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赤と青のハルハル  作者: 高野 ぱら
第二章 七不思議ゴースト
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第二章17 加藤 愛海

 なぜ私は生まれてきてしまったのでしょうか。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 私にラブマリンなんて名前を付けた両親を親失格だとは思わない。


 世間では低学歴の夫婦と馬鹿にされていたのだと思う。実際に子供の私から見ても両親が知的には見えなかった。


 私が生まれたとき、父は十八歳で母は十六歳だった。偏差値が低いとされる高校で二歳差の男女は出会い、ノリで付き合い、ただ目の前の今この瞬間を楽しんだ結果、将来設計もせず、若気の至りで子供ができるような行為をして、私が生まれた。


 父方の両親も、母方の両親も、自身の子供の行いに頭を抱え、不安を抱え、生まれてくる子供は厄介者とでもいうような視線を向けて、私は生まれてきた。


 世間は若い夫婦を嘲笑し、見下した。夫婦の友人たちは内心で馬鹿にしつつも、高校生夫婦という物珍しいエピソードを喜々として見物した。


 でも、それでも、私は両親のことを見下さない。馬鹿ではあるかもしれないが、恥ずかしいとは思わない。

 だって、親戚が誰一人として祝福しなかった私の誕生を、両親だけは心から喜んで泣いてくれていた。


 私は幼少期に見た光景をかなり鮮明に覚えているらしく、私に愛を捧げる両親の顔は頭の中のアルバムを埋め尽くす。


 収入は少なく、家庭は苦しかった。そんな中で流石に二人目の子供を作るなんてことはせず、労働と節約を繰り返し、私に必要な栄養を摂取させて育てた。


 私が五歳の頃、初めて祖父母に会った。当時の私は知る由もなかったが、丁度その頃に両親は祖父母たちと和解したらしく、親戚との交流が生まれ始めた。


 父方と母方の両方にとって私は初孫ということもあり、大変可愛がられた。

 生まれる前の私をきっかけに両親と縁を切り、私が育つための手助けを何一つとしてせず、私がある程度大きくなってから交流を始めた祖父母は、私のことを大変可愛がった。


 別に私は祖父母のことが嫌いというわけではない。むしろ好きだ。当時は祖父母と両親の関係性なんて知らなかったし、祖父母は幼い私とよく遊んでくれた。だから成長した今になってあの人たちのことを薄情だと思うが、それでも好きだと思える祖父母なのだ。


 人に対する感情なんてそんなものだと思う。好きなところもあれば、嫌なところが見えて嫌いと感じることもある。


 私と遊んでくれた祖父母は好きだし、両親に対して卑怯な手のひら返しをしたことは嫌いだ。

 私の誕生を祝福し、厳しい状況から育ててくれた両親のことは好きだし、ラブマリンなんて名前を付けたことは嫌いだ。


 そして、私もまた、私自身が好きで、大嫌いだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 両親は陽気な性格だった。俗に言う陽キャという言葉がよく似合い、その場のノリで生きている。そんなんだから学生にしてデキ婚なんてことをする。…今はデキ婚なんて言葉は相応しくないんだっけ。授かり婚と言わなきゃ駄目なのか。


 幼い頃からデキ婚という言葉を多く耳にしていた私からすれば不思議なものだ。まるで呼び方を変えたのだから配慮は完了したと言っているように感じる。


「加藤ちゃんのお父さんとお母さんはお若いのね。羨ましいわぁ」


『加藤さんとこは学生結婚だって。デキ婚よデキ婚。節操がないわね』


 そう言っていたのはご近所に住まうおばさんだ。前者は直接言われ、後者はお外で遊んでいるときに聞こえてきた。同じ人から発せられたとは思えない言葉を耳にし、子供ながらに私は両親が見下されているのだと感じ取った。


 いくら能天気に生きる両親と言えど、世間からの評価は肌で感じ取っていたはずだ。

 それでも屈することなく、笑い飛ばして、陽気な歌を歌って、遊園地なんかに連れていけなくても公園で丸一日子供と一緒にはしゃいで、私を育ててくれた。


 凄い人たちだなと思う。心から尊敬している。学歴も世間に恥じぬ生き方も大切だと思うが、きっとそれよりも大切な何かを両親は持っていた。


 だけど両親だって完璧じゃない。むしろたくさんのダメダメなところはある。その一つが私にラブマリンなんて名前を付けたことだ。


 漢字で書くと愛する海で愛海。海を愛しているからそういう名前にしたと聞かされていたが、私は知っている。

 実際は海で私が生まれるような行為をしたからという最低な理由だ。そして残念なことに命名した当時の両親は、愛が育まれた海での思い出を名前にするというストーリーを心から良いと感じていたのだ。つまるところその最低な命名に悪意はなく、ただただ両親の考え方の残念さが窺える。

 おまけにマナミとかアミとかの読みにするのではなく、ラブマリンというキラキラネームにしてしまった。


 この名前の由来を知ったのは両親が友人たちを呼んで加藤家で飲み会を開いたときだ。私は声も態度も大きい大人たちから逃げて物置に使っている小さな部屋に隠れた。そして数時間が経ち、お酒が回り、思考が鈍った大人たちは別室にいる私に聞こえていることなど考えもせず、名前の由来について笑い話として語った。


 どうやら両親がまだ学生の頃、武勇伝とでも言わんばかりに語っていたらしい。両親に悪意はなかったにせよ、それを聞いた人たちからは笑いものにされていたことだろう。

 当時は子供を作る行為がどんなものか知らなかったが、名前の由来が恥ずかしいものであるとなんとなく感じ取っていた。


 両親の顔を思い浮かべる。そこそこのイケメンで常に肌が焼けている父。そこそこの美人で常に髪色が黒以外に染められている母。まるで私とは正反対だった。


 私は幼少期から極度の人見知りで、相手が大人であろうと子供であろうとまともに会話することができなかった。流石に両親とは会話できるが、それでもいつもどこか遠慮気味で、自分の意見を聞かれたときは怯えながら答えていた。いや、答えてもいない。怒られているわけでもないのに、黙り込んで俯くのだ。


 補助金と両親の収入で保育所という箱に入れられたのはいいものの、誰とも馴染めず孤立する。保育士の先生相手でもコミュニケーションが取れていなかった。

 コミュニケーションが取れないというのは言葉を交わせないというレベルに留まらない。どっちのお菓子がいいのか聞かれても、下を向いてずっと俯いている。好きなお菓子を指差してもくれないし、質問しても首を縦横どちらにも振らない。先生たちからすれば面倒な幼児だっただろう。


 保育所の先生から両親にこの子は発達障害かもしれないと話がされる。それに対して楽観的な両親は「まあ、大丈夫っしょ」と判断を下す。それは親として失格なのかもしれないが、今にして思えば最適な反応だったのかもしれない。

 と言うのも当時の私は四歳ながらにコンプレックスのようなものを抱えていた。周りができることが自分にはできない。先生がこの子はダメな子だとでも言いたげな目でこちらを見る。同年代の子供たちが気まぐれのように私をからかうが、何もやり返せない。グズグズと何時間も部屋の隅っこで泣き続けることしかできない。

 自分に対する肯定感を持てないそんな状況で、両親が言った「まあ、大丈夫っしょ」という言葉は私の心に安心と勇気を与えた。


 結局は誰ともまともな交友関係を築けないまま、先生ともまともに話せないまま、私は小学生になった。

 小学生になってすぐか、その直前かは思い出せないが、祖父母とそのくらいの時期に初めて出会った。私は両親以外と全くと言っていいほどコミュニケーションが取れなかったので、祖父母とまともに話せるようになるのも二年くらい掛かった気がする。


 小学校でも友達はできなかった。というか、ネタバレしてしまえば中学生になっても友達はできない。

 誰とも話さない女の子。特別可愛いわけでもない。どちらかと言えば目が小さくて可愛くないほうに分類される女の子。体が小さくて弱そうな女の子。


 ちょっとしたことですぐに泣いてしまう。声を殺すようにして泣き、何時間も隅っこで泣き続ける。目障りで、見ているだけで苛ついてくる。私に対してそう思う子は多かった。仕方がないとは思う。だって私もそんな子がいたらウザいって思っちゃうもん。


 煙たがられていて、そこにいるだけで迷惑な女の子。そんな私に襲い掛かってきたのは同級生たちからのいじめだ。いや、いじりだろうか。未だにいじめといじりの境界線はわからないが、そんな境界線に興味はない。私からすれば、いじめだろうといじりだろうとしてほしくないのだ。


 私には丁度いじりやすく、いじめのきっかけとなりやすい要素があった。加藤 愛海。ラブマリン。人とは違う名前である。意外なことに保育所時代は名前を馬鹿にされることはなかった。同年代の子供たちも、どんな名前がおかしいのかという基準を持っていなかったのかもしれない。


 それが小学生にもなれば世間とのズレを敏感にキャッチし始める。人間は社会的生物である。これは子供も例外ではなく、社会の型に収まらないかもしれない要因には攻撃を開始する。


「ラブマリンだってー!変な名前~!」


「キラキラネームって言うんだぜ」


「ラブだってラブ!全然ラブって感じじゃないのにねー」


「マリンって何?アニメのキャラクターみたい。変なの」


「ふふっ、恥ずかしくないのかな~」


「親がヤバいんだって。お母さんが言ってた。頭が悪いとああなるらしいぞ」


「おーい!ラブマリン!なんか言ってみろよ!魔法少女のアニメみたいに変身するのか?わっはっは」


 なんでこんなに言われなくちゃいけないのだろう。私は悪いことしていないのに。クラスの男子みたいに石投げ大会で窓ガラスを割っていない。クラスの女子みたいに先生からセクハラされたなんて嘘を言いふらしていない。私は何も悪いことなんてしていない。なのになんでこんな名前のせいで嫌な思いをしなくちゃいけないのだろう。


 私は泣いた。いつも泣いた。声を殺して、百パーセント被害者みたいに、実際に被害者なんだけど、それでも可哀想な子という見た目を前面に押し出して、泣いた。一時間も、二時間も、三時間も泣き続けた。クズクズと泣き続けた。


「人の名前を馬鹿にしちゃいけません!お父さんお母さんが一生懸命考えて付けてくれた大切名前です。次にラブマリンさんの名前を馬鹿にするようなことがあれば許しません!」


 担任の先生がホームルームでそう言い放った。私も皆もいる空間の中でそう言い放った。一通りクラス全員へのお説教の言葉を言い終えて、先生は私にこう言った。


「これで皆のこと、許してくれる?」


 私にはわからなかった。モヤモヤとした気持ちが胸のあたりをぐるぐるしていて、何も言葉を返せなかった。いつも通り下を向いて、じっと黙っていた。


「ラブマリンさん!」


 先生が私の名前を呼ぶ。その名前で呼んでほしくなかった。


「ちゃんとお友達を許すっていうのも大事よ。いつまでも泣いて黙っていちゃ駄目よ!」


 強い口調で怒られる。俯いているだけで泣いてはいなかったのに、私の目から涙がポロポロと溢れ出た。


「ほーら、またそうやって泣いて!皆のせいにばかりしたら駄目よ!あなたにだって悪いところがあるんだからね!」


 きっとそれが先生の本音だったのだと思う。私は顔を上げることができない。


「はぁ…、この話は一旦ここでお終い。最後に皆でラブマリンさんごめんなさいって謝りましょ」


 先生がクラスに指示をする。「せーのっ」という声の後、クラスの皆が声を合わせて発声する。


「「「「ラブマリンさん、ごめんなさい」」」」


 給食のときのいただきますとか、帰りの会でのさようならとか、そういう音と同じ音だった。三十五人のクラスメイトの声が重なる。いや、俯ているからわからないけど、きっと口パクの生徒や口すら開いていない生徒もいただろう。でも先生はそんな生徒のことを見て見ぬふりする。


「はい、ちゃんと謝れたからここまで!ラブマリンさんも泣き止んだら皆にいいよって言うのよ」


 一方的に声を投げかけられ、ホームルームが終了する。まだ幼い生徒たちを正しい道に導く教育の時間が終わりを迎える。形式上設けられた時間が、終わりを迎えた。


 皆が帰り始めて、先生も教室を出て行って、残っていた生徒たち全員が教室からいなくなって、ようやく私の涙は引っ込んだ。絶え間なく流れていた涙は、教室に一人だけとなった瞬間、驚くほどあっさりと出なくなった。


 教室を見渡す。誰もいない。広い。広すぎる。この広い教室を埋める数の生徒たちから、私は明日も悪意を向けられ続ける。


 なんで私は上手く話せないのだろうか。両親は誰とでも笑顔で話す。元気に話す。明るくて、眩しくて、私とは正反対。両親に祝福されて生まれてきた。名前の由来は最低なものでも、両親なりに考えて授けられた名前であることには違いない。


 なぜ両親のように生きられないのだろうか。自分たちの食べるご飯を減らして私にお金を使ってくれている父と母。私はあの人たちの期待に応えられているのだろうか。名前に籠めてくれた愛情分の人生を私は送れているのだろうか。


 ラブマリンという名前だったのが父や母だったら、今日みたいなことにはならなかったのではないだろうか。馬鹿にされても明るく反応して、名前を誇るか、もしくは自虐ネタに消化して、たくさんの友達を作っていたのではないだろうか。


 私じゃなければ、私が私でさえなければ、もっと両親の努力は報われたのではないだろうか。

 先生は面倒な仕事をしなくて済んだのではないだろうか。

 子供たちは誰かをいじめることに時間を使ったりせず、清く正しい学校生活を送れたのではないだろうか。


 もしそうであればいったい、いったいなぜ―――。


 そうして私はこれから先の人生で何度も自身に問う言葉を頭に思い浮かべた。


 なぜ私は生まれてきてしまったのでしょうか。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 いったいどうすればあの両親から私みたいなのが生まれてくるのか疑問だったが、私は父方の祖父に似たようだった。

 祖父は寡黙な人だった。それでいて真面目で頭が固かった。父との相性は最悪だっただろう。


 でも私にとって、一緒にいて誰よりも心地良かったのは祖父だった。話し声が大きくなくて、私に質問攻めしたりしなくて、静かに傍にいてくれた。


 小学六年生になった私は、ようやく祖父と自然体で会話ができるようになっていて、質問してみた。


「じいじは子供の頃からそんな感じ?」


「そんな感じって何だ?」


 低く渋く掠れた声が返ってくる。祖父のほうに目をやるとてっぺんだけ禿げた白髪頭が見えた。父はまだ若いが、その父が生まれた時点で祖父の年齢は四十を超えていたらしい。そのためすっかりおじいちゃんだ。


「大人しい感じ。寡黙って言うんだっけ?」


 最近覚えた難しい言葉を使ってみる。


「ああ、俺は口下手だからな」


 その言葉の通り、返事は一言で終わってしまう。


「それでも生きてこれたんだよね?」


 私は尋ねる。ここまで率直に聞けるのは数年掛けて祖父と仲良くなったからだ。


「ああ?何が言いたい?」


 私が何を言いたいのかわからないという疑問を言葉だけでなく表情にも反映した祖父がこちらを見る。


「私も話すの苦手だからさ。というか社会で生きていくの向いてないからさ、それでも上手いこと生きていく方法ないかなって」


「…ない、と言ったらどうする?」


 掠れた祖父の声は聞き取りづらい。耳に意識を向けつつ答える。


「うーん、生きるのが難しければ、別に死んでもいいかな」


 私は冗談を言うような口調で答えた。流石に真面目な口調でその本音を口にする勇気はなかった。


「そうか。でも、死ぬな。らーちゃんはあの馬鹿が馬鹿なりに一生懸命育てた子供だ。親より先に死ぬなんてあっちゃいけねぇ」


 死んでもいいなんて言ったら怒られると思った。でも祖父はいつもと同じ口調のまま答えた。人に合わせて声音を変えない話し方。落ち着く声質。ラブマリンと呼ばれるのが嫌いな私を気遣ってらーちゃんと呼んでくれる。それら全てが好きだった。


「生きてりゃ良いことある。あの馬鹿が職にも就いてない状態で子供作ったときは面食らったが、おかげでらーちゃんにも会えた。とにかく生きることだ」


 祖父らしい言葉。なんとなくこんな言葉がもらえるのだとは思っていた。そしてその言葉に、私は苦しんだ。


 まだ生きなきゃいけない。


 向いていないのに。

 この世界に、社会に、人間に、向いていないのに。


 親より先に死んじゃダメ。わかるよ。でも、

 大切な人を悲しませるようなことはしちゃいけない。わかるよ。でも、


 でも、でも、でも、私はもう嫌だった。


 数日前のことを思い出す。小学校最後の運動会。二人三脚の大人数バージョン、十人十一脚。緊張した私は転ぶ。負ける。私のせいで負ける。


『泣けばいいと思ってんの?』


『またラブマリンの奴が泣いてるぞ』


『もー、そのくらいで泣かないでよ。また私が悪者にされるよ』


 結局最後まで、私は泣いて俯くことしかできなかった。


 辛い、生き辛い。生きれば生きるほどに迷惑を掛ける。誰も私を必要としていないのに、皆が私を煙たがるのに、両親と祖父母だけは愛情を注いでくれる。

 その愛情がなければ私の命はもっと身軽になって、いつでも終わらせることができるのに。

 …いや、まあ、私に死ぬ勇気があるかと言われればないのだが。


 この世界に生まれたくなかった。生まれるなら両親のように陽気な性格の加藤 愛海がよかった。生まれてしまったら死ぬのが怖い。死んで両親が悲しむと思うと苦しい。

 生きたくない理由がたくさんあって、死にたい理由もたくさんあって、死ねない理由も僅かにあって、生きたい理由が一つもない。


 そこまで考えて、またあのフレーズが頭を回る。


 なぜ私は生まれてきてしまったのでしょうか。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 中学生になった私は勇気を振り絞った。きっかけがあったのだ。入学した中学校には私を知る人間が一人もいなかった。


 小学校を卒業するタイミングで両親が転職し、少しだけ遠い地へと引っ越したのだ。私は後から知ったのだが、これは祖父の計らいで、冗談口調でも死んでもいいと言った私を心配して、両親に裏で話をしてくれたらしい。それに対して両親はあっさりと転職と引っ越しを決めた。


 私のために、決断してくれた。


 だから私はそれに報いなければならない。答えなければならない。私は勇気を振り絞った。

 父と母を模倣して、明るく振舞って、たくさん話した。そしてたくさんのお友達が…できるわけなかった。


 これまでの人生で人との関わりから逃げてきた分際で、上手くいくはずもなかった。


 芸術的と言えるほどの空回りを披露し、女子グループの輪にいるときも適切な声の大きさで話すことができず、声はよく裏返って、話し始めたかと思えば自分の話ばかり。鬱陶しがられた。


 誰かの話を聞いているとき、どういう反応が正解かわからずに固まってしまった。自分自身にしか興味がない人間という烙印を押された。


 その反省を活かして、一生懸命に相槌を打ったり、話に対する感想を頑張って伝えた。オーバーリアクションで嘘くさいと距離を置かれ、返答がいつもズレていると呆れられた。


 その度に涙が出そうだった。


『泣けばいいと思ってんの?』


『またラブマリンの奴が泣いてるぞ』


『もー、そのくらいで泣かないでよ。また私が悪者にされるよ』


 嫌な記憶が掘り返され、必死に涙を堪える。堪えて、堪えて、堪えて、涙腺から水分が引っ込んでくれたとき、私はその場に嘔吐した。


 ゲロ女と裏で呼ばれ、距離感がキモいと裏で笑われ、誰も見ていない校舎裏で泣きながら吐瀉物を撒き散らした。


 死んでしまいたかった。


 寡黙な祖父が仲の悪い父に頼んで得られた環境。両親が転職と引っ越しまでして与えてくれた環境。その環境の中で私は、独り蹲り死を切望した。


 べちゃりと音がした。涙が零れた音なのか、吐瀉物が落下した音なのか、わからない。わからない。ずっとわからない。いつだってわからない。


 なぜ私は生まれてきてしまったのでしょうか。


 わからない。


 死んでしまいたかった。


『そうか。でも、死ぬな。らーちゃんはあの馬鹿が馬鹿なりに一生懸命育てた子供だ。親より先に死ぬなんてあっちゃいけねぇ』


『生きてりゃ良いことある。あの馬鹿が職にも就いてない状態で子供作ったときは面食らったが、おかげでらーちゃんにも会えた。とにかく生きることだ』


 生きなきゃ、生きなきゃ、生きなきゃ、唱える。

 生きなきゃ、生きなきゃ、唱え続ける。

 生きなきゃ、呪いのように、唱え続けた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 木村さん、尾形さん、花園さん、山野さん、片岡さん。中学二年生で同じクラスになった女子たち。漫画に出てくるようなヤンキーではないが、分類すると不良に該当する生徒たち。


 中学一年生の頃の数々の失態ですっかり自信を喪失していた私は、誰が相手でもオドオドとした態度で俯き黙り込む。そんな私もちょっかいを出されたら大きい声でリアクションしてしまう。裏返った声が「びびゃー!」とかの変な言葉と共に出てしまうのだ。


 変にリアクションしないほうがいいのはわかっている。面白がられて玩具とされるだけだ。でも、我慢しても耐えられなかった。ふいに脅かされたりするといつもは閉ざしている口が気持ち悪いリアクションの声を上げる。


 そうして不良女子たちに目を付けられ、パシリとして働かされ、毎日のようにクラスの笑いものとしていじられ、たまに叩かれた。


 私は家に帰ってから毎日のようにノートを広げ、木村さん、尾形さん、花園さん、山野さん、片岡さん、それぞれにされた酷いことを書き出し、悪態を書き綴って眠りにつく。それが最大限の抵抗だった。


 その時期の私は毎日夢を見ていた。たくさんの人が見ている場所でからかわれて恥ずかしい思いをする夢。パシリとして働くも、言われたことを失敗して叩かれる夢。夢の最後はいつも危ない場所にいる。ビルの屋上、燃え盛る中学校の校舎、荒れた川、命を落とすチャンスが目の前に広がる。だけど、結局最後は怖気づいてその場に蹲り、目が覚める。


 両親には嘘をついた。中学生活はそれなりに楽しいと嘘をついた。だって、そうでもしないとまた別の地へ引っ越そうとしてくれるから。

 両親に転職先を好んで選べるほどの学歴もないため、家計は常に厳しかった。それでも成長期の私はしっかりとご飯を食べられて、少しだけ痩せた両親は昔と変わらない陽気さを持って明るく生きる。


 父と母は仲が良い。そこに私も含めてくれる。でも、私はできる限り両親と過ごす時間を減らしていった。後ろめたいことが多すぎた。両親はそんな私を「そういう年頃」だと言って許してくれた。布団に身を包んで、涙腺から溢れてくる水滴を静かに流した。


 せめて何か自分に価値を見出したい。そう思った私は勉強を頑張ることにした。勉強は苦手だった。成績は悪く、帰宅部で大人しいタイプなのに勉強もできないんだと陰口を叩かれていることにも気付いていた。

 それでも頑張った。夢中になった。勉強を頑張っている時間は自分が無価値じゃないという錯覚の中に入り込めて、気が楽だった。


 学校でも休みの日でも勉強ばかりに時間を割いて、学年内では上位の順位まで上がった。ほんの少しだけ、気が楽になった。

 それでも志望校である東浜高校に受かるかは微妙なところだった。模試の結果がC判定だったときは、体を流れる血液の温度が下がったのを感じた。


 必死に詰め込んで、寝る間も惜しんで、死に物狂いで、もともと勉強なんて不得手な私は、なんとか、本当にギリギリのところでなんとか、東浜高校への切符を勝ち取った。

 両親が「そんなに頭の良い学校に受かるなんて俺たちの子とは思えないな」と嬉しそうに褒めてくれた。もしかすると十五年と言う人生で初めて褒められた瞬間かもしれない。


 中学の人たちからは東浜高校に受かったからといって尊敬されるようなことはなく、最後まで嘲笑されながら中学生活の終わりを迎えた。


 中学デビューに失敗している私は高校デビューをする気もなく、当然のように独りぼっちになる。でも、仕方がなかった。小学生の頃よりはマシだと、中学生の頃よりはマシだと、そう自分に言い聞かせた。


「こんな学校の隅っこで昼食なんて、とても心躍るじゃないか!ご一緒してもいいかな!」


 急に大音量の声で話しかけられて私は驚く。「ぴぎゃっ」と変な悲鳴を上げてしまい、また笑いものにされるのではないかと血の気が引く。


「君と話してみたいんだ!」


 それがヒューマ君との出会いだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 彼とは高校一年生の六月に出会った。別棟の非常階段でパンを食べている私に声を掛けてきた。

 百八十センチメートルはありそうな身長に大きな筋肉。その体格に似合わない爽やかな印象を与える整った容姿。綺麗に染められた金髪をセンター分けでセットし、頭の横と後ろは程よく刈り上げられている。口元の左側にほくろがあり、それがセクシーさを足している。びっくりするくらいのイケメンだ。


「えっ、、、あっ、、、うっ、、、オエッ」


 梅雨時期なのに珍しく晴天の空と彼の爽やかなスマイルが化学反応を起こし、目の前のキラキラに耐えられなくなった私は口からキラキラを出す。それがヒューマ君との最悪の出会いだった。


 六月、彼は毎日のように私の前に現れ、ようやく一緒にいても吐く心配がないくらいに慣れる。

 七月、たどたどしく言葉を返せるようになる。

 八月、夏休みで会うことなく終わる。

 九月、久しぶりの再会に緊張した私はまた嘔吐する。

 十月、会話のラリーが続くようになる。

 十一月、お互いに読んだことのある本の話題となり盛り上がる。嬉しくなってつい自分ばかり喋ってしまった私の顔を、彼は嬉しそうな顔で眺めていた。

 十二月、すっかり会話にも慣れ、楽しくお喋りをする。彼についてちょっと詳しくなる。

 一月、冬休みぶりの再会に緊張するが、吐かずに済んだ。

 二月、自身の劣等感について彼に語ってしまう。普段は陽気なのに、こういうときは真剣に話を聞いてくれて、何の話題でも陽気な両親とは似て非なる存在なのだと知る。

 三月、自分とは違って独りでも堂々としている柏木 司様に憧れを抱いていることをヒューマ君に告白する。

 四月、クラスが替わって新しい環境に慣れない私は、お昼休みになると彼が待つ別棟へと走っていく。

 五月、林間学校を欠席しようとする私にポジティブな言葉を浴びせ、林間学校出席を決意させる。なお、林間学校での班活動を経ても私に友人はできない。

 六月、私にしてはトラウマがあまり製造されていない高校生活に加えて、ヒューマ君という話し相手がいることで調子に乗ってしまう。友達がほしい、自分を変えたい、アオハルしたいといった旨の相談をヒューマ君にしてしまう。

 七月、


『こんにちは。俺の名前は柏木 司だ。木へんに白の柏に、林檎の木の木、司るの司で柏木 司』


 ヒューマ君は柏木 司様を連れてきた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 柏木 司様のことはずっと前から知っていた。というか彼は入学当初から有名人だ。真っ赤な髪を腰近くまで伸ばし、美女のような顔立ちに男らしい目元。友人を作らず、孤高を貫く。

 私の大好きなホラー映画で主役を張っている柏木 聖菜の兄という噂があり、そこから月日が経つごとに、ヤクザを壊滅させたとか、最強の不良を倒して更生させたとか、東浜高校三大美女『陽姫』の弱みを握っており常に身の回りの世話をさせているだとか、絶え間なく噂が更新されていく。


 友人のいない私は噂に疎いが、そんな私の耳にも彼の話は届くのだから、彼がこの学校で鳳凰 明日香生徒会長の次に有名人であることは言うまでもない。


 そんな彼に憧れを抱いた理由は単純だ。私と同じで友達がいないのに堂々としていて、自分の意見をはっきり言うことができて、悪い噂が流れていることなど気付いていないかのように振舞う。その姿は私の瞳にカッコよく映った。


 密かに彼を目で追っていた私は気付く。孤高の彼にも急に友人ができて、楽しそうに会話している。あれだけ自分を貫いている人にも友人がいるという事実は私にとって憧れを膨張させる要因だった。自分が自分のまま友人がいるなんて最高過ぎる。


 友人ではない人物と一緒に行動していることもあった。そういうときは決まってその人のことを助けるために動いていたんだと思う。遠目から見ているだけなので事情とかは全く知らないが、二月頃の速川さんたちといい、四月の新入生の女の子といい、五月の伊吹さんといい、誰かを助けるために行動しているのだと感じ取っていた。


 五月の中頃、いつも通り別棟の非常階段でヒューマ君と昼休みを過ごし、教室への憂鬱な道のりの途中だった。非常階段を下りて別棟の角から顔を出した私の瞳に目を疑う光景が広がった。


 別棟の二階から灰色の塊が飛び出したのだ。その塊は炎のように見え、向かいの本校舎に当たる直前で消失した。目を丸くした私は科学部か何かの実験だろうかと疑う。しかし、その考えも窓から飛び出してきた奇妙な生物を見て掻き消される。


 全長二メートルくらいの化け物は空へと飛んでいく。初めて見る形をした化け物だが、どうにか知っている存在に当て嵌めるならドラゴンに該当する気がした。そのドラゴンの顔の半分が人間の形をしており、見覚えのある女の子の顔に見えた。同じ二階の窓から柏木 司様が飛び出してきたのが見えて、見覚えのある化け物の正体が伊吹さんだと気付く。ゴールデンウィークが明けてから二人が一緒にいるのを何度か見ていた。


 私は急いで別棟の側面に隠れ、顔半分だけを覗かせる。柏木 司様とその友人の二人が中庭から浮遊する伊吹さんを見上げていた。私も伊吹さんを見上げる。この世に不思議なことが起こるとは知っていたが、まさかここまでの奇怪な現象を目にする日が来るとは思いもよらなかった。


 瞬間、『ドーーーン!!!」という音が世界に鳴り響く。落雷だ。真昼間の空に黄色い閃光と凄まじい轟音を生み出したのは伊吹さんだ。私は叫ぶのを必死で耐えた。もし私がここにいることがバレたら柏木 司様と話をする展開が来るかもしれない。憧れの存在を前にして心臓が持つかわからない。


 そんな私の憧れの存在は視界から消えた。なんと飛んだのだ。行為自体は跳ぶだが、その飛躍距離は飛ぶという漢字表記が正しいと思う。

 跳躍する寸前に彼がいた位置に目をやれば、風圧によりめくれるスカートを抑える速川さんと、頭上に目を凝らしている男子生徒の姿が視界に映る。その男子生徒の名前が安田だったか、安武だったかそのときは思い出せずにいた。


 再び頭上に目線をやれば、一人の人間が天から落ちてくる。かなり高い位置から落ちているので、それが伊吹さんなのかどうかは私のメガネ頼りの視力ではわからない。瞬きをする。その短い一瞬で空に柏木 司様が現れ、落ちてくる人間に手を伸ばし抱き寄せ、そのまま落下する。屋上からドンと鈍い音が聞こえた気がしたが、それが気のせいなのか実際に響いた音なのかはわからなかった。


 屋上に落ちた彼らがどうなったのかは気になったが、午後の授業をサボる勇気などない私は教室へと戻った。憧れの人が異能を持っていたという胸躍る展開にその日は興奮していた。


 それからしばらくは特に代わり映えのない日々だ。憧れの存在に近付くべく柏木 司様の観察を日課とし、七月へと突入した。

 その日はお助けクラブの皆さんが園芸部のお手伝いをしていた。いつも通り観察をしていたのだが、柏木 司様が急に振り返ってこちらを見た。観察を本格的に始めて一か月と少し、初めてバレそうになってしまい心臓がバクバクと鳴る。なんだかんだ見つからずに済み、しばらくは観察を控えようと決めた。


 問題はその翌日に起こった。放課後に私を呼び出したヒューマ君がこう告げた。


「今からお助けクラブに行ってくる!だからここで待っててくれ!良い夏にしような!」


 訳のわからないことを言われた私は「へっ!?はっ!?はひ!?」と間抜けなリアクションしかできず、その間にヒューマ君はふっと消えてしまう。


 そして次帰ってきたときには柏木 司様を連れてきた。私は念願の柏木 司様と会話する覚悟を決め、そして、…空き教室の隅っこに座り込み両手でバリアを展開する。やっぱり急に話などする覚悟は定まらなかった。


 そこからの記憶は曖昧だ。肝試し大会をするから運営を一緒にやろうととんでもないことを言われ、なんやかんやあって二回も憧れの人の前で嘔吐し、吐瀉物の掃除を手伝ってもらい、一緒に帰ろうと誘われた。

 もうパニックだ。メダパニだ。もちろん、何を話せばいいのかわからずに俯きながら歩いた。そもそも一緒に帰ろうと言われたのは幻聴かもしれないと思ったとき、彼が口を開く。


「それで話なんだが…聞いてるか?」


 そこからどういう会話が繰り広げられたのか記憶は朧気だが、確かに覚えていることはその内容だ。


「加藤が見た通り、俺と伊吹には非現実的な力がある。伊吹についてはもう正真正銘ただの人間に戻ったから、力があったという表現が正しい」


 伊吹さんがドラゴンになって雷を落として、空から落ちて柏木様が跳躍して助ける。その一連の流れがマジックとかではなく、特別な力であると説明される。


「その力っていうのは一般人には公開されていない情報だ。そして、これらを管理している団体がいる。その団体に力のことを知っているとバレれば加藤の身が危うくなる可能性がある」


 秘密を知ったからには命はないとか、そういうことを言われるのかと身構える。私は恐る恐る質問した。


「ぐ、具体的にどんな危険が?」


「記憶を消される可能性がある。まあ記憶を消されずに守秘義務契約で済む可能性も低くはないけどな」


 その可能性を聞いたとき、私の頭に浮かんだのは碌でもないことだった。


 私は両親がかけた労力に釣り合った人生を送っていない。私は生きるのが向いていない。世界が、社会が、人間が、向いていない。死にたい、その願望はずっと胸の奥底に渦巻いていて、片時も消えたことはない。

 でも、私は死ねない。死ぬのは怖い。それに祖父からの言葉がある。


『そうか。でも、死ぬな。らーちゃんはあの馬鹿が馬鹿なりに一生懸命育てた子供だ。親より先に死ぬなんてあっちゃいけねぇ』


 私は死んじゃいけない。両親を悲しませたくはない。


 だけど、もし、死ぬのではなく、記憶の喪失ならば、それは許されるのではないだろうか。

 死ぬことに比べて痛くもないのであれば、その恐怖にも耐えられる気がする。


 そんな私の考えはすぐに放棄した。今は小学生時代とか中学生時代ほど辛くないし、そもそも記憶を消すなんてやっぱり怖い。それに柏木様の言った通り、守秘義務契約を結ぶだけで終わるかもしれない。


「…そうだね。黙っておくよ」


 私はそう答えた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 都市伝説を調べ漁った。もともとホラーのジャンルが好きな私はそういう知識に下地があった。

 以前と違うのは柏木様や伊吹さんが異能の存在を証明したこと。それによって全て嘘っぱちと判断していた都市伝説の中にも、本当のことが含まれているのではないかと思った。


 寵愛現象。そんな都市伝説に辿り着いた。数ある都市伝説の中からなぜそれが目に付いたのかはわからない。きっとその内容がなんでもありと呼べるほどの説明だったからだ。


『寵愛現象とは、日本の神に等しい寵愛者が、悩みを抱えた人間を慈悲深く愛し、特別な力を授ける現象である。対象の人間を媒介として日本の神力を流し込むことで悩みを解決するための特別な力を具現化できる。なお、この寵愛現象を管理する秘密結社が存在し、危険な力を発動した者が彼らに見つかると記憶を消されてしまう。これは寵愛現象が悩みを解決するために授けられる力であり、悩みそのものを消すには記憶を消せばよいという過激な考え方を秘密結社が有しているからである』


 そう綴られたサイトは『都市伝説』で検索をかけてもかなり後ろのほうのページに出てきたものだ。アクセス数も少なそうなサイトだが、内容が柏木様の説明とやたらとリンクしており、もしかしたらと邪推する。


 都市伝説について調べるのは一旦やめた。これ以上調べても目新しいものは見つかりそうになかったし、何より忙しかった。明日香様の発案で肝試し大会が全校生徒強制参加となって、その準備に明け暮れる三週間だった。


 忙しかった。無茶な命令ばかりされて心臓が口から飛び出そうになったのは一回や二回じゃない。本当に忙しかった。とてもとても忙しかった。…でも、楽しかった。


 ななちという初めての友達ができた。友達ではないけど、ヒューマ君や司君と楽しく話せる。未だに緊張しちゃうけど、明日香様とも言葉を重ねた。


 初めてのことにたくさん挑戦して、失敗もしたけど同時に成功も得られて、ワクワクした。私なんかが、自分自身にワクワクしてしまった。

 反省点はたくさん。でもたくさん褒められた。ななちが、ヒューマ君が、司君が、明日香様が、褒めてくれた。それだけじゃない。三年生の先輩が、生徒会の皆が、お助けクラブの皆が、増員スタッフとして招集された人たちが、私を頼ってくれて、褒めてくれて、ありがとうって言ってくれた。


 嬉しい。とても嬉しい。人の役に立つのが、とても嬉しい。生まれて初めて、生きていていいんだと思えた。


 なぜ私は生まれてきてしまったのでしょうか。

 人の役に立つために生まれてきたのかもしれないと、そう思った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 肝試し大会、開会式。

 肝試し大会の説明のために四百五十人の生徒の前に立つ。


 頭が真っ白になった。用意していた説明文も、暗記するくらいに何度も練習した説明も、何一つ発揮されぬまま私の握っていたマイクは奪われる。


 奪われるなんてまた被害者面だね。私が悪いのに。小学生の頃もよく被害者面して泣いてたっけ。私が泣き虫なのが悪いのに。すぐ言葉に詰まるのが悪いのに。いつも俯いているのが悪いのに。


 そんな失敗と、これまでの人生の失敗も含めて取り返そうってくらい意気込んで、肝試し大会のお化け役に臨む。そして私はまた失敗する。たくさん練習した成果は微塵も発揮されず、いつもの失敗だらけの加藤 愛海がそこにいた。


 あーあ、まーた私は失敗しちゃった。


 うん、わかってた。わかってたの。わかってたよ。だって私だもん。どうせ最後は失敗するってわかってた。


『なんか他のお化けと比べて怖くなくない?』

『わかる。ちょっと冷めたよな』


 はいはい、知ってた知ってた。そんなこと言われなくても私ならそうやって台無しにするってわかってたよ。皆が一生懸命に用意して、練習して、成功に貢献している舞台を私なら台無しにするって知ってた。信じてたまである。


『さっきの加藤さんさー、マジウケるよね』

『クラスでいっつも縮こまって黙ってるのにさー』

『最近なんか生徒会の人たちと一緒にいると思ったら』

『さっきのアレ、なに?変な声だけ漏らして固まって、超キショかったんですけどー!』

『生徒会もパシリとして使ったんじゃね?』

『いやいや、皆待ってるのにマイク握り締めて嗚咽漏らす奴はパシリにもならないって!』


 うんうん、そうだね、その通りだよ!私もそう思う。私のほうがそう思う。


 本当はね、ずーっと前から知ってたの。私はダメダメなんだって。あの馬鹿だけど愛情深い両親の子供としては役不足だって。生きてる価値はないって。死んだほうがマシだって。生まれてこないほうは良かった存在なんだって。知ってたよ。当たり前じゃん。何年私を見てきたと思ってるの?私が誰よりも知ってるよ。


 でもね、死ねないんだ。親より先に死んだらダメなんだ。親を悲しませちゃいけないんだ。本当は死にたいけど、親のために生きてるんだ。


 …ごめん、嘘。本当は死ぬのが怖いだけ。親を悲しませる云々は死ぬのが怖いの次に来る理由であり、死ぬのが怖いというカッコ悪い理由を隠すためのカモフラージュでもある。騙されたよね。自分で自分を騙してたんだもん。本当に愚かだよねぇ。


 まあそれでも、本当は死ぬのが怖いだけだったにせよ、死ぬ以外の解決の方法があるならそちらを選んだ方がいいよね。記憶の消去。私は消えることができてハッピー、親は私が死なずにハッピー。つまりこれがハッピーエンド。

 まあ、記憶を失った後の私がどんな感じなのかはわからないけど、願わくば両親のように楽観的で根明でノリで生きるような性格に生まれ変わることを願うよ。神様、お願い。そのくらいの我儘は叶えてよ。


 だからね、今日ここで終わりにするの。自分に対する陰口を聞いてしまって、世界が真っ暗になって、暗い世界の底にいる私に寵愛者が力を授けてくれたの。


『記憶を消される可能性がある。まあ記憶を消されずに守秘義務契約で済む可能性も低くはないけどな』


『寵愛現象とは、日本の神に等しい寵愛者が、悩みを抱えた人間を慈悲深く愛し、特別な力を授ける現象である。対象の人間を媒介として日本の神力を流し込むことで悩みを解決するための特別な力を具現化できる。なお、この寵愛現象を管理する秘密結社が存在し、危険な力を発動した者が彼らに見つかると記憶を消されてしまう。これは寵愛現象が悩みを解決するために授けられる力であり、悩みそのものを消すには記憶を消せばよいという過激な考え方を秘密結社が有しているからである』


 中途半端じゃ記憶を消されないかもしれないから、徹底的にやらないとね。私の危険性を秘密結社に知らしめなきゃ。

 さて、危険な力とはどんなものか。やはりホラー好きな私としてはそっち方面が向いているわけで…。


 あ、そうだ!せっかく東浜高校に七不思議があるんだし、それを具現化してみよう。その七不思議が一般人に危害を加えれば、秘密結社は私の記憶を消しに来るよね。そこまで酷いことをしちゃうと殺されちゃうかな。まあ、最悪殺されるのも良しとしよう。

 親は悲しませてしまうけど、私は念願が叶ってハッピーなわけで、痛み分け的なアレだよ。あぁ、なんだかさっきからずっと思考がフワフワしてる。


 加藤 愛海。ラブマリン。記憶を失った次の私はこんな名前がよく似合う人間に育ちますよーに!


 なぜ私は生まれてきてしまったのでしょうか。


 知らないよ。そんなの。バーカ。全部次の私に押し付けちゃえ。

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