第一章7 好きな人と班を作ってください
「再来週の林間学校の班を決めます。好きな人と五人の班を作ってください」
二年七組の担任は、林間学校で何をするのかを軽く説明した後、クラスに対してそう発言した。
林間学校。学生たちが自然の中で集団生活を行う行事である。普段とは異なる環境だからこそ養われる創意工夫、協力して何かを達成するために獲得されるコミュニケーション能力、そして特別な日常という青春のスパイス。それはなんとも素晴らしい学校行事に思えるが、果たして本当にそうなのだろうか。
現代において自然の中で暮らす人々のほうが少数派なのではないだろうか。近年、休日にアウトドアを楽しむ大人たちが増えているのは逆説的に自然の中でなくとも生きていける証明なのではないだろうか。学校教育というのは子供たちを社会で生きていけるようにするための基盤を作るためのものだろう。ならば自然の中に身を投じなくても生きていける現代社会人には不要な行事のようにも思えてくる。
続いて集団生活の大切さだが、これも現代には合っていないように思う。核家族化が進んでいるのは周知の事実であり、そもそも人間が群れて生活をしていたのは一生物として貧弱だったからにすぎない。群れずとも生きていける社会が形成されている以上、昔々に人類に備わっていた習性など不要なのだ。
したがって自然の中での疑似生活も、遊び心がほとんどを占める学生たちを集めただけの集団生活も不要であるというのが俺の結論だ。
そして何より、何よりも、異議申し立てしたい内容は好きな人と班を作ってくださいなどという愚かな指示である。もしも林間学校の目的の通り、自然の中で集団生活を確立するという目的に沿わせようとするならば、好きな人などというふざけた基準で班を作るのではなく、優秀な人材を各々が検討し、取引を持ち掛けてくださいと支持すべきであろう。考えてみてほしい。会社が営業やら開発やらの部署に誰を配置するか決めるとき、仲の良い人同士のグループを作りましょうなどと考えるだろうか。否。断じて否。当然、最も利益を期待できる人材を適正ある部署に配属するものである。
つまるところ、再来週に開催されるという林間学校は社会に出る前の訓練にすらならず、学生のお遊びでしかないのだ。生憎、俺は学生のお遊びに付き合っている暇などない。結論を言おう。俺は林間学校を欠席する。断じて一緒の班になってくれる人がいなくて辛いからではない。長い人生と真剣に向き合ったとき、もっと有意義な時間の使い方があると賢い俺は気付いているからだ。
「あと決まってないの柏木君だけだけど大丈夫?」
委員長の優しい声音が俺にだけ届く声量で耳に響いた。どうやら崇高な思考を深めている間にクラスの班決めは終わったらしく、残りは俺だけのようだ。
「問題ない。人生という規模で考えた結果、俺は林間学校を欠席することになった」
「問題あるねぇ。一体なんでそんな結論に至ったのかはどうせくだらないことだから聞かないけど、もし困ってるなら私たちの班に入る?もう五人は埋まってて六人目になっちゃうけど、私それでいいか先生にお願いしてみるから」
俺が長々と考えて導き出した結論はあっさりと無視され、委員長の優しい配慮が無自覚に俺の心を傷つけてくる。
「いや、俺がいても班の空気を悪くするだけだ。俺は委員長には青春を楽しんでほしいんだ。だから、クラス内の嫌いな奴に声掛けて、そいつの班の空気を悪くしてやるさ」
「ダメに決まってるじゃん!なおのこと私たちの班に入ってもらうからね。もしくは安武君の班でもいいかとは思うけど」
「安武の班ってどうせイケイケ男子たちだろ?嫌だよ。あんなノリについていけねえよ」
「どうせ柏木君はどの班になってもノリにはついていけないと思うよ」
「お前ってたまに性格良いのか悪いのかわからなくなるよな…」
姉と会話すれば常に傷つけられる俺ではあるが、思い返してみれば委員長との会話でも結構傷つけられてきた気がする。
「じゃあ、委員長の班に入れてくれ。委員長の顔に免じて、班の空気を悪くするような行動は控えるから」
「私関係なく、そういう行動は控えてほしいかな。最近、柏木君の担当は私みたいな空気がクラスに流れてる気がする…」
「おいおい、酷い話だな。クラスってのは助け合いが大切なもんだろ。なんだったら俺からクラスの連中に何でもかんでも委員長に押し付けるなって説教してやるぞ」
「さっきからどういう心境で話してるのか不思議で仕方ないよ」
呆れた様子の委員長が溜息を吐く。その後、くるりと体の向きを変えた委員長は同じ班であろうメンバーに声を掛けた。
「柏木君も一緒の班になったから、皆で楽しもう!」
クラスの腫物が同じ班になっても陽のオーラを纏いながら拳を掲げる委員長を見て、他の班員もイエーイと返事をする。しまった、安武の班とイケイケ度が大して変わらない。むしろ班員に女子が三人もいて居づらさが増すじゃないか。
「よろぴくー」
「よろ~」
「イエーイ」
「よろしく」
四人の班員のうち、まともな挨拶は一人しかいない。本当にこの学校は県内有数の偏差値を誇っているのだろうか。彼女らの挨拶によろしくと短い挨拶を返しながら、名前を思い出す。赤紫に染めた髪と黒いマスクが特徴的で、一目でわかるギャルメイクをしている尾木。目立った特徴はないが、普通に美人で性格は典型的な陽キャであり、ギャルその二の神代。チャラくて茶色に染めた髪をカチューシャで上げている賑やかし男子の鈴木。イケメンでクールなのに陽キャグループに馴染んでいる高島。下の名前は全員知らん。まあ、別に覚えなくていいだろう。
そうしてクラス内で浮いている俺は班に属することに成功したのであった。仮に委員長が声を掛けてこなくとも、担任やらが指示をしてどこかの班にねじ込まれていただろうが。
だからこそ、伊吹の属する二年六組は少し異常であった。
二年六組の班決めにおいて、伊吹はどの班にも属することができなかったのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
林間学校の班決めが行われた日、先週同様にお昼は部室で三人で食べたし、放課後は安武も加わって四人で談笑していた。どちらのタイミングでも林間学校の話題にはなったが、伊吹が班決めの話題を出すことはなかった。だからこそ誰も気付けなかったし、翌日に情報収集をしていた委員長から話を聞いたときは驚いた。
二年六組も俺たちのクラス同様に班決めは行われたらしい。そしてクラス内に友人のいない伊吹は、俺がそうであったのと同じように最後の一人になったのだ。そこまではよくある話だ。問題点の一つ目は、そこで誰も伊吹に声を掛けなかったことだ。それでも、まだよくある話の範疇である。だが、ここからが二年六組の異常さが垣間見える状況である。
班に属する必要があった伊吹は、仕方なく近くの席に座っていたクラスメイトに声を掛けたらしい。「私も一緒の班にしてもらっていい?」と。それに対してその班員たちの反応は曖昧なものだった。あからさまに拒むのでもなく、困ったような苦笑いを浮かべ、結局は班に入れるか否かの判断が下されないまま、まるで何事もなかったかのように伊吹が話しかける前の空気に戻ったらしい。
次に伊吹は別の班に声を掛けた。班は五人構成だ。先程声を掛けたのは既に五人が揃った班であったため、今度は四人しか揃っていない班に声を掛けた。わざわざ席を立ち、離れた場所に座る彼らに班に入れてと声を掛けた。そして、それに対する反応はその前の班と同じものだった。微妙な空気だけが流れ、結局は班に属することができなかった。
そして、最も異常なのがこの後であった。仮に伊吹が何らかの理由でクラス全員から嫌われていたとして、拒絶されていたとして、班に属する必要があっても属せていないとき、最後に決定を下すのはクラスの担任であろう。配慮ができる教師であれば自然な流れで伊吹をどこかの班に入れるだろうし、仮に伊吹の担任がそういった配慮をしない人物だったとしても、伊吹さんが余っているからあなたの班に入れてあげてと指示をするはずだ。
しかし、それすらもされなかった。聞けば二年六組の担任は確かにあまり評判の良い教師ではなかった。だが、それでもだ。あぶれている生徒を班活動が必要となる場面において放置するのはとても普通とは言えない。
そんな状況に陥った伊吹はその担任に「班に入れていないのですがどうしたらいいですか?」と声を掛けたらしい。そして、そのときの担任の反応もまた、他のクラスメイトに声を掛けたときと同じように曖昧なものだったらしい。はっきりとした意見を言わず、困ったような苦笑いを浮かべながら時間は過ぎ、終いにはチャイムが鳴って班決めの時間は終了したらしい。
最後にもう一つ不可解なのは、今の一連の話は伊吹自身からではなく、二年六組の生徒から委員長がヒアリングした内容だということだ。つまり二年六組の生徒は伊吹周りの異常な状況を把握しているのにも拘らず、誰一人として助け舟を出さなかったということになる。
「さすがに、異常だよな」
昼休み、恒例になった部室での昼食を欠席し、安武を別棟の屋上に呼び出して話をする。
「異常だな。俺も速川がヒアリングした人とは別の人から同じ話を聞いた。なんで自分の班に入れてやろうと思わなかったんだって聞いたら、はっきりとは答えないまま、最後はそういう空気じゃなかったみたいなことを言っていた」
「空気ねぇ…」
空気。空っぽの気。文字通りこの世に物理的に存在しないにも限らず、概念として大抵の人が認識しており、空気を読むことが学校生活を送るうえでどころか、社会人になっても必要なスキルとなっている現代社会。空気を読まない人間は遠ざけれられ、場合によっては駆除される。
「二年六組でいじめが起きてるといった内容は話を聞いた奴ら全員が口にしなかった。たぶんそれは本当で、担任含めたクラス全員が伊吹への対応をいじめとは認識していない」
安武が聞き込みをして得られた情報を口にする。
「学校側から班決めを強いて、伊吹自身が班に入れてもらうように頼んだのに入れなかった状況をいじめじゃないとは、あまりにおめでたい考えじゃないか?」
「確かに班決めのことは異常だが、暴力もなければ、物を隠したりされているわけでもない。それに、誰も伊吹を無視しているわけでもないんだ。話しかけることはしなくても、伊吹から声を掛けられたら答えはしている」
「なんとも微妙なラインだな。いじめの境界線ってやつか?気に食わないな」
考えれば考えるほど不快になる話だ。空気を読まずに周りから避けられているのは伊吹よりも俺である。そんな俺が伊吹と同じ立場になった場合を想像する。
もし仮に、暴力を振られれば暴力で返せばいい。
物を隠されれば、犯人を見つけてブッ飛ばせばいい。
無視されれば、胸ぐらを掴んで無理やり会話すればいい。
これらはどれも極論ではあるが、そうでなくとも教師なりに状況を報告し、改善してもらうように動けばいい。
しかし、暴力を振るわれるわけでもなく、物を隠されるのでもなく、無視されるのでもなく、裏で悪口を言われるわけでもなく、ただ空気のように扱われ、話しかければ微妙な反応のみが返され、一体どう対処すればいいのだろうか。伊吹を取り巻く状況は、もしかするとわかりやすいいじめを受けているとか、そんなものよりも質が悪いのかもしれない。
「これって、寵愛現象が絡んでいると思うか?」
安武が俺に問うた。
「たぶん、その可能性が高い。微妙なラインではあるが、担任に助けを求めて、形式的に班に入れてもらうだけのことができないのは、寵愛者の介入があると考えるべきだ」
「どうする?」
「寵愛現象なら寵愛を授かった人間がいるはずだ。そいつから寵愛を引き剝がす」
その発言と同時に俺は歩き出し、屋上を出る。
「正面から挑むつもりか?」
安武が声のトーンを少し冷ややかにして俺に問いかける。
「こんな状況、さっさと終わらせてやる」
「…そうか。たぶん司のやり方は正解じゃない。けど、現状で良い案があるわけでもないしな。無理やりにでも盤面を動かすか。時間もないことだし」
そう。時間もない。姉はまだ家に滞在しており、いつドラゴンの正体が伊吹だとバレてもおかしくない。
そして俺は、お昼休みを満喫する二年六組に乗り込み、クラス内の全員に聞こえる声でこう言った。
「伊吹 凛が居づらい空気を作ってる奴はどいつだ?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「林間学校の班決め、どの班も伊吹を受け入れなかったのは何故だ?」
返事はない。クラス内の全員が困惑の表情を浮かべ、目を合わせないようにする。
「そこのお前。どうして伊吹を班に入れなかった?」
「い、いや、どうしてと言われても…」
俺が指名した男子はそれ以降口を閉ざす。
「はっきり答えろ」
「、、、そう言われても」
その男子が答えられずにいると、別の席にいた男子生徒が声を上げた。
「急に何なの?怖すぎだろ。松下困ってんじゃん」
俺が指名した男子は松下というらしい。松下へ視線を向けるのはやめ、俺はその男子生徒に声を掛ける。
「お前は?なんで伊吹を班に入れなかった?」
「お前じゃねえ。久隆だ。別に、俺の班はすぐ五人決まったし、伊吹さんも班に入れてと言わなかったし」
「でも伊吹は他の班には入れてくれるよう頼んでたんだろ?その後入れてもらえず、担任に相談しているところも見てたんじゃないのか」
「確かにそうだけど、それは岡留が対応しなかっただけだろ?俺らに言われても知らねえよ」
岡留というのがこのクラスの担任らしい。彼らはあくまで担任がフォローしなかったからという他責の姿勢のようだ。
「その岡留の対応を見て、誰もなんとかしようとしなかったのか?」
クラス内は沈黙に包まれる。久隆は反論してくるかと思ったが、気まずそうな表情を浮かべて黙った。
「なんなの?伊吹さんの彼氏か何か?言いにくいんだけど、高校生にもなったら班決めくらい自分でどうにかしてほしいし。私たちが悪いみたいに言われてもウザいんだけど」
反論してきたのは女子生徒だった。うねった髪に目つきが悪い。話し方も挑発とヒステリックが混ざったようなものだった。
「伊吹は自分から班に入れてって頼んだんだろ。それを受け入れなかったのはこのクラスだ」
「それも普段から普通に仲良くしてないのが悪くない?言っちゃ悪いけど、人に興味ないって雰囲気出してる人から急に班に入れてとか言われても、正直迷惑でしょ」
クラスに嫌な空気が蔓延しながらも、そんな空気を作り出した俺は気にせずクラス内を観察する。
「お前、名前は」
「…阿賀だけど。…なに?」
俺に名前を覚えられるのが嫌そうな態度を示しながらも、阿賀は答えた。
「阿賀は伊吹をよく思っていないのか?」
「…。何その質問。別に良いも悪いもどっちもないけど。そもそもあんま喋ったこともないし」
俺に対して警戒の色を目つきの悪い瞳に宿しながら、阿賀は答える。
「そうか。それなら誰でもいいから伊吹を班に入れろ。別に無理に伊吹と仲良くしようとしなくていいから、今みたいに無視と変わらないような態度を取るのはやめろ。お前らの担任にも言っておく」
正面から堂々と言う。こんなことをすれば伊吹がさらにクラスに居づらくなるかもしれないことはわかっている。だが、推測が正しく寵愛現象が絡んでいるのであれば、このくらい大胆に行動したほうがいいと判断した。
もし伊吹に対して曖昧で無視と変わらないような態度を取っている原因が寵愛現象だとすれば、それは俺のように超パワーを得たり、伊吹のようにドラゴンに成るというわかりやすいものではない。わかりづらく、概念的なものだ。無視の寵愛、いや、無視しているわけでもないからより正確に表現をすれば『不干渉の寵愛』か。
そんな不干渉の寵愛の影響を受けてクラスが今の状態にあるのであれば、このクラスの人間は自分たちも気付かぬうちに伊吹に不干渉の態度を取っている可能性が高い。過去に転倒の寵愛により、意図せず転ぶ人が続出したように、意図せず不干渉の態度を取っているということだ。
だが、転倒の寵愛も転ばないように気を付けていれば、転ぶ回数自体は減らせるのだ。同様に二年六組に対して不干渉な態度をやめろと訴えれば、状況は解決せずともマシな方向に傾く可能性があった。だからこそ、今回はこんな方法を取ったのだ。
それに、もしこのクラス内に不干渉の寵愛を授かった人物がいるのであれば、そいつが俺のようなヤバい奴に目を付けられたくないと力を解除する可能性もある。望み薄ではあるが、できることを実行し、早く龍の寵愛を解決しなければならないのだ。
「俺から言いたいことは以上だが、逆に俺に言っておきたいことがある奴はいるか?」
二年六組に問いかける。返事はない。昼休みに急にクラスに入って説教してくるような奴とは誰も関わりたくないのだろう。俺はそのまま教室を出た。
廊下で待っていた安武が歩き出したので、数メートル離れて後をついていく。安武まで俺と同族を思われては都合がよくない。それは安武の周りからの評価という意味もあるが、それより安武にはまだ聞き込み調査をしてもらわないといけない。今回の件で俺から話しかけて受け答えしてくれる二年六組の生徒は確実にいなくなったが、安武まで警戒されるようになっては困るのだ。
人目のない場所まで移動し、彼と会話を始める。
「どう思った?」
「司ってやっぱりヤバい奴だなって思ったよ」
「いや、そうじゃなくて…」
笑いながら答える彼に抗議の視線を向けつつ、真面目な話を促す。
「まだ寵愛現象という確証はない。けど、仮に寵愛現象という前提で話していこう」
「不干渉の寵愛が起こってるとすれば、範囲はやっぱり二年六組内だよな?」
「不干渉の寵愛か。確かに伊吹さんを取り巻く周囲の反応を見れば、正しい表現かもな」
俺の予測した寵愛の名称に感心しながら、彼は言葉を続ける。
「効果範囲は二年六組で間違いないだろう。もし隣のクラスである俺たちまで影響を受けているとすれば、最初の時点で司も速川も伊吹さんを助けようとしなかったはずだ。それに…」
「それに?」
「昼休み中だから当然、二年六組には他のクラスの人たちもいた。これは俺の勘違いの可能性もあるんだが、六組の人と他のクラスの人とで反応が違って見えた。他のクラスの連中は終始頭のおかしい奴という風に司のことを見ていたが、六組の人たちは気まずそうに黙り込む瞬間が何度かあった。それはもちろん当事者だからで説明はつくけど、なんというか、思考が曇っているみたいにモヤモヤっとした雰囲気があった」
「抽象的だな」
「抽象的だが、クラス内の空気とかそういうものに関与している寵愛現象なら、なんとなく感じ取った雰囲気も判断材料に成り得る」
どうしても彼の説明に説得力は欠けるが、ドラゴンに成ったりするわかりやすい現象ではないのなら、それは仕方がないことだろう。具体的な証拠を出せる代物でもない気がする。
「そうなれば誰が寵愛を授かっているかだ。二年六組のみに寵愛が作用しているのであれば、犯人も二年六組の生徒だろうな」
「そうだな。あとは担任も疑った方がいい」
俺の導き出した推測に安武が補足する。二年六組の担任、岡留という教師も容疑者の一人だ。
「だけど、怪しいのは阿賀っていう女子生徒だよな」
「そうだな。口では伊吹を好きでも嫌いでもないと言ってたが、どちらかと言えば嫌っている態度に見えた。あとは阿賀と仲の良い女子グループの誰かとかな。グループの誰か一人から嫌われてしまえば、グループ内の全員から嫌われる。よくある話だ」
安武の推測に同意しつつ、俺は感想を漏らす。
「女って言うのは恐いな」
「別に女に限らず、男子のグループでもよくある話さ。老若男女拘らず、人は仲間に同調するものだからな」
「同調か。同調圧力。まさに伊吹に対して不干渉であれという空気作りに必要なものだな」
人間の嫌な部分を想像してしまい、気分が悪くなる。そんな気分になった俺たちの耳に、高めの声が飛び込んで来た。
「二人とも!大変!」
聴く人を癒してしまうような可愛らしい声を荒げ、こちらに走ってくるのは速川 日和、我がクラスの委員長だった。
「どうしたんだ?そんなに慌てて」
俺が問うと委員長は息を整えないままに答えた。
「凛が、ドラゴンに!体の半分がドラゴンに成っちゃった!」




