第31話 アイリーンとの直接対面
「アイリーン・ペイジさん」
ランド商会から出て来た彼女を追い、人気のないところで声をかけた。
振り返ったアイリーンは、二人の姿を見るなり顔を強張らせた。逃げ道を探すように一度だけ視線を巡らせ、それから、取り繕うように口を開いた。
「な、な、な、なんですか?」
「少しお話をしたいのですが、いいですか?」
アナベルは、なるべく柔和な笑顔を浮かべた。が、彼女はビクビクと怯えているようだった。
(私だけだったら、逃げ出しそうね)
セドリックが控えていたため、さすがに逃亡は諦めたようだ。
「お使いの途中ですので」
「では、エイムズ伯爵令嬢に、あなたとお話ししたいとお願いすることになりますね」
「それは……」
「セドリック様からのお願いなら、きっと快く聞いてくださるでしょう」
アイリーンもそれは分かっているのか、「急いでいますから、少しだけです」と答えた。
アイリーンを伴って入ったのは、居酒屋だった。開店前のようだが、セドリックは何やら交渉すると二階へと通してくれた。以前の連れ込み屋のような場所の一つなのかもしれない。店の女性がコーヒーを持って来た。アイリーンはコーヒーに砂糖とミルクをたっぷりと入れて、一口飲んでいた。
「単刀直入に聞くが、君はジュリアンとどういう関係にある?」
セドリックは文字通り、ストレートに質問した。
「どういうって……。ご主人のご子息と、使用人の関係です」
「ただの主従関係ということ?」
「……はい」
「それは、ルビーか?」
アイリーンの首元を飾るペンダントは、小さな赤いルビーが輝いていた。アイリーンは思わずきゅっとそのペンダントトップを握った。
「そのペンダントは、ジュリアンから?」
アイリーンは、はっとしたように胸元を押さえた。小さなルビーが、指の隙間から覗いている。
「……違います」
「そうか。では、誰からもらったものだ?」
「……」
「コーヒーハウスにも、行ったことがあるな?」
アイリーンはビクッと肩を震わせた。
「もう一度聞く。ジュリアン・ガスリーと君は、どういう関係だ?」
セドリックは、怯えるアイリーンを見つめた。その視線は、厳しいものだった。アイリーンはすがるように、ずっとペンダントトップを握りしめている。その姿が、哀れにも見えた。
「アイリーンさん、彼との間に……何があったか、教えてもらえませんか?」
「何かって……何も……」
「いつまでも言い逃れができると思っているのか?」
セドリックの声は、想像以上に低かった。彼女は怯えるように、セドリックから目を逸らした。
「自己紹介もしていませんでしたが、私はアナベル・フェザーストーン。コーディリアお嬢様の侍女をしております。コーディリアお嬢様は、ジュリアン様のご婚約者です。そして、2カ月ほど前に……この世を去りました」
その言葉に、アイリーンは小さく息を吐いた。
「アイリーンさん、あなたが何かご存じのことがあれば、教えてほしいんです」
アナベルは、アイリーンに思いが伝わってほしいと願いながら語り掛けた。
「私にとってお嬢様は、主人であり、家族であり、親友のような方でした。何者にも代えがたい、大切な人だったんです」
アナベルは、アイリーンの目を見つめた。
「あなたにも、そういう方がいらっしゃるのではありませんか?」
アイリーンは、アナベルを見た。アイリーンの瞳は潤んでいたが、眉根が苦しげに寄せられていた。何かを言おうとしたが、躊躇い、口を閉じてしまった。アイリーンは気持ちを落ち着かせるように、息をゆっくりと吐いた。そして、震える声で「もう、時間が……」とつぶやき、立ち上がった。
「私は、何もお話しすることはありません。もう、時間もありませんので、失礼致します」
そういうと、アイリーンは逃げるように部屋を出て行った。アナベルはアイリーンの背中を複雑な思いで見つめた。
(あの人も、誰かを大切に思っていたのかもしれない)
残った部屋の中で、セドリックはため息をついた。
「明らかに、何かあるな」
「はい。説得できず、申し訳ございません」
「いや。よく頑張ってくれた。引き続き、彼女を注視しよう。しかし、ああいうタイプはどう吐かせるのがいいのか……。脅されているのか」
「……もしかしたら」
アナベルは、ジュリアンの姿が浮かんだが、言葉を飲みこんだ。しかし、セドリックはそのアナベルを見た。
「もしかしたら?」
「いえ、なんでも」
「言いかけたんだ。とりあえず、言ってみたらいい」
「いえ。その……脅されている、というか……もしかしたら、彼女は……。ジュリアン様のことを、まだ好きなのかもしれない、と思いまして」
「……庇っている、ということか?」
「分かりませんけど。ペンダントをずっと握っていました。とても、大切なものなんだと……思ったんです。好きな人がくれたものだったら、いつでも身に付けておきたいって思うものじゃないですか」
思わず熱弁してしまい、アナベルは顔を赤らめた。
「好きな人からもらったものは、いつでも身に付けたいと思うものなのか?」
セドリックの目が、アナベルの髪を飾るリボンを見ていた。
「……そういう心理は、セドリック様の方が、お詳しいのでは?」
「そうだな。確かに……好きな相手が、自分が贈ったものを毎日身に付けていたら、嬉しいだろうな」
「え!? な、な、なんの、話をされているのです!?」
「いや、そのリボン。似合うと思って」
セドリックは、アナベルに笑みを浮かべた。
「リボンのことは、いいんです! いまはアイリーン様のことで」
「ああ、アイリーンがジュリアンのことが好きだって話か?」
「……はい」
「しかし、婚約者もいる、評判の悪い男のことをそんなにも愛せるものか? 今だって、新たな婚約者の噂があるのに」
「……これは、一般論ですけれど」
「ん?」
「条件で、人は人を好きになるわけでは、ないのでは?」
「……」
「ダメだと分かっていても、魅かれてしまうことが、あるのでは……ないかと」
「……ダメだって、どういう相手?」
「え!?」
「アナベルが思うダメな相手。一般論ではなくて」
「なんでそんな話……」
「いいだろう。聞きたいんだ。コーディリア嬢と、そういう話もしていたんじゃないのか? 俺も知りたい」
「……例えば、ジュリアン様のように遊び人の男性とか、年がとても離れているとか、ご結婚されている方とか、身分に……差が、あるとか」
「……アナベルは、そういう相手を好きになったことがあるのか?」
「どうしてそんなことを?」
「君が、どう考えているのか知りたいんだ。……そういう相手とは、恋はできない?」
「恋をしても、辛い思いをするだけですから」
「そうかな。確かに既婚者はよくないかもしれないし、ジュリアンは女性を幸せにできるとは思えない。でも、年の差や、身分差は……そんなに問題があるか?」
セドリックの問いに、アナベルは返事をすることができなかった。




