第010話:専属指名の契約(キャバクラ)と、助手(ヒロイン)の決意
1.極上のおもてなしと、指名の朝
王都の貴族街のさらに奥に位置する、最高級温泉宿『翠明閣』。
その豪奢なエントランスに、朝の清々しい陽光が降り注いでいた。
「ふぅ……。いやぁ、実にいい宿だった。疲れも完全に吹き飛んだぜ」
芝崎一郎は、ダッシュボードの予備から取り出した清潔な私服に身を包み、朝日を浴びて大きく伸びをした。
昨夜の「おもてなし」は、まさに極上だった。美味い酒、豪華な食事、広々とした温泉、そして何よりも、美形のギルド受付嬢による至れり尽くせりの接待。
前世で付き合いのあった銀座の高級クラブのナンバーワンホステスすら凌駕する、完璧な気配りと色香に満ちたサービスに、一郎の47歳の精神は「これぞVIP待遇(最高の接待)」と大いに満足していた。
「一郎さま。本日は誠にありがとうございました。お気に召していただけたようで、わたくしもホッとしておりますぅ」
一郎の隣で、しっとりとした色気を漂わせながら三つ指をつくように頭を下げるのは、ギルド受付嬢のセリアだった。
昨夜の乱れをわずかに残したような艶やかなまとめ髪と、少し潤んだ瞳。ギルドの制服越しにも分かる豊満な胸の谷間が、彼女がただの受付嬢ではない「大人の女」であることを強烈に主張している。
「ああ、悪いね。朝早くから見送りまでしてもらって。おかげで今日の現場も気合入れて回れそうだ」
「とんでもございません。特級審問官様のお世話をさせていただくのは、ギルドの……いえ、わたくしの至上の喜びでございますから。では、わたくしはこれで失礼させていただきます。今後とも冒険者ギルドと、受付嬢セリアをよろしくお願いいたしますね」
セリアは上目遣いで一郎を見つめ、別れを惜しむように、そっと彼の逞しい腕に自分の胸を押し当てた。
「ああ。次もセリアさんを『指名』させてもらうよ。頼りにしてるぜ」
一郎は、キャバクラでお気に入りの娘に次回の来店を約束するような、ごく軽い、いつもの「オッサンのノリ」でポンと彼女の肩を叩き、爽やかなイケメンスマイルを向けた。
「……っ!! は、はいっ! 喜んでお待ちしておりますぅっ!」
セリアの顔がパッと紅潮し、彼女は深々と一礼して、宿の入り口から王都の中心街へと小走りで去っていった。
一郎にとっては、ただの「優秀な営業担当への社交辞令」であった。
だが、彼が放った『次も指名する』という言葉は、セリアの打算に満ちた脳内で、核爆発を起こすほどの凄まじい威力を有していた。
宿の角を曲がり、一郎から完全に見えなくなった瞬間。
セリアは周囲に誰もいないことを確認すると、両手で固く拳を握りしめ、天に向かって思い切り突き上げた。
「(しゃあぁぁぁぁぁぁっ!! やった! やったわ!! セリア、グッジョブ!!)」
心の中での、絶叫に近い歓喜の雄叫び。
(あの規格外の富と権力を持つ特級審問官様から、直々に『次も指名する』との言質を取ったわ! 昨夜のあの手この手のお色気接待……途中で寝落ちされそうになった時は焦ったけど、私のテクニックで何とか大人の時間(既成事実)に持ち込んだ甲斐があったというものよ!)
セリアは歓喜に身を震わせながら、自身の未来の預金残高を弾いた。
(一郎さまの『専属受付嬢』となれば、あの方が持ち込む国家予算級の超高純度魔石や純度100%ミスリルの取引は、すべて私が担当することになる……! その仲介手数料と特別ボーナスだけで、一生、いや三回生まれ変わっても豪遊して暮らしていけるわ! これで私の人生、完全な勝ち組(玉の輿)確定よぉぉっ!)
王都の男たちを何人も狂わせてきた魔性の受付嬢は、極上の獲物を完全に籠絡したと(盛大に勘違いして)確信し、満面の笑みでスキップしながらギルドへと帰還していったのだった。
2.ギルドマスターの狂喜と、莫大な利権
昼下がり、冒険者ギルド。
興奮冷めやらぬままギルドに到着したセリアは、そのままギルドマスターの執務室へと直行した。
「――なんだと!? それは誠か、セリアくん!」
報告を聞いた白髭のギルドマスターは、高級なマホガニーのデスクから身を乗り出し、目をひんむいて叫んだ。
「はい、マスター。一郎さまから直々に、『今後もセリアを指名する(専属の窓口とする)』とのお言葉を頂戴いたしました。昨夜の、わたくしの誠心誠意の……ええ、文字通り『身も心も捧げたおもてなし』が、一郎さまの御心に深く届いたようでございますわ(うふふ)」
セリアが意味ありげに頬を染めて視線を逸らすと、マスターはすべてを察したように「おお……!」と天を仰いだ。
「でかした! でかしたぞ、セリアくん! 君は我がギルドの、いや、王都の救世主だ!」
マスターは感極まって涙を流した。
「あの『青銅の牙』のゲスな虚偽報告のせいで、我がギルドは特級異端審問官様の逆鱗に触れ、聖教会から取り潰されるところだった! しかし、君の身体を張った……ごほんっ、その献身的な接待のおかげで、怒りを鎮めるどころか、強固な太いパイプを築くことができたのだ!」
「ええ。一郎さまは、大変お優しく、そして……とても『お強い』方でございましたわ」
セリアは、一郎の圧倒的な大人の魅力(と昨夜の暗転した出来事)を思い出し、打算だけでなく本気で下腹部を熱くさせながら身悶えした。
「それに!」
マスターは、金庫の鍵を握りしめながら興奮気味に続けた。
「特級審問官様が持ち込まれる、あの純度100%のミスリルと魔石! あれの専属取引権を我がギルドが独占できれば、王都はおろか、大陸一の権力と富を持つメガ・ギルドに成り上がることも夢ではない! セリアくん、君には特別手当として、取引額の3%……いや、5%を歩合として進呈しよう!」
「5%……!? ありがとうございます、マスター!」
セリアの目が、白金貨の形になってギラリと輝いた。
(ふふふ、ちょろいわねマスター。私が狙っているのは、5%の手数料なんかじゃない。一郎さまの『正妻』の座に就き、あの方の莫大な富を100%私が管理することよ……! あの小娘になんか、絶対に渡さないんだから!)
密室の執務室で、ギルドマスターと受付嬢による、腹黒くも幸福な「皮算用」の高笑いが響き渡った。
3.キャビン内の嫉妬と、ヒロインの決意
その頃。
王都の喧騒を抜け、再び有毒なダンジョン中層へと向かう白銀のパッカー車の中。
ミントの香りのするエアコンが効いたキャビン内の空気は、どこか重く、張り詰めていた。
一郎は「昨夜の酒は美味かったなぁ」と上機嫌でステアリングを握っていたが、助手席に座るリリィは、顔を真っ赤にしたり、青ざめたりしながら、落ち着かない様子でモジモジと身をよじっていた。
手には、一郎がつい今しがたパッカー車の四次元収納から支給品として取り出してくれた、新しい自分用の『蒼い作業服(芝崎清掃のロゴ入り)』が大事そうに握りしめられている。
(あ、あああ……っ! 昨夜、私がのぼせて不甲斐なく気絶してしまったせいで、一郎様はあの泥棒猫と一夜を共に……っ。きっと、大賢者様の神聖な儀式(大人の階段)を、あの女が独り占めしたのだわ……!)
リリィの脳内では、一郎とセリアが特別室の高級布団の上で繰り広げたであろう、過激で破廉恥な「神聖儀式(混浴の続き)」の妄想が限界を超えて渦巻き、頭からプスプスと本物の湯気を出していた。
農村育ちの純情な17歳にとって、嫉妬と敗北感、そして「次は絶対に自分も!」というエロティックな闘志が入り混じり、感情がショート寸前だったのだ。
「おいおい、どうしたリリィ。さっきから落ち着きがねぇな。まだ風呂ののぼせが残ってんのか?」
一郎がバックミラー越しに心配そうに声をかけると、リリィは「ひゃんっ!?」と変な声を上げて飛び上がった。
「い、いえっ! のぼせてなど……っ! ただ、第一助手でありながら、昨夜のお世話を最後までやり遂げられなかった、己の不甲斐なさを恥じておりまして……!」
リリィは涙目で一郎の横顔を見つめ、ギュッと拳を握りしめた。
「次こそは……次のお泊まりの機会には、私めが、一郎様の『お背中』から『前のほう』まで、隅々まで浄化のお手伝いをさせていただきますっ!」
「ははは、気にするな。まあ、あの宿の露天風呂はオッサンにも広すぎたからな。今度はもっとぬるめのお湯に浸かるといいさ」
一郎は暢気に笑い飛ばしたが、ふと昨夜の出来事を思い出し、感心したようにつぶやいた。
「それにしても、ギルドの接待は凄かったな。あのセリアって姉ちゃん、客の気分を良くさせる話術も気配りも完璧だった。完全に『銀座のナンバーワン』クラスの接客術だったぜ。あれなら専属の窓口として任せても安心だ」
「ぎ、ぎんざ……? なんばーわん……?」
リリィの耳がピクリと動いた。
「それは、夜の奉仕を極めた、高位のサキュバスか何かの称号ですか……!?」
「ん? まあ、似たようなもんだな」
男たちを虜にする夜の蝶、という意味ではあながち間違っていないと一郎は頷いた。
その言葉を聞いた瞬間、リリィの中で何かがカチリと弾けた。
(夜の奉仕を極めた高位の魔族の称号……! つまり、あの泥棒猫はそれほどまでに高度な夜のテクニックを駆使して、一郎様を籠絡しようとしているのですね! 負けません……! 私も、大賢者様の第一助手として、今日から夜の奉仕スキル(接客術)を極めてみせます!)
「一郎様! 私、今日からもっともっと頑張ります! 昼はダンジョンの浄化を、そして夜は、一郎様への癒やしを完璧にこなせる立派な助手になってみせます!」
「おお、頼もしいな。若い奴がやる気を出してくれると、現場監督としては嬉しい限りだぜ」
完全に方向性の間違った決意を固めるヒロインと、それを「若者の健全な労働意欲」だと勘違いして喜ぶおっさん清掃員。
パッカー車の中は、見事なまでのすれ違いコメディ空間と化していた。
4.新たな現場と、フィルター解放への決意
やがて、パッカー車は不気味な紫色の瘴気が立ち込める、ダンジョン中層のゴミ溜めエリアへと再び到着した。
腐敗した魔物の死骸と、不法投棄された壊れた武具が山を成す、最悪の不衛生空間。
「よし、現場到着だ。リリィ、さっそくその新しい作業服に着替えてくれ。宿で渡し忘れちまって悪かったな。まあ、仕事着(作業服)は現場に着いてから着替えるのが、オンとオフを切り替えるプロの鉄則ってもんだ。今日は定時までに、キッチリ回収するぞ」
「はいっ! 一郎様!」
一郎自身もパッカー車の陰でサッと私服から使い慣れた「蒼い作業服」へと着替えを済ませる。
数分後、ダボダボの神官服から、自分の体型にぴったりと合った『万色を拒む蒼の法衣(ただの作業服)』に着替えたリリィが、助手席から降り立った。
作業服の生地が、周囲の有毒な瘴気をパチパチと弾き飛ばしている。
「すごい……! 本当に、瘴気がまったく気になりません! これで私も、最前線で一郎様のお手伝いができます!」
「よく似合ってるぞ。安全第一だからな」
一郎は満足げに頷くと、半透明のブルーに輝く『ステータス画面』を空中に呼び出した。
【対ダンジョン専用環境浄化重機・芝崎清掃カスタム】
実績累計:850kg / 1000kg(『有毒瘴気吸引フィルター』解放まで、あと 150kg)
「よし。今日は定時までに、あと150kgのゴミを回収する。そうすれば、この『有毒瘴気吸引フィルター』がアンロックされるからな。そうすりゃ、もっと奥のヤバい現場にも突っ込めるようになる」
「はいっ! 私も防護結界と回復魔法で、全力でお支えします!」
その時だった。
『――ズゴォォォォォォッ!!』
ダンジョンの奥から、昨日相手にしたスクラップ・グールとは比べ物にならない、凄まじい地響きと咆哮が轟いた。
廃棄物の山の奥から姿を現したのは、無数の錆びた剣や鉄盾、そして冒険者たちの遺骸を全身に纏った、全長5メートルを超える超巨大な異形。
「あれは……! 中層の主と呼ばれる変異種、『アイアン・ゴーレムの廃棄体』!? だ、ダメです一郎様、あれは軍隊を動員して討伐するレベルの巨大魔物です!」
リリィが悲鳴を上げる。
だが、一郎の表情は驚くどころか、むしろ「面倒な粗大ゴミを見つけた」という、プロの清掃員特有の厄介そうな、しかし闘志に満ちたものに変わった。
「軍隊だか何だか知らねぇが、俺たちにとっちゃ、ただの『デカい不燃ゴミ』だ。……よし、気合入れて分別すっぞ!」
一郎は腰のベルトから、相棒である神器『解体用聖杖(長さ60cmの炭素鋼製バール)』を引き抜いた。
「昨日の極上の酒と風呂のためにも、今日も残業なしでキッチリ片付けてやる!」
一郎はパッカー車の前へと進み出ると、巨大な鉄の塊に向けてバールを構えた。
30歳の男盛りの肉体と女神の加護、そして何よりも「定時で上がって美味い酒を飲む」というオッサンの俗物的な欲望が、その一撃に規格外の威力を宿らせる。
「行くぞ、おらぁっ!」
バールの先端が一閃し、超巨大なアイアン・ゴーレムの装甲の継ぎ目に正確に叩き込まれる。そのままテコの原理で強引に抉り開けられると、強固な結合が「ギィィィッ!」と悲鳴のような金属音を立てて歪み始めた。
指名を勝ち取ったと狂喜する受付嬢、夜のテクニックを磨くと誓う勘違いヒロイン。
彼らの想いをよそに、最強のおっさん清掃員と白銀のパッカー車による、利益率100%の痛快無双なダンジョン大掃除は、今日も絶好調でノンストップの快進撃を続けていくのだった。




