第36話 告白
「コーディリア様を殺害したのは、私です」
居酒屋に戻り、店の者に水を用意してもらうと、アイリーンは、セドリックにそう切り出した。
アイリーンは震える両手で水の入ったカップをぎゅっと握りしめた。
「ジュリアン様に言われたんです。コーディリア様に薬を飲ませれば、婚約を解消できると……。婚約が解消できれば、私との未来が切り開かれるのではないかと……。まさか、死に至るような薬だということまで考えも及ばず……」
アイリーンは、涙をこらえながら震える声で語った。
「薬は、ジュリアンが用意したのか?」
アイリーンはセドリックの問いかけに首を振った。
「薬は、オブライエン侯爵家の使用人を名乗る男が用意すると、ジュリアン様から聞きました」
「オブライエン侯爵家の使用人?」
「はい」
「その男の特徴は覚えているか?」
「はい。長い髪の男でした。……さっきも、路地裏であの男の影が見えたような気がしました」
アイリーンは、あの夜のことを静かに語り始めた。
男たちはスペンサーが地下牢へと連行していた。アイリーンは、自分も罪人として裁かれる覚悟で、すべてを告白した。嘘偽りを述べているようには見えない。アイリーンは涙を零しながら「とんでもないことをしてしまった」と後悔の念を繰り返した。
「私がしたことは、取り返しのつかないことです。そんな私が何かを言える立場にないことは分かっていますが……。私がこのことをお話したとなると、今度は家族が危険に晒されるのではないかと思っております。私はどうなっても構いません……。でも――」
「家族の様子は、気にかけておこう」
「……ありがとうございます」
アイリーンは震える声で、セドリックに繰り返し頭を下げた。重要参考人でもあるアイリーンは騎士団の保護下に置かれ、見張り付きの牢へと連行された。
翌日、セドリックはブラッドフォード伯爵へと早馬を走らせた。
「……そうか」
ブラッドフォード伯爵は、押し殺した声でそう呟いた。家族とともに、アナベルも同席を許されていた。端に座るアナベルもまた、複雑な表情をして黙り込んだ。
犯人は分かったものの、これではトカゲの尻尾切りでしかない。
「その侍女が実行犯だということは分かりましたが……。ガスリー子爵家とオブライエン侯爵家が、画策したことなのではありませんか?」
クリスはセドリックに強い視線を向けた。
「クリス、憶測だけで滅多なことを言うものではない」
「しかし!」
クリスは、ブラッドフォード伯爵に窘められたが、声を荒げた。いつも穏やかなクリスらしからぬ行動だった。
アイリーンがしたことは許すことはできない。しかし、アイリーンだけが悪いのか。
いや、アイリーンよりも罪深い人間が、もっといるのではないか。
アイリーンの告白を聞いて、誰もがそう考えていた。
「ひとまず、アイリーンに毒物を渡したとされる、オブライエン侯爵家の使用人を探し出すつもりです」
「……ああ、ブライトン卿。あなたの尽力には感謝する」
ブラッドフォード伯爵はそういうと、力なく笑った。
長髪の男。彼が担う仕事を考えると、おそらくオブライエン侯爵家の裏の使用人なのだろう。ブラッドフォード伯爵は、“裏の使用人”を見つけ出すことが簡単ではないことを分かっていた。無論、セドリックとて理解していた。しかし、このままアイリーン一人に罪を着せて終わっていいわけがない。セドリックを見つめるアナベルの瞳も、同じように感じているようだった。
「セドリック、スペンサー。オブライエン侯爵家の件から一旦手を引け」
アイリーンの告白を受けて3日目のことだった。騎士団長に、セドリックは呼び出された。
「それはどういう……」
セドリックは、団長の言葉に眉を寄せた。
「そのままの意味だ。余計なことはするな」
「余計なことではありません。今回の件は、第二王子派の動きを探るうえでも無視できないものだということはご存知のはずです」
「……何度も同じことを言わせるな」
団長は、食い下がるセドリックに背を向けた。
「オブライエン侯爵家が、中立派のガスリー子爵家やエイムズ伯爵家を取り込もうと動いていることはご存じのはずです。アイリーンの証言によれば、オブライエン侯爵家の使用人を名乗る男が毒物の提供に関わっています。これを放置すれば、さらに被害者が出るおそれもあります」
「分かっている!!!」
団長はセドリックの言葉に重ねるように、声を荒げた。怒っていたわけではない。団長とて不甲斐ない指示をせざるを得なかったからだ。団長は髪を乱暴に掻きむしると、ため息をついた。
「……セドリック。お前の言いたいことは私だってよく分かっている。ただ、オブライエン侯爵家から正式に陛下を通じて苦情が入ったんだ。“伯爵家長女の殺害に、我が家が関与しているかのような捜査をされている”と」
「……」
「アイリーンの証言は把握している。しかし、その男が本当に侯爵家の人間なのか、侯爵家が事件に関与していたのか、裏付けは取れていない。明確な証拠が得られれば、もちろん捜査は再開する」
「しかし」
「セドリック、もうよせ」
さらに食い下がるセドリックを、スペンサーが止めた。
「第二王子派筆頭のオブライエン侯爵家に変に騒ぎ立てられると、陛下とて表向きは無視はできない。手を引けと言ったのではない。“一旦”手を引けと言ったんだ」
団長の言い分は、王宮騎士として理解できないものではなかった。一つの事件に固執して大局を見失えば、かえって王宮全体に不利益を招くこともある。
それでも、これで捜査を中断すれば、アイリーンだけに罪を負わせ、事件の背後にいるかもしれない者たちを見逃すことになる。しかし――。
アナベルの眼差しが、脳裏から離れなかった。
ああ。こんな中途半端な結論を言わなければならないのか。セドリックは、深いため息をつき、団長の命令を受け入れざるを得なかった。しかし、“一旦”手を引くことと、諦めることは違う。




