第二章おまけ1 夏祭り
夏、夜、この二つの単語を聞いたとき、人は何を思い浮かべるのだろうか。ある人は夏の星空を、ある人は花火を、ある人は肝試しを思い浮かべるかもしれない。
かく言う自分も、ここ最近あったエピソードのことを思うと、肝試しと答えそうになる。しかし、しかしだ、日本人たるもの夏の夜と聞いて思い浮かべるのはやはり夏祭りではないだろうか。
そこまで考えて、日本人ならどちらかと言えば花火のほうが上位に来るのではないかと頭をよぎるが、残念ながら本日の夜空に花火が打ち上げられる予定はないため、そんな余計な疑念は放念することにした。
目の前に広がる光景を今一度見る。まず目につくのは人だ。人、人、人、あまりに多い。夏祭りと聞いて思い浮かぶ光景は立ち並ぶ屋台だと思うが、視界の比率は屋台よりも人間たちで埋められていた。
こうして人が一つの場所に集まるのも夏祭りの醍醐味と言われてしまえばそうかもしれないと思いかける。が、冷静になってみればそんなことはなく、この広い大地の中でわざわざぎゅうぎゅう詰めになる愚かなる生物を醍醐味の一つと捉えることはできない。
人間たちがぎゅうぎゅうに詰められた道の中で俺の肉体が後方に人間により押される。それに伴い前方の人間も俺によって押される。押された前方の人間は「チッ」とあからさまに舌打ちをしてこちらを振り返る。
俺としては不可抗力で起きた事故であり、意図せず加害者側に立ってしまった形だ。それなのに舌打ちされてしまうのは悲しい。ここでの逆転の一手は俺も後方の人間に対して舌打ちをしながら振り返ることだ。そうすれば俺も被害者側に立てる。しかし、よく考えてみれば俺を押した後方の人間もそのまた後方の人間に押された可能性が高い。そうなってしまうと悪の元凶はいったい誰なのだろうか。
そもそもこんなに人が密集すれば起きて当然の事故であり、こんな事態が発生するきっかけを作った夏祭りの運営側の問題ではないだろうか。もっと言えば夏祭り開催を許可している日本政府の問題ではないだろうか。
そこまで考えて俺を睨む前方の人間に対し、俺ではなく日本政府を敵視してくれという究極の他責理論を論じようと決める。
なんてくだらないことを考えていても仕方がないので一言「すみません」と大人な対応をしようとしたとき、こちらを振り返った男はすぐに視線を逸らして再び歩き出した。
それは俺の容姿を見て文句を言うのをやめたということがわかる反応だった。赤い髪を腰辺りまで伸ばしているだけでそんなに恐い人間に見えているのだろうか。だとすればそれはそれでショックだ。
気まずくなったのか前方を歩く人間は人混みの中に紛れようと試みている。その結果、無理に体をねじ込み、それによって少し体勢を崩した人間がまた舌打ちを鳴らした。この短い時間で舌打ちを二回も聞いた俺の心は荒む。
「この光景を見たら争いが無くならない理由がよくわかるな」
「えっ、ただ人混みの中を歩いているだけなのに一体どうしてそんな結論が出てくるの?」
そう答えたのは速川だ。速川 日和。俺の友人の一人であり、奇抜なパステルカラーの緑髪が特徴的な女の子だ。いつもは肩の位置くらいまでに伸びた髪を下ろしている彼女だが、今日は後ろで一つ結びをしている。白を基調とした浴衣には所々にピンク色の花びらのような模様が散りばめられている。
「わかるよ、人が多く集まる場所に来ると人類の愚かさが可視化されるよね」
「え、さっきから二人が何を言っているのか全然わからないんだけど、これって私のほうが変なのかな?」
俺の意見に賛同したのは加藤 ラブマリンという友人だ。それに対して速川が困惑の反応を示す。
「速川はもっとしっかり観察しないとダメだぞ。これだけの人混みの中だったら人間の嫌な部分を百個は見つけられる」
「司君は甘いね。私はもう既に二百個ほど見つけているよ」
ドヤ顔でそんなことを言っている加藤の姿を視界に映す。前髪がかなり短く切り揃えられ、可愛らしい眉毛が露わになっている。目は小さく、そこには新調したメガネが掛けられていた。以前のようなサイズの大きい黒縁メガネではなく、楕円形のスタンダートな形のメガネだ。今度のそれは彼女の顔のサイズに合っているように見える。服装な左胸の位置にポケットが付いた白い無地のTシャツにスリムタイプのデニムパンツだ。
「これは私が悪いのかな…あ、でも私だってちゃんと観察力はあるんだよ」
俺と加藤の発言にドン引きしているように見える速川が反論を試みるようだ。
「ほら、あそこを見て。小さい子供がはぐれないようにパパが肩車してあげてる。あっちの焼きそば屋の列に並んでいる人は赤ちゃんを抱っこしている女性に列を譲ってるよ。あ、あの人は今、前の人が落としたハンカチを拾って渡してた。ね、私だってちゃんと観察力あるでしょ。…それにしても、こうして見ると人の優しさに気付けて人混みも悪くないね!」
最初は己の観察力を示すために話していた速川だが、最後は満面の笑みで人の優しさについて語っていた。俺と加藤は愕然としながら目を合わせた。
「司君、どうしよう。私、浄化されちゃう。心が綺麗な人間になっちゃう。人間の嫌な部分ばかり目が付く司君のこと嫌いになっちゃいそう」
「待て、裏切るな。というかお前、さっき人間の嫌な部分を二百個見つけたって言ってたじゃねえか。俺より酷いからな」
速川の善性に当てられて手のひら返ししようとする加藤に物申す。そんな俺たちを速川は呆れたような目で見ていた。
「はあ、まさか人混みから優しさを見出す日が来るなんて…私はこれから陽姫教に入会するよ。司君、ごめんね。もう一緒の目線から物事を見てあげられない」
「いーや、どんなに速川の影響を受けようがお前は必ずここに戻ってくる。そしてまた二人で人の粗探しをすることになるんだ!」
「やめて!私を闇に引きずり込まないで!私は陽姫様と天界で生きていくと決めたの!」
俺を置いて善人になろうとする加藤の足を引っ張って下界に連れ戻そうとするが、速川の影響を受けた彼女の意志は固い。そうして茶番劇を繰り広げる俺たち二人に対して速川はため息をついた後、加藤のほうに話しかけた。
「あの、加藤さん。その陽姫っていうの、できればやめてほしいんだけど…その、恥ずかしいし」
陽姫というのは東浜高校三大美女が一人、速川 日和の異名である。裏で生徒たちからそう呼ばれている速川ではあるが、当の本人はお気に召してないらしい。
「はっ、申し訳ありません。私なんかがお呼びしていいお名前ではありませんよね。以後は慎みます」
恥ずかしいから陽姫呼びはしないでほしいという速川の意図は伝わらなかったらしく、加藤はいつものおかしな口調で返答した。
「そ、そういうことじゃないよ!普通に日和って呼んでくれればいいから!」
「なっ!私なんかがあなた様のことを下の名前で呼び捨てなどなりません!」
「お前はいったい速川の何なんだよ…」
なおも下手に出る加藤に呆れながらそう問いかける。肝試し大会のときは業務連絡以外で話さなかった二人だが、今回夏祭りに来たことで初めて雑談を交わすことになった。最初はカタコトだった加藤も僅か一時間で慣れてきたらしく、彼女の成長に涙しそうではあるが、コミュニケーションの取り方が独特でおかしいのは変わらずらしい。
「ほら、私もラブマリンって呼ぶから。ラブマリンも日和って呼んでくれれば」
さすが速川。まともに話し始めて僅か一時間でファーストネームを呼び合おうとするとは。これに対して加藤はどう出るか。
「あ、ラブマリンは嫌です。あんまり気に入ってないので」
こいつ、きっぱり断りやがった。自分の意思をはっきりと言えるようになったことは加藤にとって素晴らしい進歩ではあるが、シャッターを閉めるかの如く速川の提案を拒否したことで、流石の速川も動揺と悲しみを混ぜ合わせた表情になっている。
「あ、ごめんね。私、配慮が足りてなかったね…」
露骨にしょぼんとした速川が声のトーンを落としてそう言った。
「いや、配慮が足りてないのは加藤のほうだろ。おい、速川が落ち込んだじゃねえか」
「い、いったいなぜ…!私なんかが御大を落ち込ませてしまうなんて。司君、どうしよう…私、処されるかな。処されるよね」
加藤に苦言を呈したところ、今度は加藤が怯えたような様子になった。女性二人の情緒の変化が激しくて風邪を引きそうだ。
「速川、加藤は下の名前で呼ばれるのが嫌なんだ。七瀬なんかはラブちゃんっていうあだ名で呼んでるから、速川もそう呼んでやるといい」
仕方なく俺は助け舟を出す。それを聞いた速川は恐る恐る加藤に尋ねる。
「ラブちゃんって…呼んでもいい?」
しょぼんとした速川にはいつものハツラツさはなく、若干涙声になっているためその声音は妙に色っぽい。
「は、はひぃぃぃ」
美少女から甘美な声と表情でお願い事をされた加藤は顔を真っ赤にして鼻の下を伸ばしている。
「ほんと!よかった!よろしくね。ラブちゃん!」
勇気を振り絞ったお願いを了承された速川の表情はパァッと明るくなる。その笑顔は光り輝いているような錯覚を与えた。
「…ラブちゃん。あの、陽姫が、私に、ラブちゃん…!ぐふ、ぐふふ、ぐへへへへへ」
強い光に当てられた加藤は喜びと共に気持ちの悪い笑みを浮かべる。人間の鼻の下とはここまで伸びるものなのかと新たな発見になった。
「もっと!もっと呼んで!ラブちゃんって!」
調子に乗った加藤は気持ちの悪い声と表情で速川に懇願する。俺はその下心にまみれたような姿にドン引きするが、善性の強い速川は全力で答える。
「ラブちゃんラブちゃんラブちゃん!ラブちゃん!」
「んひょー」
なんだこれ。視界に映る女子高生二人の異質な光景を目にし、俺は人生の時間を無駄遣いしている気分になった。
「ぐふ、つ、司君もラブちゃんって呼んでくれていいんだよ?」
どこまでも調子に乗ることができる加藤は締まりのないにやけ面でそう言ってきた。
「嫌だ」
「そんなぁ…」
「呼んであげればいいのに」
加藤と速川から異議申し立てがありそうな視線を送られるが、嫌なものは嫌なのでビシッと断る。そんなきゃぴきゃぴした呼び方して堪るか。
「それより加藤のほうからも速川の名前呼んでやれよ」
「ハッ、そうだった。司君と話してる場合じゃなかった」
「おい」
失礼な一言を添える加藤を睨むが、気にしていない様子で彼女は咳ばらいをする。速川の名前を呼ぶために声を整えているらしい。
「は、陽姫様」
「だ、だからその呼び方は嫌だよ!私の名前は日和!」
「し、失敬。今まで心の中で女神様か陽姫様のどちらかで呼んでいたので」
名前を呼ぶだけのイベントをなかなか消化し切れない状況に飽きれながら俺は二人のやり取りを見守る。
「ひ、ひよりん」
「こいつまた急にあだ名で呼びやがった」
意を決した加藤から出たのはあだ名呼びだった。相変わらず距離の詰め方がよくわからん奴だ。
「ひよりん!?いい!凄くいい!可愛い!私、ひよりん!それでいこう!」
当の速川はひよりん呼びが気に入ったらしくご満悦だ。そんな反応が返ってきた加藤もあだ名のセンスを褒められて嬉しそうだ。いや、まあ、ひよりん呼びは加藤よりヒューマのほうが先にしてたんだけどな。速川の反応からしてヒューマからひよりん呼びされていることを忘れていそうなので、今も東浜高校を彷徨っているのであろう彼に少し同情する。
そうして速川と加藤もまた友人関係となった。初対面で加藤が嘔吐したせいで印象は最悪だったが、終わりよければ全て良しというやつだ。終わりというよりは今日が二人の関係性の始まりか。
「さて、まだたこ焼きしか食べてないから他のも食べたくなってきたぜ。あそこのイカ焼きとか美味そうだな。二人はどうだ?」
「わあ、美味しそうだね。でもイカ焼きはタレが手に付いたらベタベタするし私はいいかな」
「私、イカ、嫌い。ちょっと生臭い」
俺の提案に乗ってこなかったため仕方なく一人でイカ焼き屋に並ぶことにする。この人混みなので二人とははぐれることになるが致し方なし。スマホもあることだしすぐに合流できるだろう。
それにしてもイカ焼きについて二人から若干のネガキャンをされたことが少し悲しいた。というか加藤にいたっては完全なイカへの悪口だし。
「加藤はイカのこと嫌いかもしれないが、イカも加藤のこと嫌いだからな!」
俺はイカ焼き屋に一人並んでいる待ち時間に、先ほど加藤から言われたイカへの悪口に対する反撃の言葉を呟いた。
「何言ってるの?」
「うわぁ!」
そんな俺の独り言に対して後ろから急に返事が返ってくる。声の主が気配無く近づいてきたため驚きのリアクションを取ってしまった。こんな人込みで気配無くという表現もおかしな気がするが、人混みだからこそ気配の無さというのは際立つのかもしれない。
「そんなに驚かないでよ。幽霊でも見たようなリアクションされてショック」
そうローテンションな声で返事をするのは七瀬 千棘だ。癖毛の茶色に近い黒髪を肩先辺りまで伸ばし、目にギリギリ掛からない前髪の隙間の下で四白眼がこちらを捉えている。服装は白のサマーニットを黒いロングスカートにタックインしており、足元は黒のスポーツサンダルで涼し気だ。
「お前気配とかないからびっくりするんだよ…。流石は七不思議の老婆だな」
「もう、勝手に七不思議にされたこと気にしてるんだから、あんまり言わないで」
右の頬を僅かに膨らませて怒ったような素振りを見せる七瀬ではあるが、無表情
で声の抑揚もなく落ち着いたハスキーボイスのためイマイチ感情が読み取れない。速川なんかとは正反対である。
「悪い悪い。でも感謝してるんだぜ。お前が七不思議になってくれていなかったら俺はトイレの花子さんとも戦う羽目になってたかもしれない」
「…何の話?」
俺の訳もわからない妄言に七瀬は首を傾げる。これについては七瀬の知らない話だ。
つい先日起きた七不思議の寵愛。俺たちは東浜高校の七不思議と対峙することになったが、具現化しなかったのが林間学校に現れる老婆の怪異だ。具現化されなかった理由は舞台が林間学校ではなかったから、もしくは七瀬が老婆の怪異の正体だと力の発動者である加藤が知っていたため具現化する必要なしと判断されたか。いずれにせよ、あの状況で対処すべき怪異が増えていたら加藤まで辿り着けなかった可能性もあったため、結果として七瀬の七不思議化はグッジョブな結果となった。
老婆の怪異の前はトレイの花子さんが七つ目の七不思議だった。もしそのままだったらあの夜に花子さんが具現化され戦う羽目になっていた可能性もある。そうならなくて本当によかった。
「なんでもない。気にしないでくれ」
俺はそうはぐらかした。寵愛現象の存在もあの日起きた出来事の真相も知らない七瀬には話せない内容だ。
「それよりお前もイカ焼きを買いに?」
「うん。私イカ焼き大好きなの」
「お、話がわかるじゃねえか。七瀬の爪の垢を煎じて加藤に飲ませてやりたいぜ。あとベタベタが嫌とか女子みたいな理由で断った速川も」
「速川さんは女子だよ。そういえばあの二人は?」
「ついさっきまで一緒にいたが、イカ焼きを食うために別れた」
「おお、つまりはラブちゃんと速川さんの二人きり。ラブちゃん大丈夫そ?」
相変わらずの無表情だが、それなりに一緒にいると七瀬の感情も読み取れるようになってきた。今のこの表情は心配の気持ちもあるけど加藤に新しい友人ができて嬉しいという顔だ。たぶん。
「ああ、大丈夫だと思うぞ。普通に会話…ちょっと変だったけど問題なく会話もしてたし。もう加藤が嘔吐するような展開にはならないだろう」
「ふふ。いくらラブちゃんでも嘔吐したりはしないよ」
七瀬のその発言に俺は驚愕する。そうか、彼女は加藤が嘔吐した姿を見たことがないのか。今までに加藤の嘔吐エピソードを断片的に伝えたことはあったが、本当の話ではないと流されていたのだろう。
「くそ、何かこう、悔しいな。加藤に対する俺の苦悩を七瀬ならわかってくれていると思っていたのに、お前はまだ加藤の半分も知らなかったんだな」
「わ、また柏木が何言ってるのか急にわかんなくなった」
七瀬に一度くらいは加藤が嘔吐する姿を見せたくなった俺だが、女友達Aに女友達Bが吐くところを見てほしいというのは、字面にすると相当酷いのでこの望みは手放すことにする。
「まあ、せっかく今からイカ焼きを食べるのに嘔吐の話をするのはよそう」
「えー、柏木が嘔吐の話を言い出したんじゃん」
不服そうな声を変わらぬローテンションで発する七瀬を無視し、ようやく注文の順番が来たため五百円玉を店主に渡してイカ焼きを入手する。七瀬も同じようにイカ焼きを購入したため、大通りを抜けて人の少ないエリアにて腰を下ろす。
「よし、それじゃあ食うか。いただきます」
「うん。いただきます」
そう言って二人揃ってイカ焼きにかぶりつく。俺は味を堪能しつつ感想を口にしようとすると、
「うーん、美味しい。香ばしい焦がし醤油の暴力的な香り、丸ごと一匹使われたイカにはタレが纏わりついてツヤツヤと輝いている。何といってもこの食感!プリップリで弾力のある歯ごたえに、噛めば噛むほどイカ本来の旨味も感じられて暴力的なタレの味だけではないと思い知らされる。お祭りの屋台だからこそのいい意味での雑な味付けにイカのポテンシャルが最高だよね」
「めっちゃ喋るじゃん…」
七瀬は相変わらずの無表情にローテンションな声で熱く食レポをする。彼女が語り過ぎてしまったため俺から出せる感想はもうない。
「私ばかりごめんね。次は柏木の感想を聞かせて」
「ねえよ。お前が言った以上の感想なんざ祭りのイカ焼きにはねえよ」
「えー、私はあと三分くらい語れるけどな」
こうして俺は七瀬が結構お喋りな人間であることを思い出す。いつも無表情でテンションも低いため誤解されやすいが、意外にも彼女の内面はテンションが高くお喋り好きな性格なのだ。初めて図書委員として会ったときも塩対応を続ける俺に対して彼女はずっと話しかけ続けていた。
「ふっ」
「え、何の笑い?」
思わず噴き出した俺に対して彼女は質問する。
「いや、加藤と速川が二人きりで仲良く話す光景なんて想像できなかったけど、思い返してみれば俺と七瀬がこうして一緒にイカ焼き食ってる姿のほうが一年前は想像つかなかったなって」
「あー、それはそう。ほんとだよ、まったく」
一年前の俺の態度を思い出したのか、七瀬はわざと怒ったような態度を取る。
「あの頃は悪かったな。今こうして七瀬と友達になって、くだらない話をできるのが嬉しい」
俺は思ったことをそのまま伝る。一年前の秋の記憶が蘇り、今のような関係性になれて本当によかったと心から思った。
「あら、やけに素直。やっぱり柏木はちょっとずつ変わってきてるね」
「…そうかな。…そうだな」
俺はここ一年を振り返って、彼女の言葉に同意を示した。確かに俺は変わり始めていた。七瀬と出会って変わり始めた。
「私は冷笑系だった憎たらしい時期の柏木も結構好きだけどね」
「憎たらしいって言っちゃってんじゃねえか」
「憎たらしいとこも可愛いってことだよ、ふふん。でも、今の変わりつつある柏木も凄く良いと思うよ」
彼女の四白眼が優しい色となって俺を見つめる。無表情のような表情の中で口角が僅かに上がっている。
「まあ、友人に恵まれたおかげだよ」
俺はそう返事をした。若干照れくささを覚えながらも、本心から言葉を口にした。
「ふふ、私もだよ」
七瀬のそんな返事が返ってきた。
今宵の夏祭りもあと一時間もすれば終了だ。けれど、夏休みはまだまだ始まったばかり。友人たちと過ごせる日々に感謝しながら、一日一日を過ごしていこうと密かに思った。
屋台のほうから鉄板で焼く音が、人混みのほうから雑多な声が、子供たちから楽しそうな笑い声が、近くの神社に植えられた木々の揺れる音が、響いた。夏の夜に響いた。




