第032話:産業医の健康診断とナース服
1.視察からの帰還と、健康第一の原則
隣領のエリート清掃魔法騎士団が手掛ける現場への「抜き打ち視察」から、白銀のパッカー車が王都の事業所へと帰還した翌朝。
マイホーム兼巨大スーパー銭湯「芝崎湯」の広場には、早朝から数百人の従業員たちが整列していた。
「いいか、お前ら! 昨日の隣領の視察で、エリート魔法騎士団とやらの現場を見てきたが……あいつらの仕事は最悪だ」
朝礼台に立つ現場監督・芝崎一郎は、メガホン片手に厳しい表情で語りかけた。
「親切心で『その足場と防塵マスクなしの作業は労災(死)に直結するぞ』と警告してやったのに、奴らときたら『時代遅れの土方は引っ込んでろ、魔法の盾があれば無敵だ』と笑って俺たちを追い返しやがった。……あんな手抜き工事をしてれば、いずれ必ず大規模な崩落や有毒ガスの暴発が起きるぞ」
「「「…………っ!」」」
安全第一を叩き込まれている芝崎清掃の従業員たちは、同業者のあまりの安全軽視に息を呑み、眉をひそめた。
「……だが、他所の現場の尻拭いをするにしても、まずは俺たち自身の『健康』が第一だ」
一郎は首に巻いたタオルを締め直し、従業員たちを見渡した。
「どんなに立派な重機があっても、それを操る労働者の身体が資本だ。というわけで今日は、ギルドから神官を『産業医』として招いて、全従業員の定期健康診断を実施する!」
「「「おおおっ!!」」」
ドワーフたちや孤児の子供たちから、歓声が上がる。奴隷や下層労働者にとって、高位の神官から無料で健康状態を診てもらえるなど、王侯貴族にしか許されない究極の福利厚生であった。
「……ふぅ。お説教も終わったようね」
「便所掃除と草むしり、本当に死ぬかと思いましたわ……」
広場の隅では、昨日一郎から「逆労働監査」のペナルティを食らい、敷地内の便所掃除と草むしりをやり遂げたギルド副マスターのセリアと、特任監査役のエレノアが、疲労困憊でへたり込んでいた。
だが、その横にはもう一人、燃え尽きたように座り込んでいる少女がいた。
二人きりの出張旅行を勝ち取り、意気揚々と出発したはずの特級聖女リリィである。彼女は真っ白に燃え尽きた顔で、目の下には真っ黒なクマを作っていた。
(……一郎様ったら、昨日の現場視察が終わったら「よし、日帰り(トンボ返り)で帰るぞ!」だなんて。私、帰りのキャンピングカーの中でずっと「夜の混浴展開」をドキドキして待機していたのに……王都に着いたら「よし解散! しっかり寝ろよ!」で終わってしまいましたわ……っ)
日帰り出張というブルーカラーの非情なスケジュールの前に、彼女の甘い車中泊の妄想は見事に打ち砕かれていたのだ。
そんな三人の前に、一郎が歩み寄る。
「おう、二人とも。ペナルティの掃除、ご苦労だったな。便所、ピカピカになってたぞ」
「い、一郎さま……っ!」
一切のえこひいきなく罰を与え、しかし仕事が終わればキッチリと評価して労う。その百戦練磨の現場監督の懐の深さに、セリアとエレノアは不覚にもキュンと胸をときめかせてしまった。
「罰はこれで終わりだ。お前らもギルドと王宮の激務で疲れてるだろ。それにリリィ、お前も昨日は長旅で疲れた顔してるな。しっかり健康診断を受けていけよ」
「はいっ! 一郎さま!」
2.白衣の天使(ナース服)と不可抗力のエロス
数十分後。
事業所の母屋に設けられた「臨時医務室」には、冒険者ギルドから派遣されてきた白髭の高位神官(産業医)が、魔法の水晶玉を前に待機していた。
そして、その医務室に足を踏み入れた一郎の目に、信じられない光景が飛び込んできた。
「い、一郎様っ! 本日は健康診断の『助手』として、私たちが精一杯サポートさせていただきますっ!」
「「「…………」」」
一郎は絶句した。
そこに並んでいた特級聖女リリィ、副マスターのセリア、そして第二王女エレノアの三人が身に纏っていたのは、いつものツナギや法衣ではない。
なんと、前世の記憶から一郎が何気なく語った「病院の看護師の制服」という概念を、セリアがギルドの特注ルートで勝手に再現・発注したという『極薄のナース服』だったのだ。
「物流網を駆使して、王都最高の絹で仕立てさせましたのよ。いかがですか、一郎さま?」
セリアが着ているのは、胸のボタンがはち切れんばかりにパツンパツンになった、タイトスカート仕様のナース服だ。
「わ、私だって! 白衣の天使として、一郎様の健康を隅々までお守りします!」
リリィのナース服は純白で清楚なデザインだが、スカートの丈が明らかに短すぎ、少し動くだけで白く滑らかな太ももが露わになってしまう。
「か、監査役たるわたくしは、特別仕様ですわよ!」
エレノアに至っては、なぜかナース服の下に黒いガーターベルトと網タイツを着用し、完全に夜の病棟の装いであった。
さらに悪いことに、彼女たちは朝から大量の医療器具(ポーションや魔法包帯)の搬入を手伝っていたため、全員がうっすらと汗をかいていた。
極上の絹で作られたナース服が汗で肌にピタリと張り付き、豊かな胸の谷間や、下着のレースのラインが完全に透け透けになっている。
純粋なお仕事の汗が、結果として男の理性を限界まで試す「不可抗力のR15シチュエーション」を生み出してしまっていたのだ。
「お前ら……っ! なんだそのふざけた格好は!」
一郎の怒号が医務室に響き渡った。
「現場の医療スタッフの服ってのはな、緊急時に走れるようにパンツスタイル(スラックス)が基本だろ! そんな短いスカートやヒールで、患者が倒れた時に機敏に動けるのか! 完全な『安全衛生法違反』だぞ!」
極限まで色気をアピールしたはずが、またしても「実用性と安全基準」で真っ向から怒られてしまう三人。
「ひ、ひぃぃっ! も、申し訳ございませんっ!」
「で、でも、もう着替える時間がありませんわ!」
「チッ、仕方ねぇ。今日だけはその格好で我慢してやるが、絶対に足元に気をつけて動けよ! 労災起こしたらただじゃおかねぇからな!」
一郎のブレないお仕事ロジックの前に、ヒロインたちの色仕掛けはまたもや空振りに終わり、彼女たちは涙目になりながら真面目に健康診断の問診票を配り始めた。
3.測定される最強肉体(オールMAX)
ドワーフたちや孤児の子供たちの健診は、極めて順調だった。
「おお……信じられん。過酷な肉体労働をしているはずの職人や、元奴隷の子供たちに、栄養失調や腰痛が一切見られない! むしろ魔力回路が異常なほど活性化している!」
産業医の神官が、水晶玉を見つめながら驚愕の声を上げた。
それもそのはず、彼らは毎日定時で上がり、ダンジョンコアで沸かした『芝崎湯』の奇跡のお湯に浸かり、栄養満点のドカ弁を食っているのだ。王族よりも健康的な生活を送っているのである。
「よし、従業員全員、異常なし(ゼロ疾患)だな。……じゃあ、最後に俺の番だ。先生、よろしく頼む」
一郎はナース服姿のリリィから問診票を受け取ると、神官の前に置かれた「高位ステータス測定水晶」の上に、ゴツゴツとした手を置いた。
「はい、現場監督殿ですね。では、魔力を流して身体年齢、筋力密度、疲労度、そして瘴気耐性を測定しま……」
神官が水晶に魔力を注ぎ込んだ、その瞬間。
『――カッ!!!!』
医務室全体を白飛びさせるほどの、凄まじい極光が水晶玉から放たれた。
「なっ、なんだっ!?」
「ひぃぃぃっ! 水晶玉が、計測限界を超えてひび割れておりますっ!?」
神官は腰を抜かし、震える指で空中に浮かび上がった魔法の数値を指差した。
「ば、馬鹿な……っ! 魂の深さは数十年もの年輪を感じさせるのに、肉体年齢は完璧にピークを維持した『ジャスト30歳』!? そして、筋繊維の密度、疲労回復力、瘴気に対する完全免疫……すべてのステータスが測定不能の『オールMAX(異常値)』だ!!」
神官の絶叫に、ナース服姿の三人の美女が息を呑んだ。
「(す、すべてのステータスがMAX……っ! これだけの激務と瘴気渦巻く現場をこなしながら、そのお身体は神話の戦神のように完璧な状態を維持しておられるというの……!?)」
エレノアが、ガーターベルト越しの太ももを震わせる。
「(ああっ、なんという極上の遺伝子……っ! 一郎様のその強靭無比な『30歳の最強ボディ』に種付けされれば、間違いなく世界を統べる最強の跡継ぎが生まれますわ……っ!)」
セリアとリリィも、完全にメスとしての本能(欲情)を刺激され、潤んだ熱い瞳で一郎の分厚い胸板を食い入るように見つめた。
4.バリウムの憂鬱と、次なる出動への備え
医務室の空気が、驚愕とエロティックな熱気で支配される中。
当の本人である芝崎一郎(精神年齢47歳)は、一人だけ全く別のベクトルで「深刻な顔」をしていた。
「……やっぱりか。オールMAX(異常値)なんて、とんでもねぇ数字が出ちまったな」
一郎は重いため息をつき、頭を抱えた。
「最近、どうも身体の調子がおかしいと思ってたんだよ。数字が振り切れてるってことは、悪玉コレステロールか、尿酸値が限界突破してるってことだろ? 前世で現場の付き合いで飲みすぎたツケが、異世界に来てから一気に出やがったんだ」
「えっ……? コレス、テロール……?」
ポカンとする神官とヒロインたちをよそに、一郎は四十七歳特有のリアルな健康の悩みをこぼし始めた。
「それに先生。最近、胃の検査で飲む『バリウム』がキツくてよ。あんな重てぇもん飲むと、後で腹が張って仕事に集中できねぇんだ。パッカー車の運転で座りっぱなしだと、腰にもくるしな。悪いが、なんかよく効く胃薬と湿布を処方してくれねぇか?」
「「「…………は?」」」
神官の頭は完全にショートした。
「ば、ばりうむ……!? それはもしや、胃壁を猛毒から守るために、錬金術で精製した『液状の重金属』を直接飲み込んでいるとでも言うのですかっ!?」
「ええっ!? 一郎様、いくら現場の毒を防ぐためとはいえ、自らの体内に金属を流し込むなんて、あまりにもストイックすぎますわ!」
「重機を操るために、そこまでご自身を酷使しておられるなんて……っ!」
「バリウム」という現代日本の健康診断の風物詩が、異世界の人間たちには「自らの胃を金属コーティングする狂気の防御儀式」として盛大に勘違い変換されてしまったのだ。
「(……なんだ? オッサンの胃もたれの愚痴を言っただけなのに、なんでこいつら泣きそうになってんだ?)」
話が通じないことに首を傾げつつも、一郎は問診票に「異常なし(要・胃薬)」と書き込んで立ち上がった。
「まあいい。とにかく、従業員全員が健康で、俺もバリウムさえ気をつければまだまだ現場で働けるってことが分かった。健康第一、これで安心して仕事に集中できるぜ」
一郎が爽やかに笑った、その時だった。
「旦那(現場監督)ォ!!」
医務室のドアをバンッと開けて、ドワーフの親方が血相を変えて飛び込んできた。
「頼まれてた古代兵器の魔改造、ついに組み上がったぜ! 超大型ダンプ兼クレーン車の『二号機』だ!!」
「おおっ! ついに完成したか!」
一郎の目が、少年のようにキラキラと輝いた。
エリート魔法騎士団が隣領で安全基準を無視した手抜き工事を行っている。彼らが致命的な大事故を引き起こすのは、もはや時間の問題だ。
「先生! 健康診断ありがとな! 胃薬は後で貰いに行く!」
一郎は白衣の天使たち(ナース服の美女三人)を振り返り、不敵な笑みを浮かべた。
「よし、お前ら! 全員の健康状態はバッチリだ! 最高の『二号機』も完成した! 隣領のインテリどもがヘマをやらかして泣きついてきたら、いつでも全員で出動できるように、重機の点検と出発の準備をしておけ!」
「「「はいっ!! 現場監督殿!!」」」
ナース服を翻し、一糸乱れぬ敬礼を返すヒロインたち。
オールMAXの最強肉体を持つおっさん清掃員と、新たな重機(二号機)。
そして彼を慕う愛すべき仲間たちは、来るべきエリート騎士団への「究極の安全指導」に向けて、万全の態勢でその時を待つのであった。




