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赤と青のハルハル  作者: 高野 ぱら
第一章 女子高生ドラゴン
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第一章13 戦いの火蓋

 焦っていても仕方がない。自分にそう言い聞かせて、委員長が伊吹を連れてくるのを待っていた。その待っている数分がとても長く感じられて、精神衛生上かなりよろしくないのを感じる。

 自然豊かなこの地の空気を目一杯肺に取り込んで吐き出すが、体の中を巡る最悪の想像は吐き出すことができなかった。


 安武の方を見る。彼は冷静だ。そう見える。しかし、気のせいかもしれないが、彼もいつもとどこか違っているように感じる。もしかしたら安武でさえも平静を装うので精一杯なのかもしれない。


 今から自分たちがすべき行動について彼と話し合うべきだが、頭の巡りが悪いせいで良い提案が浮かんでこない。会話のないまま時間は過ぎて、こうしていても仕方ないととりあえず口を開いた。何か状況を打開する策はないかと、そう言いかけた時だった。

 俺のスマホから着信音が鳴り響く。相手は委員長だ。それなりに大きい音量で響く着信音が、風に揺らされる木の葉の音に掻き消されるように感じられて、自分の意識が散り散りになっており、この状況に集中できていないのだと自覚する。


「もしもし」


 電話に出る。努めて冷静な口調で第一声を放ったが、それでも言葉から焦りの色は消えてはいない。


『部屋に凛はいなかった。仲良くしてた尾澤さんの部屋にも』


 委員長が端的に状況を説明する。しかし、その内容は想定する限り最悪のものだった。協会の連中から伊吹を守らなければならないのに、守る対象が行方不明ときた。


「…わかった。他の部屋と、あと外も探してみよう」


 思い通りにならない状況に声を荒げたくなる衝動を抑えながら、次に取るべき選択を言葉にした。


『うん、そうだね。でもその前に気になることがあって』


「気になること?」


 己の眉間に皺が寄るのにも気付かぬまま、言われた言葉を聞き返した。


『なんていうか、凛と同部屋の人たちの様子がおかしかった。なんだかぼんやりしてて、凛のこと聞いても曖昧な言葉しか返ってこないの。別に凛に意地悪してるって感じでもない気はしたんだけど』


 彼女の言う意地悪とは、無視したり陰湿な嫌がらせをしたりのことだろう。そこまで彼女の説明を聞いて、思い当たることはあった。寵愛現象だ。おそらくは伊吹 凛に対して干渉するのを妨げるような現象を起こしている奴がいる。俺たちが不干渉の寵愛と呼んでいる現象だ。


 この件は安武にだけ共有していた。これは伊吹のことをよく思っていない人間が起こしている事態である可能性が高かったので、伊吹自身には伝えなかった。自分に悪意を持つ人間がいるなど誰も知りたくないだろう。ましてや何が引き金で伊吹がドラゴンに成るかわからない状況だった。精神的に余計な負荷を掛けるべきではないと判断したのだ。


 だが、委員長にはこの件を伝えておいてもよかった。伝えなかった理由は、伊吹が悪意を向けられているかもしれないと知れば、委員長は心を痛めるとわかっていたからだ。


「状況はわかった。それには心当たりがある。一旦合流してから説明する。宿泊所の入口まで来てくれ」


『わかった。すぐ行く!』


 その言葉で電話は切られる。とりあえずは伊吹の捜索が先だ。三人でどう分担して探すかに思考を回す。


 それから三分ほど経った。先程電話をしてきた彼女がどこにいたのかはわからないが、俺たちのいる場所まで来るのに思ったよりも時間が掛かっているように思う。広いとは言っても、生徒が宿泊する部屋と宿泊所の入り口はそこまで離れていなかったはずだ。走れば二分もあれば十分な距離。まさか廊下を走らないなんてルールを真面目に守っているのだろうか。


 そんなことが頭によぎったところで彼女は現れた。ゆったりとした足取りでこちらに歩いてくる。まだ彼女に事態の詳細を伝えていないとはいえ、急いでいる状況でのんびりと散歩するように歩いてくる彼女に苛立ちを覚えた。

 しかし今は協力してもらっている立場なので、そんなことで言い争いをする気はない。


 先程までの電話では彼女も焦った口調だったため緊急性は共有できているかと思っていたが、目の前まで歩いてきた彼女は眠そうな顔をしながら口を開いた。


「それで、こんな夜中に呼び出して何の用なのかな?」


 まるで雑談を交わすかのような彼女の言葉に違和感を覚えた。


「何の用って…、伊吹を守るって話だ。寵愛現象管理協会が伊吹を拘束しようとしている。協会について委員長はあんまり詳しくないと思うけど、極端な行動に出ることもある連中だ。最悪伊吹の記憶を消されるかもしれない。だから今は一刻でも早く伊吹を見つけて保護しないと」


 目の前で欠伸を堪えるような表情をした彼女への苛立ちを抑えながら、状況を説明した。


「え?寵愛現象管理協会って…、寵愛現象が絡んでいるの?」


 不思議そうな顔をした彼女がそう言葉を返してきた。なんだか彼女と話が噛み合っていない気がする。


「何言ってんだよ!伊吹の龍の寵愛のことは委員長も知ってるだろ?」


「あー、うーん」


 彼女は曖昧に返事をする。知ってるような知らないような、とでも言いたげな顔だ。そんな彼女を見ていると俺の中にあった苛立ちは次第に何か別のものへと変化していく。別のもの、それは気持ち悪さと表現するとしっくりくる気がした。


「なんでそんなにどうでもよさそうなんだよ!伊吹が危ないんだぞ!」


 俺は叫んだ。これは苛立ちからではなく、大きくなり始めた不安を解消するための叫びだった。


「あー、ごめんごめん。柏木君が困ってるんだよね。私、協力するよ」


 それはいつもの委員長の口調だった。けれど、伊吹を心配するような反応ではなく、俺に協力しようとする善意の表れだった。


「速川、伊吹さんのことはわかるか?」


 横から口を挟んだのは安武だった。彼も異変に気付き、確かめようとしているのだろう。


「え?あー、うーん」


 なおも委員長の反応は曖昧なものだ。


「二年六組の伊吹 凛さんのことだ。はっきり答えてくれ」


 安武が一歩踏み込んで、再度質問をした。


「あー、うん、知ってるよ。伊吹さんでしょ」


 その反応で確信に至る。曖昧な態度、何より凛と下の名前で呼んでいた彼女が呼び方を伊吹さんと変えた。つまりは、委員長も不干渉の寵愛の影響範囲に入った。


「司!急ぐぞ!」


 安武も確信を得たらしく、こういう場面ではいつも冷静な彼の表情に明確な焦りが出ている。


「不干渉の寵愛が二年六組以外にも発動した。これって効果範囲は…」


 状況を整理のため、というよりは不安を吐き出すように俺は安武に言葉を掛けた。


「おそらくは宿泊所の全員。もしかしたら東浜高校の全生徒にまで及んでいるかも。…いや」


 安武はそこまで話して口を閉ざした。彼の言葉の続きは俺も考えてしまった内容だ。


「この世界の全てが効果範囲…ってこともありえるよな」


 俺はそう口にしながら背筋が凍ったのを感じた。もしも、世界の全てから干渉されなくなった場合、それはもはや死よりも恐ろしいのではないだろうか。


「…まだ、わからない。少なくとも俺たちは影響を受けていない。今はとにかく伊吹さんを探すぞ」


 安武がそう言いながら自身の頬をバチンと叩いた。すぐに思考を切り替えられるのは尊敬に値するが、彼ほどの男が自身の頬を叩かないと平静さを保てない状況であることの証明でもあった。


「とりあえず速川は部屋に戻ってくれ。呼び出して悪かったな」


「あ、うん、わかった」


 そう言って委員長は部屋の方角へと体を反転させた。これも通常ならありえないことだ。仮に委員長が伊吹のことを知らなかったとしても、俺と安武が焦った様子で誰かを助けようとしていれば、自分には何ができるかと申し出るのが彼女だ。それなのにすんなりとこの場を離れていく。伊吹への干渉に該当するからだろうか。


「俺は森の方を探す」


「わかった。なら俺が宿泊所内を探そう」


 俺の提案に安武が答える。しかし俺は彼の意見を却下した。


「いや、安武は宿泊所周辺を見張っていてくれ」


「なんでだ?」


「協会の連中、姉貴が向かっているのはこの宿泊所だろ?それを食い止めてほしい」


「それはわかったが、宿泊所内を探したほうがよくないか?森よりも建物内にいる可能性のほうが高いだろ」


「理由は二つ。一つは伊吹が宿泊所内にいたとしても、協会の連中を宿泊所内に入れなければ彼女の安全は確保される」


「もう一つは?」


「勘だ」


「勘?」


 真剣な口調だった安武から素っ頓狂な声が出る。


「俺が伊吹の立場だったら建物の中で蹲ったりせず、空気が綺麗な森を散歩したい」


「えらく個人的な意見だな」


「でも、そんな気がするんだよ。何というか、俺と伊吹って結構似てる気がするんだよ」


 なんか気持ち悪いこと言ったなと思いながらも、自身の直感を彼に伝える。彼は馬鹿を見るような目でこちらを見た後、僅かに微笑んで答えた。


「わかった。必ず伊吹さんを見つけろよ。協会員は俺が絶対に食い止めるから、司は伊吹さんのことに集中しろ」


「ああ、助かる」


「友達の頼みだからな。絶対に守るし、絶対に守れよ」


 彼は念押しするようにそう言って離れていった。俺も踵を返して、宿泊所の裏手にある森へと走っていく。


 出し惜しみなく憤怒の寵愛を発動し、強化された俺の肉体は足場が悪い森の中をもの凄いスピードで進んでいく。百メートルを十秒切るようなそのスピードであっという間に肝試しの中間地点としたポイントまで辿り着く。そこからさらに加速する。

 満月が出ているおかげで森の中が完全な暗闇でないことが唯一の救いだ。強化された視力を用いて森の隅々まで視線を巡らせる。


 しかし、伊吹の姿は見つからなかった。森の奥まで進み、これより先に進んでも伊吹が辿り着ける距離ではないと判断し、来た道とは違うルートで宿泊所の方へと走り出した。そうして再び森中に視線を向けようとした時だった。音が聞こえた。奇妙な音だ。


 音の発生源を見る。そして俺は目を見張った。その瞳に映るのは綺麗に強く輝く満月ではなく、その満月をバックライトにして空に浮かぶ存在だった。


 それは、ドラゴンだった。


 ここ最近でドラゴンには見慣れていたはずだった。けれどそれまでのドラゴンとはまるで違う。


 眼前に存在するドラゴンは、女子高生に角が生えただけのドラゴンではない。

 体の半分が女子高生のドラゴンでもなければ、体長三メートルのやや不細工なドラゴンでもない。

 そのドラゴンには立派な翼があった。立派な角があった。立派な牙も爪も尾もあった。

 なにより、大きい。その大きさは十メートルを優に超えていた。


「…なんだあれ」


 思わずそう呟く。目の前にはまさしく誰もが想像するドラゴンの姿があった。不細工な顔ではなく、威厳のある顔だ。唯一、よく漫画やアニメで目にするドラゴンと異なる点は、その灰色の体だ。鱗ではなくザラザラとした皮だった肉体も、今は頑強そうな灰色の鱗で覆われており、ザラついた皮はその鱗の隙間から僅かに見えている。そして相変わらず灰色の炎を体中に纏っていた。


「伊吹、そこにいるんだな」


 金色に光るドラゴンの瞳と目が合って、俺はそう呟いた。

 何があったのかは知らない。何がトリガーだったのかはわからない。けれど、あれは伊吹 凛だ。出会ってまだ一ヶ月も経っていない割に、結構仲良くなってしまった女の子だ。


 ゆっくりとしゃがむ。足に力を籠める。聞きたいことは山ほどある。でも、だからこそ、今はカッコいい見た目のドラゴンなんかよりも、三白眼のやや鋭い目つきをした小柄な女子高生と話をできる状況に持ち込まなければならないのだ。


 そして、思いっきり跳躍をした。

 車よりも速いスピードで俺の体はドラゴンへと向かっていく。

 遥か上空にいたドラゴンの眼前まで来て俺は叫ぶ。


「伊吹!聞こえるか!ドラゴンになんかなってる場合じゃねえぞ!早く一緒に逃げ」


 そう叫んでいる最中に突然視界が真っ暗になり、気付けば俺は地表にいた。体が痛む。数秒を掛けてようやく理解する。あの巨大な腕で振り落とされたのだ。普通ならば即死だっただろう。しかし、俺は普通ではない。


「…伊吹、、お前、、ドラゴンになんかなって立派な化け物だな」


 立ち上がった俺に対してドラゴンが睨みを利かせたように感じた。


 状況は最悪だ。危険性を理由に伊吹を拘束しようと協会の連中が迫ってきている。協会の連中に捕まれば最悪の場合、記憶を消される。その最悪のケースさえも、十メートルを超える巨躯の化け物が人間に危害を加えたとなれば、討伐という方針に置き換えられるかもしれない。そんな協会の魔の手から伊吹を守ろうにも、当の本人は立派なドラゴンとなって目の前に立ちはだかっている。


 状況は最悪だ。


「でも安心しろよ」


 俺は届いていないだろう言葉を続ける。


「俺も立派な化け物だ!」


 僅か十秒で癒えた体を駆使して、再び俺は跳躍した。何度だって言ってやる。こんなことをしてる場合じゃないって。俺がお前を守るんだって。


 これはドラゴンとなった女子高生が人間に危害を加えたのではない。人間はビルの高さを超える屋上から叩き落されて僅か十秒で完治したりはしない。ドラゴンとなった女子高生が危害を加えたのは人間ではなく、男子高生の見た目をした化け物だ。


 跳躍によるスピードは落ちることなく、再びドラゴンの眼前へと辿り着く。そして俺は叫んだ。


「ドラゴンと戦うなんて小学生の頃から何回も妄想したシチュエーションだ!そんなに睨んでも、ドラゴンに睨まれるなんてテンションが上がるだけだぜ!」


 金色に輝くドラゴンの瞳と視線が交差する。全身に籠めた力を拳に送り込むようなイメージで眼前のドラゴンと向き合う。


「本気でいくから歯ぁ食いしばれよ!」


 そう言って再びこちらに迫ろうとするドラゴンの拳に己の拳を突き返す。時空が歪むような錯覚を感じながら、俺は地面へと飛ばされ、ドラゴンは僅かに仰け反った。


 ウオォォォ!とドラゴンは雄叫びを上げ、森が震える。夜中にこれだけの大声を発しても、宿泊所の連中は伊吹への不干渉を決め込むのだろうか。もしそうならあまりに能天気で笑えてしまう。


 重症を負った俺の体はまた十秒で回復し、三度ドラゴンと向き合った。

 林間学校という舞台で、豊かな自然の美味しい空気を吸い込みながら、俺は寵愛の力を酷使する。


 そうして、女子高生のドラゴンと男子高生の化け物による戦いの火蓋が切られた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 薄れていくのを感じる。まだ現在の目的も、その目的の理由も覚えている。だけど、徐々に徐々に目的の理由のほうが薄れていく。

 伊吹さんとは短い付き合いだ。それに本気で伊吹さんを想う司や速川と違って、俺はどちらかと言えば警戒の意味合いで彼女と関わっていた。もちろん伊吹さんのことも心配だ。助けたいし、もっと仲良くなりたい。でもただの女子高生が寵愛現象という摩訶不思議によって大いなる力を秘めてしまった。


 お助けクラブというチープな名前の部活、正確には同好会のような立ち位置のその場所で、ここ二週間は伊吹さんと交流を深めた。正真正銘の友人になった速川や、友人にはならないと断言しつつ仲良さそうに談笑する司と同じように、俺も伊吹さんと接していた。

 だから、伊吹さんから見ても俺が彼女を強く警戒していることはわからなかったはずだ。その点については自信がある。コミュニケーション能力は中学時代に身に着けたのだ。


 傍から見れば俺も伊吹さんの友人で、実際に伊吹さん自身も俺のことを友人だと思っているはずだ。だからこそ申し訳ない気持ちが込み上げる。俺は心の奥では彼女を友人だとまだ思えていないのだ。


 そんなだからだろうか。伊吹さんへの干渉を妨げているのであろう寵愛現象、不干渉の寵愛に俺は抗おうにも為す術なく影響を受けていた。つまるところ、伊吹さんについての記憶や関心が無くなっていく。否、正確には無くなるのではない。形あったものが形ないものへとなっていくような、そんな不思議な感覚だ。覚えているのに、考えられない。


 彼女を友人だとまだ思えていないから不干渉の寵愛の影響を受けてしまっているのかと考えたが、もう少し考えてみるとそれが間違っていることに気付く。なぜなら伊吹さんと仲良くしていた速川も尾澤さんも寵愛の影響を受けている。

 であれば、その二人よりも俺が影響を受けるまでに時間が掛かったのは何故だろうか。そこまで考えて思い至る。


「ウイルスか」


 そう呟いた。ウイルス。接触者に感染する。症状は伊吹 凛への干渉を妨げるもの。きっとこれはそういう寵愛現象だ。既に感染していた尾澤さんを含む二年六組の女子たちと接触したことで速川も感染した。そして、先程速川と接触した俺も感染者となったのだ。であれば司すらも、もしかしたら。


 干渉を妨げる。ウイルスのように感染する。伊吹 凛に干渉するなという二年六組のクラスに蔓延していた空気感。社会で生きるには空気を読まなければならない。それは学生も同じで、もしかしたら学生のほうが空気を読まなければ生きていけない環境なのかもしれない。ウイルス、感染、空気を読む。


「あぁ、空気感染か」


 そこまで不干渉の寵愛について分析が完了したが、その寵愛の影響下に陥ってしまった俺はもうあまり伊吹さんのことを考えられない。


 空気感染。少し読み替えて空気を読む人間に感染する病。だとしたら司は大丈夫なのかもしれない。空気を読まずに他クラスに押し入って説教を始める奴だからな。そう考えて、口元に笑みが零れるのを感じた。


 そして、協会員はやってきた。


「なんや、こんな時間に学生がうろついとったらあかんやろ?さっさと宿に戻り?」


 目の前に現れた協会員は初めて見る顔だった。体つきは細身であるが、その立ち姿から武道に通じている者だとわかる。染められた金髪に糸目が特徴的な顔。身長は俺よりも少し高いが、百八十はないだろう。年齢は二十台前半に見受けられる。


「そうはいきません」


「なんでや?反抗期か?グレてんのか?まあ若気の至りっちゅうやつやな。でも、やめとき。協会に逆らうと怖いで~。なあ、安武 晴間君」


 口数の多いその男は俺の名前を読み上げた。翼さんあたりに俺のことは聞いているのだろう。


「一年前、藪岡組を壊滅させたんやってな。怖いわー。僕、勝てるかな?あ、そもそも戦う意志ある?」


 そう言われて俺は拳を構えた。それは戦闘への意志表明だった。


「聞いてた通り血の気が多くて困るわー。でも、君と僕が戦う理由ってなんや?翼はんが言っとったで。今回のターゲットに対して、君は干渉できなくなってるんとちゃうかな?」


 自身の表情が僅かに動いたのを感じた。翼さん、あの人は一体どこまで知っているのだろう。目の前の男の言う通り、俺は確実に伊吹 凛という存在を意識できなくなってきている。


「うお!?なんやあれ!?」


 その時だった。男は糸目を見開き、遠い森の方の空を見ていた。それに釣られて俺は振り返る。そこには何かがあった。灰色の淡い光を纏ったドラゴンのような存在が。そんな視界に映った異常な光景に対し、俺は興味関心を抱けなかった。何故とか、あれが何かとか、そういう疑問を持つことはなかった。


「あれ見てノーリアクションってことは、やっぱり不干渉の寵愛の影響を受け取るんやね。まったく、寵愛現象っちゅうのはどれも厄介なものやね」


 男はスタスタと歩いて距離を詰めてくる。否、俺の方に向かっているのではない。後方にあるこの男のターゲットのもとに向かっているのだ。


「まあ、結果的によかったわ。君があのドラゴンに干渉できへんおかげで余計な戦闘を避けれるんやからな」


 男がそう言って俺の横を通り過ぎようとしたとき、俺は再び男の前に立ち塞がった。


「なんや?やるんか?何のために?言うてみいや?」


 男に問われる。何のためにと。わからない。わからない。わからない。

 俺は一体なぜ協会員と戦闘しようとしているのか。よく思い出せない。何か目的があってここにいたはずなのに、目的の理由も、目的の内容すらも思い出せない。


『わかった。必ず■■さんを見つけろよ。協会員は俺が絶対に食い止めるから、司は■■さんのことに集中しろ』


『ああ、助かる』


『友達の頼みだからな。絶対に守るし、絶対に守れよ』


 数分前に司と交わした言葉を思い出す。ああ、そうだ。俺はあのとき敢えてそんなセリフを吐いたのだった。理由はよく思い出せない。


 協会員は俺が絶対に食い止める。絶対に守る。ただその言葉だけが俺の中でぐるぐると回っていた。


「何のためにあなたと戦うのか」


 俺は口を開いた。先程、目の前の男から問われた内容に答えを出す。


「協会員を食い止める。そう友達と約束したから」


 そうして、化け物を相手に仕事をしている協会員とただ強いだけの普通の男子高生による戦いの火蓋が切られた。

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