴が聞こえた。
『キリフォード様、そういうことでは……!
あっ、ご結婚おめでとうございます。
……ご体調はいかがです?』
「うるさい。あとは妻に任せている。言われた通りに処理しろ」
『はい……』
「はい……」
電話口の声と私の声が、弱々しく重なるのだった。




