第11話 セドリックとスペンサーの調査
「例のコーヒーハウスで秘密裏に会合を行っていたのは、予想通りオブライエン侯爵家とガスリー子爵家お抱えの会計士や商人たちだったよ」
スペンサーは資料をセドリックに見せた。
コーヒーハウスで見かけた男たちを、スペンサーが身元調査をしていた。
「やっぱりな」
予想をしていた通りだった。
「ローズとジュリアンの婚約は確定だな」
「この噂の広がりようだと、隠す気も無さそうだ」
二人の婚約の話は、当初からアナベルも知っていた。
「第二王子派を増やそうとしているのだろう」
ブラッドフォード伯爵家は第一王子派、ガスリー子爵家は中立派だ。
「オブライエン侯爵は、もともと第二王子派の筆頭だからな。母君が公爵家の出身で、後ろ盾も強い。第一王子派を押し切れると思っているのかもな」
「オブライエン侯爵が、あのボンクラのために要職を用意しようとしている噂もある」
「要職!?」
「ああ。枢密院書記官長だとか、王室財務長官だとか」
「終わったな」
セドリックは、ため息をついて天井を見上げた。
アルセーヌ王国には王子が二人いる。前妻の子が第一王子、後妻の子が第二王子だ。夭折した第一王子の母は、子爵家と身分が低く、後ろ盾も弱かった。そのため、第二王子を押す派閥は根強くあった。
「オブライエン侯爵の長女は、第二王子に気に入られているようだしな」
第二王子派の筆頭格に、オブライエン侯爵家がある。
「美しくて、第二王子を立てる賢いご令嬢という話だからな」
オブライエン家の長女リリーは、第二王子の婚約者候補の一人だ。候補と言っても、一人しかいない候補であるため、実質は婚約者と言っても過言ではない。
「ローズ嬢と違って、ずいぶん評判が良いな」
「そうだな」
「しかし、ローズの使い道もできたわけだろう。うまくやったわけだ」
オブライエン侯爵家の三女・ローズと言えば“社交界の薔薇”と持て囃される美女だ。その美しさはブラッドフォード伯爵家のコーディリアと並び立つものだ。しかし、人間性の評判は真反対だ。コーディリアは聡明で優しい。一方、ローズは我儘で高飛車。こういう人間的な評価は、使用人たちの評判に信憑性がある。
「しかし、コーディリア嬢は気の毒だったな。ガスリー子爵家と繋がりを持たなければ、こんなことにはならなかったろうに」
セドリックは、コーディリアのことを口にしながら、アナベルのことを思った。
「領地の水害が続かなければな」
スペンサーは、残念そうにつぶやいた。
そう。ブラッドフォード伯爵領は三年連続水害に見舞われた。
そのため、一気に家計が傾いたのだ。
「悪徳領主なら、それでも領民からむしり取っただろうが、免税令まで出して」
スペンサーの調査によると、ブラッドフォード伯爵家は商人や金貸しからの借金を、ガスリー子爵家に買い取られていたことが分かった。その結果、コーディリアとジュリアンの婚約が成立したようだ。
「コーディリア嬢の毒殺犯は、見つかりそうなのか?」
スペンサーはセドリックに訊ねた。
「まだ分からないな。アナベルはジュリアンだと思い込んでいるようだったから注意した」
スペンサーは、ククッと思い出し笑いをした。
「ああ、それで色仕掛けをしようとしたわけか」
一昨日、スペンサーとセドリックはコーヒーハウスで潜入捜査をしていた。
そこに、急にあんな格好でアナベルが現れたのだから、心臓が止まるかと思った。
セドリックは昨日のアナベルの姿を思い出し、口を真一文字に結んだ。
(まるで商売女のような恰好をして……)
あの格好は反則だ。大きく開いた胸元から、豊満な胸が強調されていた。意思の強そうな瞳に、小さな泣き黒子のギャップが愛らしいし、ぽってりとした唇は、たまらなく触れたくなった。意識したくないのに、目が吸い寄せられてしまった。冷静な話し合いのために、慌ててアナベルを着替えさせた。
(あんなの、ジュリアンじゃなくても声をかけるに決まっているだろう。あんな格好で、ジュリアンと二人きりになろうなんて、本当に無鉄砲にもほどがある)
あのコーヒーハウスには、密談用の部屋もそうだが、連れ込み部屋が存在していることも分かっていた。
『もし、そういうことになったら、仕方ないと』
セドリックに詰められて、しどろもどろになりながらアナベルはそう答えた。
セドリックはアナベルの言葉を思い出し、再びムカムカとした。
あの後、セドリックに叱られて反省したようではあったが……。
「セドリック、何をそんなに怒っているんだよ。無事だったんだから、いいだろう」
不機嫌な顔のセドリックに、スペンサーが訊ねた。
「無鉄砲が過ぎる」
「まあ、確かに驚いたけどな。なんだって、あんなことを?」
「何だか、伯爵に犯人捜しを止められたとか。結婚を勧められたとか、言っていたな。早く犯人を見つけようとして焦ったらしい」
「ああ、そういうことか。結婚ね。許嫁でもいるのか?」
「それはいないらしい」
「じゃあ、これから探すのか?」
「……そのようだ」
「ふーん」
スペンサーは何事かを考えていた。
「何だ?」
「いや、アナベルって、フェザーストーン男爵家の令嬢だっけ?」
「三女だ。10歳からブラッドフォード伯爵家で行儀見習いとして、侍女をしている」
「詳しいな。お前、調べたの?」
「当たり前だろう」
スペンサーもセドリックも、第一王子派の諜報員としての活動もしている。
出会った人間のことを調べるのは、習慣だ。
当然、アナベルのことも調べる。
「持参金はあまり望めないだろうから、相手は貴族とは限らないだろうな。商家とかさ。あの子、気立ても良いし、働き者っぽいっから重宝されるかもね」
「そんなことはないだろう」
「え?」
何を否定されたのかが分からず、スペンサーはポカンとセドリックを見た。
「……いや、その、貴族同士の婚姻の可能性だって、十分あるだろうということだ」
「あ、そういう意味か。でも、貴族同士って色々面倒だろう。あの子はそういう煩わしい生活から離れた方が良さそうに見えるけどね」
「そうでもないだろう」
「え?」
再び何を否定されたかが分からず、スペンサーはセドリックを見た。
「……いや、その、煩わしくない貴族だってあるだろう?」
「……は?」
スペンサーも、セドリックも、日々煩わしい貴族たちの諜報活動をしている。
セドリックこそ伯爵令息ではあるが、貴族同士のやり取りを煩わしく思っていたはずだ。
「どういうことだ」というスペンサーの視線に、セドリックはコホンと咳ばらいをした。
「貴族にも色々いるっていうことだ」
「……まあ、それはな」
なぜか、眉根を寄せ不機嫌そうなセドリックに、スペンサーは違和感を抱いた。
「そうか。そういうことか」
スペンサーは、納得したように呟いた。
「何がそういうことなんだ」
「いや、アナベルは色っぽいし、ちょっと無鉄砲で危なっかしいところはあるが、まっすぐで可愛い」
「……だから、なんだ?」
セドリックは、スペンサーの言葉に目を眇めた。
「いや、あのコーディリア嬢の侍女だったんだ。それなりの教養もあるだろうし、貴族の妻としてもいいかもしれないな」
「まあ」
「あの素直さも、貴族令嬢らしからぬ実直さも、好感が持てる」
「……まあ」
「ブラッドフォード伯爵家が娘同様に可愛がっているというなら、結婚相手としても悪くない」
スペンサーが、不敵な笑みをセドリックに浮かべた。
「……どういう、意味だ? スペンサー」
セドリックは、不機嫌そうな声をあげた。
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