第036話:接待ゴルフとオッサンスキル無双
1.天空の魔塔の処理と、新たなる請求書
ゴゴゴゴゴゴォォォォ……ッ!!!
国境付近にそびえる数万トンの巨大建造物「天空の魔塔」が、魔法土木省のエリートたちの無知によって空中でバランスを崩し、彼らの頭上へと恐ろしい速度で倒れ込んできた。
「あ、あああ……っ! た、倒れるぅぅぅっ!!」
マキシム長官が絶望の悲鳴を上げる中、芝崎一郎の怒号が響いた。
「総員、結界最大出力! 衝撃に備えろ!!」
一郎の指示のもと、リリィの特級聖女結界と、パッカー車の神聖魔力障壁が展開される。
だが、一郎の真の狙いは魔法の盾で衝撃を防ぐことではない。
「親方! 二号機のクレーンアーム最大出力! 落ちてくる塔の『重心』を下から受け止めて、そのままゆっくり寝かせろ!」
「任せとけ旦那ァッ!」
ドワーフの親方が操る超大型ダンプ兼クレーン車「二号機」の巨大なアームが、倒れてくる魔塔の側面に正確にガシリと食い込んだ。
数万トンの落下エネルギーが二号機を襲うが、極太のH鋼を打ち込んで構築された「防波堤」がその衝撃を完全に地面へと逃がす。
ギギギギギギッ……! ズズンッ!!
二号機の圧倒的な油圧とクレーンの力により、魔塔は地面に叩きつけられて粉砕されることなく、安全な更地へと「静かに横たえられた」のである。
「す、すげぇ……。あのバカでかい塔を、重機のアーム一本で受け止めただと……!?」
マキシムたち魔法土木省のエリート技師たちは、腰を抜かし、泡を吹いてへたり込んでいた。
「おい、エリートさんよ」
土埃を払いながら、一郎がバールを肩に担いで歩み寄る。
「魔法で浮かせるのは結構だが、重心の固定と風の計算ができなきゃ、ただの巨大な落下物だ。インフラ工事を舐めるなよ」
「ひっ……! い、命が、助かった……」
「ああ、助けてやったよ。うちの『二号機』の性能テストも兼ねてな」
一郎はバインダーからビリッと用紙を破り取り、マキシムの顔面に貼り付けた。
「今回の『緊急災害救助費用』と『魔塔の解体処理費用』だ。前回踏み倒そうとした分に、遅延損害金を上乗せして、お前らの国家予算の5倍ってとこだな。きっちり払ってもらうぞ」
「ご、ごばいぃぃぃっ!?」
エリートの傲慢は完全に粉砕され、一郎たちは倒れた魔塔をパッカー車で安全にプレスし、莫大な魔石を回収して王都へと帰還したのだった。
2.招待状と、オッサンの「営業ロジック」
数日後。
王都のマイホーム建設現場の仮設事務所に、豪華な金箔で縁取られた一通の書状が届いた。
「一郎さまっ! 許せませんわ!」
ギルド副マスターのセリアが、書状をバンッとデスクに叩きつけた。
「隣国の上層部――マキシム長官の上司であるアルバート大公から、一郎さまに『親善のための魔法ゴルフおよび魔獣釣りコンペ』への招待状が届きましたの! あの多額の請求書を突きつけられて、ついに政治的トップが直接マウントを取りに来たのですわ!」
「魔法ゴルフ?」
一郎は図面から顔を上げた。
「はいっ! 魔法で球の軌道や風を操り、どれだけ美しく遠くへ飛ばせるかを競う、大貴族の嗜みですわ! 彼らは、泥臭い土方仕事しか知らない一郎様をその場に引きずり出し、高貴な魔法の遊戯で恥をかかせて、請求書の交渉を優位に進めようという魂胆に違いありません!」
ツナギ姿の第二王女エレノアが、腕を組んで憤慨する。
「危険ですわ、一郎様! そのような悪意に満ちた罠など、無視してしまえばよろしいのです!」
リリィも涙目で引き止める。
だが、一郎の表情は驚くほどに明るかった。
「……はっはっはっ! なんだ、ただの『接待ゴルフ』じゃねぇか!」
一郎は立ち上がり、大きく背伸びをした。
「お前ら、分かってねぇな。休日のゴルフと釣りってのは、営業マンにとって最高の『ビジネスチャンス(仕事)』なんだよ。得意先と親睦を深めて、次のデカいインフラ案件を独占受注するためのな。……よし、そのコンペ、喜んで参加するぜ!」
「ええええっ!?」
四十七歳の精神を持つブルーカラーの営業ロジック(社畜の性)の前に、ヒロインたちの心配は完全に空振りに終わった。
「絶対に怪しい罠です! わたくしたちも監視として同行しますわ!」
結局、強引についてきた三人だったが、神聖な宮廷ゴルフ場に部外者は立ち入り禁止だと門前払いを食らい、パッカー車の中でギリギリとハンカチを噛んで待機することになったのである。
3.魔法ゴルフと、完璧なる「ヨイショ」
週末。
隣国の国境付近に広がる、広大で美しく整備された「宮廷魔法ゴルフ場」。
「よくぞ参られた、芝崎清掃の現場監督殿」
立派な口髭を蓄えた初老の大貴族・アルバート大公が、見下すような笑みを浮かべて一郎を出迎えた。その隣には、大公の娘であり、国一番の魔法の使い手と名高い、扇子を持った美しき公爵令嬢・セレスティアがツンと澄ました顔で立っている。
「泥と油にまみれたあなたに、この高貴なるスポーツが理解できるかしら? 怪我をしないうちに、お帰りになったほうがよろしくてよ」
セレスティアが冷ややかな視線を送る。
「はははっ、お招きいただき光栄です、大公閣下、そして麗しき令嬢様。本日はお手柔らかにお願いいたしますよ」
一郎は、愛用の「芝崎清掃の蒼い作業服」にサンバイザーという、およそゴルフ場には似つかわしくない格好で、しかし完璧な「下から目線の営業スマイル」を浮かべて深く一礼した。
(ふん、卑屈な平民め。ここで完膚なきまでに叩きのめし、我が国のプライドを取り戻してくれる!)
アルバート大公は自信満々にクラブ(魔杖)を構え、ティーグラウンドに立った。
「刮目せよ! これが我が王家の秘伝、『爆風・ショット』だ!」
大公が魔力を込めてクラブを振り抜くと、ボールは猛烈な風の魔法に包まれ、遙か彼方のグリーンに向かって飛んでいった。
「「おおおおっ!! 素晴らしい!!」」
取り巻きの貴族たちが拍手喝采する。
だが、その歓声を切り裂くように、誰よりも巨大で、誰よりも気持ちのいい声がゴルフ場に響き渡った。
「ナァァァァァァイスショォォォォォットォォォォ!!!」
「ビクッ!?」
大公が驚いて振り返ると、一郎が両手を叩いて満面の笑みで絶賛していた。
「いやぁ、素晴らしい! 素晴らしい打ち出し角度です、大公閣下! あの強烈な横風を完全に読み切り、あえて逆回転の魔法をかけて軌道を修正するとは! まさに神業! プロでもなかなか真似できない、百戦練磨の経験からくる究極の一打ですね!」
「お、おう……! わ、分かるか? そうなのだ、あの横風を読むのが難しくてな!」
大公の顔が、パッと赤く上気した。
一郎のヨイショは、ただの阿世のお世辞ではない。現場で培われた風読みの技術と、前世の営業時代に何百回と繰り返してきた「相手の承認欲求を完璧に満たすピンポイントな褒め言葉」の結晶なのだ。
「いやぁ、勉強になります! 次のホールも、ぜひ閣下の魔法の極意を間近で見学させてください!」
「う、うむ! よかろう! もっと近くで見るがいい!」
一郎のあまりにも気持ちのいい接待スキル(ヨイショ)に、マウントを取るはずだった大公の警戒心はあっという間に溶け、すっかり上機嫌になってしまった。
4.オッサンスキル炸裂と、物理のホールインワン
「ふんっ、お父様はお人好しすぎますわ。次はわたくしの番です!」
公爵令嬢セレスティアが、一郎を睨みつけながらティーグラウンドに立った。
「見なさい、土方風情! これがわたくしの『氷結・ショット』……!」
だが、セレスティアがクラブを振り下ろそうとした瞬間、一郎がスッと横から声をかけた。
「お嬢様、ちょっとお待ちを」
「な、なんですの!?」
「構え(フォーム)は美しいですが、重心が少し右に寄ってます。それだと、打った瞬間に球が左に曲がっちまう(フックする)か、手前の芝を叩いちまいますよ(ダフる)」
一郎は、三十歳の男盛りの色気を無自覚に垂れ流しながら、セレスティアの背後に回り込んだ。
そして、フォークリフトの教習の時のように、彼女の背後からスッと両手を伸ばし、彼女の細い腰とクラブを握る手に、自らの大きくて温かい手を重ねた。
「ひゃうっ!?」
背中にダイレクトに伝わる、分厚い大胸筋の感触。そして耳元で響く、低くて優しい男の声。
「スタンスは肩幅。膝を軽く曲げて、腰をしっかり落とす。で、クラブの重心を感じながら、力を抜いて……振り抜くんだ」
「あ、あああっ……! な、なんて強引な……でも、体が……っ」
顔を真っ赤にして固まるセレスティアをそのままに、一郎は彼女の腕を誘導してスイングさせた。
カァァァンッ!
ボールは魔法の力など一切借りず、純粋な物理法則と完璧なスイング軌道により、真っ直ぐにピンへと向かい、見事ピンそばにピタリと止まった。
「す、すごい……! わたくしの魔法より、ずっと正確に……!」
「な? 基本のフォーム(安全確認)さえしっかりしてれば、無駄な魔法なんて使わなくても球は真っ直ぐ飛ぶんだよ」
一郎が爽やかに笑って離れると、セレスティアはへたり込み、両手で火照った頬を押さえた。
(な、なんて逞しくて、頼りがいのある殿方……! 泥臭いなんてとんでもない、溢れ出る大人の色気と包容力に、わたくし、息が……っ!)
そして、ついに一郎の打番が来た。
「さて、俺も打たせてもらうかな」
一郎はゴルフ用のクラブを使わず、腰から神器「解体用聖杖」を引き抜いた。
「なっ、そんな短い鉄の棒で球を打つ気か!?」
驚く大公たちをよそに、一郎は三十歳の異常な膂力と、完璧なスイングフォームでバールを一閃させた。
ガキィィィンッ!!
すさまじい金属音と共に、ボールが音速を超えて空を切り裂く。
計算し尽くされたバックスピンと風読み。ボールは遙か彼方のグリーンに落下すると、ギュルルッと強烈なスピンでピンへと吸い寄せられ――カランッ、と見事カップインした。
「ホ、ホールインワンだとぉぉっ!?」
「魔法を一切使わず、ただの鉄の棒で……! な、なんという絶技!!」
完璧なヨイショによる気分向上と、圧倒的な実力(物理)の見せつけ。
この瞬間、隣国の貴族たちは一郎を「野蛮な土方」ではなく、「底知れぬ実力と極上の礼節を兼ね備えた、最高の紳士」として完全に心酔してしまったのである。
5.魔獣釣りのハプニングと、虜になる権力者たち
午後からは、場所を巨大な湖に移しての「魔獣釣りコンペ」となった。
「キャアアアアッ!!」
開始早々、セレスティアの釣り竿に、湖の主とも言える超巨大な水竜が食いついた。強烈な引きに、彼女の細い体が湖へと引きずり込まれそうになる。
「お、おのれ! 魔法が通じぬ! 誰か、セレスティアを助けよ!」
大公が叫ぶが、取り巻きの貴族たちは水竜の恐ろしさに足がすくんで動けない。
「危ねぇっ!」
その時、一郎が風のように駆け寄り、セレスティアの背後から彼女の身体ごと釣り竿をガッチリと抱きかかえた。
「い、一郎様っ……!」
「手を離すな! こういう重てぇモンを引っ張る時は、腕の力じゃなくて『腰の力』と『テコの原理』を使うんだ!」
一郎はセレスティアを背後から完全にホールドしたまま、グッと腰を落とし、彼女の耳元で叫んだ。
「いいか、タイミングを合わせろ! 竿の根元(奥)までしっかり握り込んで、腰にグッと力を入れろ! 一気に引くぞ!」
「お、奥まで……握り込んで、腰に……ひゃんっ!」
「せーのっ、オラァァァッ!!」
三十歳の最強ボディから放たれる圧倒的な膂力。
水柱を上げて、数十メートルはある巨大な水竜が湖から一本釣りの要領で空高く引きずり出され、そのまま岸辺へと叩きつけられた。
「はぁ、はぁ……っ。やったな、お嬢様!」
一郎がセレスティアを解放して爽やかに笑う。
「あ、あああ……っ」
セレスティアは、完全に腰を抜かしていた。ピンチを救われた吊り橋効果に加え、「背後からの密着ホールド」と「奥まで力を入れる」というパワーワードの連打に、彼女の純情は完全に陥落してしまったのだ。
「い、一郎様ぁっ……! わたくし、あなたの圧倒的なお力と大人の魅力に、完全に心を奪われてしまいました……! どうか、わたくしを一郎様の愛人(妾)として、王都へお連れくださいませっ!」
セレスティアが顔を真っ赤にして、一郎の腕にすがりつく。
「おおっ! 芝崎殿! 娘を助けてくれた上、これほどまでに素晴らしい人格者であったとは! これまでの非礼を詫びよう! 請求書の件は倍額にして喜んで支払うゆえ、どうか我が国の名誉卿として、インフラのすべてを任せたい!」
大公までもが、一郎の手を両手で握りしめて涙を流している。
6.定時退社と、嫉妬のキャットファイト
「いやぁ、今日の接待(営業)も大成功だったな! これで隣国のインフラ案件もウチの独占だ!」
夕暮れの魔法ゴルフ場。
大量の追加契約書と、名誉卿の称号(とセレスティアからの熱烈なラブレター)をバインダーに挟み、一郎はホクホク顔で白銀のパッカー車へと戻ってきた。
「ちょっと! 一郎様! その鼻の下を伸ばしているお手紙はなんですのっ!」
「また泥棒猫が増えたというのですか!? 許せませんっ!」
「わたくしたちというものがありながら、接待と称して隣国の女を誑かしに行くなんて、監査役として絶対に許しませんわよ!」
パッカー車の前で待機していたリリィ、セリア、エレノアの三人が、般若のような顔で詰め寄ってくる。
「おいおい、なんだよお前ら。これは立派な『営業活動』の成果だぞ。定時までにキッチリ仕事を取ってきたんだから、褒めてくれてもいいだろ?」
一郎は全く悪びれることなく、パッカー車の運転席へと飛び乗った。
「よし! 今日の業務はこれにて終了! 王都のマイホームに帰って、デカい風呂に入るぞ!」
「「「一郎様のバカァァァッ!!」」」
ヒロインたちの嫉妬の悲鳴を心地よいBGMとして聞き流しながら、パッカー車のエンジンが歓喜の咆哮を上げる。
魔法や権力など意に介さず、最強の「オッサンスキル」と「接待ロジック」で他国の中枢すら完全に虜にしてしまった芝崎一郎。
利益率100%のインフラビジネスは、国境を越え、ますます痛快無比なスローライフへと爆走を続けていくのであった。




