第37話 アイリーンとの対面
「『アナベルに声をかけ忘れたから、心配しているかもしれないわね。少し休んだら、控え室に行かないと』――コーディリア様は、そんな風におっしゃっていました」
「そう、でしたか」
アイリーンの言葉を聞き、アナベルは目の前に、コーディリアの姿が浮かぶようだった。最後の瞬間まで、コーディリアは大好きなアナベルのお嬢様だった。
「『私の侍女』とあなたのことを……」
冷静に伝えようとしていたアイリーンの声が震え、慌ててアナベルから目を逸らした。
(お嬢さまを殺害した犯人を見つけたら、絶対に許せないと思っていたけれど……)
アナベルは目を逸らしたアイリーンを見て、複雑な思いがよぎった。ブラッドフォード伯爵家の方々も、アイリーンを処罰して終わりという単純な話として捉えていない。むしろ、アイリーンが被害者的な側面を有するだろうことも、理解していた。
(だからと言って、彼女を許せるわけではないけれど……)
アナベルはアイリーンから目を背けると、立ち上がった。
「もういいのか?」
立ち会っていたセドリックに頷くと、部屋を後にした。
彼女を許すことはできなかった。どれほど後悔していると言われても、コーディリアが戻ってくるわけではない。
それでも、最後の様子を話してくれたことには感謝していた。
アイリーンが自供をしてから、まだ一週間も経っていない。それなのに、彼女はひどく憔悴しているように見えた。牢の生活は、辛いことだろう。しかし、彼女に素直に礼を言う気にもなれず、彼女の身体を気遣う気にもなれず、ただ静かに牢を出ることしかできなかった。
(彼女に掴みかかったり、詰ったりしなかっただけでも、私としては上出来だと思うことにしよう)
アナベルにとって、コーディリアは10歳の頃から一番近くにいた、大切な人だったのだから。
地上へと続く石段を上がった。最後の一段を上がり重い扉を開けた。光がまぶしかった。コーディリアの事件は納得のいく解決は見せていない。
「アナベル、すまない」
セドリックが申し訳なさそうに項垂れていた。
(まるで叱られた犬みたい)
アナベルは、身を小さくするセドリックの姿に思わず頬が緩んだ。
(さっきまでは、憂鬱な気持ちだったのに……)
「中々オブライエン侯爵家やガスリー子爵家の繋がりまで暴き切ることができなくて……。不甲斐ないばかりだ」
「セドリック様の所為ではありません」
アナベルは本心からそう思っていた。ブラッドフォード伯爵夫妻も、クリスも、セドリックを責めてはいない。
(みんな、ご自分を責めている)
伯爵夫妻は、コーディリアとジュリアンの婚約を受け入れざるを得なかったことを。
セドリックは、事件の真相を明らかにできなかったことを。
そして私は、あの夜、お嬢様から目を離してしまったことを。
(……本当に責任を負うべき人間は、他にいるのに)
「セドリック様やスペンサー様が、職務を超えてお嬢様の死の真相を探ってくださっていたことは、私にも分かっております」
アナベルは、セドリックに小さく微笑んだ。
「お二人がオブライエン侯爵家やガスリー子爵家の周辺を探ってくださっていたことは、旦那様からも伺っております」
「それは……」
セドリックは顔を歪めた。
そう、うまくいかなかったのだ。先週、陛下から直々に捜査の中断を求められたという。
「本当に、申し訳ない……」
「いいえ。こうして、お嬢様の最期を聞く機会を設けてくださり、ありがとうございました」
アナベルはセドリックに深々と頭を下げた。
ゆっくりと顔を上げると、アナベルを切なげに見るセドリックと目が合った。
(な……に……?)
彼の青い瞳に、自分の戸惑う姿が映った気がした。
(なんで……そんな顔を……)
蓋をしたはずの思いが、気を抜くとすぐに開こうとする。
(ダメダメ)
「アナベル、この後、時間はあるか?」
「……え?」
「少し、話がしたい」
セドリックの瞳が、妙に真剣に見えるのは、気のせいだろうか。セドリックと並んで歩くアナベルは、どこか落ち着かず、空を見上げた。穏やかな青空が広がっていた。
(執務室でお話をするのかと思っていたけれど……)
セドリックはアナベルを王宮の薔薇園へとエスコートした。甘く濃厚な香りが鼻をくすぐった。セドリックは慣れた様子で、見頃を迎えた薔薇や、異国から取り寄せた珍しい品種について説明してくれた。
(いつもこんな風に、ご令嬢に説明しているのかしら……)
セドリックと薔薇園を歩いていると、不思議と胸が浮き立つようだった。同時に、感じてはならないモヤモヤとした思いがアナベルをいつも戸惑わせる。
「その……セドリック様、お話って……?」
薔薇園の説明を熱心にするセドリックは、「話がある」と言ったことを忘れているかのようだった。が、アナベルにそう問われたセドリックは突然言葉に詰まった。
(忘れていたわけではないのね。それはそうか……。ご自分でおっしゃっていたのだから)
「いや、その……」
「はい」
「大したことではないんだ……」
「はい」
「その……」
大したことではないのに、何故そんなに言い淀むのか。不自然な言動に違和感を抱きつつ、アナベルはセドリックの言葉を待った。周囲には、見張りの騎士もいない。
「君は、どうするつもりなんだ? この後」
「……え?」
「だから、以前言っていただろう。他家の侍女になるか、その、結婚、相手を……探すか、という件だ」
セドリックはコホンと咳ばらいをした。




