21.血よりも濃く、深い 2
現侯爵にちゃんとした話が伝わってなかったのだろうか。
というよりもわざと伝えられなかったかのような印象だ。チギハム家には伝えたと国王様は言っているし、先代侯爵がどう受け止めたのか、真意は分からないままだけど。
「…では、チギハム侯爵様は元王妃… アリィ様の罪を知らぬと」
「この様子では、毒杯を賜るほどの罪を犯したことも理解できるかどうか…」
「毒杯…? アリィが、毒杯だと…?」
ショックが大きすぎるのか、さっきまでの勢いはなくなり、すっかりおとなしくなった。
国外追放や修道院送りなら、まだ生きている可能性も抱けていただろう。
でも、毒杯を賜ったとなればそれは死以外に先はない。この世にはもういないことを意味している。
「アリィ様は王以外の男と交わり、子を成しました。相手の男は騎士団団長補佐をしていた“平民出身の男”です」
「へいみっ…… そんなはずがないっ! アリィが、アリィが平民となど!」
「それだけならまだ離縁の後の修道院送り、もしくは北の塔幽閉で済んだかもしれませんが、アリィ様はもう1つ、罪を犯しました。この国で一番重い罪を。これについてはマックス… マクシミリアン殿下から直に調査を頼まれていたので、だから殿下も知っておられるのです」
「はぁ…? 間男以上の罪がこの国にあるな、ど…」
声がだんだんと小さくなっていって、顔色も色素がなくなるんじゃないかってくらいなくなってて。
間男間女はよくある…ことではないだろうが、それもした本人たちの立場で罪の重さは変わってくるのだろう。
王族ならだいぶ重いはずだ。しかも国母といえる王妃の立場で。
戒律がびっちり厳しい国ならば一発で毒杯もあるだろう。
この国が緩いというわけではないが、それでも国外追放は固かったはず。
「……その当時、騎士団団長が陛下に直々に相談があると申請があったそうですが」
ぽそりと呟かれた。
その人はさっきも侯爵に向かって話していた人だ。第一王子に寄り添うようにしているので、従者か何かなのだろう。
その当時、元王妃がまだいた頃のことか。
国王様もぴくりと眉が動いた。表情を変えない所はさすがだと思うが、逆に変えない所がさっきのワンリアクションを際立たせている。
「ぼく、は… 会い、た、かった…です… ほん、とうの、ちち…うえ、に…」
まさか、と喉の奥がくっとなった。
じゃあ、もう… 第一王子様の本当の父親は…
第一王子はその言葉を吐いてまた意識を手放した。でもさっきとは違って穏やかな息づかいだから、もう心配はいらないだろう。
「…父上、話す場を整えましょう。チギハム侯爵も聞ける状態ではなさそうですので」
「あぁ、分かった…」
返している言葉に力がなかった。うしろめたいことがあるのか、国王様は第一王子様の方を見ようとしない。
シルヴィアの時もそうだった。どの国も一緒か、大人たちは、身勝手だ。
『あ、る…じ…?』
「…!」
うっすらと開かれた目から見慣れた水色が見える。その色を見た瞬間に「あぁ、この子はここにちゃんといる」と思って泣きたくなった。
よかった、消えなくてよかった。また声が聞けて、本当によかった。
私はその気持ちで胸がいっぱいになり、レーダスの存在を確かめるように優しく抱きしめた。
微かに、服を掴んでくる小さな手の力に、私はまた泣きたくなった。
~*~
場所を移して、ラティとみんなと一緒に少しだけこの部屋で待っていてほしいとセトに言われた。
待つのは別によかった。お詫びの意味もあるのか、たくさんの茶菓子や紅茶も運ばれてきた時はさすがにびっくりしたけど、まぁ、美味しくいただいている。
ただ、何があるのか分からないので警戒は解かないけれど。さっきから妙な視線も刺さってきてたし。
さっきのあの場の、目に見える範囲にいた人の気配は全て覚えている。
…ので、セトやセトの従者、国王、侯爵といった面々から何かしら向けられていればすぐに分かる。
だけど感じたのは分かっている人のものではなかった。顔も合わせたこともない、他人も他人のもの。
けれどまぁ、この国の人からすれば王子殿下の客といえど、私たちは他国の人間。気にならないわけがないのかもしれない。
好奇だったり、嫌疑だったり。半々といったところか。
「あの、お二方」
「貴方は確か… パルシファイ殿、だったか…」
「お久しぶりです、ラーティ殿。先程は、ありがとうございました」
この部屋に案内されてたから、ざっくりとだがラティからあの場にいた人たちのことを教えてもらった。
顔見知りとして名前は知っている程度の交流だったらしいので、詳しい内面までは分からないとのことなのだが、目の前のこの人はセトの側近のパルシファイ様。セトが唯一信頼できると言っていたから大丈夫な人のはず。
少なくとも、悪い氣は感じない。
パルシファイ様は、私の腕に抱かれて眠っているレーダスを見た。
まだ信じられないというような顔をしているけど、どこか納得もしている様子。主の本願が果たされて安心もしているんだろう。
一国の王子としてはまぁ、まだまだ問題は山積みかもしれないけど。
でも本人も含め、優秀な人は多そうなので何とかなると思う。頑張ってほしいところだ。
「セトは今…」
「お父上… 国王様と、王妃様と話しております。アリィ様の件は、国王様も無関係ではないので… その辺りの追及もするのではないかと」
「追及って…」
「ちゃんとした対応をしなかった、という意味では国王だろうと父親だろうと許さないのが、セティアナイツという人間なので」
必要なことだとしても辛くないわけがない。
セトにとっては王である前に、父親だ。可もなく不可もなくというような関係だったとしてもだ。
超絶仲が悪い、冷え切っているとかだったら遠慮なくやれたのだろうか。
そこはまぁ、私も、似たようなものだったか。
「でもこれで… 退位と即位が早まるのかもしれませんが」
「どういうことですか?」
「……これは、本当の関係者しか知らないことですので、口外はしないようにお願いします。実は、国王陛下はここ最近体調があまり優れません。後遺症のようなもので、退位をするかどうかの話が持ち上がっておりました」
「王太子がいるから進められる話だな」
確かに後継が何も決まっていないのに、国王が突然崩御したとかになったら大問題だもんね。
けどそんな弱みともいえることは重要事項で普通なら知らされない。つけこまれて下手したら国の乗っ取りもあった可能性だって…
…もしかしたら、そういう意味でもセトは狙われていたのかもしれない。
「セトが今すぐに即位するのは問題はありません。成人していますし。…ただ、若すぎるのも事実」
それも確かに、だ。
ずっとずっと昔の、どこだかの国で。国王が早々に亡くなり、まだ8歳ほどだった王子が即位したというのは歴史として残っていることだ。セトよりはるかに歳下の、まだ子供の王子が即位した事実があるので、即位すること自体はできるのだろう。
だがさっと言うほど簡単ではないし、その後国を回していけるかはまた別だ。特にこの国は小国。隣国との関係も重要だ。
正直、フィエーダとの関係をどうこうするよりも、より広い面積で隣り合っているもう2つの隣国の方をどうにかした方がいい気がしなくもないけども。
まぁ、何を優先するかは本人たちの決定次第でもあるか。私が余計なこと言う必要はないよね。
『言っていいんじゃない?』
「え??」
『余計なこと』
私が首を傾げると、ネールはにっこりと笑うだけで教えてくれない。
いや、だから、言っていいとは言うけど“余計なこと”だよ? 余計なことなら言わない方がいいってものじゃないの?
まるで私だから言っていい“余計なこと”があるみたいな…
「けれどまぁ、実際はまだ話し合いを重ねるだけになるんでしょうけど。さすがに今の状態で王位を引き渡すのは無責任になりますから」
元王妃様の件で新たな責任が浮上するかもしれないしね。
セトとしては、きっちりと清算してスッキリしてから、自分が未来で背負うべきものと向き合いたいだろう。
ガチャッと音を立てて扉が開いた。
顔を出したのはセト。ほんの少しだけ難しい顔をしている。国王様と何を話してきたのかは知らないけど、一段落はついたみたい。
パルシファイ様がセトの肩をぽんっと軽く叩いた。
セトは眉を下げて困ったように笑い、パルシファイ様はしょうがないというように小さくため息をついた。
私は何を言っても気休めにしかならなさそうな気がしたから、話しかけられるまでその場を黙って見守った。
「レーダス様のご様子は?」
「今は落ち着いてるよ。でも、しばらくは意識戻らないかもしれないけど」
「……そう、か…」
あの呪いは、対象から魔力を奪う呪いだった。
妖精や精霊は、簡単に言えば魔力が形を成している存在だ。だから魔力が無くなればその身体は消滅する。
どんな存在にも衰えというものは存在する。
精霊も、何百何千とおかしな時の感覚ではあるが、それぐらいの時間をかければ衰えていく。
衰えの影響を最も受けるのが“感情”。そして私が分かりやすいと思ったのがゼノン様の件だった。
本来ならば長い時をかけて衰えていく力を、強制的に奪ってゼロにしようとしたのがあの呪い。そしてそれは本当はセトにかけられるはずだったもの。
精霊たちほどではないが、人も魔力が無くなれば死ぬようなことになることもある。
無意識の本能というやつか、ゼロになることはないが、それでも行動不能にはさせられる。
まぁ、その後どうする気だったかは容易に想像ができるけど。
「……リルフィ、勝手で申し訳ないが、そのままレーダス様を連れ帰ってもらえるか?」
「でも…」
「…………頼む」
セトの今の気持ちも、どうしてそうするのかの理由も痛いほど分かる。分かるけども…
レーダスの気持ちはどうなるの?
心配でついていって、危険から守って意識を失って。目が覚めた時にセトがいなかったら…
そうも思うけど私もどうしたらいいか分からなくて、無理矢理の笑顔でそう言うセトに、私は頷きを返すしかできなかった。




