第008話:白金のロザリオと、冒険者ギルドでの「分別処理」
1.爽やかな朝と、焼却炉の身分証
白銀のパッカー車のキャビン内。
ミントの香りのするエアコンの風が優しく吹き抜ける中、芝崎一郎は大きく伸びをして目を覚ました。
「んー……。やっぱり、完全フラットになるシートは最高だな。腰の痛みもすっかり取れたぜ」
47歳の精神を持つ彼にとって、現場の合間の車中泊は完全に「日常」であった。
だが、隣の助手席に目をやると、リリィは膝を抱え、目の下にくっきりとクマを作ってガタガタと震えていた。その顔は茹でダコのように真っ赤だ。
「おいおい、どうしたお嬢ちゃん。よく眠れなかったのか?」
「ね、ねねね、眠れるわけがありませんっ……!」
リリィは涙目で一郎の顔を見た。
すぐ隣で、はだけたタンクトップから覗く大人の男の色気、逞しい胸板、そして時折寝返りを打つたびに触れそうになる厚い胸板と腕。
(こんなにも雄々しく、神聖なオーラに満ちた一郎様のお隣で……! ああっ、もし寝ぼけて私の上に覆い被さってこられたら、私はもう、神官としての純潔を喜んで捧げてしまう準備を一晩中……っ!)
そんなエロティックな妄想と極限の緊張感で一睡もできなかったリリィの苦労などつゆ知らず、一郎は「そうか、やっぱりオッサンのいびきがうるさかったか。悪いな」と暢気に笑った。
「さて、夜も明けたし、王都の冒険者ギルドに向かうとするか。……そう言えば、ダンジョンの外(王都)に出るときは、身分証の携帯が必要だったな」
一郎は、あのポンコツ女神から『こちらの世界での身分証はダッシュボードに入れてありますからね!』と事前の説明で聞いていたのをふと思い出し、ダッシュボード(四次元収納)をカパッと開けた。
そこから取り出したのは、転移の際に女神から預かっていた、手のひらサイズの『白金のロザリオ』だった。
透き通るような白金の鎖の先に、重厚な十字の装飾が施され、その中央には天を衝くような「塔」のシンボルが刻まれている。
「女神のやつ、『我ら神聖教会の象徴、太陽の塔がデザインされています』とかドヤ顔で言ってたが……」
一郎はロザリオを光にかざし、溜め息をついた。
「どう見ても、ゴミ処理場の『焼却炉の煙突』にしか見えねぇな。……まあ、清掃員(俺たち)にはお似合いの身分証か」
一郎が首にそれをぶら下げた瞬間、隣にいたリリィが「ひっ!?」と短い悲鳴を上げて仰け反った。
「な、なななな、なんですかそれは!? い、一郎様、その白金の輝き……まさか、聖教会の頂点に立つ者のみが帯びることを許される、特級異端審問官の証たる『太陽の白金十字』!? なぜあのような最高位の聖遺物が、ダッシュボード(小物入れ)の中にポンと入っているのですか!?」
「ん? ああ、これか。入所した時に支給された社員証みたいなもんだよ。煙突のマークがイカしてるだろ?」
リリィは両手で口を覆い、激しく震えた。
(社員証!? そ、そんな馬鹿な! この国の王族ですら平伏する絶対的な権力の象徴ですよ!? やはり一郎様は、世界を裏から浄化する絶対的な支配者……! ああ、そんな凄まじい権力を持つ殿方に、私のような田舎娘が、夜な夜な『特別なお世話』をさせられる運命……!)
リリィの下腹部がキュンと熱くなり、股の奥が甘く疼く。彼女の脳内では、すでに一郎の圧倒的な権力と大人の魅力によって、自分が身も心もとろとろに開発される「夜の奉仕(残業)」の妄想が限界突破していた。
「ほら、シートベルト締めろよ。安全運転で王都に突っ込むぞ」
「は、はいっ! ご主人さ……いえ、一郎様!」
道中、王都の門番にこのロザリオを見せたら泡を吹いて気絶しかけたが、面倒なのでそのまま通してもらったのは、ご愛敬。
2.冒険者ギルドの喧騒と、傲慢なる悪意
王都の冒険者ギルド。
早朝の活気に満ちたギルド内のカウンターのど真ん中を陣取っていたのは、戦士ケビン率いるパーティー『青銅の牙』だった。
「――ああ、なんという悲劇だ! リリィの勇敢な自己犠牲のおかげで、俺たちは生き延びることができたんだ……!」
ケビンは、昨夜の酒場から早朝に場所を冒険者ギルドのカウンターへと移し、ギルドの職員とギルドマスターの前で、わざとらしい大粒の嘘泣きを披露していた。
「俺たちが全滅しかけた時、あいつは自ら囮になってスクラップ・グールの群れに……! 俺は、俺は自分が不甲斐ない! だが、彼女の高潔な魂を無駄にしないためにも、ギルドマスター! 彼女の遺族に届けるためにも、どうか『特級慰労金』の手続きを……!」
「おお……なんて勇敢な少女だ。そして君たちも、辛い決断だっただろう。わかった、すぐに慰労金を手配しよう」
白髭のギルドマスターが涙ぐみながら承認印を押そうとした、まさにその時だった。
(ヒヒヒッ! ちょろいぜ! 遺族になんか渡すかよ、この金で王都の一番いい娼館に行って、極上の女を抱きまくってやる!)
ケビンが内心で下劣な歓喜の雄叫びを上げた――その瞬間。
『――バーーーンッ!!!』
冒険者ギルドの重厚なオーク材の扉が、凄まじい音を立てて開け広げられた。
3.無敵の清掃コンビ、乱入
「「「なんだ!?」」」
ギルド内の冒険者たちが一斉に武器を取る。
逆光の朝日を背に受けて立っていたのは、見慣れぬ『万色を拒む蒼の法衣(芝崎清掃のロゴ入り作業服)』に身を包み、助手席から持ち出したバールを腰のベルトに差した精悍な男と――その背中にちょこんと隠れるように立つ、まだ専用の作業服が支給されておらず、ダボダボの神官服を着たままの少女だった。
「……ケビンさん。私の命の値段で飲むお酒や、娼館の女は、さぞ美味しいのでしょうね?」
底冷えするような、軽蔑しきった少女の声。
「なっ……!?」
ケビンの顔面から、一瞬にして血の気が引いた。死んだはずのリリィが、傷一つない姿で立っているのだから無理もない。
「お、お前! スクラップ・グールに食い殺されたんじゃ……!」
「俺が分別・回収した」
リリィの前に立った一郎が、ずかずかとギルドの中心へと歩み寄った。
30歳の男盛りの逞しい肉体から発せられる凄まじい覇気に、歴戦の冒険者たちが思わず道を空ける。
「お前らがダンジョンに不法投棄していった『資源』は、うちの事業所でありがたく回収(引き抜き)させてもらった。今日はこいつのパーティー脱退手続きと、ついでに回収した資源の換金に来たんだ」
「ふざけるな! お前が生きてると、慰労金が出ねぇだろうが!」
激しい焦燥と怒りで、ケビンはリリィを指差して、わめき散らした。
そんな彼を、一郎は冷ややかな、プロの目で見据えた。
「お前ら、囮にして見捨てたってのに図太いな。このパッカー車には、現場の様子を録画する『ドライブレコーダー(女神の記録映像)』がついてるんだよ。ギルドマスター、これ見てみるか?」
「なっ……!?」
一郎のカマかけに、ケビンの顔が土気色に変わった。
「証拠がある!」と追い詰められたケビンは、完全に理性を失った。
このままでは慰労金詐欺がバレて、冒険者資格を剥奪される。ならば、ここで口封じに殺すしかない。
「どこの馬の骨か知らねぇが、このおっさんごと切り刻んで、もう一度ダンジョンの底に捨ててやる!!」
ケビンが背中の大剣を抜き放ち、一流戦士のオーラを纏って一郎の頭上へと跳躍した。
「死ねぇぇっ!」
だが、一郎は眉一つ動かさず、ただ腰のベルトに差していた『解体用聖杖』を抜いた。
「粗大ゴミはな……」
一郎の腕の筋肉が躍動する。30歳の完璧な肉体と女神の加護が乗った、プロの清掃員による『ゴミ解体のスナップ』。
「ちゃんと小さく切ってから捨てろって、いつも言ってんだろ!」
ガキィィィィィィンッ!!!!
バールが一閃した。
ただそれだけで、大剣は結合の脆い部分を突かれ、飴細工のように木っ端微塵に粉砕される。驚愕に目を見開くケビンの胸ぐらを、一郎は空いた手で無造作に掴み上げた。
「燃えないゴミは、あっちだ。」
一郎の若返った三十歳の異常な膂力が、ケビンの巨体をまるで軽いポリ袋のように放り投げる。ケビンはギルドの強固な石壁に激突し、ズガァァン! と派手な音を立てて白目を剥き、完全に沈黙した。
「「「…………は?」」」
ギルド内が、水を打ったような静けさに包まれる。
一瞬の出来事だった。王都でも腕利きとされる戦士が、自慢の大剣をただの『鉄の棒』で粉砕された挙句、片手で投げ飛ばされて、燃えないゴミ扱いされたのだ。
「あー、いけね。ちょっと力加減間違えたか。あとは頼むよ、ギルドマスターさん」
一郎が頭を掻きながらギルドマスターに近づいた時、マスターの目が、一郎の首元で揺れる『シンボル』に釘付けになった。
「そ、それは……! 太陽の塔の紋章! まさか、貴方様は聖教会の極秘機関、『特級異端審問官』様であらせられるか!?」
ギルドマスターが、カウンターから飛び出して一郎の前に勢いよく土下座をした。
「へ? いや、これはただの焼却炉の煙突マークの社員証で……ああ、本社の偉いさん(女神)から直通で貰った社員証だからな」
ただの現場のノリで返答した一郎の言葉に、ギルドマスターたちはさらに顔面を蒼白にさせた。
「ほ、本社の偉いさん……すなわち、最高神殿の教皇猊下(あるいは神そのもの)からの直々の勅命!? ははぁっ! 聖教会の頂点に立つ御方の御前とはつゆ知らず、この者たちの虚偽報告を見抜けなかった愚かをお許しください!」
さらにマスターは、壁にめり込んだケビンと、震え上がっている『青銅の牙』のメンバーたちをギロリと睨みつけた。
「ええい、何をぼさっとしている! そこにおわすは特級審問官様の直属の聖女(あるいは特級助手)様であらせられるぞ! 無礼者どもめ! おい、お前ら! 憲兵を呼べ! この『青銅の牙』のクズどもを虚偽報告および特級審問官様への反逆罪で永久追放し、地下牢へ叩き込め!」
田舎娘と見下し、囮にした少女が、今や王都の誰も逆らえない超権力者のパートナーになっている。その事実は、悪党どもにとって最大の絶望だった。
マスターの号令に、周囲の冒険者たちも一斉に青ざめて平伏する。
「(なんだ? 焼却炉の煙突マークって、この世界じゃそんなに偉いのか? まあいい、話が早くて助かる)」
一郎のねっとりとした論破と物理的な「バールの一撃」、そしてロザリオによる「社会的な粉砕」。
これにより、リリィを罠に嵌めたゲスな冒険者たちは、完璧にこの世から「プレス(処分)」されたのだった。
4.ボロ儲けと、混浴への確定演出
「それで、換金なんだが」
騒動が落ち着き、憲兵がケビンたちを引きずっていった後、一郎はカウンターの上に、ダッシュボード(四次元収納)から取り出し持参した麻袋をどさっと置いた。
「この魔石と金属、いくらになる?」
麻袋の口が開いた瞬間、ギルド内が再びパニックに陥った。
「こ、こ、国家予算級の超高純度魔石が数十個!? しかも、エルフの伝説級の純度100%ミスリルインゴットまで!? 貴方様はいったい、どこの深淵のボスを討伐なされたのですか!?」
泡を吹いて気絶しかけるギルド職員たち。
一郎は「中層のゴミをパッカー車でプレスしただけだ」と答えようとしたが、説明が面倒なので「企業秘密だ」と笑ってごまかした。
結果、一郎はギルドの金庫が空になりそうなほどの、莫大な白金貨と金貨を受け取った。まさに、経費ゼロの利益率100%ビジネスの圧倒的な大勝利である。
「よし、リリィ。臨時収入も入ったし、お前の移籍手続きも終わった」
一郎はずっしりと重い金貨の袋を肩に担ぎ、唖然としているリリィの頭をポンと撫でた。
「今日は『初日達成の特別休暇(有給)』だ!王都で一番うまいもん食って、でっかい風呂にゆっくり入って、昨日の汗と泥を洗い流すぞ!」
その言葉を聞いた瞬間、リリィの頭はショートした。
(ふ、ふおおおお風呂!? ついに、ついに混浴の儀式(ご褒美)が……っ! 一郎様のあの逞しい、汗の滴るお体に、私が直に背中をお流しして、そして狭いお風呂の中で、あんなことやこんなことまで……っ!!)
「あぅ……っ、い、一郎様ぁ……私の身も心も、隅々まで浄化してくださいませ……っ!」
完全にエロティックな妄想が極まり、頭からプスプスと湯気を出して腰から砕け落ちそうになるリリィ。
一郎は「おっ、腹が減りすぎて倒れそうか? ほら、つかまれ」と彼女の細い腰を抱き寄せて支え、ギルドを後にしようとした。その背中に、ギルドマスターが揉み手で擦り寄る。
「特級審問官様! 王都最高級のVIP向け温泉宿(もちろん豪華な混浴大浴場付き)を、ギルドの全額負担で手配させていただきます! どうぞごゆっくりと、日頃の激務の疲れを癒やしてくださいませ!」
ギルドマスターが受付嬢に目配せして、二人を温泉宿へと案内するよう指示を出した。
「はい、わたくしがご案内いたします。」一人のギルド受付嬢が前に出た。
(なにあの超高純度魔石の数々!こんな超優良物件、見逃すわけにはいかないわ!)
「……!!」
マスターのその余計な忖度により、リリィの妄想はもはやただの妄想ではなく、「本当に混浴イベントが発生してしまう」という確定事項に変わってしまった。
「ふはあっ……!」と限界を迎えたリリィを小脇に抱えながら、一郎は「気が利くねぇ」と笑って、美形の受付嬢に先導されてギルドの扉をくぐった。
ギルドの外では、朝日を浴びて神々しく輝く白銀のパッカー車が、彼らの帰還を静かに待っていた。
最強の『おっさん清掃員』と『勘違いヒロイン』のコンビは、こうして王都に強烈なデビューを果たし、莫大な富と「ホワイトな日常(そしてお風呂)」を手に入れたのだった。




