第10話 セドリックの説教
「一体なんで君は、あんな場所に、あんな男と、そんな格好で」
セドリックはアナベルの胸元をチラッと見たかと思うと、パッと目を逸らした。
ジュリアンのようなねっとりとした視線が絡みつくことはない。
(むしろ、見ないようにしてる?)
セドリックは部屋に備え付けられた洋服箪笥を開くと、白いシャツとスラックスを取り出し、アナベルへと差し出した。
「男物だが、一応小さめのサイズだ」
「え?」
「着替えろ」
「は?」
「俺は外にいるから、着替え終わったら教えろ」
セドリックはそれだけ言うと、部屋を出て行った。
アナベルは着ていたドレスを脱ぐと、シャツ、スラックスを履いた。
男性用としては小さめなのだろうが、アナベルが着ると袖が余っていた。
スラックスもウエストは合わなかったが、サスペンダーが付いていたので落ちることはなかった。
「あの、着替えました」
部屋の扉を開けると、壁際にセドリックが立っていた。
アナベルの着替えを確認すると、部屋へと戻り、ソファに向かい合わせに座った。
「やっぱり、大きかったようだな」
余ったズボンやシャツの裾は折り曲げていた。
「少し。でも、なんでこんな服がここに」
「ここは俺たちが使っている宿だ。途中で着替えることもあるから」
「そうなんですね」
「ああ。それで?」
「え?」
「さっきの質問の答え」
「あ」
「あのコーヒーハウスの件は、こっちで調べるから余計なことをするなと言ったはずだが」
「はい」
「分かってやったというわけか?」
セドリックは呆れたように、ため息をついた。
「……止められると、思って」
「止めるに決まっているだろう? あの男に近付いて言い寄られていたようだったが、一体どうするつもりだったんだ?」
「その……。ジュリアン様は、女癖が悪いと評判の方なので、彼が好きそうな女性を演じれば油断して情報が得やすいかなと」
アナベルの答えに、セドリックは再び大きなため息をついて手で顔を覆った。
「それで、あの男は君になんて?」
「お茶を、一緒に飲まないかと言われました」
「お茶?」
セドリックの眉間の皺が一層深くなった。
「コーヒーハウスに、私も入れる部屋があると」
「それで、君は付いて行こうと思ったのか?」
「まあ、はい」
「……着いて行って何かあったらどうするつもりだったんだ?」
「もちろん、断るつもりです」
「男と二人きりで迫られて、断れると思っているのか?」
「えっと」
「強引に来たらどうする?」
「その……。もし、そういうことになったら、仕方ないと」
語尾が弱々しくなった。アナベルは説明をしながら、しどろもどろになるのが分かった。
セドリックの視線が、声音が、いかに自分の作戦が穴だらけで、無鉄砲なものだったかを指摘していたように感じたから。
「仕方ない!? 仕方ないって、あの男の言いなりになるつもりだったのか?」
「言いなりにってわけではないですけど、油断させて、あの男の思惑を」
「油断させるために、自分を犠牲にするつもりか! そんなことが、君の主人が喜ぶことだと思っているのか!」
セドリックの大きな声に、アナベルはビクッと震えた。
「……大きな声を出して、悪かった」
「いえ。私の考えが……浅はかでした」
アナベルは、自己嫌悪に項垂れた。
(コーディリアのことしか考えていなかったけれど、コーディリアに知られれば彼女が一番怒りそうだ。しかも、そのことをセドリック様に指摘されるなんて)
「どうして、そんなことを? 俺たちが信用できなかったのか?」
アナベルは悲しそうなセドリックの声に、慌てて顔を上げた。
「いえ、そういうことではなくて! セドリック様にも、スペンサー様にも感謝しております。先日のお嬢様の葬儀にまでお越しいただいて、本当に、有難く思っております」
「だったら、なんで」
「その……お嬢さまのことを調べられる時間が……」
「時間?」
「旦那様から、他家の侍女のお話が」
「……ああ」
アナベルが仕えていた主人がいなくなったわけだ。
葬儀も終え、アナベルに新しい仕事を斡旋することはおかしなことではない。
「旦那様も奥様も、私のことをお考えになってご提案いただいているのは分かっているのです。それに、私がお嬢様のことを殺した犯人を追うのも心配してくださっていて」
「それはそうだろうな。令嬢のすることではない。それで、新しい勤め先はもう決まっているのか?」
「いえ。その、侍女としての勤め先もそうなのですが、もう結婚を考えても良いのではないかともおっしゃっていて」
「結婚!?」
セドリックは驚いたように、また声が大きくなった。
アナベルはセドリックの驚きように、驚いた。
(そんなに驚くこと? そういう話が出たって不思議ではない年頃だと思うけれど)
セドリックは思わず大声を出したことを誤魔化すように、咳ばらいをした。
「それで、君は、約束した相手でも……いるのか?」
「いません」
アナベルはあっさりと答えた。
「そうか。その、気になる相手も、いないのか?」
「いません」
「……そうか」
「何か?」
セドリックが少し肩を落としたように見えた。
(勘違い、かしら?)
「いや、何でも……。それで、君は伯爵が言うように、結婚をするつもりがあるのか?」
「いずれは。でも、今は犯人を見つけることの方が」
「いずれは結婚をしたいということか?」
「え? 結婚?」
「いずれは、と言っただろう」
(なんでそんなに結婚のことを? それよりも犯人のことの方が)
「どうなんだ?」
なぜかセドリックは結婚の話を詰め寄った。
(なんで私の結婚のことを、こんなに……。興味があるってこと?)
「それは、いつかはするのかなとは思っていますが」
「そうか。それはどういう相手が良いんだ?」
セドリックはさらに結婚の話を詰めて来た。
「まさかね」と思うアナベルに、違和感を覚えるほどに細かな情報を聞きたがる。
「え?」
「何だ? 見た目の好みとか、仕事とか、性格とか、何か条件はないのか?」
「……なんで、セドリック様にそんなことを」
アナベルに不審の目を向けられると、セドリックは一瞬言葉が詰まったが、アナベルをじっと見た。
「……俺が、君の条件に当てはまる男を知っているかもしれないと思わないのか?」
「は?」
(私の結婚相手を探そうとして、こんなにやたらと聞いて来たってこと?)
アナベルは自分の結婚に興味を持っていそうな理由を、勘違いしそうになった自分が恥ずかしくなった。
「別に……セドリック様にご紹介いただかなくても。それに、今は結婚よりも、犯人のことの方が大切なんです!」
「……それは、分かっている。だから、俺だってコーヒーハウスに潜入していたんだ。君が余計なことをするから、中断せざるを得なかったが」
「それは、すみません」
「まあ、いい。大体調査は終わっていたし」
「何か分かったんですか?」
アナベルは瞳を輝かせた。
「毒のことは分からなかった」
セドリックの言葉に、アナベルががっくしと肩を落とした。
「しかし、ガスリー子爵とオブライエン侯爵が縁付くことは確かだろうな」
アナベルはパッと顔を上げた。
「三女のローズ・オブライエンとの婚約は、水面下で進んでいるようだ」
「やっぱり!」
あの噂は本当だったんだ。
「コーディリアの件は、コーディリアの死によって、実質既に婚約解消されたようなものだ。まあ、とは言えあまりに早いと周囲の目もある。ある程度落ち着いたところで正式に結ぶつもりなのだろう。ガスリー家がオブライエン家に擦り寄っているのは間違いない」
「じゃあ、やっぱりお嬢様のことを邪魔に思ったジュリアン様が!」
アナベルは思わず腰を上げた。
「アナベル、落ち着け」
セドリックに言われ、アナベルはソファに再び腰を下ろした。
「ジュリアンの件だが、犯人だと決めつけるのはよくない」
「どういうことですか?」
アナベルは不服そうにセドリックを睨んだ。
「あの男がロクでもない男なのはその通りなのだろう。あの男が君の主人を邪魔に思っていたことも。君の主人や君が、あの男を嫌っていたことも。ただ、それだけで、あの男を犯人だと決めつけるのは早計だ」
「……でも、じゃあ、一体誰が……」
「それはもう少し慎重に考える必要がある。ただ、あの男に固執し過ぎると、大切なことを見落とすということだ」
セドリックの言うことは最もだった。
コーディリアを苦しめるジュリアンのことを憎いと思っていた。
だから、彼がコーディリアの死に関わるのではないかと思い込んでいたのかもしれない。
「すみませんでした」
アナベルはセドリックに改めて頭を下げた。
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