第25話 ダンス
「セドリック・ブライトン伯爵令息、アナベル・フェザーストーン男爵令嬢、ご到着」
宮殿の案内係が大広間の扉を開け、二人の名を会場内に呼び上げた。セドリックとアナベルは、場内のゲストに礼をすると、国王への謁見の列に並んだ。
アナベルは国王と王妃の前で、宮廷式カーテシーをした。繰り返し練習したのだろう。他の令嬢と比べても見劣りすることのないものだった。
「フェザーストーン男爵令嬢。セドリックが夜会に顔を出すのは久しぶりだ。君がパートナーを務めてくれたことに感謝しよう。今日は緊張せず、楽しんでいってくれ」
白い口ひげを撫でながら、国王はアナベルに優しい笑顔を見せた。しかし、アナベルは引きつる笑顔で「光栄です」と答えるのが精いっぱいのようだった。緊張のためか、顔が色を失っている。
(これ以上引き留めては、アナベルが気の毒だな)
セドリックは国王と視線を交わすと、すぐに謁見の場を後にした。国王はセドリックが秘密裏に第二王子派の動きを探っているのを承知している。今日セドリックがアナベルを伴い夜会に参加する本当の目的も、もちろん報告済みだ。
セドリックはアナベルの手を取り、大広間へと導いた。握った手はかすかに震えている。緊張で冷たくなったその手を温めるように、セドリックは優しく握り直した。
(……俺を意識してくれているのなら、悪い気はしないな)
セドリックは、アナベルの様子についそんなことがよぎり、思わず口元が緩んだ。
「リボンもいいアレンジだな」
エメラルドグリーンのリボンはレースのリボンと重ねて、髪を華やかに彩っていた。
「セドリック様のおかげで、とても華やかになりました」
そう微笑んだアナベルの緊張が少しだけ和らぐのが分かった。
「気に入ってくれたようなら贈り甲斐があるというものだ」
大広間を確認すると、ジュリアンも、ローズの姿も見当たらなかった。
(まだ来ていないのか)
多くの貴族たちは既に集まっているようだ。大広間も賑わっている。セドリックは宮廷使用人を呼び止めるとシャンパンを受け取った。
「アナベル、君はレモネード? 緊張をほぐすのに果実酒にするか?」
「レモネードをお願いします」
セドリックからグラスを受け取ったアナベルは、さっそく一口飲み、小さく息を吐いた。
「少し落ち着いた?」
アナベルに微笑みかけると、アナベルは少し照れたように小さく頷いた。
「心配しなくても大丈夫だ。国王への挨拶も完璧だったよ」
「それもそうですが……。セドリック様のパートナーは、正直疲れます」
周囲の視線が気になるようだ。アナベルは少し落ち着いたのか、口を尖らせてセドリックに非難がましい目を向けた。
(拗ねた表情もかわいいな……)
「周りの視線を感じるのは、君が美しいからだよ」
セドリックがそう囁くと、アナベルは嫌そうに顔を歪めた。
「揶揄うのはやめてください」
「揶揄いなんかじゃない」
「セドリック様と違って、私はそういう戯れは慣れてないんです」
「前も言ったと思うが、俺はそんな不誠実な男じゃない」
「それは……そう、かもしれないですけど……」
否定されるか、流されるかするかと思ったが、アナベルはセドリックの言うことを肯定した。
「マスティフみたいな男に見えないかな?」
少し調子に乗っただろうか。セドリックは、マスティフとは真逆の容姿でそんなことを囁いた。スペンサーに話した覚えがあったのだろう。カァッと頬を赤らめると、「全く見えません!」と横を向いた。
「ヘクター・オブライエン侯爵、ローズ・オブライエン侯爵令嬢、ご到着」
宮殿の案内係の声が、響き渡った。扉を見ると、深紅のドレスに身を包むローズ・オブライエンが父である侯爵を伴って現れた。彼女のドレスには色とりどりの宝石が縫い付けられ、豊かな髪には共布の薔薇が飾られていた。
(自分が主役だと言わんばかりの豪華絢爛さだな。目がくらみそうだ)
オブライエン侯爵とローズが国王たちに謁見の挨拶を終えると、国立音楽隊がファーストダンスの曲を奏でた。国王と王妃がフロアでダンスを披露すると、他の貴族たちもパートナーの手を取り、ダンスフロアに集まった。
アナベルは初めての王宮のダンスフロアに緊張しているのか、天井や壁、隣で踊る夫人のドレスにまで興味津々な視線を向けていた。
セドリックは彼女の腰をそっと引き寄せ、耳元で甘い言葉を囁くと、予想していた通りアナベルに鋭い視線を向けられた。しかし、よく見ると頬は赤く染まっている。
(慣れていないだけだというけど、本当に俺を男として意識しているのかもしれないな)
セドリックはアナベルの反応を確認したくて、さらにロマンチックな雰囲気を醸し出して甘い言葉を囁いてみた。が、やり過ぎたのか、アナベルにはかなり厳しい目で睨まれてしまった。少し良い雰囲気だと思っていたが、アナベルの顔が少しずつ曇っていくような気がした。そして、静かに顔が険しくなっていった。
(ローズか……)
アナベルの位置からも、ローズを確認できた。段々と険しい顔になるアナベルに、セドリックが貴族としての振る舞いを忠告した。その言葉にアナベルはハッとして、我に返ったようだった。その後は、ブラッドフォード伯爵夫人の指導の成果なのだろう。令嬢らしい微笑の仮面を身に付けて、セドリックのリードに身をゆだねていた。静かにファーストダンスを終えると、ローズの方からセドリックの方へと近付いて来た。
「王宮の夜会にいらっしゃるなんて、珍しいのね」
ローズは優雅な笑みをセドリックに浮かべた。
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