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『完璧な義姉の歪んだ飼育 ―僕のすべてを管理して―』  作者: たい丸


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第5話:【ノイズの排除】

「……三浦さん、今日も休みか」

教室の窓際の席。ポツンと空いた結衣さんの机を見つめて、僕は小さく溜息をついた。 彼女が学校を休み始めてから、今日で三日目になる。 風邪だと聞いているけれど、LINEを送っても既読にすらならない。以前なら、どんなに遅くてもその日のうちには返信をくれていたのに。

(……よっぽど具合が悪いのかな。お姉さんの言った通りだ)

放課後。僕は彼女の家にお見舞いにでも行こうかと考えたが、ふと凛香さんの顔が浮かんだ。 『彼女を一人にしてあげたほうが、彼女のためになると思うわ』

その時、ポケットのスマホが短く震えた。

『悠真くん、お疲れ様。今、校門の前で待っているわね。今日は貴方の好きなハンバーグだから、一緒に買い出しに行きましょう?』

まるで見計らったようなタイミング。 校門を出ると、そこには春風に髪をなびかせ、モデルのように佇む凛香さんの姿があった。通りかかる生徒たちが、皆一様に彼女を振り返り、感嘆の声を漏らす。

「お待たせ、悠真くん」

「……お姉さん、わざわざ迎えに来てくれたの?」

「ええ。貴方と歩く時間は、私にとって何よりの癒やしだもの」

彼女は自然な動作で僕の腕に自分の腕を絡める。柔らかい感触と、石鹸の清潔な香りが僕の鼻をくすぐる。 「……あの、お姉さん。三浦さんのことなんだけど」

僕が切り出すと、凛香さんの足がピタリと止まった。 彼女は困ったように眉を下げ、慈しむような瞳で僕を見つめる。

「悠真くんは、本当に優しいわね。……でも、彼女のことなら心配いらないわよ。さっき彼女のお母様と電話で話したのだけど、しばらく遠くの親戚の家で静養することに決めたんですって」

「えっ……? 静養って、そんなに悪いの?」

「ええ。心の風邪、というのかしら。……どうやら、学校で誰かにしつこくされて、それが負担になっていたみたい。……悲しいわね、悠真くん。無自覚な好意が、人を追い詰めることもあるのよ」

彼女の言葉は、まるで僕を諭すように穏やかだった。 けれど、その内容は僕の胸に重くのしかかる。 (……誰かにしつこく? まさか、僕のことじゃないよな……)

僕が結衣さんに唐揚げをあげたり、本の話をしたりしていたことが、実は彼女にとって「重荷」だったのだろうか。……お姉さんは、それを僕に傷がつかないように、遠回しに教えてくれているのではないか。

「……僕、三浦さんに迷惑かけてたのかな」

「そんなことないわ。貴方は悪くないの。……ただ、少しだけ、世界が貴方に優しすぎただけ。これからは、お姉ちゃんが貴方を守ってあげるから。……ね?」

凛香さんは僕の頬を両手で包み、じっと目を見つめる。 その瞳の奥には、濁り一つない純粋な愛情だけが透けて見えた。 ……そう思いたかった。

スーパーでの買い物中、凛香さんがレジに並んでいる隙に、僕はもう一度だけ結衣さんにメッセージを送ろうとスマホを取り出した。 だが、連絡先を開こうとした瞬間、指が止まった。

三浦結衣の名前が、連絡先リストから消えていた。

「……え?」

何度もスクロールするが、見つからない。昨日まで確かにあったはずの履歴さえも、綺麗に消去されている。 慌てて検索窓に彼女の名前を打ち込もうとした時、後ろからふわりと、あの石鹸の香りがした。

「……どうしたの、悠真くん。そんなに必死な顔をして」

いつの間にか会計を終えた凛香さんが、僕の背後に立っていた。 彼女の手が、僕のスマホを握る僕の手に、上からそっと重なる。

「あ、いや……三浦さんの連絡先が、なんだか見当たらなくて」

「あら……。きっと、彼女がアカウントを消してしまったのね。……自分を追い詰めるものを、すべてリセットしたかったんだわ。……辛かったのね、彼女」

凛香さんは、さも悲しそうに目を伏せた。 そのあまりに自然な演技に、僕は「お姉さんが消したのではないか」という一瞬の疑念さえも、自分の汚い邪推として心の奥底に封じ込めてしまった。

「……さあ、帰りましょう。今夜は二人で、ゆっくりお話ししましょうね」

凛香さんは僕の手を強く握り、歩き出す。 彼女の握る力は、昨日よりも少しだけ強くなっていた。

地味で平凡な僕の世界から、僕の知らない間に「ノイズ」が一つ、完全に消去された。 僕はただ、隣で微笑む「聖母」の導くままに、夕暮れの道を歩いていく。 ……彼女が三浦結衣のスマホをどこで手に入れ、どんな言葉を投げかけて彼女を絶望させたのか。 その真相を、僕はまだ……知る由もなかった。



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