第26話 ローズの誘い
「オブライエン侯爵令嬢、今宵も月光を浴びる夜薔薇のごとくまばゆいお姿ですね」
セドリックはローズに笑みを湛えた。ローズはセドリックの甘言に満足したように目を細めた。
「あなたの美男子振りもさすがよ。素敵なファーストダンスだったわ」
「エイムズ伯爵令嬢が怖い目で彼女を見ていたわよ」と、ローズがセドリックにそっと囁いた。そして、二人を値踏みするような笑みを浮かべた。
「彼女は、フェザーストーン男爵令嬢です」
エイムズ伯爵令嬢に説明した紹介文句を繰り返した。ローズは「そう」と興味の無さそうな笑みを浮かべると、すっとセドリックの腕に自分の腕を絡ませた。
「あなた、お借りするわね」
アナベルにそう告げると、セドリックの腕を引いてダンスフロアへと誘っていた。
(ローズから声をかけられるのは、手間は省けて助かるが……)
アナベルは心得ているとでも言うように、スッとビュッフェエリアの端の方へと移動した。
「ずいぶん気にかけているのね」
些細な視線のやり取りに気付いたローズは、セドリックの首に腕を絡ませた。
「父の友人の娘ですから。あまりこういう場にも慣れていないようですし」
「あら、ブラッドフォード伯爵家の侍女だったら、王宮の夜会に同行することもあるでしょう。伯爵家の夜会などのご経験もあるのではなくて?」
ダンスの最中、セドリックの右手を取り直すと、意味ありげな笑みを浮かべた。
「……彼女のこと、ご存知だったのですね」
「コーディリア嬢はお気の毒だったわ。自ら命を絶つなんて」
コーディリアの死の報は静かに広がり、多くの者が若き令嬢の死を悼んだ。
「死因は不明ですよ」
「あら、毒殺の可能性もおありに? 物騒ね」
ローズはセドリックに身を寄せると、周囲には聞こえないように囁いた。セドリックを覗き込む瞳は、ずいぶんと挑戦的に見えた。
「……それはいくらオブライエン侯爵令嬢と言えど、お答えできません」
「あなたって意外と固い男なのねぇ」
「そうですか?」
「この前、ランド商会にもいらしたそうね?」
ローズはふふと、また微笑んだ。
(素性も、商会への訪問も筒抜けか。情報の出どころは店員か、それとも)
「情報通なのですね」
「なんだ。もっと驚いてくださると思ったのに」
「つまらない男で申し訳ございません」
「私のお友達が、あなたをお見掛けしたって教えてくださって。女性もご一緒だったと憤慨しておりましたわよ。モテる男性は困るわね」
セドリックは、曖昧な笑みを浮かべた。
「あの日ご一緒だった女性も、彼女なのかしら?」
ローズはビュッフェエリアで軽食をつまむアナベルに目を向けた。
「さあ、どうだったか」
アナベルを見ると、エイムズ伯爵令息が声をかけていた。
「あら、エイムズ伯爵のご令息と仲良くなさっているのね」
ローズはセドリックの反応を窺った。
「よい出会いになれば、幸いですね」
セドリックは、心にもないセリフを口にし、ローズを見た。ローズは面白いものを見るように、セドリックを見た。
「それは難しいわね」
「何故です?」
ローズはセドリックに密着し、そっと耳元で囁いた。
「彼、大切な恋人がいるらしいの」
「……へえ」
「先日、彼もランド商会にいらしたようなのだけど、恋人と連れだって随分甘いことをおっしゃっていたそうよ。対応した者なんて、とても素敵だったとうっとりしていたわ」
ローズは、セドリックがどこまで知っているのか、そして何に反応するのかを見定めるように、青い瞳を覗き込んだ。
「そうでしたか」
「エイムズ伯爵令息は、女性におモテになる方ではないでしょう。――あなたと違って」
「そんな、私なんて」
「とても素敵な男性だと言っていたわ。青い瞳が印象的だったって」
「そうですか」
ローズはセドリックの青い瞳をじっと見つめた。
「あなたも綺麗な青い瞳ね。私、美しいものは好きよ」
「……ありがとうございます」
「楽しいダンスだったわ」
気が付いたら、新しい曲へと変わるところだった。
「私ばかりがお話してしまったわね」
ローズはにこりと微笑んだ。
「あなたは、何か私に聞きたいことはあって? あなたと踊れて、とても気分がよいから、何でも答えてしまうかも」
「何でも……ですか」
セドリックは、ローズの手を取った。
「陶器のように真っ白なお肌だ」
ローズはセドリックの囁きに顔を赤らめることはない。
「その美しい手に口づけるご無礼を、お許しください」
「許すわ」
セドリックはローズの手の甲に口づける振りをした。ローズはそんなセドリックを見下ろした。その顔に笑みは浮かんでいなかった。
セドリックはローズの手をそっと離した。が、すぐにもう一度握った。
「エイムズ伯爵令嬢に、侍女をご紹介したようですね」
ローズはその問いに小首をかしげながら「そうだったかしら」と顔を扇で隠して惚けた。
「それがあなたに何か関係が?」
「いえ、何も。ただ、権謀術策の世界に身を置いていると、あなた方のような純粋な友情が羨ましくなりまして」
セドリックはローズに意味深にほほ笑んで見せた。
セドリックは、「次は私」とばかりに見ている令嬢たちの視線に気が付かない振りで、ビュッフェエリアへと急いだ。
「エイムズ伯爵令息」
「ああ、ブライトン卿」
エイムズ伯爵令息は、のほほんとした様子でハムのサンドウィッチをつまんでいた。セドリックが仄かに放つ牽制オーラは全く感じていない、ほのぼのさだった。
「ダンスがお上手で見とれてしまっていたよ。ねえ、アナベル嬢」
「ええ、お二人ともとても魅力的でしたわ」
目を離した隙に、何故か仲が深まったのか。エイムズ伯爵令息は、既にアナベルを名前呼びしていた。
「アナベル嬢とのファーストダンスも、初々しくて素敵だったよ」
「ありがとうございます」
アナベルはエイムズ伯爵令息の誉め言葉を素直に受け止めて、顔を赤らめた。セドリックはその様子に、微かに口角が下がった。
(俺の誉め言葉は一々疑いの眼差しを向けるくせに、なんでこんな初対面の……)
「ブライトン卿が良ければなんだが、妹が君と踊りたいそうなんだ。次のダンスをお願いできるだろうか。もちろん、アナベル嬢とは私がここにいるから、心配しなくていい」
アナベルもエイムズ伯爵令息の提案を知っていたのか。彼の提案に同意している様子だ。セドリックはその様子にも、どんどん口角が下がっていくのを自覚した。が、セドリックは無理矢理口角を上げた。エイムズ伯爵令息に「……ちょっと、彼女に用がありまして。申し訳ございませんが、エイムズ伯爵令嬢とのダンスは、またの機会に」と満面の笑みで向き合った。エイムズ伯爵令息は、頭を掻きながら「シンディーに怒られちゃいそうだな」と言ったが、人の良い笑みを浮かべた。
「じゃあ、また今度。アナベル嬢も、今日は楽しかったよ」
「エイムズ伯爵令息、ありがとうございました」
セドリックは二人の会話を遮るように、アナベルの手を取ってバルコニーへと連れ出した。




