第40話 新たな旅立ち
国王への謁見当日。
セドリックとスペンサーは、大回廊付近の警備に当たっていた。国王に一目顔を覚えてもらいたい数百人の貴族たちがひしめくように待ち構えていた。ブラッドフォード伯爵家の面々もまた、領地へ旅立つ前に国王に一目お目にかかろうとその中で待っていた。アナベルもまた、伯爵一家とともにひっそりと国王のお通りを待っていた。
(よいお天気だわ)
アナベルは、よく晴れた青空を眺めた。通りの向かいにいるセドリックやスペンサーと目が合った。彼らもまた、青空を見上げて優雅な笑みを浮かべていた。
しばらくすると、回廊の奥がきらきらと光った。
(来たわね)
ローズは金糸をふんだんに使ったドレスを、ジュリアンもまた、それに合わせた金糸刺繍の上着を身にまとっていた。想像を上回る豪華な衣裳を身に纏い、大回廊へと歩みを進めた。二人の姿を見た貴族たちは、二人のために最もよい場所を開けた。そこは陽光がよく反射する鏡の向かいだった。ブラッドフォード伯爵家とはちょうど向き合うように対峙している。当然のように中央の目立つ場所へ進み出ると、ふんだんに使用された金糸がきらきらと輝いた。
(想像通りだわ)
ローズが着用したドレスがぎらぎらと下品に輝くのが分かった。周囲の貴族たちは、その非常識な豪華さに顔を引きつらせた。しかし、ローズやジュリアンはそのことには気が付かず、得意な顔をしていた。端に並ぶ下級貴族ですら、彼らの滑稽な姿に笑いをこらえているのが分かった。
「まあ、素晴らしい刺繍ですわね」
夫人は感心したような声を上げたが、その口元には隠しきれない笑みが浮かんでいた。周囲からも小さな笑い声が漏れ始める。
ローズはその笑い声に反応すると、目の前の鏡に目をやった。そして、周囲に浮き立つように不自然にギラギラと輝く自分の姿に気が付いた。
青ざめるローズを見て、アナベルは思わずセドリックとスペンサーを見た。ニッと微笑む二人の姿に、小さな報復が成功したことを実感した。
ほどなくして、国王が大回廊を通った。国王と王妃は、二人の妙にぎらぎらした衣裳を見て眩しそうに目を細めた。
「両家の結びつきが、我が王国への忠誠に寄与することを期待する」
形式的な言葉を告げると、すぐにブラッドフォード伯爵に声をかけた。
「我が忠臣よ。このたびの災禍、かける言葉もない。そなたがどれほど心を痛めているか、私も案じている。しばらく王都の喧騒を離れ、領地で英気を養うがよい。そなたを欠いたままでは、我が宮廷も寂しいものだ。十分に心が癒えたなら、またこの都へ戻り、再び私の力となっておくれ。そなたの席はいつでも空けておこう」
国王はそう告げた。ブラッドフォード伯爵は、国王の言葉に涙を浮かべながら、頭を深々と下げた。周囲の貴族たちもまた、あのお言葉に耳を傾けた。今日の謁見の主役は、ブラッドフォード伯爵だった。
ローズとジュリアンは、国王が通り過ぎられた後、すぐに庭園を抜けて馬車寄せへ向かった。
王宮の外門に近づいたところで、鳥の落とし物がローズの髪にかかった。
「きゃあっ! なんなの!? これは……」
悲鳴をあげる二人の滑稽な後ろ姿に、こらえきれなくなった貴族たちが大笑いをした。二人は足早に馬車の方へと逃げ去って行った。
(鳥の糞までかかるなんて……)
アナベルは不幸続きの二人の小さくなる後ろ姿を見送った後、セドリックとスペンサーに視線を向けた。
「天の配剤だな」
スペンサーはそう呟き、アナベルにだけ分かるように親指を立てた。
セドリックは口元に隠しきれない笑みを浮かべ、「空からでも輝いて見えたんだろうな」と呟いた。アナベルはその言葉に思わず吹き出してしまった。
ブラッドフォード伯爵は、楽しげに笑うアナベルを、目を細めて眺めていた。
「旅立ちの前にお会いできて光栄です」
セドリックとスペンサーは、ブラッドフォード伯爵に頭を下げた。
「君たちには大変世話になった。陛下の言葉掛けも、君たちが配慮してくれたことなのだろう?」
伯爵の問いに、二人は首を振り、セドリックは微笑んで答えた。
「陛下はわれわれ忠臣のことを、よくご存じです。温かなお言葉をかけられたのは、伯爵の今までの忠義によるものでしょう」
「そうだと嬉しいね」
伯爵はアナベルを見た。
「私たちが王都を離れている間、アナベルのことも宜しく頼む。よくできた子だが、王宮の使用人となると、勝手が違うだろう」
「お任せください。王宮で働くとなれば、毎日顔を会わせることになると思いますので」
セドリックは、アナベルを見て微笑んだ。
「そっ……そんなに毎日お会いすることはないと思います!」
「そうかな」
「俺は楽しみにしているが」と、セドリックにそっと囁かれ、アナベルは思わず顔を背けた。
「配属は聞いたのか?」
「え? まだ……ですけれど」
「そうか」
セドリックは意味深にほほ笑んだ。
「え? なんですか?」
「いずれ、分かる」
セドリックは思わせぶりな言葉を残し、それ以上は口をつぐんだ。
(一体、どこへ配属されるというのかしら)
アナベルは、ナニーの助言を受け、王宮で働く道を選んだ。
セドリックが紹介してくれたブライトン伯爵夫人の侍女になるという選択肢もあった。けれど、彼の家で働くことは、彼の好意に甘えてしまうような気がして、まだ踏み切れなかった。
王宮で働けば、またオブライエン家やガスリー家に一矢報いる機会があるかもしれない。けれど、それだけが理由ではない。
(もう少し、セドリック様のお傍で……)
身分差を気にしないわけではない。それでも、いつか彼の隣に立ちたい。そう願うのなら、今の自分にできることから始めよう。
王宮使用人になろうと思ったのは、そのための一歩だ。
(そのことはセドリック様には……まだ、言えないけれど。コーディリア様なら、応援してくれる気がするわ)
アナベルは、ブラッドフォード伯爵の旅立ちの日に、新たな一歩を踏み出す決意をした。穏やかな風が、アナベルの背中をそっと押してくれるような気がした。
第1部 完
第1部完結までお読みいただき、誠にありがとうございました。
来週11月14日(土)より「侍女アナベルと死の化粧水~女好き(?)の騎士に本気で口説かれて溶けてしまいそうです~」の連載を開始します。第2部は二人の関係が進展します。引き続きお読みいただけると嬉しいです。また、ご評価やブクマ、リアクション、ご感想などいただけますと、本当に本当に嬉しいです!よろしくお願いいたしますm(__)m
<過去作>
悪役令嬢に転生したら、謎の精霊とツンデレ小公爵様がやたらと構ってきます〜精霊だけが知っている彼の本音は、今日も今日とて「大好き」だだ漏れです!
https://ncode.syosetu.com/n3684mi/
これは責任婚のはずでしたが、初恋の騎士様の愛が重すぎます~部下の責任を取ると求婚してきた副団長が外堀を埋めて溺愛してきます
https://ncode.syosetu.com/n0124ma/
闇の聖女は、氷の貴公子に溺愛される
https://ncode.syosetu.com/n8787lp/




