10話。3481字。月光のチョロイン。
笑いながら彼女の背後から登場したマチョゴブロードは野球で見た右打ちの要領で構えた。
大剣の一振りとはいえ先手を取られ出来る事は少なかった。
大剣を剣で受けるため、彼女の前に体をねじ込んで終わりだった。
マチョゴブロードが大剣を振るうと、空間を削り飛ばす音がする。
衝撃に備え、何故か光る剣の腹を軌道に構えた。
しかし────多分死ぬ。十中八九死ぬ。
大剣をこの剣で防ぎきれるとは思えない。剣と共にひしゃげて死ぬのが分かり切った道理。
それでも、この一撃は止める。
後ろには通さない。
ひしゃげたらバフを彼女にかけて気合で1分くらい生きよう。
彼女が立ち上がれたなれば生き延びるくらい出来るだろう。
嗤うマチョゴブロードの重い一撃に覚悟を固め踏ん張るが、手に伝わるのは────軽い感触。
妙に光り輝く剣で確かに、マチョゴブロードの全力の横なぎを受けたはずだが俺の体は大した衝撃もなくその場に留まった。
何が起きた、身を包む全能感はなんだ?
すると、後ろから声が聞こえた。
「バフをありったけ!」
全身を包む全能感の正体は彼女のバフらしい。
予想外に双方が数舜停滞したが、なんとか俺が先に復帰。
スキルのおかげでステータスの低下や上昇には慣れている。
多少の上昇くらい操って見せようじゃないか。
ヘマはしない。
そのまま隙を作ろうと大剣をカチ上げて────スッパリと、大剣を根元から切り落とした。
…………なんだこの切れ味!?
混乱しつつも、がら空きになったマチョゴブロードの脇腹へと、剣に魔力を込めて横なぎを放つ。
「思いっきりやっちゃって下さい!!」
「まかせろ!!」
少女からの応援が、誰かを助ける夢と重なる。
そして、ちょっとだけ力んだ。
「やば…………っ!」
剣に乗せた魔力は斬撃となり、想像の数倍の威力で放たれた。
────ズガガガガガッッッッッッ!!
切った手ごたえもなくマチョゴブロードは二つに分かれ、木々の同じ高さに切れ込みが走る。
「うっわ、やらかした」
「ひえぇ~爽快ですね」
────ドザザッッッバザザザザッッッ!!!
前方100メートルの木々は倒れ、森林が禿げ上がり眠っていた鳥類が一斉に飛び立った。
マチョゴブロードがチリになる瞬間、40メートル先に見えた同サイズのチリ。
もしかしなくとも、あの一太刀に巻き込まれて最後の一匹も倒れたらしい。
目を皿にして人間の被害者がいないか探すが、見つからない。
全力で魔力探知をしても見当たらない。
よし、確信をもって被害者はいないと言えるだろう。
あぶねぇ。本当に良かった。
「なぁ、そっちでも魔力探知で人、人だったものをサーチしてくれないか」
「既に終わってますよ、ゴブリンロード3体は確実に討伐成功。人は幸い誰もいなかったようですね」
「良かった~」
ここ冒険者用の制限区域だしね、それも夜だしね、そんな心配してなかったけどね、うん。
良かった本当に良かった。非常に。
…………しかしまずい。
魔物以上に被害を出してしまった。怒られるで済むとは思えない。
彼女を振り返り、震えを抑えるように声を絞り出す。
「これさ…………ゴブリンロードの所為にしちゃわない?」
「…………ええ、そうですね。一蓮托生で行きましょう」
暗い森には光が差し、彼女の姿を照らしていた。
空を覆っていた枝葉は軒並み倒れ伏し、月を隠す雲は風でどこかに飛ばされ。
月明かりにさらされ俺は初めて、彼女を見る。
「どうしました?」
そこには、褐色肌の美しいエルフがいた。
長い耳に整った顔はエルフらしい。
しかし、褐色肌に豊満な体つきは、どこかエルフの印象から遠いチグハグさも感じさせる。
彼女は透き通った赤い瞳でこちらを見つめ、柔らかな笑顔を浮かべてこちらを窺う。
「なんでもないよ」
…………見惚れていました、とは言えないよなぁ。
俺は誤魔化すため森林だったものを指さした。
「これ、どうしようかなって」
「逃げましょう!」
「潔いね、乗った!」
街側の出口をキョロキョロ探すと案外すぐに分かった。
森に入ってからの時間、月の位置、年輪の向き、開けた森に見える見覚えのあるマーク。
「行こうか、あっちから街に行ける」
彼女に声をかけるが座ったまま動かない。
どうしたのだろう、怪我でもしていたか?
「えっと、…………腰が抜けてしまって、少し手を貸してもらえますか?」
「ああ、マチョゴブロードが背後に急に出てきたもんな」
「お化けじゃないんですから。普通に、死にかけたから怖かったんです」
手を貸して起こすと、よろけて軽く寄りかかってきた。
腕に当たる柔らかな感触から、どうにか意識を逸らす。
「簡単な回復魔法でもかけようか?」
「あ。…………そういえば私も使えるんでした」
彼女が小さく魔力を動かすと、直ぐに歩けるようになった。
良かった良かった。この分なら怪我を隠している事もなさそうだし。
足を進めようとすると声をかけられる。
目を向けると彼女は頭を下げていた。
「助けてくれて、ありがとう。命の恩はちゃんと返しますから」
「いや、その言葉で十分だ。冒険者は助けるのが仕事だしな」
「でも、気持ちの問題です」
「いやいや」
「でもでも」
そのまま森林をでて、街へ向かう道中。
押し問答をつづけて俺が負けた頃。
あと少しで街が見えてくる辺り。
「そんじゃ、そろそろ解散かな?」
「えっ。それっきり、ですか?」
彼女は横を歩きながら、なんてこと無い風に言った。
「良ければ一緒にパーティーを組みませんか?」
「え?」
何故いきなりパーティーの誘いが美少女から来るんだ?
本来なら二つ返事で了承したいが…………。
しかし今回は事情が違う。
俺が今日、森に入った事は誰かに目撃されている可能性が捨てきれない。
共犯と思われたら片方がバレた時にまとめて捕まる。
彼女のためには一緒にパーティー組む事は望ましくないはず。
「その、嬉しいんだけど…………」
「一蓮托生と言ったじゃないですか」
こっちの考えは読まれているらしい。
捕まるときは一緒って意味で言ってるのかな。
「でも、見つかったら困るのは君の方なんじゃないのか?」
彼女はマチョゴブロードを倒しきる事にこだわった。
方向性は掴めないが、何かある。探られたいことでもなかろう。
「そんな事ないです。もしかしてパーティーを既に組んでいたり?」
「しないけども」
一歩、一歩と彼女が近づく。
「組むのが嫌だったり?」
「いいえ」
徐々に、上体があと少しで触れ合うほど距離を詰め、彼女は笑う。
スタイルが良いと肉体の幅感覚が狂うのだろうか。
「なるほど、では言い方を変えます。助けて下さい!」
…………その言葉には弱かった。
誰かを助ける事は夢の片鱗だから。
それに、彼女に無理やりお節介をかける理由に使った以上断りにくい。
彼女はニコニコと笑って俺を見上げる。
…………その笑顔には弱かった。
理由はない。
「ああ、わかったよ。こっちが断る理由も正直ない、これからよろしく」
「はい!」
嬉しそうな彼女は何を思ったのか、抱き着いてくる。
スタイルが良いと人との距離感覚が狂うのだろうか!?
勘弁してほしい、俺が狂う。
やっぱり現状維持の方がいい気もしてきた。既に狂ったのだろうか。色とかに。
彼女をおっかなびっくり降ろしてふと思う。
彼女を、彼女は、彼女が。
「なぁ、自己紹介をしないか」
了承を得る前に、名乗りを上げる。
大したことは言えないけれど、そんなもんだ。
「えー、改めまして俺はリクト。いつかS級冒険者になる予定の者です、よろしく」
「よろしく、リクト」
俺の名前を何度か口の中で繰り返し、一つ頷くと顔を上げる。
此方を向く顔は、真剣な表情で。
「改めまして、私はセレーネ。パン派のエルフ。田舎から出てきた迷子にして長命な者」
「よろしく、セレーネ」
「はい!」
顔に見合わぬ気楽な自己紹介に少し安心した。
というか長命?
同い年か一個下くらいで、ざっと17才ほどの美少女にしか見えない。
そういえばベルク式を使っていたか。
もしや魔法式が古かったのは、彼女がおばあちゃんっ子だったのでなく、彼女がおばあちゃん…………?
げしっ、と何も言っていないのに太ももを蹴られた。
テレパシーだろうか。なんてある訳もないか。
年の功だろう。
──げしっ!
「いったい!!」
「何考えてたか言ってみなさいコラ」
つま先で抉るように蹴りやがった!
何か言ってやろうと振り向いて、うっかり言葉が顔の良さに引っ張られる。
「そんなもん…………月の様に綺麗だなぁとね!」
「そ、そうですかね。ふふふ」
可愛いなぁ。
もう世界一だよ。万歳万歳。
「チョッロいなぁ」
「心の声が逆じゃないですか、ねっ!」
──がすっ!
「いっ────たい!! 加減、セレーネ、加減!」
「さてはリクト、懲りない性質ですね?」




