第035話:魔法土木省の介入と、政治的ダンピング
1.踏み倒された請求書と、本国の傲慢
王都のマイホーム兼・事業所の建設現場。
今日も朝からドワーフたちの小気味よい槌音が響く中、現場監督の芝崎一郎のもとへ、ギルド副マスターのセリアが血相を変えて駆け込んできた。
「一郎さまっ! 許せませんわ! 先日の隣領での『大崩落事故の救助・尻拭い費用』の請求の件ですが……隣国の本国上層部が、支払いを完全に突っぱねてきましたの!」
「なんだと?」
一郎は、コーヒー(に似た黒茶)を入れたマグカップを置き、眉をひそめた。
「現場の騎士団長は、確かにうちの請求書(国家予算の3倍)に泣いて同意したはずだろ」
「ええ! ですが、騎士団の上部組織である隣国の『魔法土木省』が、あの団長を『魔法の誇りを汚した恥晒し』として更迭したのです! そして、一郎さまのパッカー車や二号機の力を『ただの未開な物理の力業に過ぎない』と過小評価し、国家間の政治的圧力を盾に、支払いを保留にしてきましたわ!」
セリアは、怒りでギルドの制服の胸元を激しく上下させながら報告した。
「……なるほどな。現場の悲惨さを知らねぇ背広組が、書類の上だけで揉み消そうって腹か。どこの世界にも、現場に責任を押し付けて逃げるクソみたいな上層部がいるもんだな」
一郎は首に巻いたタオルをきゅっと締め直した。
正当な労働に対する未払い(踏み倒し)は、ブラック企業を何よりも憎む一郎にとって、絶対に許せないマナー違反である。
「それだけではありませんわ!」
セリアはさらに語気を強めた。
「彼ら魔法土木省のエリート技師団が、隣領との国境付近にそびえる『天空の魔塔』の解体案件を、強引に横取りしていきましたの! わたくしが独占受注で進めていた大型案件ですのに!」
「天空の魔塔の解体、だと?」
「はい。ダンジョン化して傾きかけている超巨大な塔です。彼らエリート技師団の長官・マキシムはこう豪語しております。『未開の重機などという時代遅れの土方仕事には任せられない。我が国の最新魔法理論で美しく解体してみせる。それができたら、あの不当な請求書は白紙にしてもらう』と!」
2.現場視察と、エリートたちの嘲笑
「……時代遅れの土方仕事ねぇ」
一郎の目が、スゥッと氷のように冷たく細められた。
「よし、お前ら。ちょっと国境まで『現場視察』に行くぞ。……いや、あの巨大な塔を重機も足場もなしに魔法だけでイジるなんて、どう考えても大崩落(労災)のフラグだ。親方! レオ! いつでも『災害救助と瓦礫の撤去』ができるように、二号機も出動させるぞ! フル装備でついてこい!」
数時間後。 国境付近にそびえ立つ、全長数百メートルにも及ぶ傾いた巨大建造物「天空の魔塔」の麓。そこに、地鳴りのようなエンジン音を轟かせ、白銀のパッカー車と超大型ダンプ兼クレーン車二号機が到着した。
現場には、豪華な純白のマントを羽織った数十人の魔法技師たちが、塔の周囲を取り囲むようにして巨大な魔法陣を描いていた。
彼らの陣頭指揮を執っているのが、魔法土木省の長官、マキシムである。
「ほう。あれが噂の『芝崎清掃』の鉄の塊か」
マキシムは、パッカー車から降り立った一郎の「蒼いツナギ姿」を見ると、見下すように鼻で笑った。
「油と泥の悪臭がここまで漂ってくるぞ。まったく、あんな原始的な機械と手作業に頼るなど、時代遅れにも程がある。我が国の騎士団長も、あんな土方風情に騙されるとはとんだ恥晒しだ」
「なっ……! 王家の特任監査役であるわたくしの前で、一郎様へのその不敬、許しませんわよ!」
ツナギ姿のエレノアが激怒して前に出ようとするが、一郎はスッと手で彼女を制した。
「やめとけエレノア。外交問題になる」
一郎はバールを肩に担ぎ、マキシムの現場を鋭い目で観察した。
「おい、アンタら。あの何万トンもある傾いた塔を解体するってのに、周囲に防護ネットも張らず、足場すら組んでねぇな。ヘルメットも被らずにそんなヒラヒラしたマントで現場をうろつくなんて、安全衛生法違反もいいとこだぞ」
「ふんっ。無知な土方はこれだから困る」
マキシムは扇子を広げ、勝ち誇ったように宣言した。
「我々が用いるのは、最新の『反重力解体陣』だ! この魔法陣で塔全体の重力をゼロにし、そのまま空中に浮かせて安全な場所へ移動させる。泥臭い重機も、危険な足場も一切不要! 我々は汗一滴流すことなく、優雅に巨大建築物を処理するのだ!」
3.不可抗力のエロスと、防波堤の構築
「反重力で、塔を丸ごと空中に浮かす、ねぇ」
一郎は呆れたようにため息をついた。
「おい、アンタ。以前うちの講習会で玉掛けの基本を教えたよな。デカいもんを吊り上げる(浮かせる)時は、重心の計算と、ワイヤーによる物理的な『固定』が絶対なんだよ。それを風の影響も読まずに魔法だけでプカプカ浮かせるなんて……ただの超巨大な『落下物』を作ってるだけじゃねぇか」
「黙れ土方! 貴様らはそこで、我々の美しき魔法の力に震え上がり、あの不当な請求書を破り捨てる準備でもしておくのだな!」
聞く耳を持たないマキシムたちに背を向け、一郎は自らの部下たちに振り返った。
「おい! レオ! 親方! あいつら、確実にヘマをして塔をこっちに倒してくるぞ! 二次災害を防ぐために、二号機のクレーンで極太のH鋼を打ち込み、パッカー車の魔力障壁と連動させた『防波堤』を組む! 急げ!」
「「「了解しました、現場監督殿!!」」」
一郎の的確な指示のもと、芝崎清掃のスタッフたちが一糸乱れぬ完璧な連携でバリケードの構築を開始する。
「一郎さまっ! 防波堤の資材の追加発注は、この副マスターのわたくしにすべてお任せを!」
怒りと夏の暑さで汗だくになったセリアが、ツナギのジッパーを胸元まで下ろし、豊満な谷間を強調しながら一郎の腕に抱き着く。汗で張り付いたインナーが、大人の女の魅力を極限まで透けさせている。
「泥棒猫は引っ込んでいなさい! わたくしは王家の予算で、さらに強固な魔法障壁の展開を許可しますわ!」
エレノアも、ツナギ姿で前傾姿勢になり、弾むような双丘を押し付けながらアピールする。
「い、一郎様っ! 二号機のクレーンで、極太の鉄骨を『奥まで深く』、激しく大地に打ち込む一郎様のテクニック……っ! ああっ、私まで下腹部が熱くなってまいりましたっ!」
特級聖女のリリィに至っては、重機の杭打ち作業を見ているだけで独自の卑猥な妄想を暴走させ、顔を真っ赤にして内股で身悶えしている。
「お前ら、アピールはいいからヘルメットの顎紐をしっかり締めろ! 事故が起きてからじゃ遅いんだぞ!」
色仕掛け(キャットファイト)を完全に安全指導としてスルーする一郎のブレないロジックが、緊迫した現場に不可抗力のラブコメ空間を生み出していた。
4.迫る大事故の足音と、カウントダウン
「はっはっは! 見よ! 我らが魔法土木省の力を!」
マキシム長官の号令とともに、『反重力解体陣』が起動した。
莫大な魔力が注ぎ込まれ、数万トンにも及ぶ「天空の魔塔」が、ズズズ……と音を立てて、本当に地面からフワリと宙に浮き上がったのだ。
「おおおおっ!!」
「浮いたぞ! やはり我々の魔法理論は完璧だ!」
魔法技師たちが歓喜の声を上げる。
物理法則を無視して空中に浮かぶ超巨大な塔。それは確かに、魔法の神秘を体現したかのような美しくも恐ろしい光景だった。
「どうだ、芝崎清掃! これが最新の魔法だ! 貴様らの油臭い重機など、足元にも及ぶまい!」
マキシムが勝ち誇ったように高笑いする。
だが、強固な防波堤の裏側で二号機の操縦席に座る一郎は、空に浮かぶ塔を見上げながら、極めて冷酷な、そしてプロとしての呆れを含んだ声で呟いた。
「……馬鹿が。空に浮かべた後の『風の影響』を計算してねぇな」
一郎は腕時計(魔法具)を確認し、上空の雲の流れを鋭く睨んだ。
「この国境付近は、昼過ぎから山間部特有の強烈な吹き下ろしの風(ビル風)が発生する。重心を物理的なアンカーで固定せずに、あんな不安定な塔を空中に浮かべたらどうなるか……ガキでも分かる理屈だろ」
一郎の言葉を裏付けるかのように。
ゴォォォォォォォッ!!
突如として、上空から猛烈な突風が吹き下ろしてきた。
「な、なんだこの風は!?」
「ちょ、長官! 反重力陣の魔力バランスが崩れます! 塔の重心が……傾いて……っ!」
「馬鹿者! 魔力を注ぎ込んで安定させろ!」
マキシムが血相を変えて叫ぶが、もう遅い。
数万トンの質量を持つ魔塔が、強風に煽られて空中でグラリと大きくバランスを崩し、その巨大な影が、マキシムたち魔法技師の頭上へと恐ろしい速度で傾き始めたのだ。
「あ、あああ……っ! た、倒れるぅぅぅっ!!」
自分たちを時代の最先端だと過信し、泥臭い安全基準を嘲笑したエリートたちの頭上に、最悪の物理法則(自滅)が降り注ごうとしている。
「総員、結界最大出力! 衝撃に備えろ!!」
一郎の怒号が響く。
マナーの悪い同業者の嫌がらせと傲慢の極致の末に、彼らが己の無知によって絶望の底へと叩き落とされる(大惨事の)秒読みが、今、完全にゼロになろうとしていた。




