第14話:【再会の序曲】
事件から、4年の歳月が流れた。
僕は大学生になり、一人暮らしを始めていた。父さんは「あの一件」のあと、結局再婚相手とは離婚が成立し、今は遠くの街で静かに暮らしている。 僕は大学に通いながら、ある場所に通い続けていた。
女子刑務所の面会室。 厚いアクリル板の向こう側に、彼女はいた。
「……悠真くん。今日も来てくれたのね」
凛香さんの声は、以前の凛とした響きはなく、どこかひび割れたように掠れていた。 短く切り揃えられた黒髪に、化粧気のない顔。かつての「完璧な美少女」の面影は薄れ、そこにはただ、罪を償い続ける一人の女性がいた。
「もうすぐ、出所の日だね」
「ええ。……でも、私はどこへも行けない。身元引受人もいないし、私のような人間がまた外の世界に出ても、誰かを壊してしまうだけかもしれない」
彼女は力なく微笑み、自分の細い指を見つめた。 あの日、僕を支配しようとしたあの強い指先は、今では震えている。
「お姉さん。……僕のところに来てよ」
僕の言葉に、凛香さんが息を呑んだ。
「何を言っているの? 貴方の人生を台無しにした女よ? 貴方はもっと、普通の、明るい場所で生きるべきだわ」
「僕が望むのは、明るい場所じゃない。……あの日、デパートの屋上で約束した『雨宿り』の場所だよ」
僕はバッグから、一冊の古いノートを取り出した。あの日、彼女の部屋の床下で見つけた、彼女の祈りが詰まった日記。
「これ、ずっと持ってたんだ。……お姉さんが僕に言いたかったこと、全部ここに書いてあった。僕を愛したかっただけなのに、愛し方がわからなくて、怖くて、ああするしかなかったんだよね」
「……悠真、くん……」
「管理なんてしなくていい。僕を監視しなくても、僕はどこにも行かない。……今度は僕が、お姉さんの手を取る番だ」
アクリル板越しに、僕は自分の手を重ねた。 凛香さんは、ボロボロと大粒の涙を流し、板に額を押し当てた。
「……いいの? 本当に、私でいいの? また私、貴方を独り占めしたくなって、狂ってしまうかもしれないのに」
「その時は、僕が何度でも抱きしめて止めるよ。……お姉さんは、もう一人じゃない」
一週間後。 刑務所の高い門の外で、僕は傘を持って立っていた。 皮肉なことに、空からはあの日と同じ、静かな雨が降っている。
門が開き、一人の女性がゆっくりと歩いてきた。 彼女は雨空を見上げ、それから僕の姿を見つけると、子供のように顔をクシャクシャにして泣き笑いをした。
僕は彼女に駆け寄り、大きな傘の中に招き入れた。
「……おかえり、凛香さん」
「……ただいま。悠真くん」
彼女は僕の腕の中に飛び込んできた。 かつて僕を閉じ込めた檻のような抱擁ではない。 震えながら、許しを乞うような、ひどく脆くて温かい、本物の抱擁だった。
二人の新しい物語が、雨の音と共に始まった。




