第8話 コーディリアとの別れ
検死が終わり、屋敷へと戻ったコーディリアの遺体を見た家族は、彼女の死が事実であることを受け止めざるを得なかった。慌ただしく、葬儀の準備を始まった。
「旦那様、この口紅を使っても宜しいですか?」
コーディリアが夜会前に注文していた新しい口紅が、数日前に屋敷へ届いていた。
眠るコーディリアに、最後に美しい化粧を施したかった。
「ああ。頼むよ、アナベル。娘を、美しく……旅立たせてほしい」
伯爵は、肩を震わせながらそう告げた。夫人は、コーディリアの亡骸から離れられなかった。弟のクリスは、気丈にも折れそうな母を必死に支えていた。伯爵家の使用人たちは、そんな主人たちの姿に胸を痛めていた。
検死を終え、コーディリアを見るのは、夜会の晩以来1週間ぶりだった。
検死のためなのだろう。エメラルドグリーンのドレスが、切られていた。
ドレスを見ていると、あの夜のコーディリアを思い出す。
「どのドレスがいいでしょう?」
アナベルは、侍女長のナニーとコーディリアのクローゼットを見た。
伯爵家のご令嬢とは思えないほどに、質素だった。
あの夜会に着ていたドレスが、唯一の高級品だった。
それ以外コーディリアが持っていたドレスは、どれもコーディリアが売り払っていた。
おそらく、私たちの賃金に代えるために。
アクセサリー類も、ほとんど残っていない。
令嬢にとって、ドレスがどれほど大切なものか。
アナベルは痛いほどに知っていた。
よく着ていた綿のドレスを見ると、手が止まった。
首元に施された可憐なフリルが、コーディリアによく似合っていた。
ウエストのリボンは少し大きめで、アナベルが結んでいた。
「アナベルは本当に器用ね」
ただのリボン結びを、コーディリアは褒めてくれていた。
涙が目に浮かぶ。
「そのドレスにしようか?」
ナニーはアナベルに優しく語り掛けた。アナベルは、こくんと小さく頷いた。
コーディリアの身体には、傷跡があった。検死のためにつけられたのだろうか。
生々しい傷跡に、アナベルは胸が痛んだ。
冷たいコーディリアの身体に触れ、清拭をして、ドレスを着せた。
ナニーに身体を抱えてもらい、アナベルはリボンを結んだ。
『アナベル、今日も綺麗にしてくれてありがとう』
不思議と、コーディリアの声が聞こえてくる気がした。
髪をセットして、コーディリアの身体を棺に納めると、コーディリアの顔に最後の化粧を施した。美しい緑の瞳をもう一度見たかった。
最後に新しい口紅を差した。以前のピンクの口紅よりも発色がよく、コーディリアの肌を一層白く際立たせた。
(ああ。まるで生きているようだわ)
髪を直し、ドレスと化粧を施したコーディリアは、穏やかな表情を浮かべていた。
2日後。
葬列を組んで教会へとコーディリアを運んだ。
教会で司祭に祈りを捧げられると、コーディリアは土へと還った。
意外なことに、コーディリアの葬儀にはセドリックとスペンサーが姿を現した。
婚約者であったジュリアンは現れないのに、生前縁がなかった二人がコーディリアを一緒に見送ってくれた。
セドリックは伯爵に挨拶をした後、アナベルの方へとわざわざ顔を見せた。
小さく会釈をしたアナベルの背中に優しく触れると、スペンサーと共に葬儀を後にした。
アナベルは複雑な思いで、二人の後ろ姿を見送った。
(来てくれるとは、思わなかった)
コーディリアの葬儀が終わって、1週間は経った頃だった。
「アナベル、誤解しないでほしいんだ。私たちは、君のことを自分の娘のように思って来た。だからこそ、君の未来を考えているんだ」
伯爵夫妻は、アナベルにそう告げた。
「旦那様や奥様のお気遣いはよく分かっております。でも……」
「アナベルは本当によく気の付く子だ。どこでもやっていける。それにもう年頃だろう? 侍女としてではなく、結婚相手を考えたっていいんだ」
伯爵の言葉に、アナベルは驚いた。
「結婚!?」
「君はコーディリアと同い年だ。成人になるわけだから、おかしなことではないだろう」
「そうよ。アナベル。コーディリアが結婚したら、アナベルのお相手もと考えていたのよ。あなたは気立てもいいし、頭も良いし、情も深いし」
伯爵夫妻は、アナベルにとって第二の両親と言ってもいい相手だ。
「そうだ。アナベル、侍女として他家で働くよりも、結婚の方が良いかもしれない。どういう相手がいいんだ? アナベルの願いなら、私たちだって」
「旦那様!」
「……アナベル、気乗りがしないのは分かっている。君とコーディリアのことは、私たちだってよく分かっている。しかし、コーディリアもいない。いつまでも、この家に若い君を縛り付けておくのは、私たちもつらい」
「はい……。でも、もう少し、ここに。お嬢様を殺めた犯人のことも」
「アナベル」
伯爵は低い声でアナベルの名を呼んだ。
「それも、もうやめなさい」
「え?」
「君がコーディリアのことを調べているのは、王宮騎士からも聞いている。でも、そんなことはもうやめてくれ」
「でも」
「捜査は王宮騎士に任せておけば大丈夫だ」
「旦那様」
「私たちは、君に危険なことをしてほしくないんだ。ここにいたら、君はコーディリアを忘れられない」
(忘れたくないのに)
アナベルは、心の中でそう叫んだ。
コーディリアのことを、忘れたくない。
今までのように、いつも傍にコーディリアのことを感じたい。
それなのに。現実は残酷だ。
埋葬から1週間以上が経っていた。段々と、この痛みに慣れていくことに気が付いた。
生きていると、どんな苦しみにも、痛みにも、慣れてしまう。
でも、だからこそ、コーディリアをこんな目に遭わせた人間を許せない。
どうしても、犯人を見つけて……。
見つけて、私は一体どうしたいのだろう。
アナベルは自室で、化粧箱を開けた。
コーディリアがお揃いで買ってくれた口紅を、自分の唇に塗った。
どうしたいのか、分からない。
けれど、自殺をしたなんて、やはりどうしても思えなかった。
ほとんどドレスの残っていないクローゼット。
空っぽのアクセサリーケース。
お揃いの口紅。
コーディリアは、アナベルたちのために様々なことをしてくれた。
だから。
コーディリアの死の真相を追うことは、アナベルに残された唯一の恩返しのような気がした。
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