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赤と青のハルハル  作者: 高野 ぱら
第一章 女子高生ドラゴン
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17/32

第一章17 私の選択

 月下、己の形を獣へと変貌させた存在との戦闘が開始して一分が経った。もっとも、体感で流れた時間はその十倍程のものである。

 安武 晴間にとって人との闘いは単調作業のようになることがほとんどだ。それは踏んできた場数が理由で、幼少期から大人と殺し合いに等しい喧嘩を経験し、その後も様々な相手と拳を交えた。いつしか己の実力に並ぶような相手と拳を交えることはなくなり、実力差のある人との闘いは単調であった。


 今宵の戦いも感覚としては単調作業に近かった。今回の対戦相手は一年前に決闘をした地元最強のヤンキーよりも遥かに強く、武術の最上位層にいる相手だったが、それでも安武 晴間にとって脅威になる強さには遠く及ばなかった。

 実際、戦闘を開始してから一方的な展開が続き、僅か二十秒で勝敗は決した。はずだった。


 念には念をと協会の使者を気絶させようと首に手を近づけたとき、異常な速さで相手は起き上がり、起き上がるだけでなく反撃を試みた。その速さに戸惑いながらも相手の反撃を両腕で作ったガードで防ぐ。

 いったい何が起きたのかと視覚から情報収集を始める前に、痛覚が状況の変化を教えてくれた。完全にガードしたはずの敵の反撃は確実に安武 晴間へとダメージを与えていた。両腕の肉が深く抉られ、ぽたぽたと血液が零れ落ちる。


 昔から痛みには強いほうなのでそこは問題ない。問題なのは痛覚に続いて異変に気付かせる視覚の情報だ。金髪に糸目で、しっかりと鍛えられていることが外見上にはあまり出ていない細身の男が消えていた。代わりに全身が固い質感の毛に覆われ、大きく鋭い牙と爪を有した獣だった。


 初めて見るその存在のことは知識として知っている。獣の呼び方は狼男だ。

 状況の急激な変化に頭を回す暇もなく、狼男はこちらへと突撃を試みる。ガードという選択肢を捨て、回避行動をとるが伸びた鋭い爪が額を僅かに掠める。大して痛くもないその傷口からツーっと血が垂れて、左眉を通過し睫毛で止まったことで、僅かに視界の邪魔になった。


 攻撃を緩めるつもりのない狼男と、頭で考えることはやめて目の前の化け物を倒すためだけに体を動かす人間の攻防が始まる。

 それから一分の攻防の中で狼男が受けた攻撃は顔面と腹に拳を一発ずつ、あとはクリティカルヒットには程遠い足蹴りだった。

 対照的に安武が受けた攻撃は脇腹を大きく抉る一撃と、左腕の肉の表面を文字通り食らった嚙みつき、そしてクリティカルヒットした頭への殴打だった。その他にも細かい傷を受け、状況は絶望の方角へと一歩近づく。


 狼男となったことで速さも硬さも筋力も増強したわけだが、安武 晴間が劣勢になった理由はそれだけではない。劣勢の一番の理由は経験値によるものだ。

 安武 晴間にとって大抵の人間は脅威ではない。もちろん刀や銃を持ち出されれば敗北の色が少しは濃くなるが、肉弾戦ならば敗ける姿を想像できない。相手が武術の達人だろうと、鍛えられ上げられた巨漢の男だろうと、それは変わらない。

 それは肉体も戦闘センスも恵まれており、その上で幼少期に格上の人間の倒し方を身に着けているからである。


 だから安武 晴間が人間相手の肉弾戦で敗けることはないと言っても過言ではない。

 しかし、今回の相手は人間ではなかった。ましてや純粋な獣でもなかった。人間と獣の要素を掛け合わせた戦い方は未知の領域だった。これが獣の本能だけで突っ込んでくるならきっとここまで苦戦しなかった。生物としての肉体的な差があるのなら、技を以て勝てばよいだけである。


 この狼男は生物として人間の肉体スペックを遥かに超越しながら、人間が修練によって身に着ける武術も有している。そんな存在との戦闘経験など安武 晴間にはなかった。


「ッ!」


 故に削られる。敗北の色の濃さが増していく。

 出会い頭にベラベラと話していた協会員は口を閉ざし、ただ目の前の存在を狩るためだけに息を吸っては吐く。


 目の先まで迫った五指から伸びる爪を避け、反撃を考えるが既に狼男の足がこちらへと蹴り出されたことを確認して抉られた両腕でカードする。傷口に打撃を与えられて痛みが強調された。顔をしかめながら相手のほうを見ると既に一歩距離を詰められており、あと一歩踏み込まれてしまえば腸を引きずり出される。

 そうして腹まで柔毛に覆われた腕が来たところで、思いっきり跳躍し、跳躍しながら体を回転させ渾身の蹴りを放つ。蹴りは狼男の顔面に直撃し、衝撃と痛みで狼男は後退った。


 しかし、狼男はまだ立っている。まだ足に力を籠める余裕を残している。ダメージは与えているはずだが、ヒットポイントも防御力も人間の状態と比較して跳ね上がっているようだ。


 ここまで劣勢なのは幼少期ぶりだ、なんていうことはない。小学校を卒業する頃には敵なしだった自分ではあるが、中学生になってしばらくしてから圧倒的な敗北を経験している。そのときに自分を負かした相手には最後まで勝つことができなかった。それに一年前の藪岡組との決戦のときも、数カ月前に化け物と殺し合いしたときも、劣勢な状況はあったのだ。

 世界は広く、吸血鬼や悪魔もいれば、寵愛によってドラゴンに成る者までいる。自分がいくら人間の枠組みでの天井を叩こうとも、この世界には上の存在がいるのだ。


 狼男が次の行動をしようと構える。そして矢のように体を解き放つ寸前で、ビタリとその動きを止めた。


 狼男が止まった理由は安武 晴間の変化だった。その変化は別に獣の姿に変身したというわけでもないし、柏木 司のように人の域を超えた力を示したわけでもない。

 ただ笑ったのだ。この状況下で安武 晴間は微かに微笑んだ。


 それを目にした狼男は構えの型を変えてから一言発した。


「寵愛現象管理協会、戦闘員、矢野 和樹」


「東浜高校二年生、安武 晴間」


 この短いやり取りの三分後、勝負は終わりを迎えた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


『わざわざ満月の日に稽古つけてやったのに、こんなもんかよ』


 師匠、と呼ぶには何も教えてくれないし、稽古と称して一方的に蹂躙してくる相手からの言葉。

 僕は狼男と人間の混血である。といっても、狼男の血は八分の一しか流れておらず、原種の力を活かしきれているとはとても言えなかった。僕が変身できるのは満月の夜だけ。かなり限定的な力であった。


 狼男の力を抜きにした素のスペックだけでも協会の戦闘員の中では真ん中くらいの位置にいると思っているが、その程度の実力では今回のドラゴン捕獲なんて仕事にはまず呼ばれない。本来であれば協会内でもトップの人間が担当する案件だ。それこそ人間の癖に化け物よりも強い師匠なんかが呼び出される話だ。


 そんな中で僕が連れ出されたのは今日が満月だからに他ならない。狼男に変身してしまえれば、協会内での僕の実力は上位に入る。にも拘わらずそんな狼男となった僕をコテンパンにした師匠は言った。


『勿体ない。私がその肉体持ってたら吸血鬼だろうが山姥だろうが瞬殺できるっちゅーのに』


 それを聞いて思うのは師匠が人間として生まれてきてよかったである。もし狼男とかの血を引いていたら単独で国くらい滅ぼせそうなものだ。


『体の使い方を覚えろ。人間の弱っちい体でも上手く使えば狼男くらいボコせるんやから』


 そんなのアンタだけや、と内心で思っていたことを思い出す。今、そんなことを思い出したのは師匠の言っていたことを実行できる人間が師匠以外にも存在したと知ってしまったからだ。


 狼男へと変身し、最初の一分ちょっとは優勢だった。しかし、戦闘時間が経過する度に狼男としての異色の戦い方に適応され、次第に戦況が変わっていく。

 直撃していた攻撃が掠めるだけに変わり、掠めていた攻撃が当たらなくなり、攻撃を外した後にカウンターが飛んでくるようになった。


 しかし、人間が放つ一発にしてはあまりに重い攻撃も狼男の肉体であれば命には遠く届かない、だからまだ大丈夫だと、立て直そうと攻撃パターンを変えながら拳を交える。


 人間が放つにしては重く、狼男にとっては重くない一発を食らう。

 もう一発食らう。もう一発食らう。避けれそうだったがもう少しのところで食らう。

 もう一発食らう。もう一発食らう。もう一発食らう。もう一発食らう。もう一発食らう。もう一発食らう。もう一発食らう。もう一発食らう。もう一発食らう。もう一発食らう。

 食らう食らう食らう食らう食らう食らう食らう食らう食らう食らう食らう食らう―――。


 狼男にとっては重くなく、軽いわけでもない一発を食らう。食らい続ける。

 五十より先は数えられなかったカウントが止まり、止まった理由は戦いが終わったからだと気付く。


 目を開くと変わらず満月が映し出される。今日はくっきりしてて、まん丸くて、えらく眩しい満月だ。その光に目が焼かれるような錯覚を味わいながら、今日はもう疲れたとゆっくり目を閉じた。


「翼さんはどこですか?他の協会員も来てるんですか?」


「翼はんが来ていることは覚えているんやねー。不干渉の寵愛の効果もいまいち掴み切れんなぁ」


「いいから答えてください。協会員を宿泊所に入れないと約束してるんです」


「強引やなぁ。友達との約束を守るんは大事やけど、もう必要ないで。協会が狙っているドラゴンは宿泊所にはおらん」


「ドラゴン…?あぁ、そうだ、ドラゴンが絡んでいる話だった。クソ、頭の回転が鈍くなった」


「それは不干渉の寵愛の影響や。伊吹 凛が干渉されなくなる力らしい。何はともあれ、友達の助けに成りたいんやったら宿泊所裏の森の奥へ進み。翼はんはそこにおるで。あと今日は俺と翼はんの二人で来たから、それ以上の警戒は不要やで」


「…なぜ急に情報を?」


「なぜってそりゃあ、うーん、完膚なきまでに負けたからちゃう。狼は自分を負かした奴には逆らわんもんや。知らんけど」


「…。ありがとうございます!」


 そう言って安武君は去って行った。ドラゴンの元へと向かったのだろう。負けたうえに情報も渡すなんて本日付で協会をクビになりそうだ。


 でも、これでよかったんやろ。翼はん。


 あの悪女は全てわかっていたはずだ。きっと狼男に成った僕が負けることも彼女のシナリオ通りなのだろう。


「クソ生意気な」


 そう呟いて、狼男として生まれずとも好きになっていたであろう美しい満月の下、遠のく意識に抗うことなく眠りについた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 天を舞う。夜空を駆ける。背中には赤髪の男子高生を乗せて飛ぶ。

 小学校の図書室で読んだ絵本を思い出す。銀色のドラゴンがお姫様を助けて、最後は背中に乗せたお姫様と世界中の空を駆けるお話だ。

 それを再現するように飛行するが、生憎左翼の大部分は欠損していて、右翼も焼け爛れていて動きが鈍い。華麗に飛ぶには程遠く、落ちないようにするだけで精一杯だ。


 絵本の銀色のドラゴンとは違い、白黒はっきりしない灰色の龍体が星空に浮かんでいた。飛行の安定しない龍体に向けて協会の使者がまた光線を放とうとする。目視はできていたが避けられる自信はなかった。

 そうして光線が放たれる瞬間、協会の使者の手元が大きく狂い、光線は明後日の方向に飛んで行った。


「安武!」


 私はそう叫ぶが、このドラゴンの口では上手く発音はできない。そうして変な音を発したドラゴンの下には、協会の使者の腕を蹴り上げ、照準を狂わせることに成功した安武 晴間の姿があった。


「ありがとう!」


 そう声にならない感謝を述べて、私は下手な飛行で宙を舞う。

 空気の澄んだこの地では星空がよく見える。今日は満月で夜空がとても明るい。そんなキラキラと輝く夜空と地上との間にモヤが生成された。遠目から見ればそれは雲にも見えるだろう。


 雲の正体は再びドラゴンから発生した灰色の霧だ。

 そうして、男子高生を背中に乗せた飛行と並行して、くすんだ白色の空間が脳内に展開されていった。


 柏木 司と伊吹 凛の二人だけの空間で、どんな話をしようかという考えはまとまらぬまま、その時間はやってきた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「馬鹿じゃないの?」


 私の口から発せられた一言目は悪態だった。


「助けないでって言ったのに、戻ってこれないように投げ飛ばしたのに、本当に、馬鹿じゃないの?」


 目に涙が溜まっていくのを感じる。溜まった涙を風が攫ってくれるといいのだが、生憎この白い空間に風は吹かない。


「ああ、俺は馬鹿だよ」


 さっきまであんなに泣きそうな顔をしていた彼は安心したみたいに笑みを浮かべていた。


「友達、作らないんじゃなかったの?」


「そのつもりだった。友達に裏切られるのはもう御免だからな。…いや、裏切りって表現するのもおかしいか。俺が勝手にこの人はいじめなんて許さずに一緒に戦ってくれるって決めつけてただけなんだから。勝手に決めつけて、勝手に裏切られた気になっただけ」


 彼の記憶を覗いた私にはわかる。当時の彼がどれほど純粋で、友達という存在を無条件に信頼していたのか。


「私だって、裏切るかもしれないよ。同じようないじめが起きたとして、柏木と一緒に被害者を助けようとはしないかもしれない」


 私は相応しくない。彼の友人には相応しくないのだ。


「それでもいいの?」


 私は見開いた目で彼を見つめる。目に溜まった涙はそのままだったが、その声音から涙は感じられない。ただ淡々と問いを投げかけるように唇から紡がれた。


「わかんねえよ。俺にも、わからない。伊吹が殺されそうで、なのに伊吹自身がそれを受け入れていて、どうすればいいのか全然わかんなくて、助けを拒絶されて、助けるための力も足りなくて、諦めるしかないのかと脳裏を過ぎって、そして伊吹がいなくなった未来を思い浮かべた」


 真っ直ぐに目を見ようとした私から彼は目を逸らした。逸らしながら、苦しそうに、悲しそうに、丸裸の本音を口にする。


「部室で昼飯を食べるときも、放課後に寄り道して遊びに行くときも、伊吹がいることはもうないんだって思った。仕方ないことなのかもしれないってそう思おうとした」


 彼の腰まで伸びた赤い髪が僅かに揺れた。その赤髪と同じ色の瞳には涙が滲んでいるようにも見えて。


「最近まで普通に生きてた女子高生が殺されるなんてあってはいけない。そんな正しい理由で行動してきた。でも、協会の危険なドラゴンを駆除するという選択も正しくて、生きていれば波のように押し寄せるめんどくさい苦しみから解放されたいっていう伊吹の考えも間違ってない気がした」


 優しい彼は私の記憶を見て同情してしまったから、めんどくさいなんて理由で死のうと思うなという一般論を肯定できなくなってしまったのかもしれない。


「だから、最近まで普通の女子高生だったから殺されるべきではないっていう正しい理由だけで行動することが、俺にはもうできなかった」


 彼は大義名分を失った。私を助ける理由を失った。


「もう諦めて終わりだと自分に言い聞かせた。だけど、だけど、、、俺にはできなかった」


 目を逸らしていた彼が視線を私へと戻す。美しい女性のような顔つきに浮かぶ赤い瞳と目が合った。


「そのとき、初めて、伊吹がいなくなった世界は寂しいんだって気付いたんだ」


 涙が零れた。涙を零したのは彼の赤い瞳ではなく、私の瞳なのだと、頬を伝う感覚で理解した。


「俺にはわからない。友達が必要なのかどうかなんてわからない。伊吹と友達になったとして、また何かのきっかけでそれを後悔するかもしれない」


 俺と友達になろう、そう言った彼はわからないと言う。後悔するかもしれないと言う。私にもわからない。私自身、どうしたいのかという答えは出ているはずなのに、どうすべきかという答えが出せず、これ以上は踏み込めない。


「だけど」


 彼は一歩踏み込んだ。開いていた私と彼との間の距離が縮まった。


「友達になろう!伊吹!また傷付くかもしれない。めんどくさい思いをさせてしまうかもしれない。後悔するかもしれない。それでも選択しよう。傷付いても、めんどくさくても、後悔しても、それが自分の選択の上でならきっと納得できる。腹に落ちる。糧にできる。だから伊吹の番だ。俺は伊吹と友達になることを選択する。伊吹も俺の手を取るか選んでくれ!」


 彼の手が差し出される。私の頭はぐるぐると思考を回す。どの選択が正解かなんてわからない。選択したことを正解にしてみせる程の自信もない。せっかくもう終わりにしようと決めたのに、彼は始まりの選択肢を与えてくる。


「中学のときみたいに傷付くのがこわくないの?」


「こわいよ。すげーこわい」


「それなのに、もしかしたら柏木のことを傷付けてしまうかもしれない私と友達になろうとするの?」


「そうだ。友達になろう。一緒に昼飯を食べて、放課後にカラオケに行って、たくさん遊んで、死ぬその時に友達になってよかったと思えることを願って、友達になろう」


 彼の記憶を覗いて知ったこと。彼は傷付くことを恐れて友達なんていらないと言った。

 それなのに彼は言う。傷付くかもしれないけど友達になろうと。


 私がこれまでの人生で知ったこと。生きるのはめんどくさい。死にたくなるほどにめんどくさい。

 それなのに私は思ったのだ。さっき彼に友達になろうと言われたとき。

 めんどくさくてもいいから、彼と話をしたいと。


 私は、差し出された男の子の大きな手に、己の小さな手を伸ばした。彼の手に私の手を添えると、優しく私の手が握られる。それを感じて私は自分の手のほうにもぎゅっと力を込めた。


 気付けば頬を伝っていた雫は洪水のようにボロボロと溢れ出し、私の喉から発せられる音は誰が聞いても泣き声と呼ぶものになってしまっていて、だけどそんなことは気にせずに私は彼に伝える。


「生きてたら絶対めんどくさいことばっかだけど、めんどくさいを覆すくらい楽しいことたくさんして、生きたいって思えるようになりたい。そう思えるような友達に、柏木となりたい。だから、私と友達になってください」


 めんどくさい苦しみの中で生きるくらいなら死にたい。本気でそう思っていた。

 だけど本当は、めんどくさいけどそれでも生きたいと思える人生にしたかったのだ。


 彼とそれができるのかはわからない。わからないことばかりだ。だけど、私は選択した。

 めんどくさい人生の中で、最高に楽しんでやろうと足掻く、そんな人生を選択した。


「よろしくな。伊吹」


「よろしくね。柏木」


 二人して泣きながら交わしたその短いやり取りとともに、くすんだ白い空間は終わりを迎える。

 だけど、今度はヒビ割れていくような崩壊ではなく、くすんだ白が銀色のキラキラとした光となって、パァッと雲が晴れるような終わり方だった。


 高校二年生の五月。ただの女子高生がドラゴンに成った大事件のお話。


 いいや、違う。


 これは私に友達ができる、ただそれだけのお話。

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