第027話:魔王領の「汚泥ダンジョン」と、超高圧バキューム無双
1.魔王領の絶望と、這いつくばる絶対者
空を覆い尽くすほどの巨大な紫色の瘴気の渦。
大地はひび割れ、枯れ果てた木々が不気味なシルエットを描く、魔族の支配領域「魔王領」。
その最奥に位置する「汚泥ダンジョン」周辺は、もはやこの世の終わりと呼ぶにふさわしい絶望的な惨状を呈していた。
「……こりゃあ、またひでぇ現場(ゴミ溜め)だな」
白銀のパッカー車の運転席から、芝崎一郎は大きくため息をついた。
フロントガラスの向こうに広がっていたのは、本来の美しい湖の姿ではない。不法投棄された超巨大な「古代魔導兵器」から漏れ出した有毒な汚泥が、湖全体を余すところなく埋め尽くし、ドロドロの黒い海と化していたのだ。
強烈な酸と腐敗臭を放つヘドロからは、致死量の瘴気がボコボコと間欠泉のように噴き出し、周囲の生態系を容赦なく死滅させている。
だが、パッカー車のキャビン内は、新機能「有毒瘴気吸引フィルター」と極大サスペンションの働きにより、ミントの香りが漂う快適な安全地帯となっていた。
「一郎様……。あんな恐ろしい光景、見たことがありませんわ……。世界を滅ぼす魔王が住む土地が、ここまで蹂躙されているなんて」
助手席で、特級聖女のリリィが胸の前で両手を合わせながら震えている。
キャビン奥の広大なリビングスペースで外を眺めていたセリアとエレノアも、窓の外の光景に顔を真っ青にしていた。
「よし、現場到着だ。依頼主に挨拶して、見積もりを作るぞ」
一郎がパッカー車のエアブレーキを鳴らして停車させると、瘴気の霧の向こうから、数十人の人影がこちらへ駆け寄ってきた。
彼らは皆、頭に山羊のようなねじれた角を生やし、コウモリの羽を持つ、高位の魔族たちだった。だが、その姿はボロボロで、青ざめた顔には疲労と恐怖が色濃く刻まれている。
そして、その集団の先頭に立つ、一際巨大な体躯と漆黒の覇気を纏った男。
魔族の頂点に君臨し、人類の宿敵であるはずの「魔王」その人であった。
ガチャリ、とパッカー車のドアが開き、蒼い作業服姿の一郎が降り立つ。
その瞬間。
魔王は、人類の脅威たる威厳をかなぐり捨て、泥まみれの地面にドサァッ!と勢いよく膝をつき、そのまま額を地に擦りつけたのだ。
「おおおっ……! よくぞ、よくぞお越しくださいました、芝崎清掃の『インフラ大賢者様』!!」
魔王の土下座に続き、背後の高位魔族たちも一斉に地面に平伏する。
「我ら魔族、あの不法投棄された古代兵器のヘドロと瘴気により、生態系が崩壊寸前でございました! どうか、どうか貴方様の圧倒的な浄化の御力で、我らを、魔王領をお救いくださいませぇっ!」
かつて勇者と死闘を繰り広げたはずの絶対者が、泣きじゃくりながらただの清掃員にすがりついている。
ファンタジーの世界観を根底からぶち壊す光景に、パッカー車の窓から見ていたセリアとエレノアは
「魔王が、おっさん清掃員に土下座している……!?」
と完全に泡を吹いて気絶しかけていた。
だが、一郎の表情は極めてドライだった。
「おいおい、そんな泥だらけの地面に這いつくばってねぇで、顔を上げな」
一郎はバインダーに挟まれた書類をペンで叩きながら、魔王を見下ろした。
「俺にとっては、あんたが魔王だろうが何だろうが関係ねぇ。ただの『クライアント(顧客)』だ。依頼を受ける以上、まずは見積もりと契約書の取り交わし、それから現場の安全衛生の確認が先だ。ビジネスの基本だろ?」
「ビ、ビジネスの基本……! ははぁっ! なんという冷徹にして揺るぎない、絶対者の掟……!」
魔王は感動に打ち震えながら、涙と泥で汚れた顔を上げた。
「も、もちろんでございます! 報酬は、我が魔王領の国庫を傾けてでもお支払いいたします! どうか、お見積もりをお願いいたします!」
2.ビジネス交渉と、最強の牽引車(社用車)の皮算用
「国庫を傾けるか。まあ、現場の規模を見る限り、それくらいはかかりそうだな」
一郎はバインダーを片手に、ヘドロの湖のほとりまで歩み寄り、プロの鋭い目で現場の状況を分析し始めた。
「湖全体を覆う有毒ヘドロの総量は……ざっと数万トンってところか。しかも、あの真ん中に鎮座してるデカブツが原因だな」
一郎の視線の先、湖の中央には、赤錆に覆われた超巨大な「古代魔導兵器」が半ばヘドロに沈みかけていた。全長五十メートルはあろうかという、城のような巨体。そこから、ドクドクと毒の汚泥が漏れ出している。
「他人の敷地にこんなどでかい粗大ゴミを不法投棄するとは、同業の風上にも置けねぇマナーの悪いクズがいるもんだ。不法投棄は犯罪だぞ」
一郎は不快そうに舌打ちをした。
だが、その直後、彼の目は「正義の味方」から「重機マニアの清掃員」のそれへとスッと変わった。
(……しかし、あの古代兵器。図体はデカいが、骨組み(シャーシ)はかなりしっかりしてるな。パッカー車のプレスにぶち込むにはデカすぎるが……綺麗にヘドロを抜いて浄化すれば、昨日アンロックした「神聖魔導ヒッチメンバー(重牽引システム)」で引っ張って帰れそうだな。マイホームの現場で、重機材を運ぶための「牽引車」として再利用できるかもしれねぇ)
ただの超巨大な不法投棄ゴミを、即座に「新しい社用車」として再利用する皮算用。
一郎はバインダーにササッと金額と作業工程を書き込むと、魔王に突きつけた。
「よし、見積もりはこれでどうだ。作業内容は、湖全体のヘドロのバキューム吸引と、元凶である古代兵器の無害化、および『当方による持ち帰り処分』だ。報酬は国庫の半分。支払いは現金(魔石でも可)の一括払いで頼むぜ」
魔王は提示された見積書を震える手で受け取り、目をひんむいた。
「ほ、本気でございますか……!? あの、我ら魔族の軍勢が束になっても傷一つつけられなかった、あの超絶級の古代兵器を、お、お持ち帰り処分に……!?」
「ああ。うちのパッカー車なら、あれくらい引っ張れるからな。契約成立でいいな?」
「は、はいっ! 喜んで!! 芝崎清掃様、万歳っ!!」
魔王が涙ながらに契約書にサイン(血判)を押した瞬間、一郎の表情が、再び「現場監督」の厳しいものへと切り替わった。
「よし、契約成立だ。これより、『汚泥ダンジョン』の浄化作業を開始する! お前ら魔族は、絶対に作業エリア(湖の周囲百メートル)に立ち入るな! 労災が起きたら元も子もねぇからな!」
「ははぁっ!! 全軍、直ちに退避ぃぃっ!!」
魔王の号令で、魔族たちが一斉に蜘蛛の子を散らすように避難していく。
3.超高圧バキューム無双の開始
「さて、リリィ。こっからは俺たちの仕事だ」
「はいっ! 一郎様!」
一郎の呼びかけに、助手席からリリィが駆け寄ってきた。
「まずは、あの湖を埋め尽くしてるヘドロを根こそぎ吸い上げる。お前はパッカー車の後ろに回って、『フォークリフト』の準備をしておいてくれ。今回も、俺とパッカー車が吸い上げたゴミから、大量の魔石が排出されるはずだ。それを手際よくパレットに積んで、四次元収納に運ぶんだぞ」
「お任せください、一郎様! 今朝教わった『奥まで深く挿し込む』テクニック、完璧に披露してみせますわ!」
真っ赤な顔で、どこかエロティックな単語を強調するリリィに、一郎は「おう、安全第一でな」と親指を立ててパッカー車の運転席へと飛び乗った。
「ドゥルルルルルルッ!!」
白銀のパッカー車のエンジンが、地鳴りのような咆哮を上げる。
一郎は車両側面の外部操作パネルに立ち、第二形態への進化で追加された新ギミックのレバーを力強く握りしめた。
「よし……超高圧バキュームタンク、起動! ホース射出!」
「ズガァァァァン!」
パッカー車の側面から、直径数十センチはある極太の魔導バキュームホースが、大蛇のように射出され、ドロドロのヘドロの湖へと勢いよく突っ込んだ。
「フルパワーだ! 根こそぎ吸い上げろ!」
一郎がレバーを限界まで引き倒した瞬間。
「ズギュゥゥゥゥゥゥンッ!!!!」
空気を引き裂くような、凄まじい吸引音が魔王領に響き渡った。
湖を埋め尽くしていた数万トンの有毒ヘドロが、恐ろしいスピードで渦を巻き、極太のホースへと吸い込まれていく。
ホースを通ってパッカー車の「次元圧殺シリンダー」へと送り込まれた液状の汚染物質は、密閉空間内で数百トンという異常な全方位油圧をかけられる。
ズギュギュギュギュッ!
車体がビリビリと震え、超高圧で限界まで脱水された有毒な水分は、神聖魔力によって完全に無害化され、パッカー車の上部排気筒から「超高温のスチーム(蒸気)」となって爆発的に噴き上がった。
「プシャァァァァァァァッ!!」
まるで火山の噴火のような白煙が天を突き破る。
しかし、その蒸気は有毒なガスなどではない。周囲に撒き散らされたのは、ミントとユーカリの香りがする、極上の清浄なマイナスイオンの風であった。
「お、おおおお……っ! 息が、息が吸えるぞ!」
「我らの肺を焼いていた瘴気が、こんな爽やかな風に……! これが、大賢者様の浄化の息吹!」
遠巻きに見ていた魔族たちが、涙を流して深呼吸をし、歓喜の声を上げる。
「いいぞ相棒! その調子でガンガン吸い上げろ!」
一郎はレバーを操作しながら、ホースの先端を器用に操り、湖の隅々のヘドロまでを掃除機のように的確に吸引していく。
ただ力任せに吸うのではない。長年の清掃業務で培われた「効率的なノズルの動かし方」が、圧倒的なスピードで湖を更地へと変えていくのだ。
4.最強の重機コンビと、完璧な現場動線(お仕事ロジック)
そして、パッカー車の後部では、もう一つの「プロの仕事」が展開されていた。
「プシャァァァッ! カラン、カラン、カランッ!」
バキュームでヘドロを超高圧脱水した結果、水分が抜けて純粋な魔力結晶となった『超高純度魔石』や、ヘドロの中に埋もれていた武具が還元された「精錬ミスリルインゴット」が、パッカー車の資源排出口から滝のように吐き出されてきたのだ。
「さあ、私の出番ですわ! 一郎様との、愛の共同作業……っ!」
リリィはパッカー車の後部に回り、システムを操作してホッパーから光の粒子とともに「小型魔法重機」を実体化させた。そして、今朝支給されたばかりの小型魔法重機の運転席に乗り込み、ヘーゼル色の瞳をキラキラと輝かせていた。
彼女の小さな手が、レバーとステアリングを流れるような手つきで操作する。
ウィィィィン……!
神聖魔力駆動のフォークリフトが滑らかに前進し、排出された魔石が積み上がる木製パレットの隙間へと、二本の爪を水平にしてスッと「奥まで深く挿し込んだ」。
「よしっ! 持ち上げます!」
リリィが右手のレバーを手前に引くと、爪が数百キロはある魔石の山を軽々とすくい上げた。
そのままバックで旋回し、パッカー車のキャビン横に展開された「四次元収納」の入り口へと、寸分の狂いもなくパレットを運び込む。
前衛で一郎が超高圧バキュームでヘドロを根こそぎ吸い上げ、圧縮・脱水して純粋な資源として排出する。
後衛でリリィがフォークリフトを華麗に操り、排出された資源を次々と四次元収納へと格納していく。
無駄な動きが一切ない、流れるような完璧な動線。
それは、魔法の詠唱でも剣戟でもない。圧倒的な機材と、それを完全に乗りこなす二人のオペレーターによる、至高の「お仕事ロジック(現場の連携)」であった。
「す、すごいですわ……! あの数万トンのヘドロ湖が、あっという間に片付いていくなんて……!」
「リリィさん、いつの間にあんな鉄の馬車(重機)を乗りこなせるように……っ! ず、ズルいですわ! わたくしも一郎さまと愛の共同作業がしたいですのに!」
キャンピングカーの中からその光景を見ていたセリアとエレノアは、嫉妬と羨望の入り混じった悲鳴を上げていた。
「あなたたちは、冷たい麦茶でも用意して、一郎様のご休憩の準備をなさいな!」と、リリィがフォークリフトの上から勝ち誇ったように指示を飛ばす。
5.古代兵器のお持ち帰りと、定時退社
作業開始からわずか数時間。
数万トンに及んだ有毒ヘドロの湖は、パッカー車とバキュームの驚異的な吸引力により、完全に干上がり、カラカラのすり鉢状のクレーターへと姿を変えていた。
「よしっ! バキューム停止! 水分は完全に抜いたぞ!」
一郎がレバーを戻すと、重低音のエンジンがアイドリング状態に戻った。
後に残ったのは、クレーターの中央に鎮座する、ヘドロの汚れが完全に落ちた『古代魔導兵器』の巨大な金属の骨組みだけだ。
「仕上げだ。あのデカブツを引っ張り出すぞ」
一郎はパッカー車をバックさせると、昨日アンロックした新機能「神聖魔導ヒッチメンバー(重牽引システム)」を展開した。極太の魔導合金製フックを、古代兵器の頑強なシャーシの先端にガッチリと連結する。
「よし、牽引のロックよし! ブレーキの連動よし! スタビライザー効かせろよ!」
一郎は運転席に戻り、ギアをローに入れた。
「公道を引っ張って帰るなら牽引免許の範囲内だ。ブレねぇように引っ張るぞ、相棒!」
「ドゴォォォォォォンッ!!!」
パッカー車がフルパワーで唸りを上げる。ヒッチメンバーの魔法のスタビライザーが光を放ち、数千トンはあろうかという超巨大な古代兵器の残骸が、ズズズ……と地鳴りを立ててクレーターの底から引きずり出された。
「おおおおおっ!!」
「あ、あの神々ですら動かせなかった古代の遺物が、たった一台の鉄の御車に引かれて動いていくぞ!!」
魔族たちから、割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こる。
「よっしゃ! 粗大ゴミの回収(社用車の調達)、完了だ!」
一郎はサイドブレーキを引き、満足げに額の汗を拭った。
魔王が、涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら駆け寄ってくる。
「芝崎清掃様ぁぁっ! ありがとうございます、ありがとうございます! これで魔王領は救われました! お約束通り、国庫の半分は……っ」
「おう。報酬はキッチリもらうぞ。魔石の形でパッカー車の収納に入れておいてくれ」
一郎は腕時計(魔法具)を確認し、フッと笑った。
「今は16時50分。定時まであと少しだな。よし、お前ら! 現場は綺麗に片付いた! 王都へ帰るぞ!」
「「「はいっ! 一郎様!!」」」
リリィ、セリア、エレノアの三人が、満面の笑みでパッカー車に乗り込もうとしていた。
……その時だった。




