第22話 夜会の準備
「ワン・ツー、ワン・ツー」
アナベルのダンスの練習には、コーディリアの弟のクリスが付き合ってくれた。クリスの面差しはコーディリアによく似ている。
「あっ! 申し訳ありません、クリス様」
足を踏んでしまい、慌てるアナベルにクリスは優しい笑みを浮かべた。
「大丈夫。気にしなくていいよ。それに、君がステップを間違うということは、僕のリードが悪かったんだよ」
2歳も年下とは思えないほどの、大人びた優しさで、クリスは慰めてくれた。
「アナベル、些細な間違いは気にしなくていいですから。困ったらブライトン卿に委ねれば大丈夫よ」
アナベルのダンスは、奥様からは及第点をもらった。基本のステップは身についているはずなのに、実際に踊ると、緊張のせいか足がもつれてしまう。
(緊張しなくていいと言われても……)
アナベルは男性との距離が近付くダンスが、あまり得意ではない。しかも、相手はセドリック。緊張するなという方が無理な話だ。
「ブライトン卿なら、僕よりダンスも上手だろうから、きっと踊りやすいと思うよ」
明日に控える夜会に向けて緊張するアナベルに、クリスは再び優しい笑みを向けてくれた。
「ええ、それにブライトン卿はアナベルが多少足を踏んだとしても、ビクともしないでしょうから」
奥様はそう言いながら、アナベルの髪を飾るリボンにチラッと目をやった。
あの日、帰って来たアナベルの髪を飾る薄いブルーのリボンに、奥様はすぐに気が付いた。そして、「楽しかったかしら?」と、優しい笑みを向けられた。アナベルはどう反応していいか分からず、曖昧に頷いた。
セドリックと出掛けた日の晩、彼が結んでくれたリボンを解くと、自然と彼の瞳を思い出した。
贈られたブルーのリボンが、彼の瞳の色と重なるのは偶然なのだろうか。自分の瞳と同じ色のものを贈るなんて、思わせぶりなことをする男性なのだろうか。
考えないようにするほど、彼の笑顔や、リボンを結ぶ真剣な横顔が浮かんでくる。いつものようにコーディリアのベッドの脇に丸くなっても、なかなか寝つけなかった。
あれ以来、セドリックには会っていない。セドリックも仕事が忙しいのだろうし、アナベルも夜会の準備でいつもよりもすることが多い。ただ、旦那様宛の手紙に一言だけ「化粧水は予想した通りの結果だった」という言伝はもらった。
(ランド商会が限られた顧客に販売している化粧水から、ヒ素が検出された。もし、オブライエン侯爵家がコーディリア様の毒殺に関わっているのなら、この商会も何かを知っているのかもしれない……)
オブライエン侯爵家は、高位の貴族だ。疑いレベルでは、すぐに握りつぶされる。明日、ローズ様と対面をして何か分かることがあるのだろうか。
アナベルはコーディリアの寝室から、月を見上げた。月はぼんやりとしていて、全体像が見えなかった。振り返って部屋を見ると、ベッドに腰をかけるコーディリアがそこにいるような気がした。
(コーディリア様……。あなたが何故死んでしまったのか。私が必ず突き止めますから)
アナベルは、コーディリアに向かって心の中でそう誓った。
夜会当日。
朝からナニーの手を借り、念入りに身体の手入れをした。薔薇のオイルを塗り、コルセットを締め、セドリックと選んだドレスに袖を通す。いつもより丁寧に化粧水を塗り、化粧を施し、コーディリアとお揃いの口紅を塗った。
(やっぱり、このドレスにして正解だわ。旦那様と奥様にも改めてお礼をお伝えしないと)
ドレスと揃いで借りたレティキュールに、ハンカチ、口紅、白粉、ローズマリーウォーターを入れた。口紅以外は、あの日のコーディリアのレティキュールの中身と同じだった。口紅だけは、あの日私が持たせなかった。あの夜会でコーディリアが着用していたエメラルドグリーンのパンプスを履くと、身が引き締まる思いがした。
「アナベル、これを」
身支度を手伝ってくれていたナニーが、パンプスにバックルを取り付けてくれた。カットスチールの飾りがより一層華やかに仕上げてくれた。
「侍女長……」
「高級品ではないけど、少し華やかに見えるでしょう?」
「ありがとうございます」
ナニーはバックルを取り付け終えると、立ち上がってアナベルの顔を覗き込み、そっと頭を撫でた。
「奥様から聞いたわ。お嬢様の死をうやむやにされたくないのは、みんな同じよ。でも、無理をしてはいけない。あなたの身の安全を一番に願っているわ」
「……ありがとうございます」
「アナベル、泣いてはダメよ。お化粧が落ちてしまうわ」
そういうと、潤んだアナベルの瞳にハンカチを当てた。アナベルは涙が零れ落ちないように、じっと上を向いた。そして、ナニーの言葉に「はい」とはっきりと返事をした。
アナベルは涙をこらえると、再びコーディリアの鏡台の前に座った。ふわりと大きめにカールを巻いた髪を下ろすと、セドリックから贈ってもらったエメラルドグリーンのリボンとレースのリボンを重ねて、目立つように髪へと巻いた。
邸の前で馬車が止まる音がすると、玄関に客人が現れた。セドリックだ。準備を終えたアナベルは、ナニーと視線を交わすと立ち上がった。ナニーはアナベルの手をそっと取った。コーディリアを送り出すときにも、こうして手を取っていたのだろう。
アナベルはコーディリアの部屋から出ると、階段を下りた。アナベルを待つセドリックと目が合った。




