20.血よりも濃く、深い 1
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とにかく、まずは止血。そう分かっているのに体が動かなかった。
何故、とも思ったが答えは簡単で、セトを庇ったからだ。セトが兄上と呼ぶのだから例の第一王子様なのだろう。
彼の右肩辺りに噛み付いた植物だったものは、すでに枯れて朽ち果てていた。支えを失った王子殿下の身体はぐらりと傾き、鈍い音をたてて床に倒れた。
たぶん、その音で私の思考は正常に戻った。駆け寄り、手をかざして治癒魔法を発動させる。
「あ……あ、ぁ…」
「セト! 気をしっかり持って! 絶対死なせないから!」
死なせられるわけがない。出生はどうあれ、立場はこの国の要人だ。
それ以前にセトの兄で、セトの大切な家族だ。
治癒をかけながら王子殿下の身体の状態も観察する。
傷自体は深いが、致命傷ではないのは幸いだ。だけど治癒魔法のかかりが悪く、なかなか血が止まってくれない。
というか… この人、身体の状態が悪すぎる。
衰弱しているような感じで、よく動けていたものだと感心した。セトを庇った辺り、偏屈な人だと聞いていたが、王子殿下なりにセトのことを大切に思っていたのかもしれない。
脱水症状、軽い飢餓、筋肉の萎縮、呼吸困難に目眩、頭痛もあったはず。
この人、監禁されてた…?
あと今気づいたけど、精神異常をきたすかもしれないほどの洗脳もかけられていた。王子殿下を監禁して、洗脳して、犯人は何がしたかったんだ?
あぁもう! 一個ずつ治すの面倒!
『『あ、』』
私は魔法袋からとある液体が入った小瓶を取り出した。
離れた所でサーラとフィーラの声が重なった。『それは…!』とでも言いたげな表情をしている。
いいの。この人の命優先。
「一体何を…」
『心配しなくてもいいよぉ。ただのエリクサーだから~』
「え」
「アース、ポーションね」
「………え?」
『エリクサー級の~?』
「…ただのポーション」
声色からセトが困惑しているのが伝わってくる。
まぁ、ただのと言い張るのは無理があると分かっているが、それでもただのと言い張らせてもらおう。
作った時はまさかエリクサー級ができあがるなんて思ってなかったんだからしょうがないじゃない。
本当にただのポーション作ってたつもりだったんだけどなぁ…
それはさておき。作っといてよかった、持ってきといてよかったなって思った。助けられるのだから。
「セト、貴方のお兄さんは大丈夫だから。もちろんレーダスも。貴方は、貴方のすべきことを」
「…!!」
私にそう言われてセトはハッとした顔になった。
セトだからできることがある。それはセトも思い出したようで、困惑は消えて目に力強さが戻った。
私は左手で治癒をかけ続け、右手で小瓶を持って蓋を口で開けた。行儀が悪かろうが知ったことではない。
ポーションなどの液状の薬は普通は飲むもの。
けれど、時にはポーションが必要なのに飲める状態ではない人だっている。今の王子殿下のように意識がない人とか。
飲ませられないからといって使えないわけではない。ちょっと、ポーションの使い方が特殊になるだけだ。
魔力に乗せ、霧状に変化させる。少し魔力操作が複雑なので集中力がとてもいる。
ポーションを使用しているその光景を見るだけなら、綺麗なものなんだけどな。今は私が行っているので見られないけど。
『…こら、手が止まってる』
「す、すみません!」
謝る魔導師の人と、緩みを指摘するネール。
あちらも特に大きな問題はないみたいだ。魔法陣が消えかかっているからもうすぐっぽい。
叱られつつも、こちらも複雑な魔法を少しずつ解いていく魔導師の人。
思わず手が止まってしまうほどこっちを見ていたのかな? なんか彼が、襲撃に加担していたってことで罰せられるのはもったいない気がしてくる。
「なんだこれは!? 何が起こったんだ!」
大声を出しながら入ってきた男の人。身なりからして誰であるかは大体予想つくけれど、気づいて駆けつけるのが遅くないだろうか。わざと派手目にやって周囲に知らせるような音を出していたつもりだったんだけども。
ここまでおおっぴらに王子を襲撃するなんて、反逆を起こしていると言っているようなものだ。
反逆、またはそこから発展して内乱にでもなったら小国故に立ち行かなくなるかもしれない。そうしたら国の存続の危機である。
まぁ、国がどうたら貴族がどうこうは私の与り知るところではない。
レーダスのことならば、喧嘩だろうがなんだろうがいくらでも買ってやる気ではある。
「…! セティアナイツ! マクシミリアン!」
「父上… すぐに、チギハム侯爵の捕縛と尋問を。彼は、やってはいけないことをやりました。とある高貴な御方たちから怒りをこの国が買ってしまう前に、この場を収めなければいけません。そうでなくとも! 私は、この人を絶対に許すことなどできません!」
強い意志がこもった目をしている。
セトがどれほど真剣で、どれほど本当のことを言っているのかを、セトの父親… カル国の国王様は理解したみたいだ。
ただまぁ、怒りを買う前にというのはだいぶ楽観的に見た嘘だとは思っていないだろう。だってもうすでに買ってしまっているようなものだと思わないし、普通なら。
それに、その高貴な御方たちが精霊のことだというのも予想外のはず。普通なら。
でもセトのその言いまわしはわざとだろうから、私からは何も言わないけどね。
「陛下! 私は何もしておりません! あの2人が突然現れてっ… そうです! 侵入者です! セティアナイツ殿下が手引きし、マクシミリアン殿下を…!」
その侯爵と呼ばれた男は、私とラティを不法入国者として対処していたことにしたいようだが、たしかにそこは私たちにとってつかれると痛い所だ。
でもそれをセトが手引きしたという主張は断固として否定しなければ。これは、私の独断なんだから。
国王様はセト側の主張も、侯爵側の主張も聞いた上で、そしてこの場の今の状況を見渡して考え込むように目を閉じた。
考えてる時間が、少し長いように感じる。
まさか、と嫌な答えが頭をよぎる。沈黙の長さに自分の有利を期待した侯爵のニヤニヤが溢れ出ていた。
…だが、国王様の答えはすでに決まっていたのだ。
「…衛兵よ、国家反逆罪でチギハム侯爵を取り押さえよ。今回、侯爵に加担し、セティアナイツやその客人に向かって襲撃した魔導師たちもだ」
「なっ、何故ですか!? 私ではなくセティアナイツ殿下が…」
「そちらが襲ってきておいて何を言うか。リルフィやラーティ殿に関してもそうだ。彼女たちは私が呼んだ、私の客だ。入国手続きも許可取りもすでに済んでいる」
え、そうなの? いつの間に?
まるで私たちが来ることを分かっていたかのような手際の良さだ。そのおかげでさっきまで抱いていた心配は無くなったけれど。
治癒だけに集中できていたので、意識はまだ戻らないし安静が絶対だがもう大丈夫と言えるまでに治すことができた。
もしも追撃等があって治癒できなかったら助けられなかっただろう。
「じ、じゃああの子供は何なのだ!? あの子供も客だと言うのか!?」
あの子供、と言いながら侯爵はレーダスを勢いよく指さした。
未だにあの魔術師の人しか見えないみたい。徹底的、というか少しねちっこさも感じるんだが、みんな… もうそろそろいいんじゃない?
そう思ったのとほぼ同時に、レーダスに巻き付いていた鎖が消えて無くなった。傾いたレーダスを支える為に、ネールが元の姿に戻る。
当然、自分という存在を周りに認知させるということになる。
『解けた! 次は解呪ね!』
『フォンセ! ルーチェ! こっち来れるか?』
『『はいっ!』』
『本当はリルフィもいた方がいいんだけれど…』
「大丈夫! すぐ行く!」
「リルフィ、後は僕に任せて。簡単な治癒なら僕もできるから。残ってる小さな傷くらいなら治せるよ」
「うん…! じゃあラティ、後お願い」
ネールを始めとして、他のみんなも次々に元の姿になっていく。
まるで時が止まったかのように静かになったが、その静寂を破ったのはセトだ。彼は、自分が何をしたのか未だに理解していない侯爵に、怒気を含んだ声色で問いかける。
「アナタの言う“子供”が、この国にとって… 今の王家にとってどれほど大切な存在か、まだ分からないか?」
まだ、分かっていない顔。
否、分かろうとしていない顔。
分からないからといって、口撃の手を緩めるセトではなかった。彼にとってはレーダスのことに加えてお兄さんのこともあるだろうから余計にそうだろう。
「チギハム侯爵、アナタは学園も出ているし、留学もしていたはずだ。その存在の重要性も学んだはずだし、理解していると思っていたんだが? 何一つとして、頭に入っていないというのか?」
遠回しに「お前はバカなのか?」と言っているようにも聞こえて思わず笑ってしまいそうになった。もちろん、そんな空気ではないから我慢はしたけど。
国によって差はあれど、妖精や精霊のことはこの世界にとってはもはや常識。たとえ見たことなくても信仰している人もいるくらいだ。
他の属性の精霊はともかく、この国の人ならば“氷の精霊”のことを知っていなければおかしい。
何もない所から急に現れた、は妖精や精霊絡みを意味するのに。セトはそう言いたいのだ。
「……じゃあ、あの子供は、氷の精霊様だというのですか」
「そうです」
「認められたというのか! なぜっ… 何故お前が!」
「…いいえ、私はまだ、正式には認められてはいないと思う。ただ、この血のおかげで… グラシエ様のおかげだ」
「グラシエ様の血のおかげというのならマクシミリアン殿下だって…!!」
「………ちが、う」
カッサカサの、聞こえないくらいの掠れた声が彼らに届き、沈黙が流れる。
その声の主は僅かに意識を取り戻したセトのお兄さんだった。
意識は取り戻したが起き上がる力はなく、ラティに支えられてやっと身体を起こしている状態だ。
それでも、その目には力強さがあった。セトと、同じ目だ。
血のつながりなんかなくっても、この2人は兄弟なんだと伝わってきた。
「ぼく、は… ちち、う、えの… こでは…ない…で、す…」
「な… 何を言ってるんですか。貴方はアリィと陛下の…!」
「…………ぼく、の… ほん、とうの… ちちおや、は… へい、みん、です、よ…」
「……………………………は…?」
「チギハム侯爵。其方の父上、先代侯爵からどう聞いたのだ。聞かされなかったのか? チギハム家には、責任を取らせる為にもアリィのやらかしたことはすべて伝えたのだが?」
国王様の言葉が無情にもその場に響く。
聞こえているのかいないのか。侯爵の顔が、能面のように顔色も表情も失われていった。




