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マニュアルキラー 第4部 ~源流…善意ゼロの天才少年、マニュアル通りに社会のバグを潰します~  作者: 早野 茂


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第7話「理不尽を権利とする男」

「おい織部!動きがトロいぞ!客が並んでんだろ、さっさと回せ!」


怒号が店内に響く。

コンビニエンスストア『ステーションマート』駅前店。

夕方のラッシュ時、レジカウンターの中で、店長の毒島ぶすじまが青筋を立てていた。


毒島はこの店の「王」だ。

彼は本部が定めた公式マニュアルを「現場を知らない役人の作文」と嘲笑い、独自の「俺様ルール」で店を支配していた。


「マニュアルなんか見るな!俺を見ろ!俺が右と言ったら右だ!」


彼の方針は「回転率至上主義」。

レジ接客は「いらっしゃいませ」を省略し、バーコードを読み取る速度だけを競わせる。

揚げ物の廃棄時間は無視し、賞味期限切れの弁当も「ラベルを貼り替えれば売れる」と豪語する。

そして何より、アルバイトたちに「研修」と称してタイムカードを切らせないまま働かせ、人件費を浮かせて自分のボーナスに入れている。


織部悟(十六歳)は、無表情にレジを打っていた。隣のレジでは、新人バイトの女子大生、美和みわが毒島に怒鳴られ、泣きそうになっている。


「美和!お前、廃棄チェックなんか後回しにしろ!レジに入れ!」

「で、でも店長、本部マニュアルだと一時間ごとにチェックしないと……」

「うるせえ!この店のルールは俺だ。文句があるなら辞めろ!」


毒島は美和の手から廃棄リストをひったくり、ゴミ箱へ投げ捨てた。

典型的なブラックバイト。

理不尽を「社会勉強」という言葉で正当化する搾取の構造。


織部は、その光景を冷ややかにスキャンしていた。

毒島の運営は、効率的に見えて、実際には「安全マージン」と「遵法精神」を削り取って加速させているに過ぎない。

ブレーキの壊れた暴走車だ。


休憩室。

織部はロッカーから、分厚いファイルを2冊取り出した。

店長デスクの奥底に眠っていた『店舗運営基本マニュアル(本部制定)』と『労働基準法関連規定』だ。


彼はページをめくり、毒島の「俺様ルール」と「公式仕様」の食い違いを確認していく。


――休憩時間、規定未達。

――廃棄ロス管理、不正操作。

――衛生管理、重大な違反。


毒島は言った。

「マニュアルなんか見るな」と。

ならば、その言葉通りにしてやろう。

ただし、毒島が想定しているのとは逆のベクトルで。


――校正開始。

――モード:厳格順守ストリクト・コンプライアンス



翌日の金曜日。

店が最も混雑する19時。

毒島はバックヤードでタバコを吸いながら、携帯の簡易ゲームに熱中していた。

現場は織部と美和の二人。

本来なら三人体制が必要な時間帯だが、毒島は人件費を削るためにシフトを絞っている。


その時、店内から怒声が聞こえてきた。

客のクレームだ。

毒島は舌打ちをし、モニターを確認した。

レジ前に長蛇の列ができている。

なのに、レジは一台しか動いていない。


「あいつら、何やってんだ!」


毒島はバックヤードを飛び出した。

レジでは織部が客の持ってきたタバコのカートンを手に、淡々と対応していた。


「申し訳ありません。年齢確認ボタンを押していただけますか」

「押しただろうが!俺が未成年に見えるか!」

「規定により、画面タッチによる確認が必須となっております」

「だから押したって!」

「画面の反応が確認できませんでした。もう一度お願いします」


織部はロボットのように繰り返す。

客はイライラして画面を叩く。

さらに織部は次の客の弁当を温める際、電子レンジの前で直立不動で待機していた。


「おい織部!何してんだ!」


毒島が怒鳴り込む。


「レンジ回してる間に次の客を打て!二重接客だ!」

「店長」


織部は振り返りカウンターの下からマニュアルを取り出した。


「運営マニュアル、第3章接客編。『温め中は、取り間違い防止のため、その場を離れず、他のお客様の対応をしてはならない』とあります」

「はあ!?そんなの建前だ!」

「建前ではありません。仕様です。もし取り違えてアレルギー事故が起きた場合、責任の所在が不明確になります」


織部は絶対に動かない。

レンジがチンと鳴るまで、頑として次の客を呼ばない。

行列は店の外まで伸びようとしていた。


「ふざけんな!美和!お前がもう一台のレジを開けろ!」


毒島が叫ぶ。

だが、美和はレジにいなかった。

彼女は店舗の奥、揚げ物機フライヤーの前で、油の温度計を凝視していた。


「美和!何してやがる!」

「あ、て、店長……。織部くんが……『マニュアル通りにやらないと店長が逮捕されるよ』って……」


美和の手には、『衛生管理マニュアル』が握られている。


「第5章。『フライヤーの油温確認は30分ごとに実施し、記録簿に記入すること。測定中は安全のため、他の作業を行ってはならない』……」

「今そんなことやってる場合か!客が待ってるんだぞ!」

「でも、やらないと食品衛生法違反に……」


美和は泣きそうになりながらも、温度計から目を離さない。

織部に「徹底的にやれ」と吹き込まれているのだ。


店は麻痺スタックしていた。

織部は「丁寧すぎる接客」と「完璧な安全確認」でレジを牛歩戦術のように遅延させ、美和は「義務付けられた清掃」でバックアップを封じられている。

サボっているわけではない。

本部が定めた「正しい手順」を、一秒の狂いもなく実行しているだけだ。


その結果、毒島の「手抜き前提のシフト」は完全に破綻した。


「くそっ、どけ!俺がやる!」


毒島は織部を押しのけ、自らレジに入った。

高速で商品をスキャンし、温めもそこそこに客に放り投げる。

マニュアル無視の乱暴な接客。

だが、列は捌けていく。


「見ろ!これが現場のやり方だ!マニュアルなんぞクソ食らえだ!」


毒島は勝利宣言のように叫んだ。

その時自動ドアが開き、スーツ姿の男が入ってきた。

胸には、コンビニチェーン本部のロゴが入ったネームプレート。

地区統括エリアマネージャーだ。


「……毒島店長。今の発言、聞き捨てなりませんね」


エリアマネージャーの目が氷のように冷たい。

毒島が凍りつく。


「エ、エリアマネージャー……!?な、なぜここに……巡回は来週のはずじゃ……」

「『店舗運営において、監査案件になりかねない不正が積み重なっている』という内部通報がありましてね。緊急監査に来ました」


マネージャーは、織部の方を見た。

織部は無表情に一礼する。

通報者は彼だ。


「店長。レジの接客を見せてもらいました。……年齢確認の省略、温め時間の短縮、そして『マニュアルはクソ食らえ』という暴言。すべて本部のブランドイメージを毀損する行為です」

「い、いや、これは、混雑していたので臨機応変に……」

「臨機応変?彼(織部)の対応を見ていましたが、彼はマニュアルを完璧に遵守していましたよ。彼のやり方で店が回らないのだとしたら、それはあなたの『人員配置』が間違っているということです」


正論。

毒島が最も嫌い、避けてきた論理の刃。


「さらに、通報にあった『勤怠改竄』についても調査させてもらいます。アルバイトの方々の証言と、防犯カメラの映像を照合すれば、すぐに分かりますからね」


毒島はその場に崩れ落ちた。

人件費の不正操作がバレれば、懲戒解雇は免れない。

いや、横領で訴えられる可能性すらある。

俺様ルールで築き上げた砂上の楼閣は、たった一冊の「公式マニュアル」によって粉砕された。



一週間後。

ステーションマートには、新しい店長が派遣されていた。

毒島は契約解除となり、多額の賠償金を請求されているという噂だ。


バックヤードで、織部は着替えを終え、タイムカードを押した。

ピッ。

22:00。

定時。

一分の狂いもない退勤記録。


「お疲れ様、織部くん!」


美和が明るい声で手を振る。

新しい店長はマニュアル重視の常識人で、無理なワンオペも解消された。

職場環境は劇的に改善し、ようやくまともな店になった。


「ありがとうね。織部くんのおかげで、すごく働きやすくなったよ」


美和の感謝の言葉。

だが織部は軽く会釈をしただけで、何も言わずに店を出た。


夜風が冷たい。

織部は携帯を取り出し、簡易明細サービスを見た。

増えてもいないし、減ってもいない。

労働という入力に対し、対価という出力が正常に返ってくる。


彼は美和を助けたかったわけではない。

毒島という「バグの塊」が、店舗というシステムのリソースを食い潰し、異常動作(違法労働)を引き起こしていた。

だから上位のシステム(本部)にアクセスし、仕様通りのパッチを当ててバグを削除した。


それだけの処理だ。

織部はコンビニの明かりを背に、夜の街へと消えていった。

世界にはまだ、修正すべきバグが無数に存在している。


(第7話完)


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


本作は第4部となります。

前のエピソードを読むと、織部という存在の“ズレ”がよりはっきり見えてきます。


マニュアルキラー 第1部

 〜その「説明書」を信じてはいけない〜

https://ncode.syosetu.com/n4289lo/


マニュアルキラー 第2部

 ~校正なき改竄~

https://ncode.syosetu.com/n4641ls/


マニュアルキラー 第3部

 ~不適切な運用に関する修正履歴~

https://ncode.syosetu.com/n4150lw/


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