第12話 セドリックの情報収集
「いや、セドリックに言われるまで気が付かなかったけど、アナベルは結婚相手として悪くない。彼女が本気で結婚相手を探すというなら、立候補するのも悪くないなと思って」
スペンサーがしれっとセドリックに言った。
セドリックはスペンサーの言葉に眉がピクッと動いた。
(何こいつ。ずいぶん分かりやすい反応するな)
スペンサーは口元が緩みそうになるのを、ぐっと引き締めた。
「彼女は、結婚相手よりも犯人捜しの方が重要らしい」
セドリックはスペンサーの興味を反らしたいのか、眉根を寄せてそう言った。
「まあ、じゃあゆっくり口説けばいいか」
「は!?」
スペンサーのつぶやきに、セドリックの声が大きくなった。
セドリックと目が合うと、スペンサーは不敵に笑った。
(俺が中々引かないから焦っているのか)
スペンサーはもう少しセドリックを揶揄いたくなり、明らかに動揺しているセドリックに訊ねた。
「何? 俺が口説いたら困るのか?」
「……別に、そういうわけではないが。お前、結婚を考えていたのか?」
「そりゃあ、俺たちだってもう24歳だ。いつまでも一人というのもな。そろそろ結婚したっていいだろ? 何、セドリックは考えてないの?」
セドリックは一瞬躊躇ったが、ぽそっと本音を漏らした。
「……タイミングが合えば」
(まあ、そうだよな。で、いま、アナベルが現れたから狙いたいってところか)
「俺だってそうだよ」
スペンサーはセドリックにニコッと笑った。
「アナベルはどういう男が好みなのかな。セドリックは知ってる?」
「なんで俺が」
セドリックはごにょごにょと言っていた。
(なんだ。それはまだ聞いてないのか。女性関係からの情報収集は得意分野なはずなのに、自分のことになると意外と奥手なんだな。……仕方ない)
「じゃあ、今度会ったとき、聞いてやろうか?」
「え?」
「気になっているんだろう?」
スペンサーは悪い笑みを浮かべた。
セドリックは口の端を引きつらせて固まった。
「お前が聞き出せないなら、聞いてやってもいいぞ。そうだな。今度酒でも奢ってもらうかな」
「なんで俺が」
「あ、そう。じゃあ、お前は知らなくていいんだな」
「いや! 別にそうは言ってないが」
再び慌ててごにょごにょと言うセドリックを、スペンサーはニヤニヤと眺めた。
「俺は別にいいんだぞ。どっちでも」
スペンサーが笑うと、セドリックの耳が赤くなった。
口を開けたまま躊躇うと、しばらくして頭を下げた。
「……聞いてくれ」
「え?」
「……頼む。聞いてくれ!」
顔を赤らめて頭を下げるセドリックに、スペンサーは我慢しきれないとばかりに笑い声をあげた。そのスペンサーの様子に、セドリックは悔しそうに口をへの字に曲げた。
「お前、ああいう子が好きなんだな。初めて知ったよ」
「別に、そういうわけでは!」
「じゃあなんでアナベルの好きなタイプを知りたいんだよ!」
「……情報収集は、俺たちの仕事だ」
「アナベルの好みの男を知るのが、どんな政略に関係してるんだよ!」
苦しい言い訳をする悪友の背を叩き、愉快そうに笑うスペンサーの声が響いた。
「じゃあ愛しのアナベルのために、早く犯人を捜し出さなきゃならないな」
「愛しのとか、そういうことでは……」
ごにょごにょと言いわけを口にするセドリックの肩を、スペンサーがポンポンと叩いた。
「まだそこまでではないのか。ちょっと気になる程度なのかな」
目が笑っているスペンサーに、セドリックは「くそっ」と悪態をついた。
スペンサーに散々揶揄われた翌日。
セドリックは王宮庭園のプロムナードを、令嬢を伴って歩いていた。庭園に遊びに来る高位貴族の令嬢を捕まえては、情報収集をするのはセドリックの役目だった。
「セドリック様にエスコートいただけるなんて、来た甲斐がありましたわ」
「いけないな、レディ。そんな可愛い笑顔を見せたら、男を勘違いさせますよ」
セドリックの顔をチラッと見ると、エイムズ伯爵令嬢はふふっと扇で口元を隠しながら満足そうに笑った。エイムズ伯爵令嬢は、流行のドレスを見せびらかすために月に一度は庭園へと顔を出す。セドリックの腕を両手で抱きしめるようにきゅっと握ると、身体を持たれかけながらプロムナードをゆっくりと歩いていた。彼女の甘い香水の香りが強すぎて、庭園の薔薇の香りなのか、香水なのかが分からなくなる。
(具合が悪くなりそうだな)
セドリックは内心そんなことを考えていたが、エイムズ伯爵令嬢はさらにセドリックへと身体を寄せた。
「シンディーと呼んでほしいわ」
甘えたように見上げたが、セドリックは美しい微笑みで躱した。
「あなたの信奉者に恨まれてしまいますから」
エイムズ伯爵令嬢は、セドリックを切なげに見た。セドリックは令嬢の手をそっと取ると、さりげなく距離を取った。そして、彼女の手をじっと見つめた。
「どうかなさった?」
「いえ。あまりに白く美しい肌でしたので、つい」
「え!? そんな……」
セドリックの見惚れる芝居に、気を良くした令嬢は嬉しそうに顔を赤らめた。
「以前お会いしたときも美しいと思っていましたが、最近増々美しさに磨きがかかって、緊張してしまいます」
「そんな……」
「何か秘密があるのですか? 人知れぬ恋、とか」
「いやだ。そんなことではありませんわ。実は、最近新しい化粧水を使い始めたのです」
「化粧水? どちらで手に入れたものなんです?」
(アナベルの言っていた、最近令嬢に人気の高級化粧水というヤツか。ヒ素が入っているものかもしれないな)
令嬢の腕は、青白いほどに白くなっていた。
「ランド商会のものなんですの。いま、中々手に入れられないのですよ」
(ランド商会か……)
「そうなんですか。さすがはエイムズ伯爵令嬢。どなたかの口利きがあったのですか?」
「ええ。実はオブライエン侯爵家のローズ様にご紹介いただいて」
(ローズ?)
「そうでしたか」
「ローズ様はいつも流行に敏感でいらっしゃるから」
「それはエイムズ伯爵令嬢もではないですか」
「あら、そんな。令嬢としての当然の嗜みですわ」
セドリックの賛辞に、エイムズ伯爵令嬢は少し照れたように扇で顔を隠した。
「謙虚なところも素敵ですね」
セドリックは、エイムズ伯爵令嬢の右手を持ち上げると、口づけをする振りをした。
「あなたを妻にできる男が羨ましい」
セドリックは片眼を閉じ、令嬢にウインクをした。
セドリックの気障な仕草に、令嬢がキャッと顔を赤らめると、セドリックは別れの挨拶をし、令嬢を見送った。別の騎士が令嬢をエスコートすると、セドリックはくるっと後ろを振り返った。振り返った瞬間、背後に立っているアナベルと目が合った。
「アナベル!? ……どうして、ここに?」
アナベルは手に持つ荷物をキュッと握った。
「お借りしたお洋服をお返ししようと思いまして……」
アナベルは、セドリックをまっすぐに見て小さく微笑んだ。




