第二章1 来訪者
水がある。
あらゆる水の光景が瞳に映る。
プールでバタフライをする水泳部員が巻き起こす水しぶき。渡り廊下でコーラを飲む生徒から流れる汗。先生が水撒きしたことでできた水溜まり。
そんな光景を目にする俺の首筋にも汗が生成され、不快感を覚える。
「暑い」
「そう言うなら髪を切ればいいのに」
俺の愚痴に対してそう言ったのはパステルカラーの緑髪が特徴的な女子生徒だ。その奇抜な色の髪は眉くらいの位置まで伸びており、前髪は重ためだ。
「お前は俺からアイデンティティを奪う気か」
「アイデンティティはその派手な赤髪だけで十分だと思うけど」
彼女に指摘された赤髪が視界に映る。後ろは腰まで伸びていて長いが、前髪も鼻先辺りまで伸びているためよく見える。
「切りたくない理由があるんだよ」
「どんな理由?」
「あんまり人のプライバシーに踏み込むもんじゃないぞ」
「今の質問は自然な流れだったじゃん!」
プクっと頬を膨らませる彼女の顔は非常に整っていて、ぱちくりとした目には大きな瞳が付いている。怒らせてしまったからかキメ細かい白い肌が僅かに赤くなっている。
「まあ、委員長みたいに髪を縛ればちょっとは涼しくなるのかもな」
すぐ前を歩く女子生徒、速川 日和は肩まで伸びている髪を後ろで一つ結びにして束ねている。
「うん、おすすめ。首の後ろがだいぶ涼しくなるよ」
「でも男で髪結んでるのって変な目で見られないかな」
「そんなの気にする人じゃないでしょ。ていうか赤い長髪の時点で多少は珍しいものを見る目で見られてるよ」
ジト目を向けながら委員長はそう言った。まあ、仰る通りではある。
「まあ、そもそもこんな暑い思いをする羽目になっているのが悪い気がするな」
そう言いながら俺は両腕に抱えられた植木鉢を見る。バスケットボールよりも大きい植木鉢は結構重い。
「お助けクラブは困っている人を助ける部活だろ。これは園芸部の仕事を押し付けられているだけじゃないか」
園芸部用に届いた鉢を彼らの活動拠点である中庭まで運ぶのが今日の仕事だ。
「いいじゃん。体動かせて人の役にも立てる。気持ちがいいね」
そんなセリフを心の底から言ってしまえる委員長に感心と呆れが混ざり合った感情を抱く。
「こんな蒸し暑い日に肉体労働して気持ちがいいなんてことはないよ」
ドラゴンとはしゃいだ林間学校から一ヶ月と少しが経ち、今日は七月一日。月も変わったことで一気に夏の気分へとなり、その気分を後押しするかのように温度も上昇していた。
「ちょっとは安武君を見習ってほしいな。私たちが一往復する間に三往復はしてるよ。それもずっと爽やかな笑顔で」
身体能力も高ければ人間性も高評価の安武 晴間は元気に鉢を運んでいる。本来であれば園芸部五名と我ら三名で運んでも一時間弱かかる見込みだったが、安武が一人で半分くらい運んでいることもあって三十分で終わりそうである。
「あんな体力お化けの筋肉と一緒にするな」
服を着ているとわかりにくいが、脱げばどこに脂肪があるのか不思議になるくらい筋肉が詰まった彼の体を思い出す。マッチョには憧れるが、あそこまで筋肉があると恐怖の気持ちのほうが大きくなってくる。
そんな話をしていたら目的地まで辿り着き、俺は腕の筋繊維を破壊した罪深き植木鉢を雑に地面へと置く。
「もうちょっと優しく置こう。こうやってゆっくり」
委員長はまるで園児にものを教えるみたいな優しい話し方をしながら丁寧に鉢を置いた。
「こいつは俺の筋繊維を傷付けたんだぞ。叩き割らなかっただけ感謝してほしいもんだぜ」
「柏木君の筋繊維は回復してもっと強くなるけど、この子は壊れたら終わりなんだよ」
またプクっと右頬を膨らませた彼女に叱られる。植木鉢に対してこいつと呼ぶ俺と、この子と呼ぶ委員長の違いで人間性の優劣がついてしまった気がして少し虚しい。
「わかったよ。次からは丁寧にする」
「ありがとう!」
渋々ながらにそう言った俺に対して屈託のない笑顔で感謝を口にする彼女の姿が眩しい。どう考えても俺が悪いのにお礼を言われたことで残っていた良心が傷付く。まさかこれを狙って委員長は感謝の言葉を放ったのか。
「委員長もなかなか策士だな」
俺のそんな発言に対して委員長はクエスチョンマークを浮かべながら頭を傾けた。
「ま、あと一往復で終わるだろう。もうひと踏ん張り頑張るとするか」
「その意気だよ!頑張ろう!エイエイオー!」
そうして意気込んだ俺たちは同時に振り返り、同時に「あ」という声を漏らす。二人の視線の先には頭の上まで積みあがった鉢やら肥料やらを一人で運んできた安武の姿があった。
「柏木君、さっきは安武君を見習ってほしいとか言ってごめんね」
「委員長がわかってくれて嬉しいよ」
そんなやり取りを交わしながら向かってくる安武に声を掛ける。
「人間ってある一定以上のラインを超えると尊敬より恐怖が勝つんだな」
「司は何を言ってるんだ?運ぶのはこれで全部だから、今回の依頼は完了だよ。二人ともお疲れ様」
俺たちと園芸部員の計七名でこなした仕事量をたった一人で成し遂げた目の前の筋肉野郎から労いの言葉をいただく。彼は抱えていた大量の荷物を優しく丁寧に地面に置いていった。
「安武は成績優秀だから将来は一流企業に勤めるのだと思ってたけど、お前の天職は引っ越し業者なのかもしれん」
「そう?考えとくよ」
安武は自分がいかに化け物じみたことを行っているのか自覚していないようで、俺たち二人から向けられる視線に対して不思議そうにしていた。
「え!もう運び終わったの!?皆ありがとう!超助かったよ~!」
園芸部の倉庫から出てきた女子生徒がお礼の言葉を投げかけてくる。それに対して委員長と安武が「どういたしまして」と笑顔で答え、俺は無反応のままボーっと辺りを眺めていた。
園芸部の庭は花やら野菜やらが等間隔で並んでいる。くっきりとした緑色の葉の先にポツッと付いているミニトマトが実に美味しそうだ。見た目からしてみずみずしさが伝わってくる。
「食べる?」
園芸部の女子生徒が俺の見ていたミニトマトを指差して聞いてきた。
「いや、大丈」
「いいんですか!?」
流石に申し訳ないと思い断ろうとした俺の声は、委員長の高く心地良い声に掻き消される。
「うん、いいよ。沢山あるしね。今日のお礼って言うには見合ってない報酬かもだけど」
「そんなことないですよ。わぁ!美味しそう!」
その様子を見て園芸部員は慣れた手つきでミニトマトを収穫し、水で洗ってからこちらに差し出してきた。俺たち三人は「いただきます」と言ってミニトマトを同時に食す。
「う~ん!美味しい!」
委員長の良いリアクションを眺めながら口の中に広がる新鮮なミニトマトの甘さに意識を向ける。そのまま風味が鼻を突き抜け、先程までの汗でベタベタとした不快感は払拭され、爽やかな気持ちが広がっていく。
「めっちゃ美味そうに食べてるな」
隣に立つ安武にそう指摘され、少し照れ臭くなる。
「こっち見んな」
「照れるなよ」
安武は笑いながら二つ目のミニトマトを頬張った。
「こんなに美味しそうに食べてくれると私たちも嬉しいよ」
園芸部員はニコッと効果音がしそうな程、わかりやすく嬉しそうな顔をする。
「美味しかったです。ごちそうさまでした」
俺はその園芸部員にお礼の言葉を口にする。大人たるもの礼くらいはきちんと言わなければならない。そんな俺の様子を横からニヤニヤと眺める二人が鬱陶しくはあるが。
そうして二人に抗議しようと視線を移動させた瞬間、視界の隅に何かが映った。それはこちらを見ている人影に見えて、俺はバッとその人影のほうを見た。
「わっ!どうしたの!?」
俺が突然体を反転させたことで委員長は驚いて食べる寸前だったミニトマトを落とす。安武は地面に落ちる寸前のミニトマトを器用にキャッチしながら、俺が見ている方向に目を向けた。
「あっちに何かあったのか?」
「いや、気のせいだ。驚かせて悪い」
俺は労働でかいた汗とは違う冷えた汗が首筋を流れるのを感じながら答える。最近こういうことが多かった。常に誰かに見られているような感覚。一カ月前に予言の寵愛を有する黒木 まこから伝えられた言葉を思い出す。
『この夏、先輩はお化けに会う』
「…まさかな」
そう呟いて俺は頭をリセットしようと空を見上げた。地上を加熱する太陽が雲に隠れていく姿が見える。雲に遮られ僅かに薄暗くなった世界には、先程までの暑さを忘れさせるほどの冷気が送り込まれた気がした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ねえねえ知ってる?東浜高校には七不思議があるんだよ」
七月二日。放課後となり、いつもの如く別棟の二階でお助けクラブとして依頼が来るのを待つ。昨日のような重労働は月に三件くらい発生するのだが、今日は依頼の気配はまるでない。よってお助けクラブは暇であり、暇を持て余した委員長が一つの話題を提供する。
「七不思議?そういえば七瀬も似たようなこと言ってたな。いったい誰がそんな幼稚な噂を流してるんだか」
高校生にもなって七不思議の話で盛り上がろうとするお子様たちを鼻で笑い飛ばす。
「それで、どんなのがあるんだ?聞かせてみろ」
「よくそのリアクションから内容を聞こうと思ったね」
呆れた委員長の声を右から左へと流し、七不思議の内容が明かされるのを待つ。
「一つ、どこまでも続くエンドレス階段」
「ありきたりだな」
「二つ、プールに住まう水死体の化け物」
「えらく狭い範囲を活動圏内にしてるんだな」
「三つ、音楽室のピアノを奏でる白いドレスの女」
「音楽室は定番だよな」
「四つ、グラウンドを徘徊する汚れまみれのおじさん」
「急に怖さの種類変わったな。不衛生なおっさんとか生理的に恐怖だわ」
「五つ、誰もいない体育館に響き渡るバスケットボールの音」
「どんどんしょうもなくなってないか?」
「一つ言う度に茶化してくるな…」
俺の感想に耐えられなくなった安武が口を挟む。
「邪魔するな安武。残り二つがまだ聞けてないだろ」
「この人、感想が上から目線な割に凄い楽しんでるな」
安武も委員長も呆れたような顔になっているが俺は気にしない。
「六つ、事故で亡くなっちゃった虹川さん」
「それだけだと怖さが伝わりづらいな」
「七つ、林間学校に現れる老婆の怪異」
「それこの前のやつじゃねえか!七不思議ってそんな最新の話でいいのか!?」
七つ目の内容に思わずツッコミを入れる。思い出されるのは一カ月と少し前の林間学校。肝試しイベントで現れた老婆が生徒たちを恐怖に貶めたエピソードだ。というかアレ、真相は俺と一緒にいた七瀬が老婆のマスク被って生徒を脅かしたってだけの話だし。
「まあ、七つも不思議を用意するのは骨が折れるから仕方ないんじゃない?」
そんな現実的な感想を委員長が漏らす。
「だとしても直近のエピソードをほいほいと七不思議に組み込むんじゃねえよ。ということはあの林間学校の前は七つ揃ってなくて六不思議だったのか?」
「ううん。その前はトイレの花子さんが七つ目だった」
なんともネタ切れ感がハンパない話だった。
「もうちょっと頑張って作ってほしいものだぜ」
「そもそもこの東浜高校は創立十八年の新しい学校だからな。怪談が七つも用意できるほどの歴史がない」
俺の嘆きを聞いて安武が補足する。確かに彼の言う通り僅か十八年で怪談と呼べる出来事が七つも起こるとは考えにくい。
「なぜそう無理してまで七不思議を作りたがるのか…」
「二、三年前から噂されるようになったらしいよ」
七不思議への熱い情熱に対して疑問を持つと、委員長が噂の始まった時期を教えてくれる。
「ただでさえ十八年という浅い歴史なのに、七不思議ができたのは二、三年前って…いったい誰が信じるのやら」
「意外と信じている人が多いんだよ。実際、この前の林間学校で老婆は出たわけだし」
「それもツッコミどころの多い話だな。まず林間学校という舞台を東浜高校の七不思議に組み込むのが変だし、そもそもあの老婆の正体は七瀬だしな」
「え!そうなの!?」
俺の口から告げられる真実に委員長は驚愕の表情を浮かべる。いや、委員長がそれに気付いていないのもおかしいんだけどな。なぜなら、
「七瀬に老婆のマスク貸したの委員長だろ?それなのになんで気付いてないんだよ」
「私が貸した…?あー!そうだ!思い出した!柏木君を楽しませたいって言われて貸したんだった!」
委員長の残念な記憶力に呆れつつ、内心で貸してんじゃねえよ悪態をつく。あれのせいで俺は人生最大級の絶叫を奏でることになったのだ。
「まあ、七不思議のうち一つが解明されてよかったな。残りの六つも誰かが適当に作った内容か、今回みたいな勘違いから起きた話だろうよ」
「なーんだ。夏は学校で肝試ししたいと思ってたのに」
残念そうにしている委員長に俺は尋ねる。
「林間学校での肝試しイベントといい、委員長はホラーが好きなのか?」
「うん、ホラーは好きだよ。ドキドキハラハラできるから楽しいんだよね」
「へー、委員長がホラー得意なんてちょっと意外だな」
「いや、得意ではないよ。私めっちゃビビりだよ。でもビビりだからこそ誰よりもホラーを楽しめるの」
「そんなもんかね」
委員長の知らなかった一面を知って、この七不思議の話から始まった雑談は終わりを迎える。そんななんてのことない放課後を過ごしていると、突然ガラガラッと部室のドアが開かれた。
「こんにちは!」
「わっ」
「びっくりした」
ドアを開いた人物は大きな声で挨拶をし、委員長と俺の肩がビクッと跳ね上がる。安武は冷静に訪問者のほうを見て言葉を交わす。
「こんにちは。我がお助けクラブに何か御用でしょうか?」
「はい!ご用です!」
元気いっぱいの声で安武の問いを肯定した人物は「失礼します!」と言って部室に入って来た。
その人物は男子生徒で身長が百七十六センチの俺よりも大きく見える。服を着た状態だと筋肉が目立たない安武と違って、目の前の男子生徒は服を着ている状態でも鍛え上げられた筋肉がよくわかる体格だ。
ただ何よりも特徴的なのはその整った容姿だ。形の良い黒眉がキリっとしており、大きな目は若干たれ目気味で、鼻は海外のスター俳優のように高く、桜色の綺麗な唇の左下にはセクシーさを感じさせるほくろがある。
髪型は綺麗に染められた金髪をセンター分けでセットしており、サイドとバックはすっきりと刈り上げているため爽やかな印象を受ける。
「俺の名前はニシヤマ ヒュウマって言います。西の山に飛ぶ雄の馬で西山 飛雄馬です。友達はヒューマって呼ぶから、皆さんもヒューマって呼んでください!」
元気いっぱいで自己紹介をする彼の左耳のピアスが光る。俺が彼の声量に気圧されている中、委員長が口を開いた。
「よろしくね!ヒューマ君!私は速川 日和だよ!今日はどんな用なのかな?」
陽キャ感が溢れる彼に速攻で順応した委員長が尋ねる。
「よろしくひよりん。実は皆さんにお願いしたいことがあるんだ」
「いいよ。何すればいい?」
出会って十数秒の委員長にひよりんというあだ名を付けた彼は我らがお助けクラブに依頼があると言う。その依頼の内容も聞かずに承諾した委員長に講義の眼差しを向けるが気付いてはくれない。
「イベントの実現に協力してほしいんだ」
キラキラとしたエフェクトがかかっていそうなイケメンから発せられた依頼内容はイベントの協力要請。この時点で面倒な仕事になりそうだと憂鬱な気持ちが湧いてくる。そしてイベントというフレーズを聞いただけで委員長の目に輝きが増したため、どんな内容でも参加させられる運命には抗えそうにない。
「…それで、どんなイベントなんだ?」
目の前のヒューマというイケメンや横でワクワクの擬音を発生させている委員長とは真逆のローテンションで俺は尋ねる。さっと終わるものであってくれと僅かな期待を込めて。
「七月二十四日、終業式の夜、この東浜高校で肝試し大会を開催したいんだ!最近校内で話題の七不思議というビッグウェーブに乗って青春の思い出を作ろうじゃないか!」
露骨に嫌な顔をした俺とは対照的に、委員長は立ち上がって拍手をしている。安武はこちらを見てニヤリと笑っており、俺の嫌がる姿を楽しんでいるようだ。
『この夏、先輩はお化けに会う』
肝試し大会に紛れて本物のお化けが、なんて展開じゃないよな…。
その後、俺が様々な角度から断る理由を作り上げ、部室内にいる三人に対して熱く説得を試みるが、感情的に委員長に却下され、論理的に安武に却下され、お助けクラブが肝試し大会の運営チームへと成り果ててしまう未来を阻止することはできなかった。
「つかたんが色んな視点から意見言ってくれてめっちゃ助かるよ!最高のイベントにしような!」
キラキラとした根明美男子のヒューマは、イベントを阻止するための俺の姿勢を肯定的に捉えてしまったらしく、最後は肩を組んできてそんなセリフを吐きやがった。とういか誰だよつかたんって…。俺の名前は柏木 司だ。ファーストネームで呼ぶだけでなく、あだ名にまでして呼んできやがった。
今年の夏は忙しくなりそうだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
全開の窓からは爽やかな夏風邪が流れ込み、眉上くらいの長さの金髪が優しく揺れる。部屋に入り込んでくる日差しは柔和な笑みを浮かべる彼の左耳に装着されたピアスをきらりと光らせた。
冷房を起動していないこの部屋ではどこかから持ってきた古い扇風機が微かな異音を奏でながら空気を循環させる。冷房を使えないのはこのお助けクラブが正式には部活ではなく同好会的な立ち位置だから、とかではなく委員長と安武が今日くらいの気温なら扇風機で十分と言ったからである。彼らは人に優しいだけでなく、地球にも学校のお財布にも優しいらしい。
「もう一つみんなにお願いしたいことがあるんだ」
この部屋に入ってきてから基本的にヘラヘラ笑っている表情のヒューマだったが、それが真剣な表情へと変わった。三人とも少し身構えて彼の言葉を待つ。
「このイベントメンバーに加えたい子がいるんだ。できればその子にリーダーもやってほしいんだけど、それはまた別途相談で」
彼の追加要望は新規メンバーの加入らしい。人手が増えるのは良いことなので俺としては特に問題ない。
「それはいいけど、なんだか歯切れの悪い言い方だな」
安武がそう返事をして、会話のボールを再びヒューマへと渡す。
「実はその子、かなり内向的というか、人見知りで。イベントすることもまだ言ってないんだ。もしかしたら断られるかもなんだけど」
ヒューマは相談もなしに勝手にイベント参加の流れを作ろうとしているらしい。俺がその子の立場ならいい迷惑だが、彼の態度からその子を思っての行動なのだろうということは想像が付いた。もしかしたらヒューマの好きな子なのかもしれない。
「ぜひその子にも参加してもらおう!せっかくのイベントだからね。もしその子の勧誘に私が必要なら今からでも行けるよ」
パッと明るい声が部室に響き渡る。善意百パーセントで面倒なイベントの運営に勧誘しようとする委員長に苦言を呈そうかと迷ったが、面倒なイベントというのはあくまで俺の主観でしかないため今は余計な事を言わないように口を閉ざす。俺も空気を読むようになったもんだ。これが大人になるということか。なんてことを考えているとヒューマの視線がこちらに向いた。
「ひよりんの気持ちは有難いんだけど、勧誘にはつかたんに協力してほしいんだ」
「「え!」」
ヒューマの要望に驚きの声を上げたのは俺ではなく委員長と安武だ。いや、俺自身も俺は適任じゃねえだろとは思ったが、それにしても二人のリアクションは失礼なものである。
「だ、だめだよ!ヒューマ君の口ぶりからしてその子は女の子なんだよね!人見知りの女の子なんだよね!柏木君を近づけちゃ泣かせちゃうよ!」
「そ、そうだ。考え直せ。人間関係は第一印象が重要って言うし、運営参加に対して大きなマイナスイメージを持たせるのはマズい」
動揺しながら今日一番の必死さで委員長と安武がヒューマの説得を試みる。俺はなんだか泣きそうになってきた。それと同時に沸々と怒りが湧いてくる。
「お前らが普段から俺のことをどう思っているのかよーくわかった。よし、ヒューマ、俺をその子のところに連れて行け。俺が内向的な子にもパーフェクトコミュニケーションを取れるってことを証明してやるぜ」
ムキになった俺はその子を勧誘してみせると心に決めた。そんなお助けクラブ内の悲しいやり取りを見た後、ヒューマは落ち着いた口調で俺たちに語りかける。
「でも実際、この中で一番成功率が高いのはつかたんなんだよ。その子曰く、強すぎる光は私を滅するとのことで、要は陽キャのひよりんと晴間っちでは話し合いの前に気絶してしまう可能性が高い。俺もその子とまともに話せるようになるまで四ヶ月かかった」
どんだけ陰の者なんだよと思いつつも、俺も委員長を見ていると眩しすぎて近寄りたくない気分になる日もあるので気持ちは少しわかる。というか間接的に俺のこと陰キャって言ってないか?
「なるほど。それなら…それでも柏木君はちょっと恐すぎるんじゃないかな。髪赤いし、口調強いし、恐い噂も多いし」
「髪色については委員長に言われたくねぇ…。噂になってるヤクザ壊滅の話も不良成敗の話も実行犯はここにいる安武だし」
パステルカラーの緑という奇抜な髪を見た後、傍に座る安武を指差しながら反論する。
「まあ確かに最初は恐がっちゃうかもしれないけど」
「おい」
俺の指名したヒューマ自身の発言に物申そうとするが、彼は言葉を続けた。
「つかたんが相手なら彼女をその気にさせることができると思うんだ」
俺も委員長も安武も「なぜ?」という疑問を顔に出しながら彼のほうを見る。
「その子、つかたんのファンなんだ」
「「「…は?」」」
ヒューマの発した言葉を理解できないまま三人は固まる。
静寂が訪れたその部屋に、セミの泣き声だけがやけに五月蝿く響いていた。




