第一章4 友達を作ろう
気持ちの良い朝日を浴びながら俺が今登校できていることは奇跡に近い。人は生まれてくるだけで奇跡であり、十年どころか十七年近く生きることなど大層な奇跡と呼んでもいいだろう。とはいえ、太陽が朝日のうちに登校できていることが奇跡と表現したのは、そんな小学校の道徳の授業のような理由ではなく、単純に疲労と寝不足の状態できちんと起床できたというのが理由だ。
寝不足の理由はご存じの通り、思春期に突入して初めて女の子の部屋で談笑をしていたからである。非常に充実した生活を送る人間にのみ許されたシチュエーションのようではあるが、相手が現在半分くらいドラゴンなのと、ロマンティックな雰囲気は特に皆無だったため、昨夜を充実した時間と表現するのはいささか厳しい気がする。
もっとも俺はそこらの下心丸出しの小僧どもとは違い、紳士でジェントルメンで士君子なので、昨夜のようなシチュエーションに内心期待していたり、ドキドキワクワクウキウキしていたなどということは断じてない。断じて嘘ではない。
ちなみに思春期に突入して初めて女の子の部屋を訪問したと表現したが、その女の子の中には当然恐ろしい姉も得体の知れない妹も反抗期の妹も含まれてはいない。あんな姉妹を俺の中の女の子という理想に当て嵌めて堪るか。
そんな姉妹たちに聞かれてしまったら命どころか人としての尊厳すらも危うくなることを考えていたら学校に到着する。ふと校門の脇に立つ者の姿が目に付く。目に付いて当然だ。その人物はパステルカラーの緑髪が似合ってしまう我らが二年七組の委員長、速川 日和だった。
「おはよう!柏木君」
「おはよう。委員長」
いつもの如く元気よく挨拶されて気分は清々しい。どちらかと言えば陰側、カッコいい言い方をすれば闇側の住人の俺でも、彼女の明るさには思わず浄化されそうになってしまう。
「俺に何か用だったか?」
俺と目が合ってすぐに駆け寄ってきたと彼女には何かしらの用件があるのだろう。いや、もしかしたら俺と朝から話したくて待ち伏せていたのかもしれない。伊吹を含めて最近女の子との交流は僅かに増えているので、ひょっとするとひょっとしてモテ期というやつが来てしまったのかもしれない。まあ、それでも俺はクールな男子高生だ。多少異性からキャーキャー言われた程度で浮かれる男ではない。
「用も何も、メッセージの返信がないからだよ。既読は付いてるのに無反応だったから問い詰めてやろうと思って待ってたの!」
一瞬頭によぎった柏木 司モテ期シーズンはどうやら訪れていないらしい。ちっとも悲しくないが、今日は帰り道に美味しいケーキでも買って自分に優しくしようと思う。
さっきまで笑顔で元気よく挨拶してくれた彼女は、プクーっと頬を膨らませてお怒りの様子だ。レディをなだめるのも紳士の仕事だ。華麗に返答しようとしよう。
「いや、違うんだよ。昨日はもう疲れてたし、どうせ学校で会うだろうから、返事はその時で良いと思ったんだよ」
「なーんで一言学校で話すって返信してくれないのかな?」
俺の華麗に成り切れなかった回答に対して、彼女はさらに頬を膨らませてしまった。
「いや、まあ、それは何というか…その、電波が悪くて」
そんな言葉を返しながら彼女の表情を伺うと益々顔つきが厳しくなる。
「うそうそ。ごめん。ごめんなさい。今度からはちゃんとすぐに返信するから許して」
いつもはニコニコしている人がどんどん怒っていくのに耐えられず、思わず謝ってしまった。いや、ここは考え方を変えよう。レディを不快な気持ちにさせないために自身が悪者の立場になったのだ。そう聞くとダークヒーローみたいでカッコいいな。
「初めからそう言ってくれればよかったのに、、、いいよ。今回は許します。だからちゃんと返信してね。また危ない目に合ってるんじゃないかって心配したんだから」
言い訳がましい俺をスッと許せてしまう彼女の心の広さを目の前にして、さっきまで内心では反省していなかった己の胸が傷んだ。やはり光属性の人間と一緒にいるのはよろしくない。最終的には善人にされてしまいそうだ。
「わかった。約束する。心配はさせないよ。その、悪かったな…」
謝罪の言葉を口にしながら、あまり今の自分の態度は良くないなと自覚する。委員長からしたら、ドラゴンの話を持ち掛けた相手が次の日学校を休んで音信不通になったのだ。優しい彼女はさぞ心配したことだろう。きっとこんなぶっきらぼうな謝罪でも委員長は許してしまうのだろうが、俺だってきちんと謝れる人間にくらいはなりたい。
「心配させて、ごめんなさい」
そう言ってから頭を下げた。悪かったと思ったら誠意を持って謝るものである。そちらのほうが自分も相手もきっと気持ちがいい。
「あ、頭上げてよ。私そこまで怒ってないよ。恐がらせちゃってごめんね」
なぜか委員長がおどおどとした様子で謝ってきて、朝から二人で謝り合って何をしているのやら。周りの生徒の視線を感じる。
「そういうわけで何があったかを話そうと思う。一旦部室に行くか」
「わかった。正確にはあそこは部室じゃなくて空き教室なんだけどね」
「まあ、誰もいなければ問題ない」
いつまでも謝り合っていても仕方がないので本題に入るために移動を始める。下駄箱で靴を履き替え、渡り廊下を通って別棟の教室に行く。二階への階段を上っているところで彼女から声を掛けられる。
「辛そうだね。筋肉痛?」
「ああ、全身な。一段上がる度に拷問を受けてる気分だ」
「大丈夫?おんぶしよっか?」
「筋肉痛が理由で女子におんぶしてもらうのは、それはそれで拷問だな」
「全身ひどい筋肉痛ってことは、寵愛の力を使ったの?」
心配そうな声音で彼女は問うてきた。彼女は俺の寵愛現象について知っている数少ない人物だ。
「ああ、使った。詳しくはこれから話すさ」
丁度そう言い切ったタイミングで部室…ではなく、我が『お助けクラブ』なる怪しい団体が使わせてもらっている空き教室に着く。
始業のベルまで二十分弱。おおよそのことは語り切れるだろう。今回の件は彼女に話さなければならない。速川 日和という人物の力が必要だ。
彼女の力を借りることであのドラゴン女子高生をすんなりとただの女子高生に戻せるといいが。
すんなりと物事を解決した試しのない俺は、それでも今回こそはと淡い希望を抱いていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
二日前、委員長と別れてからの出来事を話した。細かい内容は端折ったが、要点は押さえて伝えたつもりだ。
「ドラゴンの話が嘘でなければ寵愛現象だろうとは思ってたけど、まさかうちの生徒が寵愛の対象だったなんて…」
目の前の委員長の面持ちは暗い。誰だってある日突然異形になってしまったら恐いだろう。そんな伊吹の立場になって、人並み以上に共感してしまうのは彼女の美徳ではあるが、なかなかに負担の大きい生き方だろう。
「柏木君、ありがとう!動いてくれて。伊吹さんも絶対に柏木君の行動に救われているよ!」
力強く放たれた感謝の言葉がむず痒い。しかし、重要なのはここからだ。現時点では何一つ解決などしていないのだから。
「それじゃあ、一限目が終わったらさっそく伊吹さんと話してみるね!」
俺から頼もうかと思っていたが、彼女からそう提案してくれる。伊吹がドラゴンに成った原因、つまりはドラゴンに成るほどの悩みは学校に友人がいないことだと彼女自身が口にした。それをそのまま受け取るのであれば、伊吹に友人ができれば元の人間の体に戻るはずだ。寵愛現象は根本の悩みが本人の中で解決すればそれで終わる代物だ。
「ああ、頼んだ。ぜひとも伊吹と友達になってくれ」
「うん、私はそうしようと思ってるけど、柏木君も伊吹さんのお友達になればもっといいんじゃないかな?」
純粋な眼差しを向けられては答えづらいが、生憎自分の意見をはっきりと言えるのが柏木 司なのだ。
「断る。俺は友人を積極的に作りたくないんだ。認めた相手以外とは友人にならない」
「そんなこと言ってるから安武君と七瀬さんと私しか友達がいないんだよ」
「俺を友達に含めてくれたところ申し訳ないが、委員長は俺にとって友達じゃないぞ」
「え…えー!違ったの!?」
かなりオーバーなリアクションが返ってきて思わず耳を塞ぐ。
「別に委員長のことが嫌いなわけじゃないよ。むしろ大抵の人間が嫌いな俺からすれば、委員長は数少ない好感の持てる人物だ。ただ友達ではないだけだ」
「うー、なろうよ!友達になろうよ!」
ショックを受けた様子に委員長には申し訳ないが、俺には俺の線引きがあるのだ。もう絶対に友人など作らないと心に誓ったあの日。今となってはそれから二人の友人ができたが、俺からするとそちらのほうがイレギュラーなのだ。
「悪いな。別に委員長に問題があるわけじゃなくて、完全に俺の問題だ。これから関わらないようにしようってわけじゃないから、いつも通りに接してもらえると助かる」
「うぅ、今年一ショックかも。よし!決めた!一学期が終わるまでには柏木君とお友達になる!私の目標!」
前向きな彼女の姿勢に感心しつつ、別に俺にそこまでの価値はないのだがと心の中で冷静にツッコむ。
「まあ、まずは俺よりも先に伊吹と友達になってくれ。それで伊吹が人間に戻れば全て解決だ」
話を本題に戻し、次の目的を明確にしたところで教室にチャイムが鳴り響いた。
「いっけない!遅刻扱いになっちゃう!」
そう言って教室を飛び出した委員長は振り返って俺に声を掛けた。
「柏木君も急がなきゃ!出席日数とか足りなくなっちゃうよ!」
「俺のことはいいから先に行ってくれ。さっきも話した通り筋肉痛で走るどころか早歩きもしたくない」
二日前にドラゴンと交流するため発動した寵愛現象の反動は未だに治まる気配はない。経験則に照らし合わせると一週間は筋肉痛に苦しむことになるだろう。ちょっと使うのにも憂鬱になってしまう困った能力である。
「それじゃあ遅刻になっちゃう…あ!おんぶしよっか?」
「いいから早く行け」
委員長におんぶしてもらってホームルームに参入など絶対に御免だ。先に廊下を走っていった委員長の背中を見ながら俺はゆっくり歩く。委員長という立場ながら廊下を走るとは何事かと思ったが、遅刻常習犯の劣等生の俺に言えることなど何一つないだろう。
別棟から各クラスのある棟をつなぐ渡り廊下をゆっくりと歩きながら、ふと窓の外を見た。初々しい若葉の色が少しずつ濃くなっている。眩い太陽に照らされる学校は美しく、適当に写真を撮っても青春の一ページとして成立しそうだ。そんな学校の中にも苦悩を抱える者たちは多くいる。中にはドラゴンに成ってしまう者までいるのだ。
普段はごみ拾いやら町のイベントのお手伝いやら雑用ばかりしている『お助けクラブ』だが、設立の目的はそんな悩める生徒を助けるきっかけとなることである。一応は俺もそのクラブに属しているので、微力ながら真面目にクラブ活動といこう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「私、速川 日和って言います!伊吹さんとお友達になりたいから今日のお昼とか一緒にご飯食べたいんだけどどうかな?」
初対面の女子同士がどうやって友達になるのかと伺っていると、ド直球に距離を詰めようとする委員長がいた。ここまで大胆に距離を詰められるのは陽キャ女子のみが成せる技なのではないだろうか。
ホームルームと一限目の間に伊吹には電話し、一限目が終わったら校舎裏に来るように指示をした。そうしなければ委員長は伊吹のクラスに入り込み、大声で伊吹に話しかけたに違いない。余計に注目を浴びるのはあまり良い気持ちではないだろうと配慮し、こういう形での会合にしたのだ。
「えっと、お昼は大丈夫だけど…柏木、説明」
困惑した表情の伊吹が短い言葉で説明を求めてくる。
「伊吹の許可を取らずに話してしまって申し訳ないが、事情を委員長…速川に話してある。理由は二つ。一つは速川も寵愛現象を知る人物だから」
「勝手に話したことについては考えあってのことだろうからいいけど、、、寵愛現象ってそんなに有名なの?」
「この世の無数にある都市伝説の一つ程度の知名度さ。そんな都市伝説が偽りじゃないと知る人間は当然少ないよ」
「そっか、わかった。話遮ってごめん。もう一つの理由は?」
「速川は単純に善い奴だからだ」
少し驚いた表情をした後、伊吹は委員長のほうに顔を向ける。委員長はえへへーと顔をニヤつかせている。今の発言は本心だったが、調子に乗らせてしまったようでなんだか撤回したくなってくる。
「つまりは、私に友達ができれば普通に戻れるってこと?」
「察しがいいな。確証はないが、可能性は低くないと思う」
「わかった。そういうことなら。速川さん、面倒掛けて申し訳ないけど、これからよろしくね」
「面倒なんてそんなことないよ!私もたくさん友達がいると嬉しいから、寵愛現象が無くたって伊吹さんとは友達になりたいよ」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しい…柏木、光が強すぎて私消失しそうなんだけど」
真面目にお礼を言った後、委員長の陽のオーラに耐えられなくなったらしく、俺に助けを求めてきた。
「その強すぎる光に慣れることができれば正真正銘友達なんじゃないか。知らないけど。とりあえずは頑張ってくれ」
善意のみで伊吹の問題解決を手伝ってくれる委員長に対して若干失礼な発言をするが、当の彼女は気にせずニコニコとしていた。その表情は本当に友達が増えて喜んでいるだけに見えた。
「じゃあ、休み時間も短いからまたお昼休みに。場所は私たちがいつも使ってる空き教室にしよっか。別棟二階の階段上がってすぐ左手の教室だよ」
「うん、わかった」
そう短いやり取りを交わして、伊吹は自分のクラスへと戻っていった。そんな彼女の姿を瞳に映す。昨日話した通り、角の断面を隠すために頭には白い包帯がぐるっと三周分ほど巻かれている。多少目立ちはするが、赤髪の俺や緑のパステル緑カラーヘアーの委員長ほどではない。灰色になっていた髪も今日は黒く染めてきているようだ。
二日前に初めて彼女を認識した俺ではあるが、制服姿の彼女を見てみると、確かに一年の間に何度か廊下なりですれ違ったことがあるような気がする。
何はともあれ、一旦は彼女たちが友人となり、ドラゴンが人間に戻るのかを確かめるしかない。数日は様子見といったところだろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
陽は高く昇り、青々とした空が広がる世界の下、今朝コンビニで調達したパンを雑に広げる。三種類のパンをどれから頬張ろうか悩むことなく、適当に手を伸ばして取れたものを口に押し込む。もぐもぐと食べては水分を流し込んで飲み込む。そんな食べ方を二回繰り返した後、最後のパンに手を伸ばした時だった。特に何かあるわけでもない殺風景な無人の屋上に間の抜けたメロディが流れる。
「お昼休み中に電話をするとは何事か。社会に出てそれをしたらオンとオフの切り替えもできない奴だという烙印を押されるぞ」
非常識にも休み中に電話を掛けてきた相手に有難い説教をすると、やや不機嫌な口調で言葉が返ってくる。
「それは胸に刻んでおくけど、柏木君はいったいどこにいるのかな?お昼は凛と一緒に食べるって話してたじゃん」
声の主、速川 日和は本日何度目かのお怒りモードだ。温厚な彼女を一日のうちにこうも怒らせるなんて俺以外にはできまい。
「いや、俺は一緒じゃなくていいだろ?委員長が伊吹の友人になればいいのであって、俺が友人になる必要はない」
「なるほど。柏木君はそういう認識だったのか。わかった。今度からははっきり柏木君にどうしてほしいか口にするね」
いまいちわかってなさそうな発言をする彼女に俺の主張を伝えようと試みる。
「別に俺はいなくていいだろ。女子二人の中に俺いても何もできないって。ちょっと離れたところでモジモジする羽目になるなら、青空が綺麗な屋上でパンを食べることを俺は選ぶ」
「よくそんな情けないセリフを自信満々に言えるものだね。大丈夫だよ。柏木君もちゃんと会話に入れるように気配りするよ」
「委員長って無自覚に酷い時あるよな…」
冗談半分でした自虐交じりの主張内容は肯定され、挙句の果てにいらん気配りをしてきやがった。なんだか無駄に傷ついた気がする。
「でも実際、俺がいなくても問題ないだろ?まさか速川 日和ほどの人間が同い年の女子と二人きりで気まずいわけでもあるまいし」
「それはそうだけど、朝の会話的に柏木君も来るものだと思ってたから、凛と二人で来ないねーって心配してたんだよ」
流石はみんな仲良くしましょうという小学生で習う教えを体現する我がクラスの委員長だ。初対面の伊吹と二人きりでも問題はないらしい。まあ、それは伊吹の呼び方が凛に変わってる時点で、いつもの如く恐ろしい距離の詰め方をしたのだろう。
「そうか、心配させて悪かったな。実は今、別棟の屋上で昼飯を食べてるんだ。だからそっちの部屋には行けそうにない」
「この流れでまだ来る気ないんだ!?もういいよ!私たちのほうから出向くよ」
「いや、そこま」
と、俺が返事をする前に電話が切られる。俺の憩いの場所、無人のオアシスに足を踏み入れられるのは些か嫌ではあるが、普段からお世話になっている委員長が来客相手だ。むしろここは歓迎ムードでお出迎えしよう。
レディを地べたに直接座らせるのも悪いと思い、ハンカチを敷いてみる。紳士たるものこれくらいは当然である。次の瞬間、穏やかな空気を切り裂く突風がハンカチを攫っていった。俺のハンカチー!
「何してるの?」
ハンカチが屋上から落ちる寸前で見事にダイビングキャッチするという熱い展開が起きていたことも知らず、滑稽な体勢で膝をついている俺を見下ろしながらそう口にしたのは伊吹だった。
「いや、気にするな。紳士にはトラブルが付きものってだけさ。それよりも早かったな」
「まあ、同じ別棟にいたし」
見下ろすような視線を変えずに伊吹は答える。俺は憩いのオアシスでなぜこんなにも屈辱を感じているのだろうか。
「ていうか、屋上って立ち入り禁止じゃなかったっけ?」
そう言ったのは伊吹のすぐ後ろにいる委員長だ。やはり真面目な委員長はルール違反を犯していないか気になるらしい。
「大丈夫だよ。ちゃんと鍵を持ってるから。出ていくときは鍵を閉めるし」
「なんで柏木君が屋上の鍵を持ってるの?」
「企業秘密だ」
「絶対正式な許可貰ってないじゃん!ダメだよ!もう!部室に行くよ!」
プンプンした委員長に腕を掴まれ、屋上から引きずり出される。ついでに屋上の鍵も奪われる。
「柏木ってやっぱ不良じゃん」
「不良じゃねぇよ。これには深い事情があってだな」
頭に包帯をぐるぐる巻いた伊吹のほうが不良っぽさがあるのに、そんな風に言われては俺も不服である。
「兎に角、これはちゃんと職員室まで返しに行くから。安心して。私も一緒に謝ってあげるから」
「なぜ俺が鍵を盗んだ前提なんだ…」
この委員長はそのうち善意で人を貶めそうだな。
「違うよ。その鍵はちゃんと教師から渡された物なんだ」
「そうなの?とりあえず清原先生に確認してみるね」
「生徒指導の清原はマズイ!清原が愛娘からプレゼントされたマグカップを割ってしまった谷先生を脅して手に入れたその鍵を返せ!」
しまった!つい全てを語ってしまった!谷ごめん。
「はぁ、柏木君も谷っちも何してるんだか…マグカップの件も一緒に謝ってあげるから職員室に行くよ」
「それは生徒に一緒に謝ってもらう谷が一番怒られるやつだからやめてあげてほしいな」
ただでさえ人の物を壊したことを隠蔽し、そのために生徒に立ち入り禁止の屋上の鍵を渡しているのだ。谷…よく教師になれたな。
「…わかった。マグカップの件は黙っててあげるから、鍵はちゃんと返すこと。せっかく使っていい部室(仮)があるんだから、お昼もそこで食べればいいでしょ」
なんだかんだ甘い委員長に感謝しつつ、我が憩いのオアシスに別れを告げる。マグカップ事件は四月中旬に起きたので、僅か半月未満の短いオアシスだった。
「というか、クラスで食べればいいじゃん。クラスの皆もいるんだし」
「いや、俺クラスに友達は安武しかいないし。安武も他の人と食べてるか、所属もしてない部活の昼練の手伝いしてるし」
「安武君たちのメンバーに混ぜてもらえばいいのに」
「それは断固として拒否する」
俺と委員長にとってはいつも通りのくだらない軽口を叩き合う。が、今この場においてはそれがいけなかった。顔にも態度にも出さなかったが、委員長もしまったという心情が僅かに雰囲気に漏れ出た。友人が少ないことを全く気にしない俺とは違い、クラスに友人がいないことでドラゴンに成ってしまった伊吹がこの場にはいるのだ。
いつもの友達が少ないという自虐トークも伊吹の立場に立てば配慮に欠ける内容だ。
伊吹の顔を伺うとあからさまに暗い表情になっている。そんな顔を見られたことに気づき、作った笑みを彼女は浮かべた。俺の失態により、場には気まずい空気が流れる。
そして、次の瞬間―――。
「凛!大丈夫!?」
「え、、、何が?」
突然の委員長からの心配の声に困惑の反応を返す伊吹。しかし、伊吹自身もすぐに身に起きた異常に気づくこととなる。ぐるぐるに巻かれていた頭の包帯がするりと地べたに落ちた。それと同時に伊吹が手を頭に添える。
そこにはあった。昨日、彼女自身がノコギリで削ぎ落としたはずの黒々しい角が。ちょこんと短い長さではあるが鋭利に尖って生えいていた。
そんな現象に困惑した表情の伊吹の瞳孔が、先程までと比べて僅かに縦に細くなっている。
まるで猫のように、トカゲのように、いや、まるでドラゴンのように。




