第一章12 異変
『寵愛現象管理協会は伊吹 凛を拘束及び監禁することに決定した』
電話越しに姉の口から伝えられた内容は最悪のケースに限りなく近かった。排除ではなく監禁ということは、命まで取るつもりはないらしい。しかし、それもあくまで現時点ではの話だ。
「そんなの受け入れられない!伊吹が何をした!」
こういう時に冷静でいられない自分が嫌いだ。しかし、何の罪も犯していない学生を監禁すると言っているのだ。冷静に言葉を返せるわけがなかった。
『寵愛現象管理協会の役目はその名の通り寵愛現象を管理することだ。いつ甚大な被害を生むのかわからない化け物を一般人たちが集まる学校になんて置いておけるわけないだろ』
姉の偉そうな口調も声のトーンもずっと変わっていない。なのにその言葉からは冷たい温度を感じられた。
「い、伊吹はもう人間に戻ってる!龍の寵愛は解消されている!」
『確証は?』
変わらぬはずの姉の口調は、ますます冷たくなっていくように感じた。
「もう二週間は普通の人間の体のままだ」
『確証は?』
再び、全く同じ口調で問われる。顔は見えないのに、俺のことを心底愚かな人間だと溜息を吐く姉の姿が想像できた。
「仮にドラゴンに成ったとしても、ちょっと浮遊するだけの不細工なドラゴンに成るだけだ。危険な要素はない。大きさだって三メートルくらいだ。まだ熊とかのほうが危険だろうよ」
嘘をついた。そうしてでも伊吹に危険性がないと認識させなければならないと思った。
『愚弟、心底呆れるよ。雷を落としたことは知っている。調べた。こちらは確証がないが、おそらく炎も吐いているね。さらに確証はないが、彼女には嵐を起こす力もありそうだ。おそらくだが我々が思うドラゴンのできそうなことは全てできると思うよ。これが寵愛現象の厄介なところだね。実在したドラゴンに成るのではなく、空想上のドラゴンに成る。この推測が正しければ本物のドラゴンよりもよっぽど危険だ。それこそ世界を滅ぼしかねない』
姉が伊吹の危険性を語る。そこには俺たちも頭によぎるだけで深くまでは考えなかった危険性まで考慮されていた。
「姉貴の権限で協会側の決定を変えられないのか?幹部なんだろ」
『私の一存では無理だね。といっても私の発言力は協会内でも三本指に入る。状況は少なからず変えられる』
「なら頼む!協会側の決定を覆してくれ!……お願いします」
姉の言葉に食いつくように一方的にこちらの要求を伝えた。焦っている俺はその姿がみっともないことにも気付けない。
『お前は本当に愚かだねぇ』
そう呟いた姉はそのまま淡々と言葉を続けた。
『龍の寵愛についてはこの私、柏木 翼が担当する。また、協会から戦闘員一名も連れてきている』
その情報に焦りが加速する。一体どうすればいい。守り切れるのか、協会員から。何よりこの姉から。
『今回電話したのは私に隠し事をした愚弟に対して、姉としてちゃんと報連相の大切さを伝えるために実演したのさ』
電話越しに語る姉の口調はいつも通り流暢で、それでいて恐ろしい。
『それから、くれぐれも邪魔しないように。君に言ってるんだよ、安武』
その言葉を聞いた瞬間、俺も安武も驚きを隠し切れず目を大きく見開いた。見られているのかを辺りを見渡すが、誰も見当たらない。
『そんなにキョロキョロしなくても見てはいないさ。電話の音質からスピーカーにしているのはわかる。愚弟がわざわざスピーカーにして電話するなんて安武と一緒にいるからしかないだろ?』
全てを見透かされているようで気分が悪い。
「翼さん、お久しぶりです。安武 晴間です」
意を決した様子の安武は姉との話し合いに挑もうと名乗り出た。
『やっほー。おひさー。元気してた?』
姉はとても軽い口調で安武に応じる。
「はい、お陰様で。伊吹さんのことなんですが監禁はやり過ぎではないでしょうか?もうドラゴンに成らないという確証はありませんが、二週間ドラゴンに成っていないのも事実です。一度協会側で保護するにしても、身体検査なりで普通の人間と変わらないとわかれば速やかに開放するでもいいかと」
『安武は冷静だねー。冷静でつまらない。でも大きい声で我儘を言うだけの愚弟よりかは遥かにマシかな。君の言いたいこともわかるよ。理解できる。もしかしたらもうドラゴンには成らないかもしれない。既に脅威ではなくなっているかもしれない。それなのに女子高生を監禁なんて犯罪めいた行動を実行するなんて過激だ。うん、理解できるよ。けどね、協会の存在理由は寵愛現象による理不尽な被害から小市民を守ることだ。下手すれば億単位の人を殺しかねない存在を確証なしに野放しにする選択肢なんかないんだよ』
いつもの如く長々と語る姉の口調に苛立ちが積もる。結局は伊吹を監禁する方針を変える気はないらしい。
「監禁したとして、それはいつまで続くんだ?協会が確証を持てなければ永遠に監禁し続けるのか?」
俺は姉に問う。口調から自分がかなり苛立っているとわかるが、とても抑えられない。
『まあ、まずは身体検査だね。それで普通の人間と変わらないようなら、後遺症が残らない範囲でありとあらゆる負荷を掛ける。痛みも与えるし、精神的苦痛も与える。それでドラゴンに成るようであれば、龍の寵愛が解消していないのだと判断できるからね』
姉の回答に怒りがさらにさらに込み上げる。怒りで体が震えるのがわかった。
『そこまでしてもドラゴンに成らなけれ協会内で協議だね。開放するか、対処するか。心配しなくても殺すということにはならないよ。たぶんね。協会には記憶を消す手段がある。寵愛現象は人の悩みに作用するものだ。記憶を消して悩みそのものが消失すれば寵愛現象も消失したと判断していいだろう』
「ふざっけるな!!!」
俺は叫んだ。許せなかった。人の記憶を何だと思っているのか。伊吹の人生を何だと思っているのか。
「そんな計画、俺が絶対に阻止してやる!何でもかんでも協会の思い通りにいくと思ってるんじゃねえぞ!」
『威勢がいいねぇ。邪魔をするなと伝えるための電話だったが、どうやら失敗だったみたいだ。まあ、それでもこちらがやることは変わらない。いつものように愚かな道化として踊っていればいいさ』
そう言って姉は電話を切った。安武と目が合う。
「伊吹が危ない!すぐに保護しないと!」
「わかってる。落ち着け。俺から伊吹さんに電話する」
そう言って安武が電話を鳴らした。しかし、十秒経っても、二十秒経っても伊吹は応答しなかった。
「出ないな…。もう寝てるのか?」
安武がそう呟く。時刻は二十二時を過ぎている。
「仕方がない。伊吹がいる部屋に行こう。急いで連れ出さないと」
「落ち着け、女子部屋に侵入して別の事件を起こす気か?」
「そんなこと言ってる場合か!」
「だから落ち着けって。最悪は女子部屋に侵入してでも伊吹を保護する。けどその前に頼れる仲間に頼るべきだ」
彼の言葉の真意がわからず、俺は眉間に皺を寄せた。
「ここで仲間の選択肢が出ないのは司の悪いところだな。まずは速川に連絡だ。伊吹を連れてきてもらおう」
俺たちが強引に連れ出すより効率の良い方法を安武が提案する。焦って選択肢が狭まっていることを反省するのは後にして、俺は委員長に電話を掛けた。
『ど、どうしたの!?まさか本当にこんな時間に呼び出し!?』
電話に出た委員長は開口一番に訳のわからない言葉を発する。
「一体何を言ってるんだ?そんなことより急ぎだ。今すぐ伊吹を宿泊所の入り口まで連れてきてくれ!」
二秒ほどポカンとした間が空いた後に、委員長は答える。
『それはいいけど、一体何があったの?』
「伊吹が危ない。とにかく急いでくれ」
人にものを頼む態度ではないが、そんな俺の頼みを委員長はすぐに引き受けた。
『わかった!待ってて!』
そう言って電話が切られる。焦る気持ちを消化するために何か行動したいところであるが、委員長に頼んだ以上は今は待つしかない。落ち着かない様子の俺を見て、安武が声を掛けてきた。
「大丈夫だ。必ず守るぞ」
そんな頼りがいのある言葉を掛けられても、なお焦りを拭えない俺は、せめてもの抵抗で深呼吸を繰り返した。
友人でもない伊吹が危機に晒されているからと言って何をそんなに焦る必要がある、という考えが頭によぎった。けれどそんな考え程度では焦りは掻き消えない。誰かの危機に対して焦ることに理由などいらない。
強いて理由を上げるとするならば、救えたはずの女の子を救えないのは、もう御免なのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
時刻は二十二時過ぎ。林間学校における女子部屋。その秘密の花園で行われていたのは当然恋バナだった。
といっても、二十一時を過ぎたくらいから私はあまり発言をしていない。というのも、ピュアな雰囲気から始まった恋バナはどんどんとヒートアップし、各々の過激なエピソードトークへと変貌していた。
彼氏とあんな場所であんなことをしただとか、そういう話題だ。誰かとの交際経験がないにせよ、私だって立派な女子高生だ。全く以て知識がないわけではない。しかし、キスどころか幼い頃の記憶を除けば異性と手も繋いだことのない私には、同部屋の経験豊富な女子トークはあまりに過激だった。
彼女らの話に頬を赤らめようものならウブで可愛いねとからかわれるので、表情にだけは出ないように必死で隠す。かといって刺激的なトークに混ざれるほどの経験や知識もないため、表情筋を固定して相槌を打つ機械と化していた。
そしてようやく過激的で刺激的なトークに落ち着きが見え始めた。ようやっと普段通りに息ができる気がして、ホッと息を吐きだすのと同時に話題の矛先は私へと向けられた。
「日和は彼氏作んないの?選び放題じゃん?」
ニヤッとそう笑って聞いてきたのは同じクラスの女子生徒だ。この林間学校での班は違うが、部屋は同じとなった。普段は綺麗な白いファンデーションが施された肌と思わず目を引く赤い口紅が特徴的な彼女だが、メイクが落ちた今は意外と童顔気味な女の子となっている。
「いやー、機会があれば欲しいけど、今のところはなさそうだから…」
そんな曖昧な回答をする。私だって乙女だ。胸に秘めた理想はあれど、それをまだ親睦を深めて間もないクラスメイトに語って聞かせるほど図太くは在れない。
「機会なんていくらでもあるだろうにー。やっぱモテモテでも、だからこそ誰を選べばいいかわからなくなる感じー?」
童顔の彼女は興味深そうな表情でそう問うてくる。言葉だけを切り取ったら嫌味にも受け取れるかもしれないが、その口調は柔らかく、あくまでも気の抜ける間柄で催される雑談のニュアンスだった。それでも私は内心でしまったと思った。
彼女の言う通り、有難いことにこんな私に好意を寄せてくれる男の子は多い。両の手では数え切れないほど告白されてきた私がそれを否定することがあれば、それこそ嫌な女である。けれど、先ほど私は機会があれば恋人が欲しいというような発言をした。異性から告白されるという機会はたくさんある私がだ。これは非常に良くないことだ。
「もしかして好きな人いる感じ!?」
そんな風に心の中で反省会が開かれ、返事に時間を要していると、彼女がグッとテンションを上げて質問してきた。
「い、いないよ!いないいないいない」
「あー、そうなんだ。でも、そこまで強く否定されると逆に怪しいなぁ」
彼女がニヤリと笑ったところで助け船が渡ってきた。
「そんなに日和を追い詰めないの。親しい間柄でも言いたくないことはあるんだから」
そう言ったのはカッシーだ。私はクラスメイト全員と友達だけど、その中でもカッシーとは特に仲が良い。高校一年生の頃は別のクラスだったが、お互いに目立つからか当時から交友はあり、同じクラスになったことで親密度は加速度的に深まっている。あ、クラスメイト全員と友達だって言ったけど、柏木君だけは私を友達だって言ってくれないんだった。一学期中に柏木君とも友達になることが私の目標である。これは期末テストで赤点を回避するよりも優先度が高い。
「ちぇー、日和と恋バナとかしたことなかったから深堀したかったのに」
童顔の彼女は可愛らしい拗ねた表情を浮かべて、私への追及を諦めてくれた。
「でも、それなら柏木君とはどんな感じなの?日和が誰とでも仲良いのは知ってるけど、彼との距離感は大分近そうに見えるけど」
助け舟を出してくれたはずのカッシーが別の角度から攻めてきた。
「な、なにもないよ!ただの友達…あ、友達として認められていないんだった…」
話しながら先程も同じことを考えていたと思い出す。気分が落ち込むのと同時にちょっとだけ怒りの感情も湧いてくる。
「日和と友達になることを拒否するなんて…。やっぱり柏木君って変な人?あ!それともあれかも!友達じゃなくて恋人になりたいんだ的な!」
童顔の彼女が本日何度目かのハイテンションで語り始める。
「それはないよ。柏木君だもん」
私はそう返事する。これについては間違いない。柏木君が私と恋人になりたいなどと思っていないことには確信があった。
「わかんないよ。あんな風にクールぶってても、こういう林間学校のイベントとかでテンション上がって告白してくるかも」
カッシーがそんなことを言う。ありえないとわかっていて、その光景を一瞬だけ想像してしまい、心が揺らいだのを感じた。
「ないよ」
私はそう短く返事をする。
「いやいや!あるって!日和のこと気になっていない男子なんてこの学校にいないよ!」
童顔の彼女の大きすぎる主語に動揺しながら、ここまではっきりと言われると、もしかするとそういう展開もあるのだろうかと頭をよぎってしまう。
「そ、そうかな」
動揺したまま頭の働きが鈍くなっているのを感じる。なんだか彼女たちのペースに乗せられている気がするので一旦深呼吸をしようとしたその時だった。私のスマホから着信音が響いた。
跳ねた心臓を鎮めることができぬまま電話の発信者を見ると、柏木 司の文字が表示されていた。普段なら緊張することはないのだが、状況が状況なだけに私はさらに動揺を深める。柏木君も林間学校という青春イベントの熱に当てられているのだろうか。
「ど、どうしたの!?まさか本当にこんな時間に呼び出し!?」
焦った私は電話を取ると、第一声でそう尋ねた。
『一体何を言ってるんだ?そんなことより急ぎだ。今すぐ伊吹を宿泊所の入り口まで連れてきてくれ!』
呆れた様子で一言を返され、私は少しだけ冷静さを取り戻した。熱に当てられているのは私のほうな気がする。それよりも彼の声音に驚かされた。普段は斜に構えたような話し方をする彼だが、今は一切それを感じさせず、事態が緊急であることを言葉だけでなく声音でも表現していた。凛を連れて来いと言う彼の指示に疑問を浮かべながら言葉を返す。
「それはいいけど、一体何があったの?」
『伊吹が危ない。とにかく急いでくれ』
彼は私の質問に詳しい説明をしなかった。でもそれが事態の深刻さの証明だった。ここまで焦っている彼は珍しい。先程までフワフワとしていた私の思考はギュンと切り替えられて、短く彼に言葉を返す。
「わかった!待ってて!」
そう言った私は彼の返事を待たずに電話を切る。そして部屋を飛び出す。同部屋の彼女たちは驚いた表情をしていただろうが、それを気にしている暇はない。凛の身に何があったのかはわからない。でも考えている暇があったら動くべきだ。それに私の場合は動きながらのほうが思考がよく巡るのである。
廊下を飛び出した私は見張りの先生に声を掛けられる。
「速川さん、急にどうしたの?どこ行く気?」
「すごく大事な用です!ごめんなさい!行きます!」
そんな回答になっていないに等しい返事を返す。声を掛けてきた先生は規則に厳しい人だった。
「わかったわ。悪いことはしないように」
でも、消灯時間になって部屋から飛び出す私を先生は止めなかった。自分で言うのもなんだが、日頃の行いの成果がここで活かされた。きっと柏木君だったら先生たち全員で取り押さえようとされていただろう。
「ありがとう!」
先生にお礼をして私はそのまま走り続けた。凛がいる部屋は覚えている。二階の一番南側の部屋にいた私は、一階の一番北側の部屋へと向かう。つまり一番遠い部屋だ。だから私はスピードをぐんぐんと上げていく。
「凛!いる!?」
そう言ってノックもせずに二年六組の女子生徒五名がいる部屋に入った。部屋の人たちは皆驚いた表情をしている。当然だ。
「急に入ってきてごめん!凛はいる?」
視界に映る女子生徒は四名。内三名は友達だ。といってもクラスも委員会も一緒になったことはないから、話したことは両手で数え切れるほどしかない。
「矢口さん!凛はどこ?」
この中では一番仲の良い矢口さんという女子生徒に声を掛ける。
「…」
矢口さんは答えない。私が急に部屋に入ってきたことには驚いた表情をしていたが、今はなんだかボーっとした表情で私を見つめている。
「伊吹 凛さん、ここにいない?」
私は焦った口調のまま彼女に尋ねる。狙ってやっているわけではないが、今の私の様子を見れば事態が緊急であることはわかるだろう。
「あぁ、うん。えっと」
なのに、矢口さんはのんびりと言葉を選ぶように、否、何を話すのか思い出すように言葉を止めた。
「野本さんは?知らない?」
矢口さんがそんな様子なので、私はその隣にいた野本さんに問いかけた。
「…伊吹さんね。いないね」
野本さんも随分とのんびりとした口調で答え、部屋を見渡しながらいないねと回答した。…なんだか変だ。
「阿賀さんは?凛がどこ行ったか知ってる?」
名前を知ってる三人目の友達に声を掛ける。彼女はサバサバとした性格で、二年六組の中心人物的な存在だ。だから何というわけではないが、他の二人と違ってはっきりと答えてくれる気がした。
「知らないわよ。言われてみればいないわね」
返ってきたのはそんな言葉だった。その口調は前の二人とは違いのんびりとしたものではなかったが、内容としては前の二人と同じだ。私は部屋にいた最後の一人、名前の知らない女子生徒に質問する。
「あなたは?凛がどこに行ったのか知らない?」
そんな私の問いかけも空しく終わる。女子生徒はふるふると首を横に振るだけだった。その表情は最初に質問した二人と同様にぼんやりとしたものだった。
「…わかった!ありがとう。何かわかったら連絡して!」
そう言って私は部屋を後にし、次に隣の部屋に入る。今度はちゃんとノックして入った。ここも二年六組の女子生徒がいる部屋だ。もしかしたら親しい友人の部屋に遊びに行っているのかもしれない。
扉が開かれ、そこにいたのは尾澤さんだった。凛と特に仲良さそうにしていたメガネに三つ編みの女子生徒だ。今は三つ編みは解かれている。
「あ、尾澤さん!私、隣のクラスの速川 日和。今、凛を探してて、どこにいるのか知らない?」
尾澤さんは数秒無言だった。そして、ゆっくりと口を開いた。
「ごめん。なんだっけ?もう一回言ってくれる?」
またしても女子生徒たちの返答に違和感を覚える。いや、私の質問の仕方が悪かったのだろう。確かに焦って拙い聞き方になっていた。
「急に質問してごめんね。今、伊吹 凛さんを探してるんだけど、部屋にいなくて。どこにいるのか何か知らない?」
短く深呼吸をした私は丁寧に言葉を紡いだ。これで伝わったはずだ。
「…あぁ、うん、伊吹さんね。えっと、彼女なら、えーっと、なんだっけ?ごめん、知らないや」
やはり変だと思った。彼女の目はぼんやりとしていている。眠いのだろうか。でも私が急に訪ねてきたから部屋の扉を開けたときの彼女はびっくりした表情だった。眠そうではなかった。なのに今は虚ろな目で、どうでもいいことを聞かれてとりあえず答えましたみたいな表情で私を見ている。
「えっとね!今、凛が危ない目に遭いそうなの!もしかしたらもう遭ってるのかも!だから、えっと、その…心配じゃない?」
私自身、具体的に凛がどんな危険に晒されているかわからないため、上手く説明することもできず、まとまらないままそんな言葉を吐いた。
「…そうなんだ。大変だね」
それに対して返ってきた言葉はそんなものだった。彼女の顔が知らない人の話をされて困っているみたいな表情に見えて、私は困惑する。尾澤さんは凛と友達のはずなのになんでっていう怒りよりも、この変な空気感のほうに気味の悪さを覚えた。
「…とりあえず、何かわかったら教えて」
そう言って私は逃げるように部屋から飛び出した。よく考えたら連絡先も知らないので、仮に尾澤さんが凛の居場所を知ったとしても聞き出せない。けれど、連絡先を聞きに戻ろうとは思わなかった。なぜなら、何かわかったら教えてという私の言葉に対しても、彼女は了承とも拒否とも取れない曖昧な返事をしただけだったからだ。
その後、私はすぐに柏木君に電話を掛けた。凛がいないことを報告し、凛のクラスメイトの反応がおかしかったことを伝えた。すると柏木君はその原因を知っているかのように、後で説明するから一旦合流しようと言ってきた。
私は宿泊所の入り口に向かって走り出す。凛はどこに行ったのだろう。
私は走る速度をゆっくりと落として早歩きくらいになる。伊吹さんのことが心配だ。
私はもう少し速度を落として歩く。伊吹さんがいないか辺りを見渡しながらゆっくりと歩いた。
歩いていると入り口に到着する。そこには柏木君だけじゃなく安武君もいた。
なんだ、林間学校の夜に呼び出されたから、もしかすると告白とかじゃないかと思ったのに、どうやら違いそうだ。
私はのんびりとした足取りで彼らの傍まで近づいて、眠たくなってきたのかぼんやりするのを感じながら、柏木君に声を掛けた。
「それで、こんな夜中に呼び出して何の用なのかな?」




