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赤と青のハルハル  作者: 高野 ぱら
第一章 女子高生ドラゴン
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11/24

第一章11 肝を試す

「それで、いったいどうして俺の居場所がわかったんだ」


 七瀬に驚かされ、危うく心臓が止まるところだった俺もようやく落ち着きを取り戻した。驚かされたことは三年くらい許す気はないが、数少ない友人を頭ごなしに説教するほど俺も幼稚な人間ではない。彼女がここまで来た経緯を聞いて、論理的に説教してやる。


「速川さんに聞いたの」


「委員長に?せっかくの肝試しでお化け役の居場所を教えるなんて真似、アイツがするかね?」


 楽しませるために一生懸命準備したにも拘らず、生徒一人と言えどネタバラシをするのは少しだけ違和感だ。


「お化け役を引き受けた柏木が肝試しを体験できないのは可哀想だから、私が柏木のお化け役をするって提案したの。速川さんも柏木自身に楽しんでほしいでしょって」


「悪魔かお前は」


 委員長を口説くのであれば善意を利用するに限る。誰かのためという理由が付けば、皆仲良くとかいう小学一年生のスローガンを今でも信仰している委員長から情報を引き出すなんて容易である。…委員長、将来詐欺とかに引っ掛かりそうだな。


「さっきの悲鳴、ここら辺からだよね」


 俺と七瀬が会話していると、少し離れたところから女子生徒の話し声が聞こえた。薄暗い中で女子生徒の顔を認識するが、知っている顔ではない。いや、どこかで見たことある気がする。


「ていうか、さっきの悲鳴、聞き覚えのある声だった気がするんだよね」


 女子生徒の言葉に返事をするのは、別の女子生徒だ。悲鳴の声質に聞き覚えのあるという女子生徒の声には、俺の方も聞き覚えがあった。というか、伊吹だった。


「あら、もう次のペア来ちゃった」


 先程まで大笑いをしていた七瀬はローテンションな口調に戻っており、近づいてくる女子生徒たちを見ながら小声で話す。


「クソ、まだ俺の心臓は平常になってないというのに、もう次の仕事か」


 俺はそう呟いて近づいてくる女子生徒たちを脅かす準備をする。全部で四名。顔に見覚えがあったのは、最近伊吹と仲良くしている姿を見たからだろう。というか、最近どころか数時間前にも彼女たちの顔を俺は見てるな。人の顔と名前を覚えるのは苦手である。


「そこまでお化け役を全うしようとするとは。柏木って意外と真面目だよね」


 そんな余計なセリフは聞き流して、俺は肝を試しに来た女子生徒たちの前に飛び出す。


「ヴガァァァー!」


 チープな狼男の衣装を身に纏った俺はかなりの演技力を発揮し、鬼気迫る雰囲気を演出する。チープな衣装も薄暗さで見えづらいため、それなりの恐怖体験をご提供できることはこれまでのペアが証明している。


「キャー」


 案の定、女子生徒たちは悲鳴を上げた。先程、俺の喉から発せられた森中に響き渡る悲鳴に比べたら小さなものだが、それでも彼女たちが怖がっていることは間違えない。ただ一名を除いて。


「…柏木じゃん」


 半笑いを浮かべて憎たらしい表情の伊吹は、迫真の演技をした俺に対して舐めた口調で話しかける。


「違う。狼男だ」


「ごめんごめん。柏木の脅かしボイスが迫真過ぎて思わず笑っちゃった」


 伊吹がそんな調子だから、一緒にいた女子生徒三名も安心した表情を浮かべた後、滑稽な狼男の姿を見て笑うのを堪えるような表情に変わっていく。


「笑うな。怖がれよ」


 もはや演技をする気力も削がれた俺は彼女たちにそう語り掛ける。俺が学校中の生徒たちから恐がられているからであろう。女子生徒三名は表情を引き締めた。伊吹だけがニヤニヤ顔を浮かべ続けている。


 その次の瞬間だった。彼女たちの背後に爛れたようにシワシワで白い老婆の顔が浮かび上がった。


「きれいなおかお。ちょーだい」


 掠れた声音が耳の奥まで侵入し、そのまま内臓へと広がり、背筋が震えるのを感じる。


「イヤァァァーーー!!!」


 伊吹を含むその場にいた女子生徒たちが絶叫を上げた。俺も驚きはしたが、老婆の正体はわかっているので声までは上げない。

 老婆は女子生徒たちにのしりのしりと近づいて、一人の女子生徒の顔を細い指で撫でた。


「きめた」


 怪しげな老婆の声に涙を浮かべた女子生徒は踵を返して走り出した。それに続くように他の女子生徒たちも全速力で逃げていく。伊吹も「うわぁー!」と声を上げながら走り去った。


「…お前、お化け屋敷のキャストが天職だわ」


「えぇ、私怖いの苦手だから無理だな」


 全く以て説得力に欠ける発言をしながら、七瀬は老婆のマスクを顔から離す。


「よく言うよ。俺と逃げた伊吹たちは一生もののトラウマを植え付けられたぞ」


「大袈裟な。まあ、青春の思い出に貢献できたならよかったよ」


 何もよくない。俺の落ち着きかけていた心臓は再度加速してしまったじゃないか。


「でも、よかったね。伊吹さん、ちゃんとクラスに馴染んでいるみたいで」


「まあ、それはそうだな。やれやれ、これでようやく伊吹の世話をしなくて済むぜ」


「淋しそうだね」


「バカ言え。俺は七瀬と安武以外の友達なんていらないんだ」


「またそういうこと言う。友達いなくても平気な人っていうのはこの世にたくさんいると思うけど、柏木はそうじゃないよ」


 大きな目に対して小さな瞳の四白眼で俺の顔を見ながら、七瀬はそんなことを言ってくる。


「何を知ったような口を。七瀬はまだまだ俺のことがわかってないな」


 俺が認めた数少ない友人も、俺への理解はまだまだ浅いらしい。俺は本心から友人など必要ないと思っているというのに。


「まあ、変人のことは確かに理解が難しいけど、今言ったことは当たってると思うなー」


 七瀬は相変わらずローテンションの口調だが、口元は僅かにニヤニヤしていて憎らしい。


「ほら、こう話しているうちに次のペアが来るぞ。お前はどうするんだ?引き続き老婆の怪異としてこの地に君臨するのか?」


 ニヤニヤした表情で俺を見透かすような発言をされて居心地が悪いので、話題を無理やり変える。


「私は戻ろっかな。柏木に林間学校の肝試しという青春の記憶は刻むことができたし」


 なんて迷惑な奴なのだろう。数年後にこれを思い出しても羞恥心と怒りしか湧いてこないぞ。


「それじゃ、引き続き頑張って。また肝試しやろうね」


「やらねえよ。肝試しなんて二度とやって堪るか」


「ダメだよ。我らが東浜高校には学校の七不思議があるんだから。夏になったらそれを楽しまないと」


 高校生にもなって学校の七不思議とは。なんとも幼稚なものである。


「そんなデタラメに付き合ってる暇は俺にはないから断る」


「まあ、また声を掛けるよ」


 俺の返事など聞くことなく、七瀬は闇の中へと消えてった。ローテンションで静かな彼女は歩き方まで静かなものである。少し離れると一瞬で気配が消えた。もしかして七瀬は本当にお化けなのではないだろうか。その場合、友人が実在していないということになるので、俺が悲しい奴みたいになってしまう気がする。


 そんな考え事をしているとすぐに次のペアが現れ、俺は仕事を再開した。チープな狼男の衣装を身に着け、次々と生徒たちを怖がらせていく。ふと空を見上げると綺麗な満月の半分が雲に隠れている。俺が本当に狼男であったならば大変な事態になるところである。


 そうして肝試しの時間は終了する。肝試しから戻ると生徒たちの間では新たなる話題が生まれていた。どうやらお化け役として働いた実行委員すらも把握していない、白いシワシワ顔の老婆が出たらしい。その老婆が本物のお化けがどうかで生徒たちは盛り上がっている。


 老婆のお化けの存在について、信じるか信じないかはあなた次第だ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 時刻は二十一時を過ぎた。カレーを食べて、肝試しやキャンプファイヤーなどのレクリエーションも終わり、風呂にも入った。あとは寝るだけ。そんな時間帯。


 しかし、五人部屋に集まっているのはまだ十代後半になって少しの若者たちである。そんな若者たちは眠るまでの時間に何を話すのだろうか。学生たるもの勉学についてだろうか、はたまた部活動についてだろうか。


 否、恋バナである。


 もっともここは男五人が集まった部屋。女子どもがキャーキャー盛り上がる華のような恋バナではなく、誰を狙ってるやら誰がエロいやら品位に欠ける話題である。ちなみに女子の恋バナもなかなかにグロいとネットか何かで見たことがあるので、どちらが品位に欠けるのかは実際のところはわからない。


 そんな恋バナに品位を備えた俺が参加する事は通常であればない。というか、誰も俺に話を振ろうとはしない。


 しかし、今日に限って言えば、俺も高校生男子の恋バナに巻き込まれる羽目となった。


「それで、柏木は誰が好きなん?やっぱ速川?」


 俺を巻き込んだ元凶がそう問いかけてくる。いつもはカチューシャで上げている明るめの茶髪は、センター分けされて顎先くらいの長さまであった。名前はスズキングこと鈴木である。彼は腫れ物のように扱われている相手でも気にせずコミュニケーションを取る人間のようだ。


「そんなわけないだろ」


 俺は鈴木の問いを一言で一蹴する。一体どう見れば俺が委員長に好意を寄せていることになるのか。


「違うのかー。速川と話してるところくらいしか見たことなかったから、好きなんだと思ったんだけどなー」


「安直だな。あれは委員長がお人好しで絡んできているだけだ」


 俺と委員長の関係をバッサリと端的に伝える。寵愛現象が絡んでいるところで俺に話しかけてくるのはわかるが、そうでないときも話しかけてくるのはお人好し以外の理由はないだろう。


「まあ、確かに速川は誰にでも優しいもんなー。流石は東浜高校三大美女『陽姫』の異名に相応しい存在だな」


 鈴木から聞き覚えのない単語が出てくる。どうやら東浜高校には三大美女なる存在がいるらしい。ハルヒメという異名はよくわからんが。


「ほんと、速川さんは天使だよな。同じクラスになれてよかった。憂鬱な日常も陽姫様がいれば浄化される」


 同じ部屋となった男子がそんな発言をする。それに対してもう一人の男子もうんうんと同調している。この二人の名前は知らん。


「そのハルヒメってのは何なんだ?」


 談笑になど加わりたくなかったが、気になって思わず質問してしまった。


「太陽のように眩しく輝き、憂鬱な世界を優しく照らす速川を多くの男子生徒が守りたいと願った。それはまるで騎士のように。騎士が守るのは姫。そして速川は太陽のように眩い。だから陽姫という異名が付いたんだよ」


「ご丁寧に説明してもらって悪いんだけど、サッパリわかんねーわ」


 鈴木の熱の籠った解説を聞くが、真剣に聞けば聞くほど自分がバカになっていく気がしたので考えるのをやめる。ようは容姿と愛嬌に優れる彼女は人気者ということらしい。別に意外でもないが委員長はモテるようだ。

 よくあんなパステルカラーの緑髪の奇抜人間を陽姫などと称えるものだと呆れる気持ちがよぎったが、赤い長髪の男にそんなこと思われたくないだろう気付き、その思考を放棄する。


「俺は『紅女王』様推しだったんだけど、同じクラスになって陽姫に心移りしてしまった…!」


 先程まで鈴木の解説に相槌を打っていた男子がそう話す。この学校には姫だけでなく女王もいるのか。ベニジョウオウ、なんだか魚の名前みたいな響きだ。


「紅女王ってのは何なんだ?」


 陽姫の由来を聞いたついでに我が校の女王様についても聞いておく。うっかりご無礼を働いて女王を信仰する男子生徒たちを敵に回したくはないからな。


「紅女王ってのは三大美女の一人だよ。柏木君も見たことあるはずだよ。我が校の生徒会長。三年の鳳凰 明日香先輩」


 凄い強キャラの苗字が出てきた。紅女王とかいう異名にも負けない強そうな苗字を持つのはこの学校の生徒会長らしい。俺は生徒会長の姿を思い出すべく、全校集会の記憶をまさぐる。しかし、学校の集会なんてサボってるか居眠りしているかの二択なので、記憶の中の紅女王の姿は曖昧だ。


「そういえばやたらと存在感のある女子生徒が壇上に立っているところを見たことあるような…」


 顔まで思い出せないが、小市民とは違うと一目見てわかるオーラを放っていた気がする。カリスマ性というやつだろうか。


「鳳凰会長に対して見たことあるような気がするって発言は凄いね。この学校では校長先生よりも有名人だよ」


 これまで黙って話を聞いていた我がクラス一のイケメン高島がそう発言する。どうやら女王様は俺が思っている以上に有名らしい。まさか校長を超える程とは、、、でも俺、校長の顔も思い出せないな。


「まあ、そういう人がいるってことはわかったよ。それで三大美女の残り一人は誰なんだ?」


 その人物自体には興味ないが、陽姫、紅女王と続き、どんな異名を付けられているのかが気になった。


「最後の一人は同じ学年だよ。通称『聖女』」


 高島が俺の問いに答えてくれる。セイジョ、響きとしては前二つより聞き慣れているし、一番面白味はないな。


「ふーん、同じ学年にそんな聖女なんて呼ばれる奴がいるのか。委員長や生徒会長みたいに目立つタイプなのか?」


 もし目立つタイプでなければ確実に俺は知らないだろう。生徒会長もギリ知ってるレベルだし。


「あの二人ほど目立ってはいないかな。明るくて元気なんだけど、他二人と違って落ち着きがある感じかな。見た目も普通な感じだし。あ、もちろん顔は凄く可愛いし、胸も大きいんだけど」


 最後に余計な情報を加えて名前の知らないクラスメイトの男子が答える。そんなに目立っていないのなら俺は名前や見た目の特徴を聞いてもわからなそうだ。


「二年一組の平和島 飾寧さんだよ。『聖女』平和島 飾寧」


 名前の知らないもう一人のクラスメイトが補足した。ヘイワジマ カザネ。その響きが俺の耳から脳内へと広がっていく。


「…飾寧」


 俺の口から聖女と称される女性の名前が呟かれた。


「お?柏木も平和島さんのこと知ってた?可愛いからなー、見る目あるな」


 聖女の名前を聞いた俺の反応を見て、鈴木がそう言葉を投げかけてくる。

 しかし、すぐに鈴木に言葉を返すことができなかった。俺の頭の中はぐるぐると記憶が巡って、この短い人生の最初の記憶から今に至るまでの記憶がぐるぐると繰り返される。


 ヘイワジマ カザネ。平和な島に、飾られた安寧で平和島 飾寧。

 名前の漢字を聞かずとも、その漢字一文字一文字がはっきりと脳内に映し出される。


 当然、同じ東浜高校に通っていることは知っていた。けれど、三大美女などと、聖女などと、もてはやされているとは知らなかった。

 別に、気にすることではない。彼女がどう生きようと、どう評価されていようと、俺が関心を持つ必要などないのだ。


「柏木?」


 その声に俺はハッと顔を上げた。目の前には不思議そうな顔をした鈴木がいた。


「別に、何でもない。中学が同じだった奴の名前が出て驚いただけだ」


 嫌な汗を拭うように俺は言葉を返した。


「え?平和島さんと同じ中学なの?だったら当時の平和島さんについて詳しく…」


 俺の返事に名前も知らんクラスメイトが反応するが、彼から投げかけられる言葉を聞きもせずに俺は立ち上がった。


「外に出てくる」


 そう一言だけ残して俺は部屋から出る。意図せず冷たい口調になってしまったからだろうか。同じ部屋の男子たちは息を吞むように固まっていた。


 外の空気が吸いたい。せっかく自然豊かな土地に来ているのだ。綺麗な空気で深呼吸でもして落ち着こう。

 平和島 飾寧との関係は終わったものだ。俺は彼女と関わらないという選択をした。

 だから、彼女のことを考える必要はない。

 だから、彼女のことは考えるべきではない。

 彼女のことを考えたって、憤怒の寵愛の誘惑に耐えることにしかならないのだ。


 そうだ。今は伊吹のことを考えよう。もうドラゴンには成りそうにない彼女への警戒と解こうと安武に相談しようと思っていたのだ。

 平和島 飾寧のことを考えている暇などない。


 幼い彼女の笑った顔が、成長した彼女の笑った顔が、不思議そうな顔をした彼女の顔が、困惑した表情の彼女の顔が、不快で不快で仕方がない。


 そんな脳裏にこびりついている姿を乱暴に乱雑に黒々と塗りつぶしながら、呪いのように授けられた寵愛が発動しているのを感じる。

 俺はじっと寵愛の発動が解除されるのを待った。自然豊かな土地で深呼吸を繰り返しても、一向に解除されない寵愛の力が鎮まるのを待った。


 東浜高校の三大美女『聖女』平和島 飾寧を殺すために授けれれた憤怒の寵愛が鎮まるのを、待った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 時刻は二十二時前。すっかり冷えた風のおかげか、憤怒の寵愛は熱が冷めるように解除された。

 今いるのは宿泊所を出てすぐの物陰。そんな場所に何用かと言えば夜の密談である。


「こんな時間に何の用だ?いつもならもう寝てる時間だぞ」


 密談の相手は軽口を叩きながら近づいてきた。


「高校生が二十二時前に寝てんじゃねえよ」


 彼の軽口に俺は軽口で返す。


「健康において睡眠がどれほど大事か語ってやりたいが、そんなことをしていたら睡眠時間が削られて本末転倒だな。それで用件は?」


 男子高生の平均身長に近い背丈、服で隠れていてわかりづらいが筋肉質な体、意外と大きい一重の瞳。そして形の良い太眉が丸出しになる長さで切られている短髪。そんな青少年である安武 晴間が用件を問う。


「まあ、お察しだろうが伊吹のことだ」


「監視を緩めるってか」


「話が早い」


「実際、あれからドラゴンになる前兆すら微塵もないからな。もう解決したと判断していいかもしれない」


 顎に手を添えた安武は考えながら言葉を紡ぐ。


「安武も同意見ならそうしようぜ。伊吹の監視は終わりだ。もちろん引き続き警戒はしないといけないが、毎日マジマジと観察して体調を聞いたりはもうしなくていいだろう。安武だって普段の生活スタイルを変えてまで昼休みや放課後まで付き合う必要はない」


 この二週間、安武は常にお助けクラブの部室にいた。サボりで部室に行かないことが多い俺と違って、彼は他の部活の助っ人やら、委員会の活動やらで部室に来ないことが多い。そんないつもの生活スタイルを変えてまで、不測の事態に対処できるよう伊吹の近くにいるようにしていたのだ。

 もちろん、交わした談笑が偽りだったわけではないだろうが、ドラゴンに成った伊吹の暴走がなければ、彼が伊吹にここまで関わってくることはなかっただろう。


「…その前に整理をしよう」


「整理?」


 通ったかと思った意見が一旦止められたことに疑問を感じながら、安武に言葉の続きを促す。


「なぜ龍の寵愛があの日以来、綺麗さっぱりなくなったのか」


 安武の意図に納得する。わからないことはわからないままにせよ、仮説を立てておくに越したことはない。


「火吹いて雷落としてスッキリしたんじゃないか?その証拠に屋上で目覚めてから伊吹めっちゃ元気だったぞ」


 俺の見解を答える。理由は単純明快。ストレス発散してスッキリしたから治まったのだ。


「うん、俺もその可能性が一番高いと思う。例えば寵愛が授けられた原因はストレスで、雷を落とすって行為がストレス発散方法だった。あれだけ派手な芸当をすれば積もったストレスが全て消えて人間に戻ったのかもしれない。つまり、ドラゴン化することでストレス解消していたという仮説」


 安武が整理しながら話を進める。彼の言っている内容は概ね俺も考えていた内容だ。異議はない。


「体の大部分がドラゴンに成ったのも三回って言ってたな。ゴールデンウイーク明けの真夜中。次にその翌日の俺と出会った日。そして安武と委員長も一緒にいた落雷を落としたあの日」


 伊吹から直接聞いていた事実を並べる。


「ゴールデンウイーク明けの二点はわかりやすいな。長期休暇の後の学校を憂鬱に、つまりはストレスに感じる生徒は多い。特に伊吹さんはクラスの人間から無視に近い対応、ある意味で無視よりも質の悪い不干渉な扱いを受けていた」


 並べた事実に安武がストレスの理由を当てはめていく。


「クラスメイトとの不和。ゴールデンウイークという長期休暇で一時的に気にしなくてよかった問題が休みの終わりと共に迫ってくる。そして、ゴールデンウイークが終わり、学校が始まる日、その境界の日付が変わるタイミングで一回目のドラゴン化が発生した」


 なぜそれでドラゴンに成るのかはわからない。が、寵愛現象とは対象者の悩みに斜め上の力を授けることが多い。きっとストレス発散できるような力を持った存在なら何でもよかったのだろう。


「二回目のドラゴン化も同じ理由だろう。昨夜に己の体に異常が生じ、当然学校を休んだ。しかし休めばその分ストレスが減るわけではない。むしろ悩みの種と距離を取れば取るほど向き合うのが嫌になる。だからまた学校に行かないといけない日が来たタイミングで寵愛現象が発生した」


 俺と安武で交互に言葉を発して状況を整理していく。きっと二人とも今回の寵愛現象における原因と経緯については同じ認識を持っている。今はそれを確かめ合う時間だ。


「そして俺と出会った。その次の日はドラゴンに成らず角が生えて髪色が灰色になったくらいで済んだ。これはドラゴンに成って二晩お散歩したことである程度ストレス発散ができた。もしくは」


「柏木と出会い、悩みを共有する存在ができたことで学校への抵抗感が減った、といったとこだろうな。ドヤ顔するな」


 敢えて安武に発言させ、己の功績に酔いしれる。しかし、その後は角も生えたままで、雷を落としもしたのだから、力不足であった点は否めない。


「そして問題の三回目。雷を落としたあの日。ドラゴンに成った原因は明らかに」


「班決めだな」


 その点も俺と安武で同意が取れた。林間学校の班決め。誰も伊吹に声を掛けないどころか、伊吹から声を掛けても曖昧な返事をされてはぐらかされる。終いには担任に相談しても同じ態度が返ってくる異常事態。


「ドラゴンに成ったのは班決めの翌日の昼休み。前日の班決めを耐え切って、そこから一日耐え忍んで、委員長と談笑を交わす昼休みが終わりに近づき、午後にクラスへと戻るのが嫌になった。かなりのストレスが発生した」


 ここまで辻褄は合っているように思う。残るは完全に人間の姿に戻った謎。角だけ生えた状態ではなく、正真正銘の人間に戻れた点だ。


「そのストレスを炎を吐いて雷を落とすことで発散しきった。だから完全に人間に戻れた」


 安武はそう口にしながら、追加の意見を話す。


「それに加えてあの昼休みは司が二年六組に乗り込んだタイミングだ。これもまだ推測の域を出ないが、二年六組を対象とした不干渉の寵愛が司の説教で解除された。つまりは伊吹の悩みの種が消えたのと、ドラゴンの状態で暴れたのとで完全に寵愛現象が解決した」


 彼の説明には疑問が残る。


「でもあの時点で伊吹はクラスメイトからの不干渉が解消されたとは知らない。その状態でも伊吹は気分爽快って感じで目覚めてたぞ」


「…そうだな。となるとやはり雷を落としてストレスを発散しきったということか。もしかしたらドラゴンの力を使い切ったのかもな」


「それもあり得るな。まあ、結局はどこまで行っても推論の域を出ないな」


 夜空を見上げながら溜息を吐くように言葉を吐いた。周りに街灯なども少ないおかげで夜空の満月と星々の光が強く感じる。雲で空の半分が覆われていることだけが残念だ。


「司の提案通り監視体制は緩めよう。それでも伊吹にストレスが掛かるようなことが起きていないかは気に掛けないとな」


 安武が結論を出す。それに頷きつつ補足する。


「まあ、寵愛現象は一度解消されれば再発するようなものではないけどな。仮に同じだけのストレスに伊吹が直面しても、授けられた寵愛が消えていればドラゴンに成ったりしないさ」


「ああ、それが一番だな」


 安武も僅かに表情を緩めてそう言った。これで今回の龍の寵愛を取り巻く問題は一旦解決だ。

 四月も別の寵愛現象、ゴールデンウイーク中も寵愛現象管理協会に駆り出されて珍しく協会員としての仕事をしていたので、ようやく一息つけるというものだ。


 次の瞬間、着信音が鳴り響いた。聞き慣れた着信音は俺の携帯電話から鳴っている。


「こんな夜分遅くに誰だ?」


 安武に問われつつ、発信相手を確認する。


「…姉貴だ」


 俺はそう呟いた。場に緊張感が走る。姉貴が俺に電話してくる場合、九割が仕事の話で、一割がただ俺を罵倒して楽しむだけの迷惑電話だ。ただ、今回に限っては後者であってほしいと思った。仮に仕事の話であっても、どこか別の地で発生している寵愛現象への対処に駆り出される話ならばよい。もし、そのどちらでもないのなら…。


「もしもし」


『出るのが遅いよ、愚弟。さては私からの電話だからって出るのを躊躇ったな』


 俺は音声をスピーカーにする。隣の安武にも聞こえるようにしてたほうがよいと判断した。


「そりゃ躊躇うさ。姉貴からの電話は厄介ごとか俺への誹謗中傷の二択だからな」


『随分と酷いことを言うじゃあないか。まあ、否定はしないが』


 できれば否定してほしかったものである。


「それで、何の用だよ?弟が人生最後の林間学校で青春を謳歌している真っ最中に」


『人生最期とは、まさか死ぬのかい?その場合の死因はクラスメイトから仲間外れにされたことによる傷心自殺かな』


「そういう意味じゃねえよ。小学生、中学生と体験してきた林間学校も高校生で最後って意味だ」


 そんな言葉を返しながら、中学生の頃もこれが最後の林間学校と思っていたことを思い出す。まさか高校生になっても林間学校があるとは思ってなかったのだ。


『であれば愚弟の死因は私に隠し事をしたことだね』


 姉は先程と同じ口調にも拘わらず、俺と安武の背筋が凍ったのがわかった。


「隠し事?何の話だよ?」


 とぼける。知らないふりをする。心当たりなどないかのように振る舞う。


『伊吹 凛さん。十七歳。東浜高校二年六組出席番号三番。血液型B型。四月二十三日生まれ』


 電話越しに並べられた言葉は、最も姉の口から聞きたくない名前だった。


「誰だよそれ?このご時世に個人情報をペラペラと言わない方がいいぜ」


 なおも軽口を叩いて誤魔化そうとするが、もはや知らないふりでどうにかなる話ではなくなっていると頭では理解していた。


『寵愛現象管理協会は伊吹 凛を龍の寵愛の保持者として登録した』


「…一体、伊吹をどうするつもりだ」


 思わず威圧感のある口調になってしまった。

 姉はそんな俺の態度を微塵も気にする様子を見せずに言葉を続けた。


『寵愛現象管理協会は伊吹 凛を拘束及び監禁することに決定した』

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