第5話 ジュリアンの言い分
「皆さま、本日は夜会にお越しいただき誠にありがとうございました。定刻となりましたので、夜会はお開きとなります」
コーディリアの毒死の裏側で、優雅に開かれていた夜会は何事もなく終わりを告げた。
何も知らぬ参加者たちが馬車で帰宅する中――。
「コーディリアが?」
ジュリアンは、セドリックから事態の説明を受け、驚いたように目を見開いた。
影からみていたアナベルは、その表情も胡散臭く見えていた。
「ジュリアン様は、こちらで皆さんとお話しておりましたのよ」
夜会では、ジュリアンと談笑していたご令嬢たちが、コーディリアと別れてからのジュリアンのアリバイを証言した。
その晩、アナベルを伴い、ブラッドフォード家へと足を運んだ。
遅くなることを伝達していたが、使用人も含め全員が心配そうに玄関で待っていた。
コーディリアの死を告げたとき、伯爵夫妻も、弟のクリスも、言葉も表情も失った。
数少ない使用人、余計な装飾のない屋敷、倹しい様子ではあったが、丁寧に生活している様子の分かる邸宅だった。
「申し訳ございません……。私がお嬢様から目を離さなければ……」
先ほどまで気丈に振る舞っていたアナベルが、震える声で伯爵夫妻とクリスに腰を折った。そのまま倒れ込むのではないかと思うほどの勢いだった。
「アナベル、お前の所為ではない」
そう伯爵が言うと、夫人が震えるアナベルの手を引き寄せ抱きしめた。
「アナベル、コーディリアを見送ってくれてありがとう」
「奥さま。私……私……」
王宮では涙をこぼさないようにとしていたアナベルが、伯爵夫人に抱きしめられて涙を流していた。誰もが静かに令嬢の死に胸を痛めていた。その様子は、彼女が確かにこの家の誰もから愛されていたことがよく伝わって来た。セドリックたちは、伯爵にコーディリアの遺体を王宮で預かる旨を伝えると邸を後にしていた。
そして、その翌日、セドリックたちはガスリー子爵邸を訪れた。
「やあ、また君たちか」
「何度も申し訳ございません」
「構わないけれど。僕は疑われているということなのかな」
ジュリアンは、セドリックたちに目を眇めた。嫌な顔を浮かべるジュリアンに、スペンサーが表情を変えずに淡々と状況を説明した。
「そういうわけではございませんが、昨晩はあまりお時間もありませんでしたから。大変申し訳ございませんが、やはりご同伴者であるガスリー子爵令息からお話を聞かないわけには行かず……」
「婚約者だったから?」
「だった、というと?」
「君たちのことだから、もう知っているんだろう?」
ジュリアンは試すように、セドリックたちに視線を向け、長い脚を持て余すように組んだ。
「昨晩、コーディリアとは婚約解消の話をしたんだ。彼女は了承してくれていたよ。ただね、彼女も相当ショックだったのかもしれない。少し一人になりたいということだったから、女性用の休憩室へ行ったんだ。その後、彼女がどうしていたのかも、毒物のことも、僕は知らない。婚約解消をするわけになったわけだから、変に優しくするのも酷だからね。君なら分かるだろう? ブライトン卿も、よく女性たちを袖にしていると噂に聞くよ」
ジュリアンは同類を見るような親しげな視線を、セドリックに向けた。
セドリックは、それを曖昧な微笑みで交わし、別の質問へと切り替えた。
「失礼ですが、コーディリア様とはどういった理由で解消を?」
「まるで犯人扱いか」
「そういうわけではございませんが」
「近親だったんだ」
ジュリアンは何の感情もなく言い放った。
「近親者だった」というのは、古くから貴族間でよく利用される婚約解消の建前だ。
「結婚前に念のために調べてみたら、ブラッドフォード伯爵家とガスリー子爵家は遠縁で繋がっていたようなんだ。僕も正直驚いたよ。コーディリアと結婚をするのを楽しみにしていたからね」
「楽しみに?」
セドリックは、思わずジュリアンの言葉にピクッと反応した。
(アナベルが聞いたら、毛を逆立てて怒り出しそうだ)
セドリックはふとアナベルのことを思い出した。
「ああ。楽しみにしていたよ。少し真面目過ぎるところはあるが、あれだけの美貌の令嬢だ。楽しみにしない男がいるなら、紹介していただきたいくらいだ」
ジュリアンは不敵な笑みを浮かべた。
(これ以上聞いても仕方がないな)
セドリックたちが黙り込んだ瞬間、ガスリー家の年若い女性使用人が声をかけて来た。
「お茶のお代わりはいかがでしょうか」
気を遣ったのだろうか。鈴を転がしたような声が、耳に心地よい。
セドリックとスペンサーは、女性使用人の申し出を断り立ち上がった。
「コーディリアは私との婚約解消に責任を感じたのかもしれないな」
ジュリアンは帰ろうとするセドリックたちの背中にそう投げかけた。
「私だって、気持ちが追い付かない。自分との婚約解消を苦にしたと思うと、自責の念に駆られる」
言葉と表情が一致しないジュリアンの傍らで、セドリックたちの茶器を片付ける小柄な女性使用人の姿が目に入った。彼女の姿に、昨夜出会ったアナベルの姿が重なった。
(ジュリアンの言い分を聞いたら、あの子はなんて言うだろうな)
「アイツが何か仕組んだに決まっています」
王宮に呼び出したアナベルは、座った目でそう言った。昨夜は「ジュリアン様」と呼んでいたと記憶していたが、彼女の中でジュリアンはもはや「アイツ」と化したようだ。
「お嬢様が、あんな男との婚約解消を苦にするはずがないんです」
「それは分かったから」
「それに近親だと分かったなんて、そんな大嘘よく言えたものです。自分たちがオブライエン侯爵家へ乗り換えたかったことは、誰もが分かることです」
興奮するアナベルに、スペンサーがお茶を勧めた。
ジュリアンの家に立ち寄った帰りに、ブラッドフォード家へと使いを送った。
使いに応じたアナベルはすぐに指定の応接室へと姿を見せた。そして、ジュリアンの話をすると烈火のごとく怒りを隠さなかった。
「ガスリー子爵家が裏で怪しい連中と繋がっているのは有名です。毒物なんてあの人たちにとっては簡単に手に入るはずだわ」
昨夜よりも、少し目が腫れぼったい気がしたが、口ぶりは確かなようだ。
(少しは元気になったようだな)
セドリックは無意識にそんなことを考えていた。
「私、アイツを尾行します」
「いや、尾行して何をするつもりなんだ」
アナベルはセドリックの心配を余所に、決意するように立ち上がった。
「尾行して、アイツの裏を掴みます。あの男、絶対に何か隠しています!」
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