第21話 リボン
「そろそろいいかな?」
飽きずに店内の商品を眺めていると、セドリックの声が上から降ってきた。見上げると、アナベルに笑顔を向けるセドリックがいた。思わず、顔が熱くなるのを感じた。
「失礼しました。私ったら」
「いや。ずいぶん楽しそうだから私も嬉しいよ」
人前だからか、セドリックは「私」と言った。
(いつもは、素で接してくれているってことなのかしら?)
自意識過剰な考えが頭を過り、都合のよい解釈は危険だと自分で打ち消した。
「何かほしいものがあれば、プレゼントするけど?」
セドリックは、ますます勘違いしてしまいそうなことを囁いた。
「いえ! とんでもありません! ご用事が終わったなら、もう出ましょう」
背中に感じる店主の生温かい視線から逃れるように、アナベルはセドリックの腕を引いた。二人が店を出ると、すれ違うように一人の女性が入ってきた。セドリックは、店に入っていく女性を静かに目で追った。
(……何?)
「……お知り合い、ですか?」
「ガスリー子爵家の使用人だ」
「え?」
アナベルは店の外から目を凝らして店内を見た。使用人は、小柄な女性だった。彼女は女性ものの帽子を手にしていた。帽子を手に取って確認する目は、くりくりと大きく、小動物のようで愛らしい。
「ジュリアンの使いか」
「ジュリアン様のお使いなら、従僕が行くのが通常では?」
女好きのジュリアンと言っても、身の回りの世話は従僕がしていた。
「それもそうだな。じゃあ、彼女は何を」
「侍女ならお使いではなくても、主人のコーディネートの参考に見て回ることもあると思います。私も以前はたまに来ていました」
「彼女は侍女ではなかったと思うが。子爵家でお茶を入れてくれていた」
「そうでしたか」
「使用人が私物を気軽に購入できる店ではないと思うが」
「人気店なので見に来るだけのお客様も多いのかもしれません」
「まあ、そうかもしれないな」
そう言いながらも、セドリックはもう一度だけ店内に目を向けていた。少しの違和感を抱きながら、セドリックは彼女から目を離した。
「疲れていないか? 少し休んでからでも」
「いえ、大丈夫です」
セドリックの提案をアナベルは断った。
(一緒にカフェにまで入店したら、ますますデートみたいになってしまう)
気がつくと、空は夕陽に赤く染まっていた。馬車に乗り込んだアナベルは、流れていく街並みを眺めながら、今日の出来事を振り返った。ドレスを一緒に選んで、街中で手を繋いだり腕を組んだりして歩いて、リボンを見て……。そうだ。最後の「サロモン」は何のために立ち寄ったのだろう。
「セドリック様、そういえば、サロモンには何故?」
「ああ。実はランド商会の評判を少し聞いていたんだ。あそこの店主とは昔から付き合いがある」
「そうなんですね。サロモンさんは、ランド商会のことをなんと?」
「化粧水のことは知らないようだった。限られた得意客だけを相手にしている商売なのだろう。もっとも、商会がヒ素を入手できる可能性があると分かっただけでは、君の主人を殺した犯人にはたどり着けないが」
「細かな手がかりも確認していただけて、感謝しております」
「そうだ。アナベル、これを」
セドリックはサロモンで購入していた品物をアナベルに手渡した。セドリックから渡された薄い箱には、ピンクと紫の花の絵が描かれている。この店は箱一つとっても、お洒落で高級感がある。
「これ……」
「リボンだ」
「え!」
店で見ていたものだろうか。確かに、私が店内を見ているときに、何か購入しているようではあった。
(店内のやり取りはお芝居とばかりに思っていた)
「いただけません。そういうつもりで、見ていたわけでは……」
「話を聞くためだけで店は利用できない。ついでだ」
「でも」
「スペンサーに土産だと言っても、さすがに絹のリボンは使わないだろう」
セドリックがふざけてそんなことを言うものだから、アナベルは思わずリボンを着用するスペンサーを想像して笑ってしまった。
「確かに、スペンサー様は使わなさそうですね」
(でも、セドリック様ならいくらでも渡すお相手はいそうなのに。この前の庭園の女性だって……)
「夜会のドレスに合わせて着用できるものだ」
店内で見せてもらったエメラルドグリーンのリボンは、確かに今日借りたドレスに合いそうだった。
「夜会のパートナーなんだ。リボンのプレゼントくらいは、一般的だろう」
「それは……」
「受け取ってもらえると、嬉しい」
そういうと、セドリックはリボンの入った箱をアナベルに押し付けた。これ以上断るのも失礼な気がした。アナベルは、セドリックがくれたリボンを受け取った。
「……ありがとう、ございます」
身内以外の男性からプレゼントをもらうのは、初めてだった。アナベルがお礼を言うと、セドリックは思った以上の笑顔を見せた。彼の弾ける笑顔に、アナベルは今日が初デートだという勘違いをしてしまいそうになる。
「それと」
セドリックはもう一つ薄手の箱を出し、今度は自ら包みを解いた。中からは、薄いブルーのリボンが入っていた。サロモンで見ていた珍しい図柄のものだった。
「これ」
「君に似合うと思って」
馬車が曲がり角でゆっくり減速したタイミングで、セドリックは立ち上がると、アナベルの横に座った。
「少し髪に触れるよ」
アナベルの髪に触れると、リボンをアナベルの髪に結んだ。
「ん? なんか、曲がってしまうな」
意外と慣れていないのか、リボンを結ぶのに悪戦苦闘していた。こんなものを貰っていいのかしら、と思った矢先に、思わず笑い声が漏れた。
「意外とリボンを結ぶのも難しいんだな」
「コツがいるんです」
アナベルはリボンを結んでくれるセドリックの真剣な顔を盗み見た。
『自分だけを特別に思ってくれる人がいいわね』
お嬢様のそんな言葉が、ふと浮かんだ。
車内に差し込む夕陽が、アナベルの赤くなった顔を隠してくれていた。
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