第39話 悪だくみ
セドリックのありがたい申し出から数日が経っていた。アナベルは、領地へ戻るブラッドフォード伯爵一家の荷物と、自分の荷物を少しずつまとめていた。しかし、自分の荷物をどこへ運ぶべきか、まだ決められずにいた。
「変わりたくないという気持ちも分からないでもないわよ」
ナニーは自分の荷物をまとめていた。ナニーは領地へと付いていくことを決めていた。
「ブラッドフォード伯爵はよい主人だし、平穏にいられるわ。金銭的不安はあるけれどね」
ナニーはいたずらっぽくウインクをした。領地の財政が厳しい以上、給金のことは心配になる。それでも、伯爵は古参の使用人を簡単に解雇するような方ではない。
「でも、あなたはまだ若いわ。何もこの年から多くの出会いを不意にする必要はないと、私は思うわ。新しい働き口の候補もあるようだし。お嬢様のことは本当に残念だけれど、私たちがいつまでも同じ場所に留まることを、お嬢様が喜んでくださるかしら?」
ナニーは思い切り、トランクの蓋を閉めた。チラッとアナベルを見るナニーの視線が痛い。
「あなたは、分かっているはずよ」
そうナニーの目が語っていた。
「まあ、あなたが迷う理由も分からなくもないけれど……。ちょっと知り合いから聞いたのだけれど」
そういうと、ナニーが新たなアドバイスを耳元で囁いた。
「あなたなら、できると思うわ」
アナベルを勇気づけるように、ナニーは背中をポンと叩いた。その瞬間、開けっ放しの扉から執事のロバートが顔を出した。
「アナベル、君に手紙だ」
ロバートに渡された手紙を見ると、スペンサーの名が刻まれていた。セドリックの名でないことに、少しだけ安堵して、少しだけ落胆した。
「なんか、久し振りだな」
王宮の執務室を訪ねると、スペンサーとセドリックが待っていた。セドリックの姿を見て、少し動揺する自分を自覚していた。
(変な態度を取らないように、しないと……)
明るく声をかけるスペンサーに対して、セドリックは壁際に静かに立っていた。目が合うと、静かにほほ笑まれた。そういうところも、なんだかアナベルを落ち着かなくさせる。
「俺も伯爵家に行こうかと思ったんだけどさ。こういう用件になると、なぜかいつもセドリックがさっさと一人で行っちゃうから」
セドリックは「余計なことを言うな」と、スペンサーの後頭部を軽く叩いた。
スペンサーがセドリックを揶揄う。いつものなんでもないやり取りだ。二人の何気ないやり取りに大した意味なんかない。そのはずなのに。アナベルの胸は、スペンサーの言葉に反応するように鼓動が早くなった。
(やだ。スペンサー様が変なこと言うから……)
アナベルは必死に顔に出さないように、口を真一文字に引き結んだ。
(これじゃあ、機嫌が悪いように見えてしまうわ)
アナベルは口の端がやや引きつった笑顔を、無理矢理作って「それで、ローズ様とジュリアン様の件というのは?」と用件を切り出した。
「ああ、そう。その件なんだけど。正式に婚約披露をするということで、国王への参内許可の申請があった」
「……そうですか」
コーディリア殺害の責任は、アイリーン一人に押しつけられた。しかも、アイリーンが悪魔に取り憑かれジュリアンと恋仲だと妄想し、勝手にコーディリアの殺害を企てたという噂が独り歩きしていた。
「オブライエン家とガスリー家が、必死になって流しているんだろう。自分たちに火の粉が降りかからないように」
セドリックは、呆れたようにため息をついた。チラッとアナベルを見る目は、先日のような熱は感じなかった。
「それで、宮廷のお披露目の準備が進んでいるんだけど、折角だからアイツらに贈り物をしてやろうと思ってさ」
スペンサーとセドリックは、にやっと悪い笑みを浮かべた。
「このままやられっぱなしというのもね。公の場で恥をかけば、二人の評判だけでなく、後ろ盾になっている家の威信にも傷がつく。すぐに勢力を削げるわけじゃないが、少しずつ第二王子派の信用を落とすことにはなるだろう」
スペンサーが提案の意図をアナベルに告げた。
「公の場で、恥を?」
突然の提案を戸惑いながら聞くアナベルに、セドリックが補足する。
「ああ。晴れ舞台だからね。もちろん、コーディリア嬢のことは忘れてはいないよ。だからこそ、君の視点からも何かアドバイスをもらいたいんだが」
(私は色々悩んでいたというのに、この二人は一体何を考えていたのかしら)
二人の提案に思わずアナベルも笑みが零れた。
「お披露目は、どこで行われるかもう決まっているのですか?」
「大回廊で行われる予定だ。国王が礼拝堂へ向かうとき声をかけることに」
「大回廊というと、鏡の回廊といわれている場所ですか?」
コーディリアに付いて礼拝堂へ行った際に、通ったことがある。庭園に面した位置に巨大な窓、反対側には巨大な鏡があり、まばゆい光に包まれていた。
(あの場で謁見が行われるのであれば……)
「ドレスに金糸をたっぷり使うようにさせてはいかがでしょう?」
「金糸?」
「ローズ様は贅沢なお召し物がお好きなようですから、金糸をふんだんに使用したドレスはお選びいただけると宜しいかと」
「それはどうして?」
「大回廊は、窓から光が差し込む明るい場所です。日の高い時間であれば、なおさらでしょう。そのような場所で金糸をふんだんに使ったドレスをお召しになると、刺繍ばかりがぎらついて、ローズ様ご自身よりも衣装が目立ってしまいます。せっかくの美貌も、かえって引き立たなくなるかと」
「美しさも損なわれ、成金っぽく下品ということか」
セドリックは感心したようにつぶやいた。
アナベルの提案に、二人は興味津々な顔を見せた。
「ええ。でも、衣裳係で気付く方がいると、なかなかうまくいかないかもしれませんけれど」
「いや。そういうことであれば、占星術師に口を利いてもらおう」
セドリックの提案に、スペンサーが「その手があったか」と手を叩いた。
「占星術師、ですか?」
「慶事の前には、占星術師に吉兆を尋ねる高位貴族も多い。金糸をふんだんに使った衣装が幸運を呼ぶと勧められれば、ローズ様も喜んで仕立てさせるだろう。ついでに衣裳係も声をかけておくか」
「そんなに、うまくいくものですか?」
「オブライエン家も、ガスリー家も、使用人たちの中で評判が悪いことは君も知っているだろう?」
スペンサーの問いにアナベルは頷いた。
「自分たちが処罰されないのであれば、喜んで協力してくれる使用人はたくさんいるさ」
「敵が多いって大変だな」
セドリックは他人事のように言った。
「本当に、そうですね」
三人は回廊で豪華な衣裳を纏う二人を想像して、大笑いした。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
本日完結いたします。あと1話お付き合いいただけますと嬉しいです。




