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んにゃふ
『んにゃふ
————完
《んにゃふ考察・構造分析。——。》
物語は、最後に、ただ一言
『んにゃふ
で終わる。
物語の始まりは、物語の終わり。
作者の水色ヒナ天国旅行は、以前インタビューにてこう語っている
『余白っす。』
全ては余白なのだ。
『んにゃふ
に至るまでに、果たしていかなる物語が存在したのか。あるいは、
存在していなかったのか。
物語は、作者の手を飛び立った瞬間から、
自由を得る。
それぞれの読者の心が、意味を決めるのだ。
うん。たぶん。
感動にまみれた愛の物語。
闇にうごめく人間の性。
お利口ちゃんな子犬のお話。
路地裏のシンフォニー。
様々な物語は、自由で無限で無限自由。
注目すべきは、
『んにゃふ
のカギかっこは、閉じられていないとゆう事実。
そこには、なんだろ、叶わぬ夢的な、届かないゆえの儚さとか、溢れ出す性欲とかあとね、
ええとね、
甘さ。とかあまえんぼ。
とかがあるかもしんない。のだ。
かっこが閉じられないままということは、
この言葉は、今もまだ現在進行形で世界に響き続けているということ?
だといいな。
文学界に激震が走らないレベルの、
恐るべきインチキの極致にして、
ぜんえい文学ですね。おそらくインチキ。
とりあえず、完って書いて、作者はどっか遊びに行ったかもしんないけど、私達はそこに
余白を感じなければいけない気分になる。
鼻血。
氷。




