第021話:ポンコツお嬢様の現場研修と、究極の現場飯
1.王女の魔法と、リサイクルの鉄則
王都の貴族街の一角。
かつて「呪われた館」と呼ばれ、今は『芝崎清掃』の広大なマイホーム建設現場となっているその敷地に、朝から甲高い悲鳴が響き渡っていた。
「な、なぜわたくしが、こんな下賤な作業を……っ!」
第二王女にして、特任監査役として天下りしてきた傾国の美女、エレノア。
昨日まで極上のシルクドレスと香水に包まれていた彼女は、今やダボダボの『芝崎清掃の蒼い作業服』の裾を不格好に折り返し、無骨な黄色い安全ヘルメットを深々と被らされていた。
彼女の白魚のような美しい両手には、王笏でも魔法の杖でもなく、使い古された「竹箒」と「チリトリ」が握りしめられている。
「おい、新人(監査役)! 手が止まってるぞ!」
少し離れた場所で、図面を確認していた現場監督の芝崎一郎が、容赦のない声を飛ばした。
「そこら辺に散らばってる木端と、曲がった鉄釘を『分別』して袋に詰めろって言っただろ。足元の整理整頓は、安全管理の基本中の基本だぞ」
「わ、分かっておりますわよ! 催促なさらないで!」
エレノアは屈辱に唇を噛み締めながら、地面を睨みつけた。
ドワーフの職人たちが落としていった木材の切れ端と、錆びた鉄釘が、泥まみれの地面に無数に散らばっている。これを一つ一つ手作業で分けろというのだ。
(ああもう、屈辱ですわ! 一国の王女たるこのわたくしに、色仕掛けを無視した挙句、ゴミ拾いをさせるなんて!)
エレノアは、王家の血を引く最高ランクの魔法使いでもある。彼女の魔力をもってすれば、王都の城壁すら一撃で消し飛ばすことが可能だ。
(そうだわ。こんなちまちましたゴミ、一つ一つ拾う必要なんてありませんわ。わたくしの極大魔法で、この空間ごと『消し炭』にしてしまえば、一瞬で片付くではありませんか!)
名案を思いついたエレノアは、竹箒を魔法の杖に見立てて構え、誰にも聞こえないほどの小声で高速詠唱を始めた。
「――大気に眠る焦熱の精霊よ、我が命に従い、すべての不浄を灰燼に帰せ! 『インフェルノ・――』」
彼女の足元に、極小ながらも超高熱の魔方陣が展開されようとした、まさにその時だった。
「バカ野郎っ!! 何してんだ!!」
『ガキィィィィンッ!』
凄まじい怒号と共に、飛来した一本の鉄の棒――一郎の神器『解体用聖杖』が、エレノアの竹箒の先端を正確に弾き飛ばした。
「ひゃああっ!?」
魔力の集束を物理的に断たれ、エレノアは尻餅をついてへたり込んだ。
そこに、鬼の形相をした一郎がズカズカと歩み寄ってくる。
「お前、今魔法で火を出そうとしたな!? 現場で火気厳禁だって最初に言っただろうが! 引火して火事にでもなったらどう責任取る気だ!」
「ち、違います! わたくしはただ、この面倒なゴミを一瞬で燃やして綺麗にしようと……!」
「もっとタチが悪いわ!」
一郎は、三十歳の男盛りの威圧感と、何十年も現場を仕切ってきたプロの凄みを全開にして、一国の王女を見下ろした。
「木端と一緒に鉄釘まで燃やしちまったら、せっかくの『資源(鉄)』が熱で使い物にならなくなるだろ! 燃えるゴミと不燃ゴミをきっちり分別して、リサイクル(換金)に回すからこそ、利益が出るんだ。現場の資源を無駄にするな! リサイクルを舐めんじゃねぇ!」
「う、ううぅ……っ」
圧倒的な正論(お仕事ロジック)と、現場監督のドスの効いた説教の前に、エレノアの王女としてのプライドは木っ端微塵に砕け散った。
「す、すみません……でした……」
「分かればいい。ほら、立って作業に戻れ。手袋は外すなよ、釘で怪我するからな」
一郎はバールを拾い上げると、ポンとエレノアのヘルメットを軽く叩き、再び持ち場へと戻っていった。
(な、なんなのよあの男……! わたくしを完全に下っ端の新人扱いして……っ。でも、怒る時のあの目……少しだけ、お父様より迫力があって……)
理不尽な説教に腹を立てながらも、エレノアの心臓は、なぜか恐怖とは別の種類の熱でトクトクと早く脈打っていた。
2.泥臭い手作業と、適応する従者たち
結局、エレノアは涙目になりながら、泥まみれの地面に這いつくばって手作業で分別を再開した。
「(ううっ……お父様……お姉様……。わたくし、今、泥にまみれてゴミを拾っております……)」
最高級の香水の匂いはすでに消え失せ、ダボダボのツナギは土埃で汚れ、額には汗が滲んでいる。
エレノアが鼻をすすりながら釘を拾っていると、彼女の横を、巨大なセメント袋を三つも担いだ男が元気よく駆け抜けていった。
「現場監督殿ォ! 次の資材、運び終わりやした!」
「おう、ご苦労! ガレスのオッサン、いい筋肉してんな! その調子で次も頼むぞ!」
「へへっ、恐縮です! ドワーフの親方たちのペースには負けられやせんからな!」
満面の笑みで汗を流しているのは、エレノアの護衛として同行してきたはずの王室近衛騎士隊長・ガレスであった。彼は支給されたツナギを「究極の防具だ」と絶賛して以来、すっかり現場の空気に染まっていた。
さらに驚くべきことに、ガレスの背後では、数十名の『王室近衛騎士団』の面々が、全員ダサいツナギとヘルメット姿で、一糸乱れぬ完璧な陣形を組みながら、基礎工事の穴掘りと土砂のバケツリレーを行っていた。王族を守るための強靭な体力と規律が、純粋な土木作業のマンパワーとして100%活用されているのだ。
そして、彼らが乗ってきた『王家の紋章が入った豪華絢爛な六頭立ての馬車』はといえば、現場の隅に駐められ、セメント袋や工具が山のように積まれた「資材置き場」兼「職人たちの日除け休憩所」として完全に俗物的な扱いを受けていた。六頭の屈強な馬たちも、ドワーフたちに手綱を引かれ、重い鉄骨を運ぶための「牽引動力」として汗水垂らして働かされている。
さらに、休憩スペースのほうからは、黄色い声が響いてくる。
「親方様、皆様! 水分補給のお時間ですわ! 冷たい麦茶と、塩分補給の塩飴をどうぞ!」
「おお、気が利くねぇ、マリー嬢ちゃん! 助かるぜ!」
フリルのないツナギ姿で、首にタオルを巻きながら甲斐甲斐しく職人たちの世話を焼いているのは、専属メイドのマリーだ。彼女もまた、「皆様の健康管理」というメイドの本能を現場で刺激され、水配りのプロフェッショナルとして完璧に順応していた。
「あ、あなたたち……! 一国の騎士団と専属メイドが、なぜ揃いも揃ってそんな下賤な労働を満喫しているのよぉっ!」
味方のはずの従者たちに見事に裏切られ、王家の権威をただの「現場の機材と人員」として扱われていることに、エレノアは絶望の叫びを上げた。
「あらあら、新人(監査役)さん。手が止まっていますわよ? 早くしないと、定時までに終わりませんわよ」
「ええ! わたくしたちは、一郎様のためにお昼のお弁当の手配がありますから、精々足手まといにならないよう頑張ってくださいな!」
そこへ、ギルド受付嬢のセリアと、特級聖女のリリィが、勝ち誇ったようなマウントを取ってくる。
この現場において、ヒエラルキーの頂点に立つのは王家の血筋ではない。「お仕事のスキル」なのだ。
「ぐぬぬ……っ! 覚えていなさい! わたくしの有能さを、必ずあの男に認めさせてやるんだからぁっ!」
エレノアは悔し涙を拭い、負けじと猛烈なスピードで木端と釘の分別に没頭し始めた。
3.恐怖の重機誘導と、王族マナーの反射
午前中の終盤。
現場の奥で、基礎工事用の巨大な岩盤を運搬する作業が始まった。
「よし、親方! そこにパッカー車をバックで入れる! 邪魔な資材をどけといてくれ!」
一郎が白銀のパッカー車の運転席に乗り込み、エンジンを始動させる。
『ドゥルルルルルルッ!!』
神聖魔力を動力とするマルチハイブリッドエンジンが、地響きのような重低音の咆哮を上げた。
「おい、新人! 分別が終わったなら、次は『誘導(玉掛け)』を頼む!」
一郎は窓から顔を出し、エレノアに向かって赤く発光する『魔導誘導灯』をポイッと投げ渡した。
「ゆ、誘導……?」
「そうだ。俺の車の後ろに立って、安全な位置までバックできるように合図を出せ。いいか、絶対に死角に入んじゃねぇぞ。轢かれたらミンチだからな!」
「み、ミンチ……っ!?」
エレノアの顔から血の気が引いた。
目の前でアイドリング音を響かせる白銀の鉄獣は、見上げるほどに巨大だ。その圧倒的な質量と、魔力を帯びた重低音が、ひ弱な王女に本能的な恐怖を植え付ける。
『ピーーーッ、ピーーーッ、ピーーーッ……』
パッカー車が、規則正しい鎮魂のバックブザー音を鳴らしながら、エレノアの立つ方向へとゆっくりと後退し始めた。
「ひぃぃっ! こ、こっちに来ますわ! 潰される!」
あまりの迫力に、エレノアは足がすくんでしまい、その場に固まってしまった。巨大なリアバンパーが、彼女の華奢な身体に容赦なく迫る。
その時だった。
「ボーッと立ってんじゃねぇ!! そこ危ねぇ! 右に避けろ!!」
運転席から、スピーカー越しに一郎のドスの効いた怒号が響き渡った。
それは、一歩間違えれば命に関わる現場において、作業員の安全を守るための、短く、鋭く、一切の遠慮がない「プロの指示」だった。
「ひゃっ!?」
「次! 車両の軌道を確認して、大きく手を振れ! 止める時は手をクロスさせろ! 早く!」
その強烈な声の圧力を浴びた瞬間。
エレノアの身体に、ある『変化』が起きた。
幼い頃から、王宮の厳しいマナー講師たちに徹底的に叩き込まれてきた、「目上の者の威厳ある号令には、一切の思考を挟まず、反射的に完璧なフォームで従うべし」という、王族としての悲しい習性(条件反射)が、完全に裏目に出て発動してしまったのだ。
「は、はいっ!!」
エレノアは、恐怖もプライドも完全に忘れ去り、背筋をピンと張り詰めた。
そして、両手に持った赤い誘導灯を、王族の舞踏会のような美しく無駄のない完璧なフォームで振り始めた。
「右よし! 左よし! そのまま後退してください! オーライ、オーライ!」
凛とした、よく通るソプラノの美声が現場に響く。
パッカー車の巨体が、エレノアの完璧な誘導に導かれ、基礎工事の指定位置のミリ単位の隙間へと、滑るように吸い込まれていく。
「ストーォォップ!!」
エレノアが両手の誘導灯を頭上で美しくクロスさせた瞬間。
『プシャァァァァッ!』
パッカー車のエアブレーキが小気味よく鳴り、巨大な鉄獣がピタリと停止した。
「ふぅ……」
エレノアは肩で息をしながら、無意識のうちに完璧な仕事をこなしてしまった自分にハッと気づいた。
(わ、わたくし、何を……! 王宮のマナーが、こんな下賤な労働で役に立ってしまうなんて!)
ガチャリ、と運転席のドアが開き、一郎が降りてきた。
「……おい」
一郎はエレノアの目の前まで歩み寄ると、黄色いヘルメットの奥で、少し驚いたように目を丸くしていた。
「お、怒られる……っ!」
エレノアが身構えた、その時だった。
「お前、すげぇ筋がいいな」
一郎は、顔いっぱいに爽やかな(オッサン特有の人のいい)イケメンスマイルを浮かべ、エレノアに向けてポンと親指を立てた。
「声はよく通るし、動きに無駄がない。ミラー越しでも完璧に軌道が見えたぞ。初めての誘導(玉掛け)にしては百点満点だ。助かったぜ、新人!」
「え……?」
エレノアの時間が、ピタリと止まった。
これまで、王宮の周囲にいる男たちは皆、彼女の『権力』と『美貌』にしか興味を示さなかった。甘い言葉で媚びへつらうばかりで、彼女自身が成し遂げた「結果」を純粋に褒めてくれた者など、一人もいなかったのだ。
あんなに憎かった男。自分にダサいツナギを着せ、ゴミ拾いをさせた無礼な男。
その男から、汗と泥にまみれた「労働の成果」を、真正面から認められ、褒められた。
トクトク、トクトク……。
エレノアの胸の奥で、これまで感じたことのない、甘く、激しい鼓動が鳴り始めた。
「(な、なんなのよ今の感情は……! わたくしは監視役として、あいつの粗探しをするために来たのに。あんなガサツなオッサンに褒められて、嬉しいだなんて……っ!)」
エレノアは顔から火が出るほど赤くなり、「ふ、ふんっ! わたくしにかかれば、これくらい当然ですわ!」とそっぽを向いてしまった。しかし、そのツナギの背中には、隠しきれない喜びのオーラが溢れていた。
4.究極の現場飯(カロリーの暴力)
『カーン、カーン、カーン』
正午を告げる鐘の音が、王都の空に響き渡った。
「よし、午前中の作業はここまで! 昼休憩だ! 手洗ってメシにするぞ!」
一郎の号令に、現場の職人たちや孤児たちが一斉に歓声を上げ、日陰の休憩スペースへと集まっていく。
ギルドから手配された大量の弁当が、メイドのマリーによって次々と配られていく。
「ぐぅぅぅぅぅぅ~~~~っ!」
その時、エレノアの腹の虫が、これまでの人生で一度も鳴らしたことのないような、猛烈な爆音を響かせた。
「ひゃうっ!?」
エレノアは顔を真っ赤にして、恥ずかしさのあまりその場にうずくまってしまった。
無理もない。朝から慣れないツナギ姿で泥まみれになり、魔法を使わずに肉体労働をこなし、極度の緊張状態での重機誘導までやり遂げたのだ。王宮の温室育ちの彼女の肉体は、限界までカロリーを渇望していた。
「ほら、監査役のお姫さん。お前の分のメシだ。午後も体力使うから、しっかり食っとけよ」
頭上から声が降り注ぎ、一郎が彼女の前にしゃがみ込んだ。
差し出されたのは、無骨な木の箱に入った「現場のドカ弁」だった。
白米の上に、甘辛いタレでこんがりと焼かれた分厚い豚肉(オーク肉)の生姜焼きが、これでもかと敷き詰められている。彩りの野菜など一切ない、茶色一色の、油ギトギトのスタミナ弁当だ。
「こ、こんな油まみれで、毒味もされていない下賤な食べ物……っ! 普段は王宮の専属シェフが作った、繊細なフルコースしか口にしない王族のわたくしが、食べるわけ……」
「そうか? じゃあ、ガレスのオッサンが二つ食いたいって言ってたから、そっちに回すか」
一郎があっさりと弁当を引っ込めようとした瞬間。
「ま、待ちたまえっ!」
エレノアは、自分でも信じられないほどの俊敏さで、一郎の手から弁当箱をひったくった。
「こ、これは監査です! 労働者に不適切な食事が提供されていないか、特任監査役として、わたくしが自ら『毒味』をしてあげるだけですわ!」
言い訳をしながら、エレノアは震える手で木のスプーンを持ち、油の乗った分厚い肉と、タレがたっぷり染み込んだ白飯をすくい上げ、恐る恐る口に運んだ。
――ドカンッ!!
咀嚼した瞬間、エレノアの脳天に、雷に打たれたような衝撃が走った。
肉体労働によって極限まで失われた塩分。
そして、空っぽの胃袋に容赦なく叩き込まれる、強烈な炭水化物と脂質の暴力。
「(なっ、なんという美味……っ!!)」
エレノアは目を見開き、全身をブルッと震わせた。
王宮の繊細な味付けや、上品なソースなど比較にならない。疲労しきった肉体が本能で求める、この直接的で野蛮な「旨味の塊」。
「う、ううっ……美味しいぃぃっ!」
エレノアのサファイアのような碧眼から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「(ああ、お父様……お許しください。わたくし、もう王宮の薄味のスープには戻れません……っ!)」
エレノアは王女としての作法も気品も完全に投げ捨て、なりふり構わず弁当をかき込み始めた。
「もぐもぐっ、ふぁむっ……美味しい、お肉が、ご飯が止まりませんわっ!」
両方の頬をリスのように膨らませ、口の周りに甘辛いタレをベッタリとつけながら、一粒残らず夢中で平らげていく。
あっという間に弁当箱を空にしたエレノアは、スプーンを咥えたまま、潤んだ瞳で一郎を見上げた。
「あの……お代わり、ありますか……?」
「はははっ! よく食う新人は見込みがあるぜ!」
一郎は豪快に笑い飛ばすと、自分が食べていた弁当の半分を、エレノアの箱に無造作にドサッと移してやった。
「ほら、俺の分も食うか。いっぱい食って、午後も誘導頼むぞ」
「(か、間接……いえ、これはただの追加の配給ですわ!)」
エレノアは顔を真っ赤にしながらも、一郎から分けてもらった(実質的なあーんである)弁当を、満面の幸せそうな笑みを浮かべて平らげるのだった。
5.完全に染まった王女
午後1時。 マイホームの建設現場に、再び活気が戻ってきた。
「はぁぁ……美味しかった……」 ドカ弁の箱を空にして至福の吐息を漏らしたエレノアだったが、ふと我に返り、サァッと青ざめた。
(ま、待って! わたくしがこんな下賤な油弁当を貪り食い、あまつさえツナギ姿で現場労働を満喫している姿を、あの従者たちにお父様(国王)へ報告されたら、王女としての威厳が完全に終わってしまいますわ!)
エレノアは慌てて立ち上がると、休憩スペースでドワーフたちと腕相撲をして遊んでいた騎士隊長ガレスと、お茶を配っていたメイドのマリーを大声で呼びつけた。
「ガレス! マリー! ならびに近衛騎士団の者たち! あなたたちの監査業務はここまでです! わたくしはこれから『極秘の潜入調査』に移行しますゆえ、お前たちは直ちに王宮へ帰任しなさい! 今日見たことは一切他言無用ですわよ!」
「な、なんと!? 殿下、我らもまだまだこの『現場』で汗を流して親方殿の期待に……!」
「いいから帰りなさい! 王女の命令が聞けませんの! 王家の馬車も全部持って帰りなさい!」
泣く泣く「もっと穴掘りがしたかった……」と肩を落とす数十名の近衛騎士たちとマリーを王家の馬車に押し込み、無理やり王宮へと強制送還(帰任)させたエレノア。
王宮の監視の目を自らの権力で完全に排除した彼女は、これで心置きなく、誰の目も気にせずに現場労働(と一郎へのアピール)に没頭できる環境を自ら整えてしまったのだ。
「さあ、午後の作業開始だ! セリアさん! リリィさん! そこの資材、早く片付けなさいな! 定時に間に合いませんわよ!」
ツナギの袖をまくり上げ、ヘルメットの顎紐をキッチリと締め直したエレノアが、竹箒を力強く握りしめながら、二人のヒロインに堂々と指示を飛ばしていた。
「な、なんですのあの新人……! 完全に現場の空気に染まってますわ!」
「お昼のドカ弁一つで、すっかり一郎様の忠実なアシスタントに調教されて……恐ろしい子っ!」
セリアとリリィが、ドン引きしながら後ずさる。
「おい、エレノア! 次の車両誘導、頼むぞ!」
一郎がパッカー車の運転席から声をかける。
「はいっ! 現場監督殿!」
エレノアは、もはや王女の面影など微塵も感じさせない、満面の笑顔と元気な声で応え、赤い誘導灯を握りしめてパッカー車の後方へと駆け出していった。
権力と色仕掛けで男を縛ろうとしたハニートラップの目論見は、初日にして完璧に粉砕された。
逆に、圧倒的な「労働基準法」と「カロリーの暴力(現場飯)」で縛り上げられ、オッサンの不器用な包容力と現場の魅力にドップリと毒されていく王女。
第一助手(純情聖女)のリリィ。
専属営業(打算受付嬢)のセリア。
そしてここに、第三のヒロイン――愛すべきポンコツお嬢様インターン・エレノアが、最強の清掃コンビの陣容に正式に加わったのである。
「右よし! 左よし! オーライ、オーライですわーっ!」
夕日に染まる王都の空に、王女の楽しげな誘導の声が響き渡る。
利益率100%のインフラ完全掌握ビジネスは、ますます賑やかに、そして痛快無比な大爆笑の渦へと突き進んでいくのだった。




