第003話:新型パッカー車の説明と一郎の能力とは
「それでは一郎様、あなたの『新しい現場』に必要な、唯一無二の相棒です。後ろを振り返ってみてください。」
白亜の空間で、女神は優しく微笑みながら、その白美な手を天へと掲げた。
その瞬間、空間を揺らすような重低音が響き渡る。
――『ドゥルルルルル、ドュルルルル……』
その音を聞いた瞬間、芝崎一郎の身体に電気が走った。
47年の人生のうち、半分以上の時間を共に過ごしてきた、決して聴き間違えるはずのないエンジン音。爆発事故の瞬間まで、自分の耳に馴染んでいた愛車のアイドリング音だった。
後ろを振り返った一郎は、その「相棒」の細部を見て改めて驚く。
「おいおい……マジかよ」
一郎はあぐらをかいていた足をほどき、のそりと立ち上がった。その目は驚きと、そして隠しきれない興奮で大きく見開かれていた。
そこに佇んでいたのは、一郎が何年も運転してきた、あの2トンのプレス式パッカー車(塵芥車)だった。
しかし、その姿は劇的に変貌を遂げていた。
かつては泥汚れや細かい凹みが刻まれていた白い車体は、鏡のように磨き上げられ、神聖な魔力を帯びた「白銀の装甲板」で覆われている。フロントグリルは強固な合金製バンパーに補強され、まるで魔獣の突撃すら跳ね返しそうな重厚感を醸し出していた。
だが、最も変わったのは細部の意匠だ。
キャビンの側面には、見慣れた『有限会社 芝崎清掃』の文字が、なぜか黄金の神聖文字のような輝きを放ちながら刻まれている。
「これ、本当にうちのパッカー車か……?」
一郎が吸い寄せられるように歩み寄り、冷たい鉄のフロントフェンダーに触れた。
その瞬間、車体がまるで「おかえりなさい」とでも言うように、低く心地よいエンジン音を一段と高く響かせた。
神の奇跡によって新生してもなお、この車両の根底にあるのは、あの爆発事故の中で一郎と運命を共にした相棒の魂そのものだった。
「はい」
女神は誇らしげに胸を張った。
「あなたの魂と共に私の領域へ漂着したあの車両に、私の神聖魔術を惜しみなく注ぎ込みました。名付けて――『対ダンジョン専用環境浄化重機・芝崎清掃カスタム』です」
「環境浄化重機、ねぇ。名前は大層だが、機能はどうなってんだ? 見かけ倒しじゃ現場じゃ使えねぇぞ」
「ふふ、ご心配なく。そのために、あなた自身にも特別な『管理権限』を付与しました。一郎様、ご自身の胸元に手を当て、心の中で『システム起動』と唱えてみてください」
一郎は言われた通り、作業服の胸ポケットに手を当て、念じた。
(システム、起動)
ピピィ、と脳内に電子音が響くと同時に、一郎の視界に半透明の淡いブルーに輝く『ステータス画面』が浮かび上がった。
なろう小説などでよく見る「ステータス画面」だ。しかし、そこに書かれていた内容は、およそ勇者や賢者のものとはかけ離れていた。
【芝崎一郎:ダンジョン環境浄化監督官】
個人ステータス: 一般人(加護:『神聖なる病気・毒・瘴気無効』)
保有スキル: 『分別眼(ごみの属性を瞬時に識別する)』『現場指揮(助手への指示効率向上)』
装備: 『芝崎清掃の蒼い作業服(物理・魔法防御力:中)』
【対ダンジョン専用環境浄化重機・芝崎清掃カスタム】
車両耐久値:100% / 100%(魔力障壁常時展開)
魔力燃料レベル:100% / 100%(ゴミの圧縮時に発生する熱エネルギーを魔力に変換し、自己充電するマルチハイブリッドエンジン)
四次元積載量(アイテムボックス機能):0.0% / ∞(基本容量は無限ですが、安全管理上、一度に圧縮保持できる『一時保留域』にはダンジョン深度に応じた制限があります)
主要機能:
『次元圧殺結界』: 投入された廃棄物を超高圧の油圧プレスで物理的・魔術的に粉砕。呪いや穢れ、アンデッドの再生力を分子レベルで完全消滅させる。
『因果の峻別』: プレス時に、無価値なチリと、有用な資源(高純度魔石、希少金属など)を自動選別し、後部の「資源排出口」からクリーンに排出する。
「……なんだ、このステータスは。俺自身の戦闘力は完全に一般人のままだな」
「ええ。一郎様が直接モンスターと剣を交える必要はありませんから。そのパッカー車こそが、あなたの最強の武器であり、防具なのです」
女神の説明を聞きながら、一郎はステータス画面をスクロールした。
画面の奥には、まだ暗くロックされている『アップグレードツリー』が存在していた。
【アンロック可能機能】
『有毒瘴気吸引フィルター』(必要実績:ゴミ回収累計1トン)
『高圧温水スプレー洗車機(対不死者特効呪文:ピュリファイウォーター仕様)』(必要実績:ごみ回収累計5トン)
『超油圧プレスブースト』(必要実績:ボス級廃棄物処理1体)
「なるほどな。仕事の実績を上げれば上げるほど、相棒がパワーアップして、より危険な現場に対応できるようになるってわけか。お仕事の現場で機材投資をする感覚と同じだな」
一郎は納得したようにうなずき、パッカー車をぐるりと回り込んで、運転席のドアを開けた。
車内は、あの懐かしいシートの匂いと、少し色褪せたダッシュボードがそのまま残っていた。しかし、メーター類は魔力の残量やアイテムボックスの容量を示す不思議な文字盤に置き換わっている。
そして、一郎は助手席のドアポケットに、見慣れた「ある道具」が突き刺さっているのを見つけた。
「おっ、こいつも無事だったか」
一郎が引き抜いたのは、長さ60センチメートルほどの、炭素鋼製の無骨な鉄のバールだった。
不法投棄された家具を壊したり、固まったごみを引っ張り出したりする、清掃員の必須アイテムだ。
「あっ、それは……!」
女神が少し引きつった声を出す。
「あなたの魂と共に転移したあのバールにも、私の加護が宿ってしまいました。いかなる魔鉄より頑丈で、呪いすら叩き割る『解体用聖杖』へと変貌しています。……できれば、戦闘はパッカー車で行っていただきたいのですが」
「馬鹿言うな。現場ってのはな、車が入れねぇ狭い路地や、機械じゃ掴めねぇ細かいゴミが山ほどあるんだ。そういう時に、このバールがどれだけ役に立つか。こいつは俺の右腕だよ」
一郎は慣れた手つきでバールを片手で回し、その重みを確かめた。
手袋越しに伝わる、ずっしりとした金属の質感。神の加護がついたとはいえ、使い慣れた重心は変わっていない。これがあれば、どんな頑固な粗大ゴミ(あるいは魔物)が来ても、物理的に解体できる自信があった。
「よし。一通り機能はわかった。だが女神様、動かし方もわからねぇまま本番ってのは、事故の元だ。まずはここで、試運転をさせてくれ」
「テスト、ですか?」
「ああ。実際にゴミをプレスして、どういう風に資源になるのか、この目で確かめておきたい」
「分かりました。では、私の力で、実際のダンジョンにある典型的な『ゴミ』をここに再現しましょう」
女神がそっと指先を鳴らすと、一郎の数メートル手前の大理石の床に、二つの不気味な物体が出現した。
一つは、禍々しい赤黒いオーラを放ち、全体が赤錆びてボロボロになった、巨大な大剣。
「それは、ダンジョン中層に不法投棄され、周囲の魔力を吸って呪いを発するようになった『呪縛の魔剣』です。普通の人間が触れれば、精神を汚染されて狂い死にます」
もう一つは、ドロドロとした緑色の粘液の塊で、中央に怪しく光るコアが浮かんでいる。
「こちらは、ダンジョンのゴミ溜めで発生する、有毒廃棄物を捕食して巨大化した『有毒デモンスライムの不法投棄核』です。強力な酸を含み、大地を汚染する厄介な有機廃棄物ですね」
どちらも、普通の冒険者ギルドが総出で処理に当たるような危険極まりない代物だ。
しかし、一郎の目は違った。
「なるほど、不燃ゴミ(鉄くず)と、可燃ゴミ(生ゴミ)だな。よし、分別開始だ」
一郎はステータス画面の『分別眼』を起動した。
すると、彼の視界の中で、呪縛の魔剣が『不燃:危険物』として青く光り、スライムの核が『可燃:要処理』として赤く発光した。
「よし、相棒、エンジン始動だ」
一郎は運転席に入り、魔力キーを回した。
『――キィィィン、ドォォォォォ!』
静かで、しかし地響きのような強力な魔力エンジンが目を覚ます。
マフラーからは排気ガスではなく、浄化された、ほのかに花の香りがする清浄な風が吹き出した。
一郎はキャビンから飛び降りると、バールを構えて『呪縛の魔剣』に歩み寄った。
魔剣は一郎を呪おうと、ジジジと赤い電撃のような呪気を放つ。
「ルール違反の不法投棄が、偉そうに威嚇してんじゃねぇよ」
ジジジと呪気を放つ魔剣に対し、一郎はバールのフックを柄に引っ掛ける。『結界ごとホッパーに放り込んでやる。あとはプレスの仕事だ』。
『よっと……』。重い魔剣をバールで掬い上げてホッパーに放り込む。
(ん? 変だな。いつもならこの高さまで重いゴミを持ち上げると、腰にピリッと嫌な痛みが走るはずだが……。まあ、一度死んで魂だけの状態だから、腰痛も感じねぇのか。こりゃ作業が捗っていいや)
ホッパーに投げ込まれた魔剣の呪いは、数十トンの『次元圧殺結界(油圧プレス)』の前になす術なく圧壊した。
続いて、泥のようにのたうつ『デモンスライムの核』だ。
スライムは酸の触手を伸ばして一郎の作業服に絡みつこうとしたが、作業服が放つ蒼い加護の障壁に弾かれ、じゅうじゅうと音を立てて蒸発していく。
「おっと、生ゴミの汁が跳ねると汚れるな。一気にいくぞ」
一郎はスライムの核をバールで掬い上げ、そのままホッパーの中へ豪快に投げ入れた。
「よし、分別回収完了。これより、巻き込みプレスを開始する!」
パッカー車側面のコントロールパネルに手をかけ、一郎は『プレス』の赤いボタンを強く押し込んだ。
――『ブゥゥゥン! ギギギギギギ!』
強烈な油圧ポンプの駆動音。
投入口の奥から、白銀の神聖装甲で作られた、分厚い「スライド板」と「回転板」が動き出した。
『次元圧殺結界』の起動だ。
回転板が、のたうつスライムの核と、呪いの魔剣を一まとめに掴み、荷箱の奥へと押し込んでいく。
魔剣がキリキリと不快な金属音を立てて抵抗し、スライムが最後の大暴れを試みるが――。
『――メキメキ、バキバキバキバキッ!!!』
圧倒的な、容赦のない「物理の力」が、それらを塵芥へと変えていく。
魔剣の強固な超硬合金も、スライムの不死の再生核も、神の加護が宿ったプレス板の、数十トンという異次元の油圧エネルギーの前には紙屑同然だった。
『プシャァァァァッ!』
エアブレーキが小気味よく響く。
プレスの完了と同時に、パッカー車の排気口から、爽やかな風が吹き抜けた。
【システムメッセージ:テストプレス完了。廃棄物の完全無害化を感知。初回収実績:80kg】
「……おい、見てみろ。本当にゴミが消えやがった」
一郎が荷箱の横にある「資源排出口」のトレイを覗き込むと、そこにはカラン、カランと音を立てて、2つの輝く結晶が転がり落ちてきた。
一つは、拳大の、濁りのない透き通った青い『高純度魔石』。
もう一つは、不純物が完璧に取り除かれた、白銀に輝く『ミスリルインゴット(希少金属)』。
「お見事です、一郎様!」
女神がパチパチと嬉しそうに手を叩いた。
「本来なら大地を汚染し、多くの冒険者を苦しめるはずだった『世界の穢れ』が、あなたの手によって、これほど純粋で美しい資源に生まれ変わりました。これこそが、私の求めていた『環境インフラの再生』なのです!」
一郎は排出されたミスリルインゴットを拾い上げ、そのずっしりとした重みと輝きを確認した。
「なるほどな……。回収したゴミを圧縮・無害化して、その副産物として資源を100%手に入れる。本当に、中間マージンなしの、粗利率100%のビジネスだ」
おっさんの口元に、フッと不敵な笑みが浮かんだ。
長年、不法投棄や理不尽な住民のマナー違反に耐え、泥をすすりながら街の美化に努めてきた男。その男が、今、神公認の『最強の清掃機材』を手に入れたのだ。
「片付かない現場はねぇ、か。……よし、女神様。試運転は上々だ」
一郎はパッカー車の運転席のドアを開け、力強く乗り込んだ。
助手席のシートにバールを転がし、両手でしっかりとステアリングを握りしめる。
「俺の、異世界での『ファースト・シフト(最初の勤務)』。さっそく、新規現場へ案内してくれ。ダンジョンのゴミを、残らず片付けにいこうじゃねぇか」
「はい! あなたの行く先に、清浄なる未来があらんことを!」
女神が深く一礼すると、白亜の空間が激しい光の渦へと巻き込まれていく。
その中心を、白銀のパッカー車は、重低音のエンジン音を轟かせながら、まっすぐに突き進んでいった。




