第28話 侍女アナベルの情報網
「せっかくの夜会ですもの。セドリック様と踊りたいわ」
「エイムズ伯爵令嬢、今日は……」
エイムズ伯爵令嬢は、セドリックに甘えるように上目遣いで接近した。セドリックも強く断れないのか、笑みをたたえながら少し困っている様子を見せる。
(エイムズ伯爵令嬢は、私が見えないようだし。セドリック様もまんざらでもなく見えるのは、気のせいかしらね)
目の前でイチャイチャし始めた二人を見て、アナベルの身体の熱が急激に冷めた。
「ブライトン卿」
セドリックに、アナベルは呼びかけた。なるべく他人行儀にと意識したら、ひどく冷たい声が出た。その声音にセドリックは、驚いたように目を見開き、微かに口元が歪んだ。
(なんで私にはそんな顔……)
「私は広間に戻りますので、どうぞお二人でダンスをお楽しみください」
アナベルは礼をすると、そそくさとバルコニーを出た。放っておかれたパートナーとしては及第点だろう。「二人で」というところに、少し力が籠ったことくらいは許してほしい。セドリックの指示なのか、従僕がアナベルを追いかけてきた。
「お嬢様、お飲み物をお持ちしましょうか」
セドリックの従僕が気を遣って、声をかけてきた。
「ありがとうございます。セドリック様に頼まれたのかと思いますけど、私は今夜限りの仮初のパートナーですから、あまりお構いなく」
八つ当たりだと思ったが、セドリックの従僕と親しくなろうとは思えなかった。彼はアナベルの扱いに困ったようだが、一定距離を保ってアナベルに着いて歩いた。馴染みの侍女の話を聞きたい。広間からそっと二人を見ると、セドリックは笑顔でエイムズ伯爵令嬢の手を取っていた。
(やっぱり……)
見てはいけないと思うのに、目を逸らせなかった。
アナベルは小さく息を吐き、表情を整えた。コーディリアに仕えていたのだから、顔で笑って心で泣くくらい、慣れているはずだった。
ダンスフロアを無表情に見つめるアナベルに、従僕は「お嬢様……」と声をかけた。あまりに長い時間二人を見つめていたからだろう。
「私は、お嬢様ではないの」
ダンスフロアには、本物のお嬢様たちがきらきらと輝いている。セドリックは、ああいうお嬢様たちと縁付く男性だ。
「アナベル、と呼んでほしいわ」
「しかし……」
「私は貴族の娘だけど、あなたと同じように働いてきた身。あなたに“お嬢様”と呼ばれるほどの人間ではありませんから」
卑屈に見えないようになるべく軽やかに笑った。従僕はアナベルの言葉にそれ以上は何も言わなかった。セドリックが扉の付近に立つアナベルを見た気がした。
(こんなに離れているのに、視線を感じるなんて……)
「セドリック様、こちらをご覧になったわ」
「あら、私の方を見たのよ」
セドリックの視線に一喜一憂する女性たちの声に、自嘲気味に笑った。
(目が合ったなんて思うのも……ただの自意識過剰なのかもしれない)
アナベルはセドリックの視線から逃れるように、大広間をあとにした。
「アナベル!」
馴染みの侍女が、アナベルの姿に嬉しそうな笑顔を見せた。控えの間には多くの侍女や従僕が、主人を待っていた。エイムズ伯爵令嬢の侍女も待機していたが、アナベルの姿を見ると部屋からそそくさと出て行った。すれ違いざまに見た彼女は、アナベルよりも少し小柄で、華奢で、くりっとした大きな瞳が愛らしかった。逃げるような様子も、小動物のような愛らしさも感じられた。
「驚いたわ。ブライトン卿のパートナーなんて、一体何があったの? まさかブライトン卿と婚約するなんて言わないでしょうね?」
馴染みの侍女は、声を潜めてアナベルを揶揄って来た。
「エイミー、あなたがロマンス小説好きなのは知っているけれど、現実はそんなことは起こらないわ」
「相変わらずの現実主義者ね。だったらなんでブライトン卿と一緒なのよ。このドレスも、ブライトン卿と色を合わせていて素敵だったわよ」
エイミーはなんとかしてロマンチックな展開に持って行きたいようだ。
「彼とパートナーになったのは、ちょっと事情があったの……。とにかく、今夜限りのパートナーなの」
「今夜限りのパートナー!? 新刊にありそうなタイトルじゃない。私、その小説が出たら読むわ」
「はいはい」
エイミーは朗らかで、ロマンス小説が大好きな情報通だ。侍女仲間というより、アナベルにとっては友人に近い。
「エイミー、あなたを信頼して教えてほしいのだけど……」
アナベルは真剣なトーンでエイミーを見た。先ほどまで浮かれていたエイミーも、パッと“優秀な侍女の顔”に切り替えた。アナベルはより一層声を潜めた。
「エイムズ伯爵令嬢の、新しい侍女のことを、知りたいの」
エイミーはアナベルの表情を見つめた。いつもの冗談を返すことなく、その顔から笑みが消えた。
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