第033話:資格取得と鬼教官
1.二号機のお披露目と、新たなる課題
「おおおっ……! こいつはすげぇ!!」
マイホーム兼巨大スーパー銭湯「芝崎湯」の広大な裏庭(資材置き場)。
そこに鎮座する巨大な鉄の塊を見上げ、現場監督の芝崎一郎は、少年のように目を輝かせて歓声を上げた。
魔王領の汚泥ダンジョンからお持ち帰りしてきた、全長五十メートルの超巨大な古代兵器の骨組み(シャーシ)。
ドワーフの親方たちが徹夜でハンマーを振るい、神聖な魔導金属で装甲を施して組み上げたそれは、現代の重機とファンタジーの魔導技術が完璧に融合した「二号機(超大型ダンプ兼クレーン車)」として、圧倒的な威容を誇っていた。
車体の上部には、数十トンの瓦礫を軽々と吊り上げる極太のクレーンアーム。後部には、魔城の瓦礫すら丸ごと飲み込めるほどの広大なダンプ式荷台。
「へへっ、どうだい旦那。装甲は純度100%の魔鋼鉄、動力は古代の魔力炉を改造したツインエンジンだ。どんな悪路だろうが、どんな巨大な瓦礫だろうが、こいつなら一網打尽にできるぜ!」
ドワーフの親方が、煤けた顔で誇らしげに親指を立てる。
「完璧だ、親方。パッカー車は圧縮と浄化に特化してるが、物理的にデカすぎる瓦礫や崩落現場の処理には、こういう純粋な『パワーと積載量』に特化した重機が必要だったんだ」
一郎は二号機の巨大なタイヤをポンと叩き、満足げに頷いた。
隣領のエリート清掃魔法騎士団が、安全基準を無視した手抜き工事を行っている。彼らが致命的な大崩落や有毒ガスのアウトブレイクを引き起こすのは時間の問題だ。その大規模災害を制圧するためには、この二号機の存在が不可欠だった。
「だがな……」
一郎は腕を組み、真剣な現場監督の顔になった。
「重機がデカくなればなるほど、ちょっとした操作ミスや連携のズレが、大事故(労災)に直結する。特にクレーン作業は、運転手一人じゃ絶対にできねぇ。下で荷物を引っ掛けて合図を送る『玉掛け』の技術が必須だ」
一郎は、広場に集まっていた従業員たち――孤児のレオをはじめとする仕分けスタッフたちと、三人のヒロイン(リリィ、セリア、エレノア)を振り返った。
「というわけで! 隣領への出動要請が来る前に、今日一日でみっちり『玉掛け・クレーン操作・危険物取扱』のスキル(資格)を叩き込む! 安全第一の特別講習会の始まりだ!」
2.玉掛け講習と、鬼教官の怒号
「いいか! 『玉掛け』ってのは、クレーンのフックに荷物を引っ掛けるだけの簡単な作業じゃねぇ! 荷物の重心を見極め、ワイヤーの角度を60度以内に保ち、絶対に荷物が崩れないように縛り上げる、命に関わる専門技術だ!」
広場の中央に木箱(仮想の瓦礫)を積み上げ、一郎の熱血指導が始まった。
普段は「定時退社」を愛し、従業員たちに温かいスープや福利厚生を提供する優しいオッサン。
しかし、命に関わる「現場の安全」が絡んだ瞬間、芝崎一郎は容赦のない「鬼教官」へと変貌する。
「レオ! ワイヤーの点検が甘い! キンク(よじれ)や素線切れがあるワイヤーを使えば、吊り上げた瞬間に切れて大惨事になるぞ! 目視と触手でキッチリ確認しろ!」
「は、はいっ! 現場監督殿!」
「ワイヤーを掛ける時は、必ず荷物の重心の真上にフックが来るようにしろ! ズレてりゃ吊り上げた瞬間に荷物が振れて、下敷きになるぞ! 指差し呼称を忘れるな!」
「じ、重心ヨシ! フック位置ヨシ!」
厳しい怒号が飛ぶ中、元奴隷の少年たちは必死に食らいついていた。
これまで、彼らに鞭を打っていた大人たちは「早くやれ」「失敗したら殺すぞ」としか言わなかった。
だが、一郎の怒号は全く違う。
「なぜ危険なのか」「どうすれば安全なのか」を徹底的なロジックで叩き込み、彼らの命を何よりも重く扱ってくれているのだ。
(現場監督殿は、僕たちをただの道具じゃなく、プロの仕事人として育ててくれようとしている……!)
レオの目に、熱い忠誠の炎が燃え上がる。
3.不可抗力のエロスと、有能(?)マウント合戦
一方、この講習会に「第一助手の座(正妻アピール)」を懸けて参戦していたヒロイン三人も、必死にワイヤーと格闘していた。
だが、夏の容赦ない日差しと、慣れない重労働。
健康診断のナース服から「芝崎清掃の蒼いツナギ」に着替えていた彼女たちだったが、その着こなしはすでに限界を迎えていた。
「ふぅ……あ、暑いですわね……っ」
ギルド副マスターのセリアが、ツナギのフロントジッパーを胸の谷間のギリギリまで下ろし、手でパタパタと風を送る。
汗で肌に張り付いたタンクトップ越しに、豊満な双丘が激しく上下に揺れ、むせ返るような大人の女の香りが漂う。
「セリアさん! 現場で肌を露出するのは労働安全衛生法違反ですわよ! ……ああっ、でもワイヤーが重くて、腕がプルプルしますわ……っ」
王女エレノアも、ヘルメットの下で金糸の髪を汗で濡らし、息を荒くしている。彼女のツナギは汗で透けかけ、その下に着込んでいる極秘監査用(?)の際どい紅いシルクの下着のラインが、うっすらと浮き彫りになっていた。
「い、一郎様っ! 私の玉掛け、見てくださいっ! ワイヤーでしっかりと、荷物を縛り上げましたっ!」
特級聖女リリィが、顔を真っ赤にしてアピールしてくる。
一郎が近づいて確認すると、リリィの縛り方は、荷物(木箱)に対して無駄にワイヤーが複雑に絡み合い、なぜか亀甲縛りのようなエロティックな結び目になっていた。
「おいリリィ、なんだこの結び方は。ワイヤーが交差してると、そこに荷重がかかって断裂の原因になるだろ。もっとシンプルに、絞り吊りでピシッと締めろ」
「は、はいぃっ! も、もっときつく、強く締め上げるのですね……っ!」
「そうだ。ワイヤーをフックの『奥まで深く』引っ掛けて、抜けないようにロックしろ。中途半端な挿入は事故の元だぞ」
「お、奥まで深く、引っ掛けて……絶対に、抜けないように……っ! ひゃんっ!」
またしても、一郎の真面目な現場指導の単語が、リリィの脳内で卑猥な意味に変換されていく。
「ちょ、ちょっと一郎さま! わたくしにもご指導をお願いしますわ!」
セリアが豊満な胸を一郎の腕に押し付けながら、クレーンの操作レバーを一緒に握らせようとする。
「クレーンは繊細な操作が命だ。レバーを急に引くんじゃねぇ、優しく、じわっとだ。……おい、汗で手が滑るぞ。ちゃんとタオルで拭け!」
「ああっ、一郎さまの手が、わたくしの手を優しく、じわっと……! 汗で滑るくらい、激しく……っ!」
「わ、わたくしも! 王家の力で、一気に巻き上げますわよ!」
「バカ野郎エレノア! 地切り(荷物が地面から離れる瞬間)は一旦止めて、安全確認するのが鉄則だ! 勢いよくイクな!」
「い、勢いよくイクな……っ!? い、一郎様ったら、大勢の前でなんて破廉恥なご指導を……っ!」
三十歳の男盛りのフェロモン全開で密着指導を行う鬼教官と、真昼間の建設現場で発情と勘違いを限界突破させる極上美女たち。
健全な安全教育の場は、汗と熱気とアンジャッシュ・コメディが入り混じる、不可抗力の空間と化していた。
4.鬼教官の真意と、限界突破の忠誠心
そんなドタバタの中、実技講習の最終テストが行われていた。
レオが二号機のクレーンに合図を送り、数トンはある巨大な鉄骨を吊り上げる作業だ。
だが、連日の訓練の疲労からか、レオの玉掛けのワイヤーの位置が、ほんの数センチだけ重心からズレてしまっていた。
「地切りヨシ! 巻き上げ……!」
レオが合図を出し、クレーンが鉄骨を持ち上げた瞬間。
ギギッ……! バツンッ!
重心のズレにより鉄骨が空中で大きく傾き、片方のワイヤーが滑って外れてしまったのだ。
数トンの鉄骨が、真下にいたレオの頭上へ向かって、恐ろしい速度で落下していく。
「レオ君っ!!」
リリィが悲鳴を上げた。結界を張る暇もない。
死を覚悟し、目を閉じたレオ。
だが、その鉄骨が彼を押し潰すことはなかった。
ガキィィィィンッッ!!!
凄まじい金属の激突音が響き渡る。
目にも止まらぬ速さでレオの前に飛び込んだ一郎が、腰から抜いた「解体用聖杖」をフルスイングし、落下してくる数トンの鉄骨の側面を、強烈な打撃で横へと弾き飛ばしたのだ。
ズズズンッ! と、鉄骨がレオから数メートル離れた安全な地面に落下し、土煙を上げる。
三十歳の最強の肉体と、女神の加護がなければ、バールごと両腕がへし折られていたであろう芸当だ。
「……っ!」
静まり返る現場。
レオはへたり込み、ガタガタと震えていた。
一郎はバールを下ろし、ゆっくりとレオの前に歩み寄った。
その顔は、これまでで一番恐ろしく、そして悲痛な「鬼」の顔をしていた。
「……何回言ったら分かる。重心の確認を怠るなと言っただろうが!」
一郎の怒号が、王都の空気を震わせた。
「たった数センチの確認不足が、お前自身の命を奪うんだぞ! 俺が間に合わなかったらどうする気だった! お前の代わりなんて、この現場のどこを探してもいねぇんだよ!」
「げ、現場監督殿……っ、僕……、僕は……っ」
レオの目から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちる。
一郎はため息をつき、ひざまずいて、震えるレオの肩を両手でガッチリと掴んだ。
「……いいか、レオ。なぜ俺がこんなに怒るか分かるか」
一郎の声が、不意に優しく、温かいものに変わった。
「俺はな、お前らに死んでほしくないんだよ。俺の事業所(現場)で働く奴らには、絶対に怪我なんかさせねぇ。全員が安全に働き、定時で笑って美味い飯を食い、温かい風呂に入る。その当たり前の日常を守るために、俺は『安全確認』を厳しく叩き込んでるんだ」
その言葉に、現場の職人たちも、ヒロインたちも、息を呑んだ。
世界の危機を救うとか、巨万の富を得るとか、そんな大義名分ではない。
ただ目の前にいる仲間たちを、家族を、何があっても無事に家に帰す。その絶対的な責任感と愛情こそが、芝崎一郎という男の強さの根源なのだ。
「……はいっ! 現場監督殿……っ! 僕、もう二度と、絶対に確認を怠りません! 安全第一で、みんなを守れる立派な男になります!」
レオはボロボロと泣きながら、深々と頭を下げた。
「(あ、ああ……っ! なんて大きく、温かいお方……! 私たちの命を、誰よりも重く、大切に扱ってくださる……!)」
リリィ、セリア、エレノアの三人も、その目から感動の涙を溢れさせていた。
権力も魔法も関係ない。この不器用で優しすぎる鬼教官の背中に、彼女たちの忠誠心と愛情は、完全に限界を突破して永遠のものとなったのだ。
5.出撃の狼煙と、初陣への出動
「よし! これで実技講習はすべて終了だ! 全員、合格(スキル付与)とする!」
一郎がニッと笑って宣言すると、全員の視界に「システムメッセージ:玉掛け・クレーン操作・危険物取扱スキルを獲得しました」という通知が輝いた。
「「「やったーっ!! ありがとうございます、現場監督殿!!」」」
歓喜の声が上がる。
だが、その平和な余韻を切り裂くように、セリアの腰につけられたギルドの通信魔導具が、けたたましい警告音を鳴らし始めた。
「こ、これは……ギルド本部からの緊急通信!?」
セリアが通信を受け、その顔色が一瞬にして蒼白になる。
「い、一郎さまっ! 大変です! 隣領の『超巨大魔城の解体現場』で……不当に案件を横取りしたエリート魔法騎士団が、安全確認を怠った結果、未知の有毒ガス溜まりを掘り当ててしまい、大崩落を引き起こしたそうです! 騎士団は全滅の危機、有毒な瘴気が隣領の街を飲み込もうとしていますっ!」
ついに、安全基準を無視したブラック企業(エリート騎士団)のツケが、最悪の形で爆発したのだ。
「……来たか」
一郎は首のタオルをきゅっと締め直し、ヘルメットを目深に被った。
「マニュアルと魔法だけを過信して、現場の安全を舐めた連中の末路だ。……だが、街の住民に罪はねぇ」
一郎は振り返り、巨大な白銀の「二号機」と「パッカー車」を見上げた。
そして、資格を取得し、顔つきがプロのそれへと変わった部下たちと、三人のヒロインたちに向かって、力強く拳を突き上げた。
「よし、お前ら! 資格は取れたな! これより、俺たち芝崎清掃の『インフラ災害救助隊』として、初陣(出動)だ!」
「「「はいっ!! 現場監督殿!!」」」
「二号機の運転は親方に頼む! 二号機で巨大な瓦礫をクレーンでどかし、パッカー車で有毒ガスと瘴気をバキュームで吸い尽くす! インテリ気取りのブラック企業に、泥臭いプロの現場力を見せつけてやるぞ!」
ドゴォォォォォォンッ!!!
ズガァァァァァァンッ!!!
パッカー車と二号機の、二台の規格外の神聖魔導エンジンが同時に咆哮を上げる。
圧倒的な重機の力と、ブレないブルーカラーの安全ロジック。
王都の平和を守り抜くため、最強のインフラ部隊が、大災害の待つ隣領へと出撃の狼煙を上げた!




