第二章5 仲介
「こんにちは。加藤さん。私の名前は七瀬 千棘。よろしくね」
「こ、こんにちは、です。加藤です…ただの加藤です」
目の前では自己紹介が展開される。片方は俺の友人である七瀬だ。黒に近い茶色の癖毛を肩まで伸ばし、大きな目に小さな瞳の四白眼が特徴的な彼女はややハスキーな声質で自己紹介をした。顔の輪郭や体形は細めなのだが、胸が大きい彼女は気太りしているように見える。そして女子にしては高めの身長が、女子の中でも小さい部類に入る加藤とは対照的で際立つ。
声を震わせながら自己紹介をした加藤は、簡単に折れてしまいそうで心配になる細腕を反対の手でぎゅっと握りしめている。
「事前に説明した通り、終業式の日の夜に開催する…というか開催したいと勝手に思ってる肝試し大会の運営は二チームに分けて行動する。各所への調整とかは主に委員長と安武、ヒューマにしてもらう」
「委員長って誰?」
俺の説明に対して加藤が質問する。確かに他のクラスの人間には伝わらんか。まあ、別のクラスだった一年生の頃から俺は委員長呼びなんだけど。
「俺のクラス、二年七組学級委員長の速川 日和だ。加藤も今朝会っただろ?」
「あー、女神様のことですか?」
当たり前のように委員長のことを女神様呼びする加藤にツッコミを入れるのもめんどくさいので今はスルーする。
「それで俺と加藤と七瀬は肝試し用の小道具の準備とか、脅かすバリエーションを考えるチームだ。と言っても小道具は林間学校での肝試し用に作ったやつがあるから、そこまで負担ではないな」
林間学校まで二週間を切ったタイミングで委員長が肝試ししたいと言い出して、お助けクラブ三人と伊吹で小道具を作った記憶を思い出す。まさかここでもあれが役に立つとは。というか、前回の委員長といい今回のヒューマといい、この学校の奴らは肝試し好き過ぎるだろ。偏差値の高い学校とは思えない。
「あとは準備が間に合いそうになかったら伊吹っていう俺の友人も手伝ってくれることになってる」
「登場人物が多い…パンクしそう」
加藤は頭を抱えている。登場人物は加藤を含めて七人しかおらず、接点がないのは四人だけのはずなのだが。
「というわけでまずはお化けの登場パターンを決めよう。何か案はあるか?」
二人にそう問いかけると、まずは七瀬が「はい」と挙手をした。
「今回の企画を提案したヒューマ君っていう人は、東浜高校の七不思議が話題になってるから肝試し大会をやろうと思ったんでしょ。なら七不思議に沿った脅かし方をすればいいんじゃないかな」
「なるほどな。確かにそれなら作りやすそうだ。七不思議の一つ目って何だったっけ?」
七瀬の案に乗っかることにして、七不思議の内容を尋ねる。その問いに答えたのは加藤だった。
「どこまでも続くエンドレス階段」
「いきなり再現できそうにないやつ来たぞ。階段増設は無理があるな」
「そうだねぇ」
早速の却下が出てしまい幸先が悪い。俺の却下に七瀬もいつものテンション低めの声音で同意した。
「二つ目は?」
「プールに住まう水死体の化け物」
また加藤が答えてくれた。それならプールにそれっぽいお化け役を配置すればどうにかなりそうだ。
「あとは音楽室のピアノを奏でる白いドレスの女。それからグラウンドを徘徊する汚れまみれのおじさん」
七瀬が続いて三つ目と四つ目の七不思議を口にする。
「その三つは採用できそうだな。残りは何だ?」
「五つ目、誰もいない体育館に響き渡るバスケットボールの音。六つ目、事故で亡くなっちゃった虹川さん。七つ目、林間学校に現れる老婆の怪異」
残りの七不思議を加藤が読み上げるように答えていく。
「バスケットボールは…体育館にばら撒いて…スピーカーからダムダム音を鳴らすとか…怖いかそれ?」
そんなので怖がる奴は想像できない。というかこのバスケットボールの七不思議から一気に怖さレベルが下がっている。ネタ切れなのだろう。
「事故で亡くなった生徒ってのも他のお化けに比べてインパクト薄いよな」
「む、難しいね。や、やっぱりイベントは中止にする?」
「諦めが早えよ。不安なのはわかるが、諦めポイントにすぐ食い付こうとするな」
少し悩んだだけで弱気を強めた加藤がイベント中止を提案する。もちろんその提案は却下だ。
「心配するな。七つ目の老婆の怪異はいるからな」
「へ?どういうこと?」
俺の発言に加藤は目をまん丸くして首を傾げた。
「なにせ林間学校に現れた老婆の怪異は」
そう言い掛けた俺の視界の端に何かが映る。それは不気味なオーラを纏った何かであり、その顔がぬるっと加藤のすぐ隣まで寄せられた。加藤がそれに目を向けた瞬間に、
「ココマデツイテキタカラネ」
白肌をしわくちゃに握り潰したような顔をした老婆が掠れた声でそう言った。それに対して加藤は悲鳴を上げない。昨日の今日で聞き慣れた悲鳴が発せられなかったのは、加藤が心霊系に耐性があるからなどではなく、むしろ逆で怖がりだったからだ。息を止めた加藤は青い顔をして真後ろに倒れていった。
「加藤!」
俺は叫びながら手を伸ばすが倒れていく加藤に届かない。危うく床に頭をぶつけそうになったところを老婆が優しくキャッチする。
「びっくりした」
老婆はびっくりしていなさそうなローテンションな声で呟く。
「びっくりしたのはこっちのほうだ!俺の心臓もキュッとなっちゃったじゃねえか」
「えー、これ見たことある柏木が驚くのはおかしくない?」
そう言いながら老婆の皮を剥いで出てきた七瀬を見る。ローテンションなうえに感情が顔に出にくい彼女は何を思っているのかが表情からだとわかりづらい。
「お前のお化け役は怖いんだよ。声のトーンとか纏っている雰囲気が本物っぽくてゾッとする」
「それはありがとうと言えばいいのか、女の子に怖いなんて言うなと怒ればいいのか」
どうでもいいことを考えている七瀬の腕の中でぴくっと加藤が動いた。意識を取り戻したらしい。
「ここは…天国?いや、地獄か」
「死んでんじゃねえよ。仮に死んでたとしても地獄行きなのは悲観しすぎだ」
「加藤さん、ごめんね。体験してもらった方がわかりやすいかと思って脅かしたんだけど、脅かしすぎちゃった」
ぼんやりとしている加藤に俺と七瀬がそれぞれ声を掛ける。加藤はゆっくりと七瀬の腕の中から起き上がり、二人へと視線を向けて真剣な眼差しでこう言った。
「つまり、七瀬さんは実は本物のお化けだったということなんだね」
「なんでそっちに傾くんだよ。そんなわけねえだろ。老婆の怪異のほうが七瀬の演じる偽物だったんだよ」
真相を口にする探偵のような表情をした加藤の発言を否定する。この子は結構おバカなのかもしれない。
「なるほど。お化けの七瀬さんは老婆の怪異を演じてたんだね」
「お前は何に対してなるほどと言ったんだ…」
「私は人間だよー」
なおも真実に辿り着けない加藤に呆れつつ、間延びした声で人間を名乗る七瀬を見る。
「ん?ということは林間学校に出た老婆の正体はお化け役の七瀬さんだったっていうこと?」
「そういうことだ。ようやく理解してくれたな。で、話を戻すが、今体験してもらった通り生ける七不思議である七瀬はお化け役にピッタリというわけだ」
「確かにこれならお化け役は問題なさそうだね。それじゃあ七不思議の中で採用するのは…」
そう言いながら加藤は指を折って数える。それに合わせて俺は本日の打ち合わせの結論を口にする。
「水死体の化け物、白いドレスの女、汚れまみれのおじさん、そして七瀬。これが肝試し大会におけるお化け役のスタメンだ」
「その並びで私の名前があるの嫌だなぁ」
七瀬が不服の意を示すが今は無視する。
「となれば衣装の準備だね。水死体の化け物…ってどんなのかな?」
「水死体の化け物と聞いて思い浮かべるのはクリーチャーみたいな見た目だが、そんな特殊メイクは無理だしな。ちょっとぼろい服を濡らせばそれっぽくなるんじゃないか」
「適当過ぎない?」
加藤の質問に答えてみたが、横から七瀬に口出しされる。まあ実際、適当な発言の自覚はあるので指摘は受け入れる。
「ただ林間学校の肝試しのときもそうだったが、シチュエーションが夜の暗い場所だからな。そこまで細部にこだわらなくても雰囲気で結構誤魔化せるもんだ」
「確かに老婆のマスクもこうしてみればそんなに怖くない。さっきはあんなに怖い顔に見えたのに」
マスクを手に取った加藤はまじまじと観察しながらそう言った。そのマスクが怖く見えたのは七瀬の名演の賜物だろう。
「水死体の化け物をどう表現するかは各々で考えて、後日また意見を共有しよう。あとは、白いドレスは仮装用の安物でも買って、汚れまみれのおじさんは服を嫌な感じに汚せばいいだけだな」
こう考えると衣装の準備はそこまで大変ではなさそうだ。あとは老婆用のマスク以外の衣装が必要なくらいか。
「それと並行して脅かし方のバリエーションだね。七不思議以外の軽めのやつを用意するでしょ?」
七瀬がそう言いながら林間学校で使った小道具たちに目を運んでいく。
「そうだな。それも考えていこう。あとはお金をどうするかだな」
それが問題である。そんなに高額にはならないだろうが、お金は争いの種なのだ。慎重に取り扱わなければ。
「部費とかはないんですか?」
「お助けクラブにそんなものはない」
挙手して質問した加藤に我が部の懐事情を伝える。そもそも正式な部活ではないから経費などはないのだ。
「私が出そうか?」
「ダメだ。七瀬はイベントの手伝いをしてもらってる立場なんだ。出すとすればお助けクラブとヒューマの四人で折半かな」
平気な顔でそんな提案をしてくる七瀬にノーを突き付ける。言い出しっぺはヒューマと俺たちだ。この四人で完結させるのが道理であろう。
「わ、私も出します」
割って意見したのは加藤だ。
「わた、私も運営のメンバーだし、そもそもヒューマ君が肝試し大会をやるなんて言い出したのもきっと私が理由で…」
次第に声が小さくなり、ごにょごにょと言葉を発して、最後は声が聞こえなくなる。それに対して気持ちだけで十分だと返事しようと思った瞬間に、
「そこで良い案があるぞ!」
「うわっ!」
突如として背後から大きい声が轟いた。鼓動を加速させながら振り返ると、セットされた短い金髪に筋肉質な大柄の男が立っていた。大きい声が発せられた口元にはセクシーさを感じさせるほくろがあり、笑顔から覗かせる白い歯がキランと光った。
「背後から急にデカい声を出すんじゃねえ」
「悪い悪い。それよりお金のことで頭を悩ませてるんだろ。俺の名案を聞かないか?」
全く悪びれる様子もなく笑顔で話すのはヒューマだ。
「はぁ、その名案というやつは何なんだ?まさかカツアゲしてお金を用意しようってんじゃねえだろうな」
「そ、そんな!酷いよ!ヒューマ君!」
「二人が俺のことをどんな目で見ているのがよーくわかった。これからはその誤解を解くために精進させてもらうよ。そしてこの案はその第一歩だ。カツアゲなんて極悪非道なことをせず合法的にお金を得られる。それどころかイベントスタッフも増員できる。その方法を聞きたい人は挙手!」
「いいから早く言えよ」
テンション高くつらつらと喋るヒューマに少し苛立ちつつ、名案の詳細を待つ。隣にいる七瀬だけが急に現れた初対面のヒューマに動じることなく、「はーい、名案聞きたーい」と間延びした声で返事をしながら挙手をしている。
「名案、それは…生徒会をカツアゲする」
「カツアゲじゃねえか!」
ヒューマから発せられた酷い案に思わずツッコミを入れる。
「すまんすまん、今のは言葉の綾だ。つかたんと加藤がカツアゲとか余計なことを言ったから釣られてしまった」
謝りつつも責任を俺たちのせいにするヒューマは言葉を続けた。
「要は生徒会との合同イベントにして、生徒会の経費を使うってことだ。肝試し用の衣装や小道具なんて大した金額にはならないだろうから経費も落ちやすいだろう。それに生徒会メンバーもお化け役から会場設営まで協力させられる」
「…なるほどな。言いたいことはわかった。だけど、すんなり合同イベントなんてのに乗ってくると思うか?」
ヒューマの言いたいことはわかる。しかし、俺が生徒会だったらそんな面倒事には関わらない。生徒会の協力を得られるとは考えにくかった。
「勝算はある。なにせ今の世代の生徒会長は祭り好きだからな」
「いまいち説得力に欠けるんだが…」
「とりあえず話に行ってみたら?オッケーもらえたらラッキーくらいのノリで」
悩む俺に七瀬がそう言った。確かに言うだけならタダではある。
「君!話がわかるな!名前は?俺は西の山に飛ぶ雄の馬で西山 飛雄馬だ。ヒューマと呼んでくれ」
「私は七瀬 千棘。よろしくね」
「チクチク痛そうだけど綺麗な響きの名前だ。よろしく、ななち」
凄まじい勢いで自己紹介が展開され俺は唖然とする。隣の加藤はもっと唖然としている。
「もうあだ名を、、いいな」
加藤がボソッと呟いた。どうやらあだ名に憧れがあるらしい。
「ななち…初めて呼ばれたけど可愛い響きだね」
そう言いながら口角を上げた七瀬はチラリとこちらを見た。
「なんだよ?」
「柏木もななちって呼んでいいよ。私もつかたんって呼ぶから」
「呼ばねえよ。あとつかたん呼びもやめろ。別に気に入ってないから」
感情のわかりづらい七瀬にしてはわかりやすくからかいの表情を浮かべている。あだ名呼びについて拒絶すると今度はヒューマが口を開いた。
「えー、せっかく一生懸命考えたあだ名なのに。気に入ってくれないと寂しい」
「何が一生懸命考えただ。出会って数分でその呼び方してきたじゃねえか」
「ヒューマ君は距離の詰め方が異常です。柏木様に向かって」
俺とヒューマの軽口に割って入ったのは加藤だ。人見知りの彼女もヒューマ相手ならば堂々と意見をできるらしい。
「加藤、俺に味方をしてくれるのは嬉しいんだが、どちらかと言うと柏木様呼びのほうが嫌だぞ。同級生の女子に様付けされると周りの視線が痛いんだよ」
「そ、そんな。私なりのリスペクトの気持ちでお呼びしていたのに…。ならどうお呼びすれば。閣下、陛下、我が君、柏木大王…」
「なぜ俺に仕えている呼び方を選ぶ…。普通に柏木でいいよ」
「よよよ、呼び捨てなんて恐れ多い」
「いや、だから俺たちただの同学年の高校生だって。まあ呼び捨てが嫌ならさん呼びか君呼びでいいんじゃないか?」
俺の意見に頷いた加藤はなぜか頬を赤らめながら小さな声で呟いた。
「か、カッシー、、とか」
「えぇ、急に距離詰めてくる。恐れ多いの言葉はどこに行ったんだよ。あとカッシーはうちのクラスにいるから却下だ」
「そんなぁ」
加藤が悲壮に満ちた顔をする。まあ、別に呼ばれ方なんてなんでもいいのだが、うちのクラスの陽キャ女子とあだ名が被るのはなんか嫌だったので拒否してしまった。
「柏木は酷いねぇ。私のことはななちって呼んでいいからね」
ななち呼びがお気に召したらしい七瀬は加藤に優しく声を掛けた。ショックを受けていた加藤の顔がパアッと明るくなる。
「な、ななっ、ななななな、ななち」
「なが多いな」
一生懸命にあだ名を呼ぼうとするも上手く発音できなくなってしまった加藤に思わずツッコミを入れてしまう。
「はーい、ななちだよ」
七瀬は相変わらずの感情の乗っていない声で答える。あだ名呼びを受け入れたもらえた加藤は嬉しそうににやけながら「ぐへへへへへ」と気持ち悪い声を漏らしている。その気持ち悪い反応には余計なツッコミを入れないように努めた。
「そういえば加藤さんの下の名前って何て言うの?」
七瀬が加藤に尋ねる。そういえばさっきは名乗ってなかったな。加藤の下の名前は確か…あれ?俺も知らない気がする。
「そういえば俺も聞いてない気がするな」
「…」
二人に名前を尋ねられた加藤は口を閉ざして目を逸らす。
「いい加減、教えていいんじゃない?二人とも笑ったりしないと思うよ」
ヒューマが加藤に語りかける。そして加藤の表情はどういう感情なのかいまいちわからない形に歪められ、小さく唸るような音を漏らした後、ゆっくりと口を開いた。
「わ、私の名前は、愛する海っていう漢字で書きます」
「愛に海…何て読むんだ?アイウミ?マナミ?」
「…ラ、ラブ、ブブブ、、、ラブマリンと読みます」
「加藤 ラブマリン…。キラキラネームってやつか」
彼女が名乗ることを避けていた理由がわかった。人の親が考えて付けた名前を悪く言うのはよくないが、確かに俺が加藤の立場でもあまり名乗りたくはない。
「俺は好きだけどなー。オリジナリティあるし、声に出して呼びたくなるし」
ヒューマが呑気な声音でそう言った。言われてみれば彼は加藤のことをラブマリンと何度か言い掛けていた気がする。
「よくないよ!周りからは嘲笑か同情の目を向けられるし、私自体が芋っぽくてキラキラネームと正反対みたいな人間だし。うー、改名したい…。全校生徒の前で公開処刑されるのが嫌で入学式も欠席して、入学二日目には既にグループがふんわり出来上がってるし。まあ、入学初日に登校してたとしても友達なんてできなかったけど。私なんてどうせ」
「おい、ヒューマ、加藤がまたネガティブモードに入ってしまったじゃないか。フォローしてくれ」
「えー、だから俺は可愛い名前だってフォローしてるのに」
男二人が上手くフォローもできず、闇のオーラを纏った加藤はブツブツと一人で呟き続ける。そこに歩み寄ったのは委員長とはまた違ったコミュ強である七瀬だ。
「大丈夫だよ、名前がどんなのでも加藤さんの良さは変わらない。それにヒューマも言った通り可愛い語感だとも思うよ。加藤さんが嫌じゃなければ私もあだ名で呼んでいい?」
「…あだ名?」
加藤の頭を撫でながら優しい声音を発する七瀬はあだ名で呼ぶという提案をする。その言葉に加藤は顔を上げて、涙ぐんだ瞳に光を灯らせる。
「ラブちゃんなんてどうかな?可愛くない?これならキラキラネームっていう印象より、愛称だっていう印象のほうが強いと思うし」
無表情であることの多い七瀬が珍しく微笑んでいる。見た人を安心させる笑みだった。
「…ラブちゃん。…あだ名、、友達、、親友、、心の友、、私のななち、、ななちの私」
「なんか加藤の思考が飛躍し始めたぞ」
友達に飢えている加藤の言葉は次第に独占欲を匂わせる発言へと変わっていく。
「ななち!私、ラブちゃん!」
横からの俺の口出しなど気にせずに、加藤は露骨にテンションの上がった嬉しそうな声で七瀬へと距離を詰める。
「うん、ラブちゃん。これからよろしくね」
「う、うん!よろしく!わ、わた、私たち、と、とと、友達?」
「もちろん。友達だよ」
こうして加藤に初めての友達ができた。いや、ヒューマがいるから二人目か。なんにせよ、警戒心の強い加藤の心を開くことができてよかった。流石は俺とも友達になれる七瀬 千棘様である。
「あびゃー!ヒューマ君!友達!私の友達!親友!生涯の友人!私は一途にななちだけを友達として生きる!」
スーパーハイテンションになってしまった加藤は七瀬にべったりとくっついて声高々にそう宣言する。そんな様子を微笑ましく見ながら、俺はヒューマにだけ聞こえる声量で声を掛ける。
「いいのか?七瀬と友達になれたことが嬉しすぎてヒューマが友達から外されたぞ」
そう軽口を叩くと彼はいつもの調子で答えた。
「大丈夫だよ、俺とラブマリンは友達じゃなから」
一瞬、理解が遅れる。
「友達じゃないって…」
俺は彼の発言の意図を尋ねる。出会う人は全員友達みたいな考え方なのだろうと思っていた彼が友達であることを否定するとは思わなかった。
「そのままの意味だよ。俺はラブマリンと友達になりたくはないんだ。あ、嫌いなわけじゃないよ。むしろ好き。まあ、男心には色々あるんだよ」
話をはぐらかすように彼は答える。彼の意図はわからない。もしかしたら加藤に恋する男として友達という関係性は嫌だという意味なのかもしれない。
「ななちは私とずっと一緒に居てくれるよね?」
俺とヒューマの会話の外で、加藤が早速束縛を開始している。
「ずっとは一緒に居られないけど、これからたくさん遊ぼうねー」
「うん!遊ぶー!」
七瀬はやんわりと束縛を拒絶しつつ、遊びの提案をすることで加藤の機嫌を取る。なんか手慣れていて七瀬のことがおっかなく見えてきた。それにしても脳みそが蕩けてしまった加藤は知能がどんどんと下がっていき、さっきまでの人見知りキャラが姿を消している。
色々と話が散らかってしまったが、今後の方針の決定と加藤の心を開くという目的は達成したため、俺は咳払いを挟んで口を開く。
「とりあえずは肝試しでの脅かし方を考えつつ、衣装やら小道具の準備を進めてくれ。俺は生徒会に話を持ち掛けに行ってみる」
「わかった。一人で大丈夫?」
加藤と七瀬に指示をして、俺は生徒会へと向かうことにする。七瀬に心配されるが、俺だって交渉くらいはできるのだ。
「大丈夫だ。俺はクラスメイトと仲良く雑談はできなくても、業務連絡は得意なんだ」
「大丈夫の理由が悲しいなぁ」
「私は業務連絡もできないので尊敬します!」
ヒューマに憐みの視線を向けられた後に、加藤からは対照的に羨望の眼差しを向けられる。
「ヒューマはどうする?付いて来るか?」
「いや、俺は両手に花の状態で準備を手伝うよ」
彼は冗談めかしくそう言ってここに残ることを宣言する。
「了解した。それじゃあ俺は行ってくるから、お前らはくれぐれも喧嘩とかしないように」
冗談半分でそう言った俺に対して三人は声を合わせて「はーい」と返事をする。仲が良さそうで何よりだ。ここに戻ってくる頃には俺の居場所はないかもしれない。
そうして俺は教室を後にして、生徒会室へと向かう。
生徒会役員がどのような人物たちかはわからないが、所詮は内申点のために教師から与えられた業務をこなす生徒でしかないだろう。
この時点での生徒会への認識はその程度だった。後にこれが誤った認識であると俺は知ることになる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その部屋には異様な雰囲気が漂う。異様という言葉は特別と言い換えてもいいかもしれない。
別に特徴的な内装というわけではない。とある机の周りだけやたらと煌びやかな小物が美しく並べられているが、その点を除けば何の変哲もない部屋だ。普通の生徒会の部屋だ。
その生徒会室で何か特別なことが催されているなんてことはなく、ただ役員が勤勉に業務をこなし、時より短い雑談が交わされる。どこにでもあるような生徒会室の光景。
にも拘わらず部屋に満ち溢れた特別感の正体はいったい何なのか。この問いに答えられるものは多い。答えられないとすれば柏木 司などの周りに興味関心を持っていない生徒くらいだ。
つまるところ特別感の正体は東浜高校で最も名の知れ渡った人物によるものだ。特別・特殊・スペシャル・唯一無二・天上天下唯我独尊といった言葉が似合うどころか、言葉そのものと言える女王が存在していた。
彼女は東浜高校三大美女『紅女王』と呼ばれる人物である。浅黒い肌。肩に届かない短めの銀髪。美しい切れ長の目には全てを見通すような翠眼が浮かぶ。時折パチッと大きな目を開けば、美しさで構成された女王に可愛らしさまでもが宿る。
圧倒的な美貌を有し、存在するだけで羨望を集める女王。しかし、別格なのは容姿だけでなく、むしろ彼女を良く知るものからすれば容姿すらも霞む程の内に宿る何かである。
その何かを言語化することは難しい。カリスマ性・王の器・人類の到達点・世界の主役。そんな言葉を当て嵌めてみるが、どれもチープに聞こえてしまう。彼女には相応しくない響きだ。
そんな言葉では語ることのできない東浜高校の現生徒会長はぽつりと呟いた。
「退屈だ」
ぽつりと呟いただけのフレーズに生徒会役員は反応する。どんなに小さな呟きも彼女の麗しい声音として発せられれば聞き逃すことはできない。そして生徒会室の群衆たちは女王の言葉の続きを待つ。
「面白いものをこの目に映す。貴様ら、付き合え」
鳳凰 明日香。彼女の名だ。




