第23話 夜会へ
「デートはどうだったんだよ?」
アナベルとドレスを選んだ日の翌日、出勤するとスペンサーに絡まれた。
「別にどうもこうもない。つつがなく終わった」
「アナベルに似合うドレスを選んで、イチャイチャもできたってことかな? 調べてたカフェでお茶もできた?」
ニタニタと笑うスペンサーに、セドリックは化粧水の瓶を渡した。
「ランド商会のものだ。侍医局に回してくれ」
「なんで俺が。自分で行けよ」
「また書類仕事が溜まっているんじゃないのか? 自分で片付けるなら、侍医局へ行ってきてもらう必要はないが」
「えっ、書類をやってくれるのか?」
セドリックが黙って手を差し出すと、スペンサーは慌てて書類の束を渡した。
「お前、またこんなに……」
「ちょっと侍医局へ行ってきます!」
スペンサーはニッと笑うと、慌てて執務室をあとにした。
セドリックはスペンサーが置いていった書類の束に目を通すと、黙々と作業を始めた。書類仕事が好きというわけではないが、スペンサーよりはマシだ。アナベルの件は、正直スペンサーの後押しに感謝している。
(調子に乗るだろうから、言わないが……)
ブラッドフォード伯爵夫妻に打ち明け始めたときは、どうしてやろうかと思った。が、結果的には成功だった。アナベルの結婚相手を探すことも一時中断したようだし、特に夫人はセドリックに対して好意的に接してくれている。
(少なくとも、今のところは悪くない。ブラッドフォード伯爵夫妻も好意的だし、アナベルもリボンを受け取ってくれた)
昨日の“デート”もはっきり言って順調だろう。予定していたカフェに誘ってみたが断られた。それは次回の楽しみに取っておく。
(リボンを渡したときの、あの驚いた顔と、はにかみ笑い……)
思い出しながら、セドリックはニヤニヤと口元が緩んだ。
スペンサーの調査だとセドリックのような男は興味の範囲外のようだったが、昨日のリアクションを考えると悪くない感触だった。
(大体タイプなんていい加減なものだ。俺だって、アナベルが好みのタイプかと言われるとちょっと違うような気もする。少なくとも、今まで付き合いのあった女性たちとはタイプが違う)
最初は気の毒に思っただけだったような気がする。主人の突然の死に際して、涙を見せまいとする姿が健気に感じた。だけだったはずなのに、妙に無鉄砲なところに目が離せなくなり、事件への着眼点や侍女としての矜持には驚かされ……。
(あの小さな泣きぼくろを見ると、ついからかいたくなる。……いや、かわいいと思っているのだから、どうしようもない。サロモンのリボンも、喜んでもらえただろうか)
夜会当日まで、アナベルと直接会う機会を作ることができなかった。何通か事件のことで手紙のやり取りはしたが、アナベルも夜会の準備が忙しく、中々都合が合わなかった。
セドリックは、白いプリーツシャツにシルクのクラバット、エメラルドグリーンのボタンをあしらったベストを身につけた。アナベルのドレスを引き立てるため、テールコートは深緑を選んでいた。
「まあ、セドリック卿。カフスボタンもアナベルのドレスと合わせたのね」
ブラッドフォード伯爵夫人は、迎えに来たセドリックの服装を見て甚く嬉しそうだった。
「ええ、今回は素材からそろえることはできなかったので」
「今回は、ね」
ふふと笑う夫人に、伯爵が「よさないか」と、軽く窘めた。
「アナベルもダンスの練習を毎日頑張っていたのですよ」
「そうですか」
「緊張しているようなので、よろしくお願いいたしますね」
「もちろん」
執事がアナベルを呼びに行くと、ほどなくしてアナベルは中央階段から姿を見せた。階段上に立つアナベルのドレス姿は、想像よりも美しかった。自分が贈ったリボンも髪に美しく飾ってくれている。緊張しているのか。少し顔が強張っているようにも見えるが、堂々とした美しい所作だった。
「セドリック様、お待たせいたしました」
「アナベル、今日の君は本当に美しいね」
いつもなら恥ずかしげに目を逸らすアナベルが、今夜は頬を赤らめながらも、セドリックの目を見て微笑んだ。ブライトン家の馬車に乗り込むと、王宮の夜会へと出発した。
「緊張している?」
車窓を眺めるアナベルに、セドリックは訊ねた。
「……少し」
先ほどの堂々とした姿とは反対の、少し心許なそうな姿だった。セドリックはアナベルを安心させるために微笑んだ。
「大丈夫。俺がついている」
少し気障かとも思ったが、アナベルはセドリックの言葉に「はい」と素直に頷いてくれた。
「会場で何か気づいたら、すぐに俺に知らせてくれ。ローズには、俺と一緒にいるとき以外は近づかないこと。気になることがあっても、一人で動くなよ」
「分かりました」
「もしかしたら、ジュリアンもいるかもしれない。招待状がなくても、同伴者としてなら入れる。ローズが連れてくれば、あり得なくはない」
二人の婚約はまだ正式に発表されていない。ジュリアンがローズのエスコート役として夜会に出席する可能性は低いだろうが、もし居合わせれば厄介だ。
「アイツには特に気をつけてくれ。この前のコーヒーハウスで会っているから、気づかれる可能性もある。君は変装していたとはいえ、俺と一緒にいるところを見られている。今夜は化粧も髪型も違うから、見破られないかもしれないが、油断は禁物だ」
アナベルはセドリックの忠告を素直に聞き入れた。




