第12話:【崩壊と救済】
「離れろ、悠真! そいつは危険だ!」
父さんの悲鳴に近い叫びと共に、数人の警察官が部屋に踏み込んできた。 フラッシュライトの光が、凛香さんの秘密の部屋を無慈悲に照らし出す。壁一面の僕の写真、没収された僕の持ち物、そしてモニターに映る不気味な家の記録。
警察官たちの顔に、隠しきれない嫌悪と驚愕が走る。 彼らの目には、凛香さんは「美しき怪物」にしか見えていないだろう。
「佐藤悠真くん、大丈夫か。……一ノ瀬凛香、同行願おう。任意だが、断れば強制執行になる」
一人の刑事が凛香さんに近づく。彼女は僕の胸に顔を埋めたまま、小刻みに震えていた。 その細い手首に手をかけようとした刑事を、僕は咄嗟に遮った。
「待ってください! ……彼女は、僕を傷つけようとしたわけじゃないんです」
「悠真、何を言っているんだ! お前、あんな目に遭わされて……!」
父さんが震える声で僕を叱りつける。 そうだ。客観的に見れば、僕は彼女に友人関係を壊され、監禁され、父まで危険にさらされた被害者だ。僕が彼女を庇うこと自体、精神を病んでいる証拠だと思われるだろう。
「……違うんだ。父さん、僕は……」
その時、僕の腕の中から凛香さんがゆっくりと顔を上げた。 彼女の表情には、もう「聖母」の仮面はなかった。涙でぐちゃぐちゃになり、絶望に染まった、ただの脆い一人の女の子の顔。
彼女は僕の手をそっとほどき、自ら刑事の方へ一歩踏み出した。
「いいのよ、悠真くん。……貴方は、私の『作品』になっちゃダメ」
「お姉さん……」
「あの日、雨のデパートで貴方がくれた温もりを、私はいつの間にか、凍りついた氷細工にして閉じ込めようとしていた。……貴方が愛してくれた『普通の一ノ瀬さん』は、もう私の中にいないかもしれない」
彼女は刑事に向かって、静かに両手を出した。
「すべて、私がやりました。悠真くんを脅し、隔離し、周囲の方々を中傷したのは私です。彼は……彼はただ、私に怯えていただけ。何も悪くありません」
彼女は最後に出しうる限りの「完璧な嘘」をついて、僕を潔白な被害者の地位に押し戻そうとした。 それが彼女にできる、最後で最大の「管理」だった。
「連れて行け」
刑事たちが彼女の肩を掴む。部屋を出る間際、彼女は一度だけ振り返り、僕を見た。 その瞳には、深い謝罪と、そして……すべてをやり遂げたような、不気味なほどの純愛が宿っていた。
「……さようなら。私の、たった一人の神様」
彼女の姿が階段の向こうへ消え、家の中に静寂が戻る。 残されたのは、荒らされた部屋と、呆然と立ち尽くす父さんと、そして……彼女が僕に遺した、あまりに重すぎる愛の残骸だけ。
僕は、床に落ちたあの「雨の日」の思い出のハンカチを拾い上げた。 汚れて、ボロボロになったけれど、それは確かにあの日、僕たちが「普通」だった証。
(……待ってて、お姉さん)
僕は心の中で、誰にも聞こえない声で呟いた。 彼女が僕を飼育しようとしたように、今度は僕が、彼女が戻ってくる場所を守り抜く。 たとえ、世界中が彼女を「狂人」と呼んだとしても。




