第2話 コーディリアの失踪
――約2カ月半前。
アナベルは前室に隣接する控えの間で、馴染みの侍女と情報交換をしていた。そろそろ化粧直しをする時間だというのに、ビュッフェルームにも、テラスにも、バルコニーにも、コーディリアもジュリアンの姿もなかった。
コーディリアを王宮内で探し回って、もう小一時間が経っていた。
(二人になりそうだったら声をかけてくださると言っていたけれど――)
アナベルは嫌な予感がした。
コーディリアが昨年婚約したジュリアン・ガスリーは評判の悪い男だったから。
誰に聞いても良い話がない。
そんなジュリアンが、なぜ聡明なコーディリアの婚約者の座を射止めたか。
単純な話だ。金銭的援助が理由だった。
(ブラッドフォード家の家計さえ持ち直せれば、お嬢様が犠牲になる必要なんてないのに……)
見た目だけは申し分ないが、女癖の悪さは使用人たちの間では有名だった。
(人目があるからと、油断してしまった。もしかしたら、無理矢理どこかへ連れ込まれたのでは……)
さすがのジュリアンも、王宮の夜会でお嬢様を傷物にするなどあり得ないと思っていた。何か起こる前であっても、男女が密室に二人になってはコーディリアの評判にも関わる。しかも、あの男だ。
アナベルはサロンの扉をそっと開いた。こういう場所では、男女が密談することもあるという。そっと開いた扉の先では、カードゲームに興じる貴族たちがいた。
(この部屋ではなさそう……)
廊下に控える警備兵に聞いても、目撃したという者はいなかった。
(どこへ行ったの?)
アナベルは階上の女性用休憩室のフロアへと向かった。
休憩室のフロアは、静かだった。
複数並ぶ女性用休憩室を順番に確認した。休憩室は男女別に別れており、ジュリアンは一緒に入ることはできない。だから、休憩室ではないと思っていたが、もしかしたら。
休憩室フロアの警備兵に確認すると、コーディリアの特徴に一致した女性を見たという。
アナベルは、一番奥の女性用休憩室の扉を開けた。
すると、ソファに座るコーディリアが目に入った。
「お嬢様……」
アナベルはホッと胸を撫でおろした。
休憩室にはコーディリアが一人でいたようだったからだ。
「お疲れだったのですか? 急にお姿が見えないから、心配したんですよ」
アナベルは安堵から主人への愚痴を口にしながら、近付いた。
いつもなら「ごめんなさい。アナベル」と、コーディリアが微笑んでくれる。
しかし、コーディリアは何も言わなかった。
不思議に思っていると、ソファ横のサイドテーブルには赤ワインのグラスが置かれていた。
(眠ってしまったのかしら?)
「お嬢様?」
不思議に思いながらコーディリアに近づくとワインの匂いに混じって、どこかすえた匂いがした。
それにしても、こんな公の場で居眠りをするなど、コーディリアらしくない行動だった。しかし、コーディリアとてまだ18歳の少女だ。王宮の夜会に緊張し、疲れたのだとしてもおかしくはない。ソファに座るコーディリアは、穏やかな顔だった。
(本当はこのまま眠らせて差し上げたいけど)
アナベルは心を鬼にして主人を起こそうと、肩を軽く揺らした。
「お嬢様、起きてください」
「アナベル!? あら、やだ。私ったら」
そんな言葉が聞けると思っていた。
ところが、アナベルがコーディリアの肩を軽く揺らすと、コーディリアの身体がガクッと前へと倒れ込んだ。まるで、意識を失っているようだった。
「……お嬢様?」
何だかよく分からなかった。
小さく揺すっていた肩を、いつの間にか大きく揺らしていた。
しかし、コーディリアの身体はどんどん前に倒れていくばかりだった。
何度も声をかけたが、予想していた言葉を聞くことはない。
おかしい。
アナベルは慌てて休憩室の扉を開け、警備兵へと助けを求めた。
「お嬢様が!!」
前のめりに傾いたコーディリアの呼吸は、すでに止まっていた。
しかし、アナベルはそのことに気が付くことができずにいた。
警備兵に助けを求めて、5分。
アナベルはその時間を、永遠よりも長く感じた。
慌ただしい足音が近づき、医師らしい男性と、2人の王宮騎士が駆けて来た。
「お嬢様が……」
アナベルは、神に救いを求める思いで医師に縋った。彼が主人の危機を救ってくれる。
しかし、その願いはすぐに無残に打ち砕かれる。
「……お亡くなりになっています」
「……亡、く?」
「こちらのお嬢様のお名前は? ご病気などはございましたか? 今日はご家族の方はご一緒ですか?」
医師の言葉がよく分からなかった。
世界が不安定にぐるぐると揺れていた。
何故、こんなことを聞かれているのか。
呆然とするアナベルに、医師が同じ質問を繰り返した。
(お嬢様の……名前……)
アナベルは頭の中で医師の言葉を理解しているのに、口が全く動かなかった。
どうしたら良いか分からずにいるアナベルに、「しっかりしろ!」という声が頭上から響いた。見上げると、医師と一緒に駆け付けた騎士だった。騎士はアナベルの両肩にポンッと手を置いた。その手は、コーディリアとは違い、洋服越しにも熱かった。
「お前の大切な主人なのではないのか?」
その言葉に、アナベルは自分を取り戻すのを感じた。アナベルを見つめる青い瞳はジュリアンを思い出させた。が、騎士の瞳は不思議と不快ではなかった。
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