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【11/7完結予定】侍女アナベルと口紅の秘密~女好きの騎士に口説かれてますが、お嬢様の死の真相を追うのが最優先です~  作者: 青海きのこ


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第9話 誘惑作戦

 アナベルは、以前セドリックと身を潜めていた路地裏から、コーヒーハウスを見ていた。

 この前はセドリックに止められて、ジュリアンと接触できなかった。


(セドリック様に相談しても、どうせ止められるに決まっている)


 アナベルはジュリアンの手がかりを掴むことに急いでいた。

 伯爵夫妻から、いつコーディリアの死を追うことを咎められるか分からないから。

 彼らに本気で止められてしまったら、アナベルだって続けられない。


(ましてや、本当に結婚の話なんて進んでしまったら……)


 コーディリアのことを調べる時間なんて、ますます無くなる。

 彼が通うコーヒーハウスは、怪しい賭博場だと聞いたことがあった。

 もちろん、それだけではない。裏社会の人間との関わりを持てる場でもあるようだし、このコーヒーハウスの真のオーナーはガスリー家だという噂も耳にしていた。


(あの男だったら、自分で手を施さなくても、金で人を雇うことだって考えられる)


 ジュリアンがよく現れるコーヒーハウスが、悪の温床のような気がした。


(だから、王宮騎士だってマークしているんだわ)


 コーヒーハウスの前に、ジュリアンが現れた。

 入口の前で前と同じように馴染みの貴族と話している。

 アナベルは慌てて路地裏から現れた。


 今日のアナベルは、ジュリアンの目に留まるよう、胸元が大きく開いたなるべく下品なドレスを着用した。

 普段まとめている髪は、ふわりと下ろして、いつもとは違う妖艶な化粧を施した。


(お嬢様がいたら、『危ないことはしないで』と叱られていたかもしれない。私だってお嬢様を心配させたいわけではないけれど、でも……私にできる方法はこれしかない)


 ジュリアンの女癖の悪さを利用するしかない。

 ゆっくりとコーヒーハウスに向かって歩くと、ジュリアンに思わせぶりな視線を投げた。


 コーヒーハウスの前を通りすがるとき、ジュリアンと視線が交わるのを感じた。

 ジュリアンの熱っぽい視線が自分の顔から、胸元へと移り、腰回りを眺めたのが分かった。


(やっぱり。あの男は、こういう女性が好きなのね。品定めされているみたいで、気分が悪いわ)


 アナベルは内心をぐっと抑え、ジュリアンに見とれているように通り過ぎた。


「お嬢さん!」


 ジュリアンの横を通り過ぎた瞬間。

 アナベルはジュリアンに呼び止められた。

 ゆっくりとアナベルが振り返ると、ジュリアンは白いハンカチを見せた。


「ハンカチを、落としませんでした?」


 刺繍入りのよくあるハンカチだ。もちろん、アナベルは落としていない。

 このハンカチは、ジュリアンの“いつもの手口”なのだろう。


「え? 私のものではありませんけれど……」

「そうでしたか」


 ジュリアンはハンカチを引っ込めると、アナベルの方へと近付いた。


「お嬢さん、どこかで会ったような気がするけれど」


 ジュリアンはアナベルの耳元でそっと囁いた。

 アナベルは気持ち悪さで、全身の毛がぞわっと総毛立った。

 ジュリアンの言葉は、よくあるナンパの常套句なのか、本当にアナベルに気付いているのかがよく分からなかった。


「初めてだと、思いますけれど」

「そう? まあ、そうかな。こんな美しいお嬢さんと会っていたら、忘れるわけないしね」

「そんな。美しいなんて」


 アナベルは満更ではないという芝居を続けた。


「時間ある? 良かったら、一緒にお茶でもしたいな」

「お茶ですか?」

「ああ」


ジュリアンは件のコーヒーハウスを指した。


「でも、ここって女人禁制ではありませんでしたっけ?」

「まあ、表向きはね。僕は特別だからさ。奥に君とゆっくりできる部屋を用意することもできるんだけど」


 ジュリアンは自分が高貴な身分であることをチラつかせた。


「え? そうなんですか?」

「興味、ある?」


 ジュリアンはいつの間にか、アナベルの腰を抱いた。


(何この男。本当に気持ち悪過ぎ……)


 ジュリアンの手が腰から下へと怪しく動いた。

 その瞬間、コーヒーハウスの扉が大きく開いた。

 そしてコーヒーハウスから、背の高いキャスケット帽をかぶった眼鏡の男が現れた。

 その男は何故か、迷いなくアナベルの方へと歩いて来た。


(え……何?)


 ジュリアンと密着するアナベルの細い手首を取ると、「何してるんだ?」とアナベルを責めるような低い声を出した。その声に、アナベルは聞き覚えがあった。


「え?」


 驚くアナベルに男はため息をつくと、「悪いが、この女はオブライエン卿が懇意にしている女だ」とジュリアンに向き合った。


「オブライエン卿が!?」


 驚くジュリアンに男は静かに頷いた。

 ジュリアンは、アナベルからスッと身体を離した。


「こんなところでほっつき歩いて、卿に知られたらどうするつもりだ」

「え? あ……」


 男はそういうと、ズンズンとアナベルを引きずった。

 あっという間の出来事だった。


 突然現れた男の顔は、チラッとしか見えなかったが、前髪の隙間から美しい青い瞳が見えた気がした。そして、握られた手から感じる熱にも、アナベルは覚えがあった。


(もしかして。でも、どうして……)


「あ、あの、もしかして」


 話しかけても何も答えない男は、先日セドリックと前を通った連れ込み宿へと入って行った。アナベルは戸惑っていたが、男は構うこと宿の中へと入っていた。

 勝手知ったる場所なのか。主人の顔をチラッと見ると、二階へと上がった。


「え、や、やだ。ちょっと、こういう場所、私は……」


 アナベルは慌てて抵抗したが、男はアナベルの制止など聞く気はない。

 部屋の扉を乱暴に開けると、「そこに座れ」とアナベルに命令した。

 部屋にはベッドがあったが、男が指示したソファの方へと座った。


 男は不機嫌そうにガシガシと前髪を掻き上げると、隠れていた青い瞳が現れた。


(……やっぱり!)


 コーヒーハウスから出て来た謎の男は、セドリックだった。


「なんで……?」

「なんではこっちのセリフだ!」


 何故かセドリックは、剣幕だった。

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