第二章8 打ち合わせ
「ありえない終わらない間に合わない帰りたい」
そうブツブツと呟きながら俺は手を動かしていた。先程までは足も動かして大きな荷物を運んでいたため、体はもうクタクタである。視野を広げれば、俺以外にも多数の生徒が忙しなく動いている。ほんの数日前まで誰も想定していなかったこの状況に脳みそはまだ追い付いてくれない。
「ひゃー!」
校内に叫び声が響く。が、ちらりと視線を向けるだけで誰も心配していない。
「そう逃げるな。お前ならできる。私が言うのだから間違いない」
「無理です無理です無理ですぅ!私、もう、おぇ」
「吐くのは許さんぞ。またその口を塞いでやろうか?」
「ふんぬっ!」
傲慢で強欲な女王に捕まった彼女は嘔吐を何とか堪えた。あの加藤があの日以来、嘔吐していないことに謎の感動を覚えながら、疲弊した俺は頭を空っぽにして作業を進めていく。
「でも私…ゼロ人以上の人間相手に指示なんて」
「私ができると言っているのだ。まさか傲慢にも私ではなくお前自身の考えを信じるのか?」
傲慢なのはアンタだ、と心の中でツッコむが口には出さない。
「ひぃぃぃぃー!」
聞き慣れた加藤の悲痛な呻きを聞きながら、俺は今日に至る数日間を振り返っていた。あっという間に過ぎ去った、多忙な数日間を振り返った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「祭りは全校生徒強制参加とする」
当然、鳳凰先輩が放ったその一言にはその場の全員が反対した。
「流石に無茶だ」「時間が無さすぎる」「そこまでの許可は教師陣から取れない」
ごもっともな意見を安武と委員長に留まらず、生徒会の面々も丁寧に説明した。
「そんなことは言われなくてもわかっている。時間の無駄だ。そうだな、当日は屋台も出そう」
全方位からの反対意見など気にも留めない様子で鳳凰先輩は追加の希望まで出す。そんな問答が三十分にわたって生徒会室で行われたが、結果としては話す度に要件が増えていくだけだった。
その間、お助けクラブと生徒会の面々は一致団結し、名前も知らない彼らとかなり絆を深められた気がする。それが鳳凰先輩の狙いだったのなら恐れ入る。…いや、ないな。
そうして一通り緊急会議が落ち着いた後、正確には全員が鳳凰先輩の説得を諦めた後、目つきの悪い男が俺たちお助けクラブに話しかけてきた。
「さっきは悪かったな。頭ごなしにお前らの提案を却下しようとして」
「いえ、まさかこんなことになるとは思わず。未だに鳳凰会長のことは予測できませんね」
疲れた顔で男と安武が苦笑いを浮かべた。
「でも、結果的によかったんじゃない?すっごく楽しいイベントになりそうじゃん!」
委員長がポジティブな発言をする。安武は微かに微笑んだが、俺と男は露骨にげんなりする。
「上手く進めばな。このままだと詰め込めるだけ詰め込んでイベントが破綻しかねん」
「俺も柏木 司と同意見だ。鳳凰から逃げられなかった以上、俺たちは円滑にプロジェクトを進行しなければならない」
俺の意見に男が賛同する。割と気が合いそうだ。しかし、この男の名前を俺は知らない。
「それでお前は誰なんだ?」
「柏木君、先輩に対してそういう聞き方はよくないよ」
委員長がいつもの如く頬を膨らませて注意してくる。
「いや、大丈夫だ。別に敬語も使わなくていい。俺の名前はナラ チアキ。奈落が良い千の秋で奈良 千秋だ」
淡々と自己紹介を済ませた奈良 千秋という男の姿を捉える。目は一重で、死んだ魚の目という表現がしっくりくる瞳をしている。そのハイライトが差し込まれていない瞳の目元には少しだけ隈があり、それが余計に目つきが悪いという印象を与えてくる。
しかし、その目元以外の顔のパーツは整っている。俺のような美男子には程遠いが、目の半分ほどが隠れるくらいに長い前髪と、その濁った目そのものがどうにかなれば美形という評価に傾きそうだ。
「そうか、よろしく、奈良先輩。俺のことは知っているようだが改めて名乗っておこう。柏木 司だ」
俺は丁寧に自己紹介をしながら目線を僅かに下げる。指一本分ほど俺のほうが身長が高い。
「鳳凰のやつに振り回されることになると思うが、死なない程度に頑張ってくれ」
「もう既に振り回されてるし、思い返せばさっきも死ぬ可能性あったな」
「…だな」
奈良先輩の冗談のようなセリフも、残念ながら既に当て嵌まった後だ。実際のところ、仮に三階の窓から二階の生徒会室への侵入が失敗し、そのまま硬いコンクリートの上に落ちていたとしても、憤怒の寵愛がある俺は数秒で無傷の状態にはなるのだが、危ない行為には変わりない。
何より、三階から飛び降りたところを教師に現行犯逮捕されようものなら、停学どころか退学処分になりかねない。おまけにお巡りさんまで登場することになるだろう。
「本当だよ!もうあんな危ないことしちゃダメだからねっ!」
奈良先輩とのやり取りのせいで数十分前の光景を思い出したらしい委員長は俺に向かって大きな声で説教を始める。
「だいたい柏木君はいーっつも危ないことするんだから。緊急時は目を瞑るけど、今回みたいなおふざけで危ないことするのはメッ!」
「いや、おふざけで飛び降りたわけでは…鳳凰先輩が俺を侮っていたから、漢たるもの度胸を見せる必要があるわけで」
「ムーッ!反省してないんだねっ!わかった、今から何が悪くてダメなのかを一つ一つ丁寧に説明するから一緒に来なさい」
俺の返答がお気に召さなかったらしく、委員長史上最も頬を膨らませながら俺の袖は強く引っ張られる。
「待って、悪かった、俺が間違えてた」
「待たないよ、そうだよ、柏木君が悪いよ、間違ってるよ」
プンプンしながら彼女は俺を引いて場所を移動しようとする。しかし、今から生徒会の面々と今後の進め方を話し合わなければならない。委員長の至極真っ当なお説教を聞いていたら下校時刻を過ぎてしまう。安武にヘルプミーの視線を送るが冷たい瞳を向けられるだけだった。
「一体何をしている?早く仕事に取り掛からんか」
僅か一時間弱で随分と聞き慣れた美声が鼓膜を動かす。鳳凰先輩だ。何をしているのかと問われれば、アンタのせいだと返したくなるのが俺の心情だが、大人な俺はぐっと堪えた。
「アンタのせいだ」
堪えられなかった。
「鳳凰会長もお説教です!」
恐れ多くもこの生徒会長に委員長は説教宣言をする。できれば俺を開放して、鳳凰先輩だけを説教してほしいが、袖は今も強く握られたままだ。
「私に何を説教することがある?」
キョトンとした顔で鳳凰先輩は返事をした。普段は美しいという印象が先行する彼女の外見だが、キョトンとしたその顔からは可愛いという印象が天秤を傾けた。しかしながら、そのキョトン顔から先程の危険行為を心の底から説教に値しないと思っていることがわかり、流石の俺もドン引きする。
「日和の声に耳を傾け癒されてやるのもいいが、生憎私は忙しい。後にしろ」
そう言いながら鳳凰先輩は生徒会室から出て行った。誠に勝手なものである。ただあの傍若無人な鳳凰先輩からしても委員長の声は癒しと評価されるらしい。音域が高めの声は確かに耳心地が良いものだが、その声で説教されたいかと問われれば俺はノーだ。
「委員長、鳳凰先輩も言っている通り俺たちは忙しい。下校時刻も迫っている。委員長からの大切な説教は帰り道にちゃんと聞くから、今は今しかできない話をしよう。さしあたっては生徒会の連中との打ち合わせだ」
「………わかった。絶対に帰り道でお話させてもらうからね。逃げちゃダメだからね」
かなり渋々ではあるが、委員長を説得させることに成功した。俺が逃げるような男と思われている点が少しばかり悲しいが、そこは今後挽回していくとしよう。
「というわけで話をしよう。奈良先輩と、えっと、、、その他の生徒会役員共」
俺は部屋にいる全員に聞こえる声でそう切り出した。
「前に安武君が司は噂されてるような悪い奴じゃないって言ってたけど、謎に偉そうで印象悪いね!」
名前の知らない生徒会の女子生徒が笑いながらそう言った。
失礼なことを言うこの女子に何か言い返してやれという気持ちで安武のほうを見ると、反論できずに頭を抱えている彼の姿があった。
俺はちょっぴり傷付いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
きっかけはヒューマが終業式の日の夜に肝試し大会をやりたいと言い出したことだった。
日数も人員も予算もない中で、当初のお助けクラブが想定していたのは多くても参加者が三十人くらいのこじんまりとしたイベントだ。そこでささやかな夏の思い出を残すことができれば青春に飢えている高校生たちは満足したであろう。
そもそもヒューマがイベントをやりたい理由も、極度の人見知りである加藤に変わるきっかけを与えるためだ。きっかけになればいいのだからイベントの規模なんて小さくて構わない。
しかし、小さいイベントを開催するにしても人員と予算が心許ないので生徒会を利用…ではなく協力を仰ごうとした。
その結果、天上天下唯我独尊、傍若無人、傲慢、強欲、この学校の三大美女『紅女王』の称号を持つ鳳凰生徒会長の興が乗ってしまった。
そして、小規模でよかったイベントは全校生徒を巻き込む大規模イベントへと形を変えてしまった。
当の本人は忙しいと言って生徒会室を出ていき、取り残されたお助けクラブ三名と生徒会役員四名が生徒会室に残っていた。嵐のように登場し、嵐のように去っていった鳳凰会長のいないこの生徒会室は、静寂を思わせる雰囲気が立ち込めている。
長時間世界を照らしていた太陽がようやく傾き、頭上が薄暗くなったことがよりこの部屋の雰囲気を際立てているようだった。
簡単な自己紹介を交わし、当然一気に四人も覚えられない俺はとりあえず生徒会の中でも偉い立場にいそうな奈良 千秋の名前だけをインプットした。
そうして始まった打ち合わせだが、生徒会からすれば急に降ってきた話であり、お助けクラブとしても急に規模が拡大した話だ。まずどこから話せばいいのかと全員が思考し、それ故に静寂が蔓延していく。その蔓延した空気に切り込んだのは安武 晴間だった。
「まずは許可取りですね。イベントの開催自体は俺と速川のほうで教師陣から条件付きの承諾を得ましたが、全校生徒強制参加というのは流石に許可を得られないでしょう。学校行事というわけではないですし」
ごもっともな意見だ。もしこれが単なるイベント規模の拡大で、当初想定していた三十人規模のイベントを百人規模に変更しますという話ならいくらでもやりようがある。だが、厄介なことに鳳凰会長が決定したのは全校生徒の強制参加だ。
「生徒からの反発もあるだろうね。文化祭ってわけでもないんだし」
「でも鳳凰会長は文化祭レベルのイベントで考えてますよ。屋台も出すとか言ってましたし」
俺が名前を覚えられなかった生徒会役員の二人が言葉を交わす。話せば話すほど、あの鳳凰 明日香という存在の迷惑加減が際立っていく。そこに口を挟んだのは奈良先輩だった。
「いや、教師への許可取りも屋台のセッティングも鳳凰に任せよう。どうせあいつは好き勝手に動く。どんなに理不尽な内容でも、あいつなら交渉で敗けることはないだろう」
それは信頼というより確定事項というような言葉のニュアンスを感じた。確かに彼女ならどんな場面でどんな相手でも傲慢な態度で己の意見を押し切りそうだ。
「俺たちがするのは二つ。一つはこれから鳳凰が雑に命令してくる内容を迅速に捌くこと。もう一つは生徒や教師からの反発対策として一工夫することだ」
「鳳凰先輩からの雑な命令って、あまり良い想像ができないんだが」
俺の反応に奈良先輩は死んだ魚の目を向けて答えた。
「要は無茶ぶりだ。五分以内に市の総合体育館の使用許可を取れとかそういうやつ」
「偉く具体的な例だな。生徒会の大変さが透けて見えたぞ」
「まあ、そういう無茶ぶりは大体先輩が対応することになるんだけどね」
心なしかさらに目の死んでる具合が増した気がする奈良先輩に、生徒会役員の女子生徒が一言を添えた。
「鳳凰の厄介なところは、一見すると理不尽な命令も本当にギリギリなんとか遂行できるレベルの内容であることだ。ああ見えて人を選んで命令の内容を決めてやがる」
「それでよく鳳凰会長からお願い事されるってことは、奈良先輩は信頼されてるってことですね!」
うんざりした表情の奈良先輩に委員長が悪意ゼロのポジティブ発言で返す。奈良先輩は反論したそうな顔だったが、その喉から出かかった言葉は呑み込んで委員長の誉め言葉を浴び切った。より彼の目に疲れが溜まったように見えたが気のせいということにしよう。
「つまりは鳳凰先輩から全力を尽くせば達成できる命令が下されるから、全力で遂行しろということか…。既に憂鬱だ」
俺は硬い椅子に背中の体重を預けながら言う。そしてメンバーの顔を見渡すが、意外なことにそれに対する不満を顔に出すものはいない。先程から感じていたことだったが、この生徒会役員たちは鳳凰先輩からの命令を喜んでいるようにも見える。
もしかすると、だからこそ傍若無人な会長の率いる生徒会メンバーに選出されたのかもしれない。ただ一人、奈良先輩だけはその目と顔にわかりやすく大きな不満を浮かべているが…。
ちなみに安武と委員長にも不満の様子はない。まあ、こいつらはこいつらでイベントもお仕事も好きという優等生陽キャだから納得だ。劣等生陰キャの俺としては妬まし…いや、別に妬ましくないな。むしろそんな性格だから毎日忙しそうで同情するまである。
「もう一つの生徒や教師からの反発対策というのは?」
安武が質問する。奈良先輩の提唱した俺たちがすべきことは二つ。鳳凰先輩の無茶ぶり対応と、反発対策とやらだ。
「まず前提として鳳凰が決めた以上は全校生徒強制参加は揺るがない」
「改めて聞くと鳳凰先輩は何様なんだ…」
酷い内容に思わず口を挟み、苦言を零す。直後に敵意と取れる視線を生徒会役員から注がれ、失言だったと早々に反省する。そんな俺に唯一敵意の視線を微塵も向けなかった奈良先輩は話を続ける。
「だが、夜の時間帯に強制参加なんて当然嫌がる奴は出てくる。そもそも塾があったり部活の試合が組まれてたりする生徒もいる。そういう生徒には不参加を認めなければいけない」
「まあ、そうですね」
生徒会のメガネをかけた男が奈良先輩の言葉を肯定する。
「まさか鳳凰先輩は用事がある生徒に対しても強制参加を強いるのか?」
「いや、流石にそれはない。鳳凰も仕方がない事情があれば不参加を認めるだろう」
その言葉を聞いて安心する。他者の用事を軽んじてまで己の我儘を突き通す人間ではないようだ。
「逆に言えば正当な理由がない生徒は肝試し大会に参加することになる。だが、夜に予定が無くても参加を嫌がる生徒は少なくないだろう。俺もそうだし。そこが問題だ」
「だから俺たちが考えないといけないのは理由があって欠席する生徒の対策ではなく、単純に肝試し大会への参加意欲が低い生徒への対策ということですね」
安武の解釈に奈良先輩が頷く。こんな話題になっている時点でイベントの意義が大分薄れてしまっている気がする。そもそもイベントとは参加したい奴のためのものであって、イベントの内容に魅力を感じない連中を無理に巻き込もうとするのはおかしな話だ。
「強制参加って内容だけ周知して、あとは生徒の意思に任せればいいんじゃないか?参加したくない奴は勝手にサボるだろ」
「柏木君じゃないんだから…と言いたいところだけど、強制参加にしても黙って欠席する生徒は出てくるよね。別にペナルティを設けているわけでもないし」
俺の意見に委員長も同調する。
「その緑髪の子の言う通り」
「速川 日和です」
「すまない。速川さんの言う通り、不参加だったとしてもペナルティは設けない。というか急に強制参加のイベントを開こうとしている俺たちにペナルティを設定できる筋合いはない。それに俺としては、数人の生徒がサボるのは別に良いと思う」
「それならさっきも言った通り強制参加ってだけ伝えて、サボる奴は勝手にどうぞってスタンスでいいんじゃないか?」
「いや、そうなってくると不参加の流れができる恐れがある」
「不参加の流れ?」
奈良先輩の言葉に俺は首を傾げた。
「あいつもサボるなら俺もっていうふうに考える生徒もいるだろ。特に肝試し大会にはそんなに興味がなく、参加してもしなくてもいいと思う連中はだ。割合で考えたとき、参加意欲の高い生徒と絶対に参加したくないという生徒の数はおそらくそんなに多くない。大多数を占めるのは、参加してもいいが別に参加したいわけでもないっていう生徒だと思う」
「まあ、確かに」
「そういう生徒は参加する方向に傾かせなければならない。万が一にも不参加の流れが発生して、強制参加のイベントで全校生徒の半分も集まらなかったとなれば鳳凰がどういった行動に出るかわからない。八つ当たりで俺が殺されかねない」
「鳳凰会長はそんなことしませんよ!先輩みたいに器小っちゃくないですから!」
怯える奈良先輩に対して生徒会の女子生徒がムッとした表情で反論した。鳳凰先輩と出会ってまだ一時間ちょっとの俺はまだ彼女のことをよく知らない。だから奈良先輩と生徒会の女子生徒のどちらが鳳凰先輩のことを正確に言い表しているかはわからない。
「まあまあ喧嘩しないで。どちらにせよできるだけ多くの生徒に参加してほしいってのは変わらないだろ?奈良は鳳凰会長を不機嫌にさせたくないから不参加生徒は最小限に抑えたい、俺たちは鳳凰会長の方針で進みたいから不参加生徒は最小限に抑えたい」
険悪な雰囲気になりかけたところを仲裁したのは生徒会のメガネをかけていないほうの男だ。こうして見るとなかなかのイケメンだった。俺ほどではないが。
「それにせっかくイベントの規模を大きくできるんですもん!いっぱいの人に参加してもらった方が嬉しいですしね!」
世界が薄暗くなったことにより窓に反射する室内の人間の姿がよく見えるようになった。俺はその窓の反射した委員長の姿を見る。あまりに光属性な声音と元気さでポジティブな発言をするものだから直視できなかった。
奈良先輩は委員長のほうをポカーンとした顔で見ていた。委員長の善性に当てられて心が浄化されかけているのだろう。俺も経験者だからわかる。まあ、俺の場合は内に秘めた陰の力を総動員して浄化を免れたが。
「さっすが日和ちゃん!いい子!可愛い!生徒会に入らない?今なら先輩アウト、日和ちゃんインで生徒会に良い風が吹き込めるよ」
先程までムッとした表情だった女子生徒がケラケラと笑いながら委員長に詰め寄った。それに対して困った様子の委員長はこちらに視線を向けて助けを求めてくる。いや、なんで俺のほう見るんだよ。女子同士でイチャイチャしてるのを俺に止められるわけないだろ。
「ナチュラルに俺を生徒会からアウトさせてんじゃねえよ。いや、俺も別に生徒会アウトしてもいいんだけどさ」
興奮している生徒会の女子生徒に対して奈良先輩が言葉を返す。さっきから思っていたことだが、なんでこの人は生徒会に入ったのだろうか。
「あ、今の発言はウソウソ。鳳凰会長が先輩を逃がすわけないもんね。というか仮に生徒会じゃなくなったとしても、一般生徒として生徒会の仕事させられてそう」
ニヤっと笑みを浮かべて女子生徒は返事をする。今の発言で奈良先輩が生徒会にいる経緯が透けて見えた気がする。なかなかに苦労人な立場らしい。
「一旦話を戻しましょう」
脱線した会話を安武が手をパンと叩きながら元に位置に戻す。
「まず事情があって参加できない生徒は当然不参加を許可する。次に事情はなくとも絶対に参加したくないという生徒も不参加を許可しましょう。正確には許可というより、参加しなくて済む逃げ道を設けましょう。参加したくない生徒に強制するのは俺も嫌ですし、鳳凰会長も望んではいないでしょう」
聞き取りやすい声で発言する安武に生徒会室の面々が耳を傾ける。彼の言う通り、イベントは楽しい思い出にならなければ意味がない。中には楽しめない生徒も出てくるだろう。そこに逃げ道を用意する意見には賛成だ。
「ああ、それでいいと思う」
安武の意見に奈良先輩が賛同する。他の生徒会役員も異議なしと言わんばかりに頷いた。
「考えるべきは参加意欲が揺れている生徒への対処。イベントへのモチベーションは低いが、青春の思い出を作れるのであれば参加してもいいと思うような生徒」
奈良先輩は頷き、口を開く。
「そこで具体策なんだが、まずは不参加の方法についてだ。不参加の者には申請書を提出させることにする」
「申請書?」
「ああ、申請書の用紙を準備して、不参加の場合は申請書に記入したうえで生徒会に提出してもらう。それだけで参加を迷っている生徒はわざわざ申請書を書いて提出するのは面倒だと思い、参加する方面へ意識を誘導できる」
「ずる賢い」
生徒会の女子生徒が奈良先輩の策にそう感想を漏らす。
「さらには申請書も各クラスには配らず、生徒会室前に設置して取りに来させるようにする。それを記入したうえで生徒会室前に設置する箱に入れてもらうことにする」
「うわー、めんどくさいねー。本当に用事があって参加できない人たちは嫌がりそー。でもそれなら、生徒会室前に申請書と箱を設置するんじゃなくて、生徒会役員から直接申請書を受け取って生徒会役員に直接提出って形のほうがもっとめんどくさくなって不参加者を減らせるんじゃない?」
「あんまりめんどくさいフローにし過ぎてもよくない。不参加だが申請書を提出しないといった生徒を発生させやすくしてしまう。それに生徒会役員にいちいち対応させるのは業務負荷が高い。そんな対応俺がしたくない」
「それは確かに」
そんなやり取りの末、不参加のためのフローが決定する。まあ、妥当な案だ。もっとも、俺のような生徒だとハナから申請書なんて無視して無断欠席するのだろうが。
「そして次が最も難しいんだが、お前らの力が必要だ」
奈良先輩は生徒会室の面々を見ながらそう言った。心なしか俺の顔だけ見るのをスルーした気がするが、きっと気のせいだ。
「任せてくださいっ!」
「委員長はまたそうやって内容も聞いていないのに引き受ける」
協力という大抵の人間は消極的な事柄に対して、委員長は前向きな姿勢を見せる。いつものことだがその積極性は尊敬に値する。が、俺もそうなろうとは微塵も思っていない。
「お前らにやってほしいのは誘導だ。多くの生徒に対してイベント参加への意欲を掻き立てるような立ち回りをしてほしい」
「具体的には?」
尋ねる安武のほうを見て奈良先輩は答える。
「やり方はなんでもいい。凄い豪華なイベントになるとか、エモーショナルでメモリーなイベントになるとか、そんな感じで興味を引いて流れを作ってくれればいい」
「言っている言葉はよくわかんないけど、意図は何となくわかった。要はイベントの期待値を上げるような噂を流して、生徒が参加したいと思えるように誘導すればいいんだね」
「ザッツライトだ」
「先輩が英語使うとなんかキモいね。発音下手だし」
呆れた眼差しで生徒会の女子生徒が奈良先輩を見つめる。
「できればイベントについてのポジティブな噂話はグループのリーダーみたいな奴らを中心に展開してほしい。リーダーが参加するって言えばそのお友達たちも空気を読んで参加する流れになるだろう」
呆れを含んだ眼差しから目を逸らすように奈良先輩は話を続けた。要は申請書のフローで不参加への意欲を削ぎ、イベントに対してのポジティブな噂で芋づる式に参加者を増やす二段構えというわけだ。前者は申請書の様式とアナウンスだけすれば完了だが、後者は噂を流す要員が必要だ。
俺は生徒会室内の面々を見渡した。委員長や安武はもちろん噂を流す存在として適している。他の生徒会役員は知らないが、先程から発言の多い女子生徒なんかは明らかに陽キャと呼ばれる人種だし、三年生と思われるイケメンの男子生徒もコミュニケーション能力が高そうに感じられる。
残りの一見地味目なメガネをかけた男子生徒も案外役に立つのではないかと想像する。イベントに消極的なのは陰キャと呼ばれるような人種が大半を占めるだろう。見た目で決めつけて恐縮ではあるが、メガネの彼もそちら側の人種に見受けられる。しかし、だからこそ彼がそのような人種に寄り添いつつイベント参加の意欲を高められれば、最も不参加の要因となりやすいポイントを潰せるのではないだろうか。
「そこはお前ら頼みだ。俺にはできん。よろしく頼む」
奈良先輩が軽く頭を下げる。なんとなく察していたが、彼は上手く噂を流すための条件を満たしていないらしい。要は噂を流すような交友関係が乏しいのだ。
「よし、わかった。任せろ」
「驚いた。まさか司が返事をするなんて。気持ちは嬉しいが今回ばかりは適材適所だから大人しくしといてくれ」
堂々と返事をした俺に対して安武が失礼な反応をする。こいつは本当に俺の友人なのだろうか。俺への敬意が欠ける気がする。親しき中にも礼儀ありという言葉をもっと慮ってほしいところだ。
「おいおい、安武。以前までの柏木 司と思ってもらっちゃ困るぜ。俺にだってイベントのポジティブな噂を流せる相手くらいいるさ」
「どうせ七瀬と伊吹だろ?七瀬は既にスタッフ側として手伝ってもらってるし、伊吹には俺から言っておくからいいよ」
「…」
用意していた返答を先回りされて潰された俺は押し黙ることしかできなかった。せっかく伊吹という友人が増えたのだから、これまでなら戦力外扱いされていた部分でも活躍できると思ったのに…。
「まあ柏木はこのイベントに大きく貢献することになるだろうからそう落ち込むな」
しょぼくれた俺に励ましの言葉をくれたのは奈良先輩だった。血の通っていなさそうな死んだ魚の目だが、その心にはしっかりと赤い血が通っているのかもしれない。
「…奈良先輩」
「鳳凰の奴に目を付けられてるからな。死の寸前までこき使われるぞ」
「うわ、感動しかけた俺が馬鹿だったぜ」
イベントに対してポジティブなイメージどころか、やる気はごっそりと削がれ、これからの憂鬱な数週間が目に浮かんだ。
そうして第一回生徒会役員及びお助けクラブの打ち合わせは終了した。校内に下校のチャイムが響き渡る。俺たちがこうしていた間にもせっせか肝試し用のお化けを準備してくれていた加藤たちにも説明しないといけないが、それは明日以降になりそうだ。
各々が帰宅の準備をしていた。頭のイカれた鳳凰先輩と被害者の俺が入室に使った窓が生徒会の女子生徒によってそっと閉じられる。窓の外は薄暗くなっており、辛うじて沈み切っていない太陽が僅かに光を与えていた。
そんな光景を横目に俺は生徒会室からそそくさと退室しようとする。
「柏木君、待って」
肩をガッと掴まれた。意外と握力が強くて己の顔が少しだけ引き攣ったのがわかった。
「どうした?委員長。外はもう暗い。早く帰らないと危ないぞ」
紳士な俺はレディの身を案じる言葉を口にするが、どうも彼女に響いているようには見えない。
「うん、帰るよ。一緒に帰るんだよね?約束したもんね」
学校の三大美女『陽姫』と称される女の子に一緒に帰ろうなんて言われたら喜びの舞を披露してしまうくらいに嬉しいはずなのに、俺の心はちっとも喜んじゃあいなかった。
「もちろん覚えてるさ。その件は本当に反省している。先程の打ち合わせでも反省の気持ちが強すぎて集中し切れていなかったくらいさ」
まず大事なのは誠意を見せることである。下手な言い逃れなどすべきではないのだ。
「そっか。なら何がいけなかったのかをまず聞かせて。その後に私からのお話をきちんとするから」
ガッと掴まれていた肩から手が離れたかと思えば、今度は腕のほうがガッと掴まれた。跡が付きそうな程に強く掴まれたその腕を見ながら、俺は正しい教えを説かれるべく、彼女からのお説教を受け入れることにする。
廊下を歩きだす間際に安武へと救済を求める視線を送るが、自業自得だと言わんばかりの反応を返される。困っている友人を見捨てるとは酷い奴である。もしこれが伊吹だったら一緒に逃げる手伝いをしてくれただろう。いや、伊吹ならニヤニヤと笑いながら俺を見捨てる気もするな。
そんなこんなで、長い一日の締めは委員長とのお説教下校で幕を閉じた。
「あれが柏木 司か…」
そう呟かれた声には気付かぬままに。




