第012話:大賢者の業績報告と、聖女の誕生、そして呪われた館のお買い物無双
1.現場監督の業績報告と、聖教会への凱旋
有毒な瘴気が完全に浄化され、すがすがしいミントの香りが漂うダンジョン中層。
怒涛のトリプル・アンロックを果たし、白銀の輝きを取り戻したパッカー車の運転席で、芝崎一郎は大きく伸びをした。
「よし、今日のノルマは完璧に達成したな。新機能も一気に解放されたし、相棒の調子も最高だ」
「はいっ、一郎様! 一瞬にして『超油圧プレスブースト』を解放し、さらには『瘴気吸引』と『高圧洗浄』の神聖儀式まで……! 私、助手としてこれ以上の誉れはありません!」
助手席に座るリリィは、ぴたりと身体にフィットした『蒼い作業服(万色を拒む蒼の法衣)』の胸元を両手で押さえ、興奮冷めやらぬ様子で目を輝かせていた。
一郎はステアリングを握りながら、ふと窓の外の空を見上げた。
「リリィ、パッカー車のグレードアップについて女神さまに報告したいな。明日は、教会へ礼拝にいくか?」
その何気ない提案に、リリィの肩がビクッと跳ねた。
「はい、お供します!」
一郎にとっては、機材の調達や整備費を出してくれた社長に、「新しい機能、バッチリ使えてますよ」と日報を提出しに行くような、ただの社会人の常識だった。
しかし、リリィの脳内では即座に凄まじい「神聖変換」が行われた。
(だ、大賢者様が、最高神殿へ凱旋される……!? それはすなわち、今の堕落した聖教会の上層部に対し、真の神の代行者が誰であるかを知らしめるための、圧倒的な権力掌握の宣告……! ああ、私も第一助手(正妻)として、堂々と神殿のレッドカーペットを歩くのですね……っ!)
2.業務報告と、聖女への昇格
翌朝、王都の最高神殿(聖教会本部)は、前代未聞のパニック状態に陥っていた。
広場を埋め尽くしていたのは、きらびやかな法衣をまとった高位司祭たちや、王都の警備を担う騎士団だった。彼らは皆、整然と並んで平伏している。
『ピーーー、ピーーー、ピーーー……』
その中心へ、澄んだ鎮魂のブザー音を響かせながら、白銀のパッカー車がゆっくりと到着した。
「おお、特級異端審問官様……! いや、生ける神の御使い様! 奇跡でございます! 昨夕、ダンジョン中層に『聖水の滝』が降り注ぎ、数百体のアンデッドが一瞬にして昇華されたとの報告が寄せられております!」
教皇に次ぐ権力を持つ枢機卿が、震える足で進み出て、地に頭を擦りつけた。
(……聖水の滝? ああ、昨日パッカー車を洗車した時の水飛沫のことか)
一郎は心の中でツッコミを入れつつ、完全に平伏する群衆をかき分け、リリィを引き連れて神殿の最奥、女神の巨大な神像が鎮座する大祭壇へと進み出た。
「ええと、女神様。いつもお世話になってます、芝崎清掃です。おかげさまで実績も順調に積めまして、昨日、フィルターやら高圧洗浄機やら、新しい設備を導入できました。これからもこの相棒と一緒に、安全第一で現場を綺麗にしていきますんで、引き続きサポートのほど、よろしくお願いします」
一郎は作業服の帽子を取り、祭壇に向かってパンパンと柏手を打って、深くお辞儀をした。
最高神殿の祭壇に向かって、まるで町内の稲荷神社に祈るかのような、あまりにも俗物的な作法。
司祭たちが「な、なんと恐れ多い……」と息を呑んだ、その瞬間だった。
『カッ……!!!』
女神の神像から、目を眩ませるほどの極光が放たれた。
そして、一郎の視界に半透明のブルーの『ステータス画面』がポップアップする。
【システムメッセージ:スポンサー(女神)が業務報告を受理・承認しました】
【特別ボーナス:現場での監督業務と助手の働きを評価し、アシスタント(リリィ)のジョブランクを『聖女(特級)』へとグレードアップします】
「ん? ボーナス支給か。よかったな、リリィ。お前の頑張りが本社に認められたぞ」
一郎が振り返ると、光の奔流がリリィの全身を包み込んでいた。
「あ、あああ……っ! 体の奥底から、信じられないほどの神聖魔力が……っ!」
光が収まると、リリィが着ていた『蒼い作業服』は、純白と白銀を基調とした、息を呑むほどに美しい『聖女の法衣』へと変貌していた(ただし、胸元にはしっかりと『芝崎清掃』の蒼いロゴが輝いている)。
「お、おおお……! 神が、神が新たな『聖女』を直接お選びになられたぞ!」
「あの方は、御使い様の直属の聖女様だ! ひれ伏せええっ!」
司祭たちが次々と涙を流して祈りを捧げ始める。
「(私、一郎様の正妻……いえ、直属の聖女として、神に認められたのですね……! これもすべて、昨夜のお風呂で私が一郎様に尽くそうとした情熱が……っ!)」
リリィの下腹部がキュンと甘く疼き、彼女は顔を真っ赤にして身悶えした。
「それで、生ける神の御使い様! 教皇猊下もこの奇跡に涙を流し、今すぐ貴方様を最高神殿の『大祭司』としてお迎えしたいと申しております!」
枢機卿の言葉に、広場中がどよめいた。
だが、一郎の反応は極めてドライだった。
「大祭司ねぇ。……それ、残業とか休日出勤はあるのか? デスクワークばかりで現場に出られないならお断りだ。俺は清掃員だからな」
「げ、現場……!? ははぁっ! 神の御使い様は、未だ世界の穢れを自らの足で払拭なされると……っ! なんという尊き御心!」
またしても凄まじい勘違いが連鎖し、司祭たちが次々と涙を流して祈りを捧げ始める。
「(なんだかよく分からねぇが、話が通じたならいいか)」
3.お買い物無双と、超ホワイトな母屋(宿舎)建設
教会の厄介な勧誘を適当にいなした後、一郎たちはギルドマスターの執務室で、専属受付嬢となったセリアを前に用件を切り出した。
「セリアさん。実は、俺の『マイホーム』を買いたいんだが、王都で一番デカくて、最高の風呂が作れそうな物件はないか?」
「マ、マイホームですかっ!?」
セリアの目が、¥(白金貨)のマークになってギラリと輝いた。この莫大な富を持つ男が、ついに王都に居を構えるのだ。
案内されたのは、王都の貴族街の中心にある広大な洋館だった。
だが、門をくぐった瞬間、一郎の『分別眼』と、聖女へとグレードアップしたリリィの神聖魔力が同時に異常を感知した。
庭園の隅から、どす黒い怨念のような瘴気が漏れ出しているのだ。
「……セリアさん。ここ、いわゆる『ワケあり物件』だな?」
「ひっ!? バ、バレましたか……。実は、前の所有者である悪徳商人が、裏社会の呪術具を地下に溜め込んで夜逃げしたせいで、呪いが蔓延して誰も住めない『呪われた館』として放置されているのです。お値段は白金貨一万枚と破格なのですが……」
セリアが青ざめて弁明する。だが、一郎はパッカー車のダッシュボードから、昨日回収した『超高純度魔石(特大)』を一つ、無造作に取り出してセリアに放り投げた。
「これで足りるか?」
「ひゃああっ!? 国宝級の超高純度魔石っ!? こ、これ一つで、この館どころか周りの貴族の土地ごと買えちゃいますぅっ!」
「よし、購入決定だ。お釣りで、王都で一番腕のいいドワーフの建築職人たちを呼んでくれ」
圧倒的な財力を見せつける一郎に、セリアもリリィも言葉を失う。
4.ヒロインの真価と、子供たちの救済
「さて。風呂を作るにしても、まずはこの家の『不法投棄ゴミ(呪物)』を片付けねぇとな」
一郎たちは館の地下室へと足を踏み入れた。
そこには、大量の呪われた武具や魔石の残骸が山積みになっていた。さらに、その呪いに中てられ、衰弱して倒れ伏している数十人の貧民の子供たちの姿があった。どうやら商人が労働力として酷使し、見捨てていった奴隷の子供たちらしい。
「ひどい……! 呪いが子供たちの生命力を吸い取っています!」
リリィが悲鳴を上げる。
「パッカー車のホッパーにぶち込んでプレスすれば一発で浄化できるが……人間や建物を巻き込むわけにはいかねぇな」
一郎はバールを下ろし、リリィの肩にポンと手を置いた。
「リリィ。今朝の『グレードアップ』の力、試してみるか? 重機じゃできねぇ繊細な仕事、お前に任せたぜ」
「い、一郎様……!」
大賢者様から、直接の指名。
「重機では処理できない命を救う」という、聖女としての真の役割を与えられたリリィの心に、凄まじい使命感が燃え上がった。
「はいっ! 第一助手として、必ずやり遂げてみせます!」
リリィは子供たちの前に進み出ると、神官の杖を高く掲げた。
「聖女の極大浄化!」
彼女の潜在的な魔力に、一郎の背中から放たれる『神聖なる加護』のバフが乗り、今朝女神から与えられた聖女の力が爆発する。
眩いばかりの白銀の光が地下室を満たし、不法投棄された呪物たちの黒い瘴気が、まるで朝日に溶ける霜のように浄化され、完全に消え去った。
「う、ううん……」
苦しんでいた子供たちの顔に赤みが戻り、穏やかな寝息を立て始める。
「ふぅ……」
額の汗を拭うリリィに、一郎は優しく微笑みかけ、その頭をポンポンと撫でた。
「大したもんだ。完璧な仕事だった。やっぱり、お前を助手にして大正解だったな」
「あぅ……っ! い、一郎様ぁ……っ!」
尊敬する大人の男性からの、プロとしての明確な称賛。リリィの自己肯定感とヒロインとしてのときめきは限界を突破し、再び頭からプシューッと湯気を出して、幸せそうにその場にへたり込んだ。
「セリアさん。この子たちは、俺の敷地で見つけた『忘れ物(居候)』だ。うちの事業所で責任を持って預かる」
一郎は、駆けつけてきたドワーフの親方たちとセリアに向けて、堂々と指示を出した。
「ドワーフの親方。大浴場の隣に、この子供たちを収容して腹いっぱい飯を食わせるための、巨大な『母屋(宿舎)』を追加で建設してくれ。突貫工事になるが、条件はこうだ。人員を通常の3倍にし、全員にトリプル賃金の緊急手当を出す。その代わり、完全二交代制、週休二日、残業は1秒たりとも認めねぇ。労働基準法を厳守して、最高の母屋を建ててくれ!」
「な、なんだとォ!? 採算度外視の超絶ホワイト条件!? アンタ、最高の雇い主(現場監督)じゃねぇか!」
ドワーフたちが狂喜乱舞してハンマーを掲げる。
(孤児たちを救うための神のシェルターの建設……! ああ、一郎様はどこまでもお優しく、偉大なお方……!)
リリィは感涙にむせび泣いた。
「さて、と」
一郎の瞳が、浄化された呪物の残骸――そこに刻印された「黒い蛇」の紋章を鋭く捉えた。
「セリアさん。このゴミを不法投棄していった『悪徳商人』ってのは、今どこにいるか分かるか?」
「は、はい。この紋章は王都の裏社会とダンジョンの利権を牛耳る『ガルシア商会』……彼らが、ダンジョンへの大規模な不法投棄の元凶であると噂されています」
「なるほどな」
一郎は愛用のバールを肩に担ぎ、不敵な笑みを浮かべた。
「俺は、マナーの悪い不法投棄業者が一番嫌いでね。どんな権力を持っていようが、まとめて分別処理してやる」
特級審問官(と勘違いされている)おっさん清掃員と、絶大な権力を持つ悪徳貴族商会。
「子供たちの笑顔と、風呂付きのマイホームでのスローライフ」を守るため、最強のパッカー車による次なる『大掃除』の標的が、完全にロックオンされた瞬間だった。




