第15話(後編)友人の返書――6日目①
中を覗き込むと、壊れた魔道具の部品、硝子の曇った空き瓶、
古着や履き潰した靴、折れたペン、乾ききったインク瓶などが無造作に詰め込まれていた。
本当に、ただの処分品だ。
価値のないものばかりに見える。
けれど、どれもルーカスの愛用品であることは明らかだった。
(これ、本当に処分されてしまうの……?)
――嫌だ。
ルーカスに叱られるかもしれない。
でも、彼を知らない人たちに、価値のないものみたいに扱われるのは耐え難い。
ためらいながら箱の中へ手を差し入れ、私は品物をひとつずつ取り出した。
(先生が要らないなら、私が持って帰る)
持ち帰ったあと、どうするのか。
そんなことは、すぐに考えられない。
ただ、手が止まらなかった。
装飾にひびの入った髪留め。
指先の擦り切れた手袋。
ほつれた糸の残る服のボタン。
ひとつひとつに、見覚えがあった。
寒い朝、手袋を嵌める赤くなった指先。
書籍に目を落としたまま、無造作に髪を留め直す仕草。
仕立て上がった上着の袖を確かめる横顔。
十年のあいだに見てきた光景が、蘇ってくる。
時間も忘れて没頭していると、底のほうで紙が擦れる感触がした。
違和感を覚えて手を止める。
古着を避けると、折り畳まれた封筒が何通か押し込まれていた。
(なにこれ)
手に取ってみると、ずしりとした重さがある。
一通や二通ではない。
何通もの封筒が重ねられ、ひとまとめにされていた。
どれも封は切られている。
角は何度も開かれたように柔らかくなり、端が白く擦り切れていた。
宛先は、すべてルーカスだ。
けれど、この封筒には見覚えがない。
屋敷に届いた手紙を受け取るのも、弟子の仕事だった。
私は、王立研究院からの通達も、魔術師団からの連絡も、洋服店や書店からの請求書に至るまで、何度も仕分けてきた。
よく見ると、封筒には魔術師団本部を経由した印が押されている。
(先生……わざわざ本部で受け取ってた?)
とても、嫌な予感がした。
私は咄嗟に周囲を見回した。
屋敷はいまだ、静まり返っている。
ルーカスが階下に降りてくる気配はない。
これは私物だ。
しかも、かなり立ち入ったものだ。
読むべきではない。
分かっている。
分かっているのに、目が離せなかった。
封筒の差出人欄に、見覚えのある名があった。
『エルネスト・ヴァイゼン』
指先が、止まる。
彼はルーカスの王立魔術学院時代の同級生。
今では国でも高名な魔術医であり、ルーカスが心を許している数少ない人物の一人でもある。
もしかしたら、彼の呪いの進行を止める手立てが掴めるかもしれない。
(ごめんなさい、先生)
いけないことだとは分かっている。
けれど、確かめずにはいられなかった。
そっと封筒から便箋を抜き取る。
便箋はひどく皺になっていて、握りつぶされたような痕跡があった。
恐る恐る、整った文字を目で追った。
《ルーカス。
君から送られてきた記録は確認した。
まずは、君自身の症状ではないことに、ひとまず安堵している。
だが、ビビ・メラフィ殿について、記載されていた症状どおりなら楽観はできない。》
――え?
思考が止まった。
(私の名前……?)
《蜘蛛状の痣。
魔力の著しい低下。
少なくとも、この二つが同時に発現している時点で、単なる魔力欠乏と見るのは危険だ。
呪いが魔力核の深部へ達している可能性を疑うべきだろう。
通常の呪解術は勧めない。
無理に行えば、魔力核そのものを損傷する恐れがある。
仮に命を繋げたとしても、魔力核を損なえば、以前のように魔術を扱える保証はない。
それを治療と呼ぶべきかは、慎重に考える必要がある。
現時点で、安全に施せる治療法は確認できない。
君のことだ。
他にも手を尽くしているのだろう。
この返答で納得しないことも、分かっている。
医師としての所見は以上だ。
ここから先は、友人として言う。
これ以上、君が背負うな。
――エルネスト・ヴァイゼン》
ドクンと心臓が突き上がった。
便箋の端が、かすかに震える。
消印は、二年半前。
私が屋敷を出て行く、半年前のものだった。
(こんなに前から、知ってたの……?)
動揺を抑えきれないまま、私は他の封筒にも手を伸ばした。
ルーカス宛ての返書は、ヴァイゼン医師だけのものではなかった。
名の通った学者や、王立機関の研究者からの手紙が束になってまとめられている。
私が助けを求めたところで、門前払いされて終わっただろう人物ばかりだった。
すべてを読み切る余裕はなかった。
けれど、目に入る内容は、どれも私の病状に関わっていた。
呪い。魔力核。侵食。後遺症。魔術行使時の疼痛。治療困難。
紙面に並ぶ言葉が、次々と頭の中に焼きついていく。
ルーカスは、どんな気持ちで、この返書を受け取っていたのか。
皺になった便箋から、その一端が推し量れるようだった。
堪らなくなって、私は積まれていた他の荷にも目をやる。
まさか、とは思いつつ、不用品をどかしていく。
割れた陶器人形、欠けた皿、使えなくなった研究器具。
それらを夢中で退けていくと、奥底に数冊の医療書とノートが沈んでいた。
まるで、人目を避けるように。
(書庫の棚にすら戻していない……)
ずっとルーカスの手元に置いてあったのかもしれない。
ぱらぱらと捲ると、頁のいたるところに書き込みがあった。
乱れた文字と、多くの付箋。
欄外に細かく書き込まれた仮説と、何度も引き直された線や図解。
古い文献の引用に、判別すらできない走り書きのメモ。
それはすべて、ルーカスの筆跡だった。
呪詛。
魔力核。
治療例。
後遺症。
答えを導き出そうとして、何度も食らいついた痕跡がある。
私は放心したまま、その文字を辿った。
やがて、ノートの余白に書かれた一語に、息が止まった。
『呪詛代替』
正確な意味までは分からない。
けれど――想像が、ついてしまった。
(先生……)
「何をしている」
背後から落ちてきた声に、ひゅっと悲鳴が漏れた。
「あっ」
振り返ると、広間の扉へもたれかかるようにして、
腕を組んだルーカスが立っていた。




