第3話 口紅の秘密
「お嬢様は、コーディリア・ブラッドフォード。伯爵家のご令嬢でございます。ご病気などはなく、本日の体調も宜しかったかと存じます。本日はご婚約者であるジュリアン・ガスリー子爵令息と登城され、ご家族はタウンハウスでお帰りをお待ちです」
(正気を取り戻したようだな)
息を大きく吸い込むと、侍女の焦げ茶色の瞳は迷いなくセドリックを見た。主人の突然の死に顔面蒼白になっていた彼女だったが、問われた質問に対して確かな口ぶりで簡潔に答えた。最後の言葉だけは、家族のことを慮ったのかやや声は上擦ったが、それでも緊急事態に十分な対応と言えた。
セドリックは、瞼を閉じるコーディリアを見つめた。
コーディリアを王宮の夜会で見るのは初めてだったが、彼女の噂は聞いていた。
(美しいご令嬢なのに、気の毒なことだ……)
室内からも死体からも、争ったような形跡はない。
刺し傷も、殴打の痕も見受けられない。
(となると、怪しいのは……)
セドリックは、サイドテーブルに置かれた赤ワインへ視線を落とした。
セドリックは銀のスプーンでワインに触れた。銀のスプーンの変色を確認しながらも、早計な判断は見送った。そして、ワイングラスと、コーディリアの足下に転がる小瓶を拾い上げると、医師に渡した。
「……検査を」
小瓶には透明の液体が入っていた。
(毒……か?)
休憩室担当の使用人を呼びつけると、部屋の状況を確認した。
「夜会の終盤でメインホールの方に人が不足しており、お部屋に常駐しているものはおりませんでした。お嬢様も私共を気遣うお声をかけてくださって……」
「そうか。この赤ワインは?」
「休憩室用にご準備したものでございます」
開封した瓶に残る赤ワインは、医師が受領した。
何者かが意図的にワインに毒を混入させた可能性はある。
王宮騎士として、常に様々な情報を収集することを仕事とするセドリックだ。
コーディリアとジュリアンの婚約解消の噂も、もちろん耳にしていた。
聡明だと評判の美しい伯爵令嬢が、ボンクラと評判の子爵令息と、アンバランスな婚約をしなければならなかった理由も、当然知っていた。
今日、婚約の解消を言い渡されたのだろうか。ガスリー子爵家は、ブラッドフォード伯爵家との婚姻を破談とし、オブライエン侯爵家に乗り換えようとしているという噂が密かに広がっていた。信じられない話ではあったが、ガスリー子爵家の節操の無さや、オブライエン侯爵家の狡猾さを考えると、馬鹿な噂と一蹴できなかった。
そして、コーディリアが突然死をしたとなると。
(他殺か、いや……)
コーディリアは自分を犠牲にしてまでも守ろうとした家を、結局守り切ることができなかった。
(突然の婚約解消は、18歳の少女の肩には大き過ぎる絶望だろう。だとすると、自殺の線も捨てきれない。というか、状況から考えて、その線が濃厚な可能性も)
医師に渡したワイングラスから目を離せずにいる侍女を哀れに思った。
主人の死を目の当たりにした様子からも、侍女とコーディリアとの絆は想像に難くない。自殺だと告げれば、この侍女は立ち直れるだろうか……。
セドリックは内心深いため息をついた。女性の涙は、好んで見たいものではない。しかし、黙っているわけにもいかない。セドリックと同意見であろう、同僚騎士のスペンサーと目が合った。スペンサーは黙って頷いた。
(言えってことか……)
侍女は静かに主人の顔を見つめていた。
コーディリアは、美しいストレートの金髪に、緑の瞳が美しいと評判の令嬢だった。
いまはその瞳を見ることはできなかったが、彼女が着るエメラルドグリーンのドレスと似た色だったのだろう。主人の目覚めを待つような侍女は、どこか目を離せなくなるような雰囲気を持っていた。
(泣きぼくろが、あるんだな)
侍女の左目の下の小さな泣きぼくろに、セドリックは気が付いた。
(先ほどの受け答えは見事なものだったが、主人の自殺には耐えられるだろうか)
セドリックは様子を窺いながら、口を開いた。
「君には酷なことだろうが、自殺の可能性も、ある」
「……自殺?」
「ああ。警備兵が言うには、不審な者の出入りはなく、休憩室には彼女しかいなかったようだ」
侍女は静かにセドリックの話を聞いていた。
セドリックは、先ほど医師に預けた小瓶を見せた。
「この小瓶にあるものが何かは、検査を待つが」
「それは、ローズマリーウォーターです」
侍女は妙にはっきりとした口調で、セドリックに告げた。
「……ローズマリー……?」
「化粧水です。ローズマリーをアルコールと蒸留したもので、ご婦人たちに人気のものです」
「え?」
セドリックが視線を移すと、先ほど話を聞いた女性使用人たちも頷いていた。女性にとっては常識的なもののようだ。
「その……これは化粧水なのかもしれないが、君の主人は婚約者のガスリー卿と」
「ご婚約の解消の件でしたら、お嬢様もお噂をご存知でした」
「え?」
セドリックは再び侍女の言葉に驚いていた。
「しかし、知っていたのならなおさら……」
「自殺」という言葉を濁して伝えようとしたが、侍女はまっすぐにセドリックを見つめて否定した。
「お嬢様が自殺なんて、有り得ません」
「あり得ないなんて、なんでそんなこと」
コーディリアを自殺と決めつけたいわけではなかったが、そこまで断言されるとセドリックとて反論せざるを得ない。
「口紅の、色が違います」
先ほど顔面蒼白になっていた侍女は、まるで別人かのごとく鋭い瞳でセドリックを射抜いた。
お読みいただきありがとうございました!
「面白い」と思っていただけましたら、ぜひ「ブクマの追加」や「リアクション」、「感想」、下の☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援いただけますと嬉しいです!
皆さんの応援で執筆のモチベーションがアップします!!!
どうぞよろしくお願いいたします。




